発端
白い島では、大きく分けると九から十の王国が割拠し相争っている。
長い時代に渡って、島全体が三十程度の地方領主同士の小競り合いが絶えなかった。この島の魔法が使える特殊性もあって、大陸が野心を持つことも無かった。この島を出ると魔法が使えないことから、島の者が大陸に野心を持つこともなかった。
状況が変わったのは一つの国がきっかけである。
今から千年程前、大陸から傭兵を雇う国が出た。傭兵を戦わせておけば自分達の血を流さずに済むからだ。その頃レヴァナントを使役する魔法を宗教上の禁忌としたのも影響した。
島の歴史を大きく変える国の発祥は、三百人足らずの人数的にはごく小さな大陸から来た傭兵集団だった。傭兵達は幾つかの戦勝の褒美として貴族の扱いを受け島の南岸に領地を貰った。母国から後押しもあり入植者を移入させ町を作った。その後、代を重ねるうちに魔法を使う者も増えた。元が傭兵だけに強力な軍事集団が形成された結果、元の雇い主をしのぐ勢力となった。
領地とする海岸の町から川を遡上するように方々へ勢力を広げた。土着の小領主達を大陸との交易の利潤で取り込んだり、反発する者は攻め滅ぼしたりして大国となった。朝貢と兵役さえこなせば宗教や慣習は従来通りで良かったことも地元の小領主に受け入れられた要因でもある。その国の影響を受けたのか、他の地方の土着の小領主も同様に勢力を広げるようになった。
きっかけとなった国の名をエングリオ王国と言う。
そのエングリオの東にあるカンタス王国が、さらにその北東のモランディーヌ王国に宣戦を布告した。
宣戦布告の理由は、セルトリアでの魔王軍討伐戦の軍中における殺傷事件である。
酒に酔った不埒者同士の喧嘩によるもので、普段なら一笑に付されて終わりだ。しかし、殺されたのがカンタス王国の血族であったから話がややこしくなった。
事が起きたのが魔王軍との決戦前であり、その場は一応治まった。セルトリアにおける魔王軍本軍との野戦に勝ち各国ともに帰国した後、カンタス側が謝罪と犯人の引き渡しを要求した。それをモランディーヌ側が拒絶したのである。モランディーヌ側としては、言いがかりをつけてきたのはそちらなのだし、衆目の中での決闘なのだから謝罪も犯人の引き渡しも必要がないと相手にしなかった。結果、戦争になった。
カンタス側は、死者が戦地で知り合った者にデマを吹き込まれたあげく喧嘩を吹っ掛けるために因縁をつけたことも、いつの間にか集まってきた者達にそそのかされるように剣を抜いてしまったことも、知らなかった。
宣戦布告と同時にエングリオがモランディーヌに与した。陰謀に長けている者ならば、罠にはめられたことを看破したかもしれない。先の戦争において、エングリオはモランディーヌと共にカンタスとも戦争をしていたからだ。残念ながらそうはならなかった。
しかも、狡猾にも先の戦争ではカンタスと手を組んでいた北隣のメディオランドを、カンタスの宣戦布告に大義は無いとして誘いかけたのだ。
メディオランドにしても楽な戦に乗って損はない。勿怪の幸いとばかりに攻め込んだ。
カンタスは三か国から同時に有無を言わさず攻め込まれた。勝てぬと見た国境周辺の小領主が次々に寝返るに至り、モランディーヌに謝罪と講和を申し入れる羽目になった。幸いなことに簡単に受け入れられ滅亡は免れた。だが、各国に占領された地は手放すことになり、加えて結構な額の賠償金を支払う義務を負った。カンタスは領土の三分の一を失った。
戦の後、一つの美談が広まった。
エングリオの派遣した神官が、戦死した者を占領した村や町ごとに集めて塚を作って埋葬した。通常、戦死者の装備ははぎ取られて売却されたり、質の良い物は戦勝者の手によって持ち去られたりするのだが、そういったことも無く一体一体がねんごろな扱いを受けたと言うのである。葬儀の後にはカンタスの者の墓参も許され、石碑に花を添える者もいたそうだ。
終戦の報告を受けたエングリオの王であるセルディックは、王宮の見張り台を兼ねた一室に足を運び、黒いローブを着た神官と思しき年老いた男と対面していた。年老いた男は表情を隠すかのようにフードを目深に被っている。
部屋からは周辺の風景がかなり遠くまで見渡せた。
街壁の外に広がる畑地で今まさに刈り取りをやっている。そして放牧地では牛や羊が草を食んでいる。所々に見える森は、夏ということもあってその色の濃さを増している。
「セルベトゥス、手数を掛けたな。首尾はどうであった?」
セルディックが黒衣の男に声を掛ける。
「戦に使える死体は三百ほどでしょうか」
「なんだ、その程度か。随分と少ないな」
「手足や首を失った死体は兵士としては使えませぬので」
とても一国の王と神官のかわす言葉ではない。人払いされているから良いものの、自国の兵にも聞かせられる内容ではない。
「兵達に加減しろとは言えぬわ」
「分かっております。ただ、数を揃えるのであれば今少し戦が長引いておればと」
「確かに短かった。しかし、あれはモランディーヌが悪い。魔王討伐戦で掛かった金を取り戻す程度で満足しおった。俺はカンタスを滅ぼすつもりだったのだ」
王の不満に対し、黒衣の神官はただ口角を上げた。
「カンタスが滅べば、次が自分の番であることを知っておるのでしょう。時間を稼いでやらねばならぬこともありましょうから」
「外交か?」
「御意」
よそ者であり島の最大勢力でもあるエングリオは白い島の各国に最も警戒されている。
大国に当たるには小国同士の連携が必要だが、それを成し遂げるには手間がかかる。その時間が必要だと言うのだろう。
「そう言えば、実験と称して五千の兵を率いて負けてきた男はどうなった?」
物わかりの良い王は、即座に話題を変えた。
「あれは、面目を失いまして評議員を辞し謹慎しております」
「そうか。次の実験はどうなっている?」
「今少しお時間を下されませぬか」
「分かった。上手くやれ」
セルベトゥスが恭しく頭を下げると、王は背を向けて立ち去った。
セルベトゥスは満足していた。
このまま重用されれば、いずれは自分達の教義が公に認められるであろう。その時は異端として自分達を廃絶しようとした者共に目にものを見せてくれる。
黒衣の神官は暗い野望を胸に秘めていた。彼にとっては王も国家も関係がなかった。元一国の王家の血を受け継いでいる彼が愛すべき国家国民は、既に失われていたからだ。
◆◆◆◆
中の原北部には中央山脈と呼ばれる険しい山々が並び立っている。さらに北は、セルトリア王国の王都がある王都域と呼ばれる海に続く平野部になる。
王都から南西の方角、中央山脈の麓に魔王の巣くう森があるのだが、その森を見下ろす丘の上に新しい砦が築かれていた。魔王軍本軍との決戦の地でもあり、魔王軍との軍勢同士での戦いが事実上決着した場所だ。
現在、その砦にはセルトリア王国軍の主力が駐屯している。
率いているのは、王国宰相に行政を任せたセルトリア国王自身で、セルトリア王国軍の長であるビクター王国軍兵団総長も随行している。
定期的に王都の文官達が報告に訪れるのだが、今日はエヴァンス王国宰相自らが報告に来ていた。月に一度くらいは顔を見せろと国王に言われているからだ。
謁見の間控室では、王冠を脱いだ王が、同じく脱帽した宰相と王国兵団総長と共に蜂蜜酒の入ったグラスの乗った丸いテーブルを囲んでいる。入口近くには王宮警護官長が小脇に帽子を抱えて立っている。
一見してくつろいだ様子が見て取れた。
乾杯の後、ビクター王国兵団総長が王宮警護官長に向けて口を開いた。
「ヒューズ、南の方の戦だが結局はエングリオの仕掛けた種が芽を出したということで良いのか?」
王宮警護官長が頷く。職名をつけずに呼び捨てに出来る者は、彼の両親以外では数が少ない。彼は島全土に散らばったセルトリア王国の斥候集団の長だからだ。
「妙な噂が流れているようですよ。エングリオとの戦で死んだ者を集めて神官が埋葬したそうですね」
エヴァンスは巷に流れている噂について聞いた。
王冠を脱いだ王と話すことが出来る王族外の人間では、珍しいくらい穏やかな口調だ。
「レヴァナントに変えたのだと思う」
ごく一部の者しか聞くことの出来ないヒューズの声が聞こえる。
「いずれは本格的に数を揃えて攻め寄せて来るかな。面倒だな」
セルトリア国王が腕組みをしながら呟いた。
「今しばらくは掛かるでしょうね。中の原のアドルフ殿が五千ほどのレヴァナントを食い止めましたから。エングリオとしてもそれ以上の数が必要と判断するでしょう」
宰相の隣ではビクターが王と同様に腕組みをして険しい表情を作っている。
「ビクター、何か気になることがあるのか?」
「攻城戦ならともかく、野戦になると話が違ってくる。白銀と銀の武器を揃えた王都の王国軍ならともかく、駐屯軍ではまとまった数のレヴァナントを野戦で打ち破るのは簡単ではないぞ。数百程度の群れでも奇襲を受けたら防ぎようがない。中の原はともかく、他の地域や、特に国境周辺の村はどうやって守る?」
ビクターは厳しい視線を宰相に向けたままだ。
「その件ですが、アドルフ殿が中の原で面白いことを始めるそうですよ」
「面白いこと?」
対エングリオ最前線の中の原には、元王国兵団総長のアドルフと英雄カトリーヌがいる。それに加え彼らの仲間の一人も中の原の町を拠点にしている。
「お祭りですよ。大量に成聖した聖水を、お互いにぶっかけ合うのだそうです」
クスクスと笑う宰相を見ながら、王とビクターが首を傾げた。意味が分からないのだろう。
「中の原がレヴァナントに襲われた時、教会裏の広場でどのように撃退したかはご存じでしょう? その再現だそうですよ。八月第一日曜日にあちこちに喧伝して盛大にやるそうです。避暑にもなるし景気づけにもなるでしょう。聖水が大量にあれば、レヴァナントを撃退出来ることは実証済みです。相手も少数では無理と判断するでしょう。大勢だと国境を越えた時点で斥候が探知できます。そうですよね? ヒューズ?」
ヒューズが無言で頷いた。
中の原の斥候はほぼ全てが彼の手の者と言って良い。これは直属の斥候を抱えているアドルフ町長とも了解済みで、互いに連携をとることになっている。元猟師で時折山賊扱いされている初代国王が作り上げた諜報網が今も生きているのだ。
「接近の報を受けると同時に近くの砦で籠城戦ですね。それに、鏃を聖水に浸した矢が有効であることも、単なる言い伝えではなく実証されました」
日頃からある程度の量の聖水を確保しておくことが肝要だと、宰相は訴えているのだ。
「つまり。防火用水みたいなものか?」
一国の王にしては随分と庶民的な発想に、ビクターが思わず噴き出した。判りやすい例えではある。
「防火用水ならばどの村にも大なり小なりあるだろう。いっそのこと、その水を成聖して聖水を大量に確保するようにすればどうだ?」
「屋外の物は雨が降ったりゴミが入ったりと効果が薄まりますので、教会内に水槽を作ることになるでしょう」
中の原で起きたレヴァナント襲撃騒動が良い戦訓になったと、エヴァンス王国宰相は言う。
「記念日なり追悼日なりを名目に教会に寄進し、大量の聖水を成聖すれば良いのですよ。中の原で起きた一件は巷の噂になっていますから、住民も参加してくれるでしょう」
エヴァンス王国宰相がヒューズ王宮警護官長に視線を送る。
斥候が噂を広めているからだ。
「毎年やれば、地方の小さな教会も財源が増え、権威も高まるでしょう。一石二鳥ではないでしょうか。いっそのこと、戦争で亡くなった方を追悼する記念日を国で制定しては?」
宰相は、中の原地区では既に実行に移されていると言う。
「お前達、追悼記念日はいつが良いと思う?」
二人のやり取りを聞いていた王が、大真面目な顔で皆に聞いてきた。
王国宰相は微笑み、王国兵団総長は目を丸くした。




