第七話 キーラ
一緒に住むのは良いのだが、やはり見た目に無理がある。
「変身しようか?」
キーラはそう言うと、魔族ならではの発声で魔法を唱えた。
黄色い光が身体を包むとみるみる内に姿が変わった。
「きゃっ!」
サクスブルグとミアーナが声を上げる。皆、目を見張った。
無理も無い。元々服を着ていなかったせいで素っ裸だ。
「人間の雄を落とす時は、この姿でチャーム唱えるのよ」
何と言うか、グラディス様やヴィルの様な美形ではないが、蠱惑的と言うか妙な色気がある。さながら、メアリー二世だ。世の男性諸氏を誘惑するにしろ、チャームなんか要らないんじゃなかろうか。
「あら? 可愛いじゃない。スタイルも良いし、うちの店で働いて欲しいかなあ」
メアリー? 良くも平然としていられるな。
残念ながら着替えは無い。汚れてもクリーン・アップがあるからだ。
「じゃあ、憑依しようか? 鍋で使ったチーズがあれば大丈夫よ」
憑依と言うのは、魂的な何かが本体から出て来て対象に乗り移るのかと思っていたが違う様だ。本体諸共野鼠の中に入り込んで合体するらしい。
ならば、と言う事で、野鼠に憑依して貰う事にした。樽に入れて持ち出せば誰にも怪しまれないだろう。
キーラと出会った場所に移動して、チーズの欠片を床に置く。皆で石像の後ろに隠れていたら、野鼠が数匹鳴きながら出て来た。
「ジャンヌはレペレントが使えるのよね?」
キーラが聞いてきた。
「うん。今回この黒石を見つけたから上級魔法が使えるはずよ」
「上級なんだ! 凄いじゃない。じゃあね、お願いがあるの」
「なに?」
「野鼠って蚤とかが一杯いるの。私が憑依した後で合図するから、レペレントをかけて貰えないかな」
古の巫女には良くかけて貰ったらしい。やはり、痒いのだそうだ。
「いいわよ。でも、キーラは大丈夫なの?」
「完全に憑依したら大丈夫よ」
「そうなんだ。じゃあ、かけてあげるね」
「有難う!」
いっその事お湯で洗って綺麗にしよう、とメアリーが言い出した。
幸いな事に樽がある。魔法で水を出してファイアー・ボールで温める。石鹸は私が持っている。なにせ女子しかいない。そういう事は皆得意だ。
「湯あみ? お湯を使うの? 贅沢ね。憑依した状態で身体を洗うのは初めてよ」
セルトリアに帰ったら、農場の石焼風呂と幽霊屋敷のお風呂を経験させてあげよう。
まずは、集まって来た野鼠に向けてチャームをかける。魔族ならではの発声だ。
五匹いたのだが、皆、大人しくなり、揃ってこっちを向いた。
「人間は雄しか操れないけど、野鼠程度の小さい生き物なら雄雌問わずに操れるのよ」
そう言って手招きすると、キーラの足元に寄って来た。
そのうちの一匹の頭に手を当てて何やら唱えると、まるでフィオナが石に入る時の様にキーラの体が野鼠に吸い込まれていった。茶色い野鼠が何となく黒ずんで見える。体も大きくなった。倍とまでは行かないが、他の鼠と比べると明らかに大きい。
その大型鼠が、しゃがんでいる私の所に来て、挨拶するかのように右の前足を上げて、ちょいちょい、と催促するように振ってきた。
早速、キーラが操っている残り四匹を含めて、上級のレペレントをかける。
何も起こらないな、と見ていたら鼠たちが身震いすると同時に、黒やら茶色やら白やらの小さな虫が大量に落ちて来た。
王女三人とメアリーが一瞬立ち上がりかける。
キーラ鼠の体を指で梳いてやったら、さらに増えた。
「う、動いてるわ!」
メアリーが指さすので、良く見ると、皆ひっくり返っているのだが足がぴくぴくしている。
「麻痺……でしょうか? 持って帰りたいですね。何か入れ物は無いですか?」
エレノア様だ。床にへばりつくようにして顔を近づけ観察している。
「あっ! そっちに飛び跳ねましたよ」
「きゃあーーーーー!」
四人が逃げ出した。
「冗談です。この程度で取り乱してどうするのですか」
言いつつ、片手でガッツポーズするのは止めて下さい。
マグダレナ様も笑いすぎですよ。
「セルトリアに持ち帰って、研究材料に出来ないでしょうか?」
大魔法使いはあくまでも探求心旺盛だ。
一体、何を研究するのか?
「ジャンヌの魔法の効果です。麻痺なのか気絶なのか、それとも、何か別の状態変化なのか。虫よけ魔法の効果を明確にしたいのですよ」
同じじゃないのか? 要は動かくなくなるのだろう。その間に退治すれば良い。
「相手が小さいから、絶対に途中で逃げられますよ」
メアリーの声が震えている。元は野鼠についていた奴だが、最悪人間にもくっつくかも知れない。
「まあ、その時はその時で」
「絶対に嫌です!」
結局、メアリーの猛反対と頷く三人の王女の真剣なまなざしに負けて、燃やしてしまう事になった。
その後、他の鼠は解放し、樽のお風呂でキーラを洗ってあげた。
ふんわりフカフカになった野鼠を肩に乗せて帰る道中、キーラの事をどう説明するかを皆で話した。
巫女の巻物にはキーラの事が書いてあるから説明をしないといけない。
しかし、そこはエレノア様がいる。
「プライモルディアには超上級魔法使いはいません。つまり、嘘をついてもバレません。大丈夫です。私が言いくるめますから、安心して下さい」
神官に向かって言うセリフでは無い。
「冗談ですよ。後でカドガン様には全てをお話しましょう。いずれにしても、キーラをこの場所から解放しなければ黒石は手に入らなかったのですよ。それに、無事に脱出させて連れ帰らなければ契約は成立しません。嘘の無い範囲で何とかしましょう」
そう言う事なら、とお任せする事になった。シアーニャも何も言わなかった。
祠の扉から出ると皆が大喜びしてくれた。
早速、屋敷に入って報告だ。いわゆる、古代人の会合では無く、ジェームズ様を中心とした魔王封印のための調査だから、国王夫妻やエドワード王太子様も参加した。樽酒のオッサンもちゃんといる。
皆に黒石を見せ、巻物を読んでもらう。
痛烈な巫女の言葉に、皆顔色が変わった。
「これが古の巫女が遺した秘宝と巻物です。この巻物によると、巫女はキーラを解放した者……つまり、この黒い秘宝の謎を解決したジャンヌにこれを授けました。つまり、ジャンヌが秘宝の継承者になります。ジャンヌはレペレントの使い手。この秘宝はレペレントの上級魔法を発動させるきっかけとなる物。誰よりもジャンヌが持つにふさわしい事は明白です」
エレノア様の演説が始まった。
こじつけではある。しかし、そこは大魔法使いエレノアだ。正々堂々たる言いっぷりに、五人のお貴族様は黙り込んでしまった。もっとも、キーラが何かでは無くて、古代人の秘宝が外国人の私の手に渡るのが嫌なのかも知れない。エレノア様も、そこを見越してか、私の名前を連発する。皆の関心をキーラから逸らしたいのだろう。
にしても、しつこすぎる様な気もする。
「黒石……この秘宝は、この国の古代人の末裔の方々が大切に守って来た物。いずれ必ずお返しします。それまでは、私が借り受けます」
そう言うと、少しは表情が緩んだ。
「しかし、巫女の巻物を良くお読みください」
巫女は、絶対に男に渡すな、と書いている。
案の定、五人のお貴族様は俯いた。自覚はある様だ。
「ジャンヌ神官。巫女の言い分は良く分かった。現在、我が国は、カドガン大司教と相談し、古式ゆかしい制度を改革しておる最中だ。これを契機に、その巻物にある巫女の叱責について十分に反省し、改革を強力に推し進めよう」
国王様が言ってくれた。女性が積極的に魔法を使う職に就く様になれば、魔法を使う人口も増えるのだ。互いに意識を高め合えば、きっと超上級魔法使いの一人も出て来るだろう。
恐らくは、渋々と言った所だろうが、五人のお貴族様も承諾してくれた。
次いで、黒石の効果について聞かれたが、こちらは既に実験済みだ。
「この子がその野鼠です」
キーラを樽から出してテーブルの上に置く。ふんわりフワフワだ。
普段は小汚いイメージがある野鼠だが、プライモルディアの王妃様が、可愛いですね、と言ってくれたお陰で魔法の効果を絶賛される結果になった。多分、誤解していると思うが、まあ良いだろう。
「記念にこの子は連れて帰りますね」
そう言っても、誰も反対しなかった。しめしめ、である。ばれては困るので、直ぐに樽に戻し、街道クッキーを一個上げた。両手で持って、美味しそうに齧っている。
その様子を見たシアーニャが、キーラの頭を指先で撫でて、クスリと笑った。
その後は、メディオランド王都大教会への報告のまとめ方について話があり、シアーニャ、カドガン様とハリス様が、共同で報告書を仕上げる事が決められた。両王家も目を通す事になるのだろう。そのまま、解散になり、海の近くの王都へ帰った。
王都大教会へ行き、カドガン様とお話をする機会を頂き、ハリス様、シアーニャと三人してキーラの話をした。キーラ自身は強力な結界で守られている大教会には入れないので、王女三人に預かって貰った。
「つまり、あの鼠は古の巫女の使い魔だったのですね」
「使い魔?」
「はい。歴代の西の教会の大司教しか知らない事ですが、古の巫女は、動物に憑依した低級魔族を使い魔として使役した、との記録があるのですよ」
知っていた……。
シアーニャを見ると、首を振った。知らなかった様だ。
「古の巫女の使い魔は兎だったと記憶していますが、野鼠にも憑依出来たのですね」
「ご存じだったのですか?」
「はい。でも、私が知っていた事は、どうか内密に願いますよ。北の大教会に知られたら、面倒な事になるかも知れませんから」
そう言って、笑った。
西の教会の前身となる神殿だか祈祷所だかの神官は、低級魔族が動物に憑依する事を古の巫女から聞いて知っていたそうだ。そして、森には低級魔族がいる事も口止めもされた。特段、害は無いから放っておけと。そのまま、伝承として残されたらしい。
禁呪の事といい、魔族……使い魔の事といい、プライモルディアにいた古の巫女はやや毛色が変わっていた様だ。
「お二人はご存じでしょう。闇の魔法と呼ばれる魔法がある事は」
二人して頷く。
「ジャンヌ神官が使う光の魔法とは相対する物です。今では禁呪とされています。しかし、我々が解明しなければならないテスタメントは、本来、その両方が必要なのですよ」
両方? つまり禁呪を解禁しなければならない?
「そうです。恐らく、プライモルディアにいた古の巫女は闇の魔法の使い手でしょう」
やっぱりそうか。五人が同じ魔法を使った訳ではないんだ。恐らく、プライモルディアにいた古の巫女が使った魔法は、禁呪の中でも初代国王様シリーズと併記されていた五つの魔法だろう。チャームやメモライズとは違い、覚える者を選ばないが人の魔法制御力を越える物には該当しない魔法だ。アンデッドはその中に分類されていた。
「ハリス司教。私はその事を、メディオランド王都大教会への報告書に盛り込もうと考えています」
「つまり、禁呪の復権への布石にされるのですね」
ハリス様の言葉に、カドガン様が頷いた。
「今後の疫病との戦いを考えると、ジャンヌの魔法のみならず、少なくともアンデッドとメモライズは絶対に必要です」
「私もそう思います」
ハリス様が真剣な目で頷いた。
孤児を無くすだけでは禁呪の復権は望み薄だったかもしれない。しかし、もし、アンチ・セプシスが疫病対策の切り札になるのであれば、可能性が高くなる。疫病患者は隔離する。メモライズを使いアンチ・セプシスを使う者を孤児の母親に指定出来れば……。
「私は、対岸のセルトーニュの神官に伝手があります。現在、ただの病気の患者を移送する方法を検討している最中です」
「大陸とですか。それは心強いですね」
「今回の調査ではいずれ大陸にも赴かれるとの事、きっとお力添えが出来るでしょう」
「よろしくお願いします。なにせ、この島は大陸の国家にとっては異教徒の住む島です。唯一、セルトーニュだけが我ら神官が立ち入る事の出来る場所と言っても良いでしょう」
そんなに危ないのか?
「度々異教徒狩りがあるらしい。狂信者と言う者はどこにでもいてな。しかも、異教徒狩りを行った土地を自分達の物に出来るとあれば、不信心者も参加するのさ」
そう言えば、飛竜を崇める狂信者に殺されかけたな。玉に入った謹直な司祭がいたから儀式が行われ、その結果助かった。元々は攫うと同時に即殺害だった。島も大陸も関係ないんだな。
「教義の違いじゃない。どの宗教も、基本は共存共栄の精神が溢れている。問題は、勝手な解釈をする人間さ。かく言う俺も、元は魔族や魔物を殲滅しようと考えていたからな。人の事は言えんさ。ドラゴンや低級魔族と一緒に暮らしていた古の巫女に顔向け出来ん」
「気付いた事が修行の成果なのですよ」
カドガン様の言う修業とは、神職であり続けている事だろう。
「お言葉に感謝します」
ハリス様は、そう言うと、私と目を合わせてはにかむように笑った。
その後は、半日の王都観光をした。キーラの服もメアリーが見繕った。
夜は晩餐会になった。公式なので、残念ながら資格が無いボニーとキーラは不参加だ。
古の巫女の伝承を守ってきたお貴族様達は、私が黒石の継承者になった事を聞いた様で、一斉に跪いて祝福を懇願して来た。
「ジャンヌ様。我らもまた光を奉ずる者の末裔。どうか祝福をお願いします」
国王様もほったらかしにされている。古の巫女の再来か何かと勘違いしているに違いない。これはいけない。後で怒られるのは私だ。
「あの、皆様。私は皆様がお護りなさっていた秘宝を一時的にお借りしただけです。役目を終えたらまた戻しに来ます。その間、皆様の様な光を奉ずる方達のお力添えが今後も必要になるでしょう。どうか、お立ちになって下さい。共に偉大な女神様を信仰する者として、力を合わせて頑張りましょう」
何をどう頑張るのかは、自分でも分かっていないが、まずは同格であることを知って貰わなければならない。
カドガン様と会合に参加した五人のお貴族様を引っ張って来て説得して貰い、なんとか普通の神官としての祝福が出来た。
「ジャンヌ神官。我らは巫女の秘宝をこの地から持ち去られるのが悔しかった。しかし、今の貴女のお言葉を聞き、それがいかにさもしい根性から出た物であったかを知りました。どうか今後とも、よしなにお導き下さい」
導けるかどうかは分からないが、巫女の遺跡を守る五人のお貴族様が納得してくれたから、良いのだろう。
王女三人が中座するのに合わせて抜け出した。なんか主賓扱いされてしまってゆっくり過ごせない。後はマグダレナ様とメアリーに任せて、別室に逃げた。
やれやれ、と皆で乾杯していると、シアーニャがやって来た。
「向こうの部屋で内輪で宴会しているのよ。合流しない?」
内輪なら良いだろう。四人揃ってついて行くと、料理も山盛りになっている。シアーニャに呼んで貰ったのだろう、不慣れなボニーとキーラがこじんまりと飲んでいる。丁度、エドワード王太子様が、ベイオウルフと樽酒のオッサンを誘って飲み比べを始め出した。判定者はカドガン様だったりする。
「やあ、ジャンヌ神官。神官も参加なさるか?」
エドワード王太子様が気軽に誘ってくる。
誰が参加するか。
「もし、お酒が強い人が必要ならば、二人程紹介出来ますが」
「おっ、それは楽しみだな。是非お願いしたい」
察したベイオウルフと樽酒のオッサンが、絶対に負けるから止めておけ、と止めるが聞く耳を持たない。最近のデューネとフィオナは、相手のペースに合わせて飲む事を覚えた。そうしないと逃げられてしまうからだ。折角だ、潰して貰おう。
樽酒のオッサンが、床にひっくり返っていびきをかいている横では、ベイオウルフとエドワード王太子様が、仲良くテーブルにうつ伏せになって寝ている。
王女三人とシアーニャは、デューネのフワフワで遊んでいる。
「今度は魔族?」
「でも、低級魔族だから魔王軍とは関係ないみたいよ」
「じゃあ、中立は守れるかな」
メルが言うと、デューネも、いいんじゃない、と了承してくれた。
問題は、キーラの方だ。メアリーが見繕った服を着てご機嫌だったのだが、二人を見て態度が変わった。
「み、水と、か、風の精? 五大だっけ? いや、四? 六? 兎も角も精霊の頂点よね?」
完全にビビッている。
「なんでもいいわよ。どうせ人間が勝手に言ってるだけなんだから」
メルが言う。
そうなのか?
「そうよ。元々数なんて決まって無いもの。例えば、雷なんてどう説明しているの?」
デューネに突っ込まれるが分からない。
「雷は一応炎属性に含まれています」
エレノア様が助けてくれた。
「ふーん、雷が炎ねえ。根本的に違うわよ」
「そうなのですか?」
「まあ、いいんじゃない。いずれ違いが分かるわよ」
いずれと言うのは何百年先の事だろう? いつも説明は無いのだが、エレノア様も突っ込まない。どうせ、聞いたって分からないのだ。
「でも、五大って言った方が、四大よりもマシかな。ねえ、デューネ」
「そうね。同格の物がもう一つある事は間違いないものね」
「五つ目は雷?」
「違うわ。五つ目は……人間の言葉でなんて言ってんだっけ?」
「分からないわ。ジャンヌの使うライトとかは何属性って呼んでいるの?」
「光ですか?」
光なら闇もあるはずだ。そうなると六に増える。
「じゃあ、ジャンヌ属性よ」
ケラケラ笑っている。
メル、なんだいそれは?
結局、冗談で終わってしまった。
ま、キーラがデューネとメルに受け入れられたのだから、良しとしよう。




