Backyard of 野良神官 その①
本編の前日譚になります。
多少のネタバレがあるのですが、ストーリー展開には関係がありません。
「さて、皆集まったから始めようか」
ベアトリクスが声を掛けると、ベッドに寝転がっていた者も起き上がった。
今夜は一七五の会の会合だ。
孤児院の一室。ベイオウルフの部屋だ。
ヴィルの相部屋でもある。
二段ベッドが一つ、机と椅子が二つ。物入れに使っている大きな箱が二つ。
南向きの窓。
孤児院の部屋なんてこれだけだ。
おとぎ話のお姫様の部屋にある様な、豪華な天蓋付きのベッド、ドレスを畳まずに収納できるチェスト、お友達と語らうためのソファやテーブル、そんなものは望むべくもない。
もっとも、二段ベッドの一段目に寝る者にとっては天蓋付きと言えなくもない。
ただし、気をつけないと飛び起きると同時に頭をぶつけてしまうのだけれども。
入居した時は、東の壁に二段ベッドが、西の壁に机と椅子が、二つ並んでいた。でも、誰もそんな風には使っていない。
ベッドは窓際に移動し、部屋の真ん中をシーツで区切って二つに分けている。
ハッキリ言って狭いのだが、プライベートは大切だ。
消灯まではまだ一時間ある。
今夜もこの狭い部屋に八人が集まった。
話すことは、私の人生設計だ。
八人で集まるのは、いつもベイオウルフとヴィルの部屋に決まっている。
集まった時は仕切りのシーツを取っ払って、部屋の主以外はベッドに腰を掛けたり、自分の部屋から持ってきた椅子に座ったりしている。
ベイオウルフは衛兵隊の見習いをやっているだけあって、部屋も整理整頓が出来ている。
机の上には何もない。引き出しの中もきちんと整理されている。
着替えの服は畳んで物入に並べて収納されていて、ほったらかしにしてある物などどこにもない。
なにせ、衛兵隊では、何か道具を使った後にほったらかしにしておくと、どやされた挙句に腕立て伏せ百回らしい。
相部屋のヴィルも槍の鍛錬をやっている戦士だけあって、同じようにきちんとしている。
ベアトリクスを始め、他の仲間にも見習ってほしいものだ。
そのせいで、いつも集まる部屋が同じになる。
孤児院は三階建てなのだが、一階は工作所やら教室やら食堂やらお風呂やらの共用の場所と、先生方の部屋。
二階は男子。
三階は女子。
三階は男子禁制で、階段を上ってすぐに、ベイオウルフとヴィルの孤児院最強コンビが待ち構えている。
上がって来ようとする邪な男子は即座に制裁される。
もちろん、二人共そんな勇者は大歓迎だ。実戦訓練になるからだ。
なので、部屋の扉は基本開けっ放しだ。
「じゃあ、ベイオウルフ。説明お願い」
仕切りはベアトリクスだ。
一七五の会の最年長者だからだ。
とは言え、皆同い年なので月単位しか変わらない。仕切りを誰にするかでもめない様にしようと話したら、何となくベアトリクスになった。たまたま最年長だった。要は後付けなのだが、上手くいっているので良いのだろう。
うんと、ひとつ頷いて今夜の説明を担当するベイオウルフが説明を始めた。
「衛兵隊の任務には町の近くの魔物退治が含まれていて、それは通常任務と、緊急通報任務の二種類がある。通常任務は町の近くに良く出る魔物を退治して、緊急通報任務はそれ以外の一般の人の非常通報による、いわば危険度の高い任務だ」
魔物は普段は森や山の中にいるらしいのだが、天候によっては餌が無くなってしまい人里近くまで来る。魔物なだけあって、大きくて強くて人を恐れない。毎年のように被害が出るようで、時折大人たちがあれこれ話をしているのを耳にしたことがある。
「緊急通報任務は手当てが出るけど、通常任務は衛兵隊では給料の範囲内だ。でも、一般の人が魔物を退治すると特別に報奨金が出る。報奨金の額は、魔物の強さによって決まっている」
てことは、一般人が退治した方が稼げるわけか。
「この町の周辺に出るのは一番低いFランクだから、一匹退治したら銅貨十枚貰える。これは何人で行っても変わらない。普段は衛兵隊の魔物退治班が編成されていて、大体週に三回程度魔物が出る場所を巡回して見つけ次第退治している」
地下下水道のネズミ退治をやれば、一回の巡回で十匹は遭遇できるよ、そう言って、ベイオウルフは説明を終わらせた。
ネズミ退治か。魔物にはホーリーが効くから、上手く当たれば倒せるよね。
十匹だと銅貨百枚、つまり銀貨五枚か。週に三回、一か月で十二回、銀貨六十枚なら十分だ。
「どうだい、ジャンヌ?」
ベイオウルフが私に向き直り、皆が私の顔を見る。
「一匹銅貨十枚なら稼ぎは悪くないわね。ネズミの魔物がホーリーで倒せるなら、やれるかも。でも、一日に十回も魔法使えないからなあ」
「一人でやる気なのか? かなり難しいと思うよ」
「え、何人でやるの」
「衛兵隊は普段五人だな」
五人? なら、稼ぎも五分の一? 月に銀貨十二枚……。
「なんで、五人でやってるの?」
「ネズミが強いからさ」
皆一斉に顔を見合わせる。
「ネズミでしょ?」
「ネズミだよ。と言っても、魔物だからね。そこら辺を歩いている犬くらいの大きさだ」
「えーーーー! そんな、でかいの絶対無理だよ!」
いきなり声を上げてマチルダが脱落した。
彼女は鼠が大の苦手だ。孤児院に来る前に何度も普通の鼠に齧られた経験があるらしい。
今回の話も聞きたくない、と駄々をこねていた。
あんたの嫌いなネズミの魔物を退治する話だから、とベアトリクスが宥めすかして同席させたのだ。
「倒せるの? それ?」
稼ぎ以前の問題だ。私はホーリーしか迎え撃つ手段がない。返り撃ちにされてしまっては、元も子もない。
「ネズミの弱点は何だと思う?」
ベアトリクスが皆の顔を見る。
「猫!」
「毒薬!」
「蛇!」
「尻尾!」
なんだか、連想ゲームのように皆口々に言うが、ベアトリクスは首を横に振るだけだ。
「我々、人間ではないのか?」
ヴィル……、それを言ったら全部解決するからね。
「分かった!」
「何? リュドミラ、言ってみて?」
「火!」
「火?」
皆怪訝な顔をする。
「そうかぁ。魔物と言っても獣だから火が苦手なんだぁ」
ボニーだ。この子は最初から乗り気だ。
「この中で、炎の魔法を使えるのは誰?」
ベアトリクスとリュドミラが手を上げた。
「つまり、ホーリーを使うジャンヌと、炎の魔法を使える、例えば私が、もう一人いれば、何とかなるんじゃないの?」
二人分を併せると十回魔法を使える。十匹倒せるかもしれない。
でも、ベイオウルフは首を捻っている。
「どうだろう。多い時は四、五匹は固まってるからな。向かってきたときに魔法だけで対抗出来るかどうかだね」
「向かってくるの! ごめん、私絶対無理。私が参加するのは諦めてね」
メアリーがベッドにうつぶせに倒れ込んだ。そのまま目をつぶって寝たふりをしている。
「どうすればいいと思う?」
六人いれば話は続けられる。そう踏んだのか、ベアトリクスは離脱を表明した二人をほったらかしにして話を進める。
「楯役が必要だな。飛び掛かってくるネズミを食い止めることが出来れば、なんとか魔法で倒せるだろう」
楯役……。ベイオウルフしかいないな。
「ベイオウルフの話からすると、三人ならネズミ退治の稼ぎは月に金貨一枚は見込めるわね。それにネズミ退治を上手くこなしたら、他の魔物を退治出来るようになるんじゃないの?」
「そうだね。衛兵隊が担当してるのは、町の周辺に住むキツネやイノシシもいるからね。それに、退治報酬だけではなくて、退治のついでに薬草を集めたり、森の獣を狩ったりしたら、それだけ実入りも増える事になる」
「狩りかあ。いいなあ。やりたいなあ」
これで五人目が確定した。
「ネズミ以外なら手伝ってもいいよ」
「じゃあ、私は薬草集めね」
戦線離脱した二人が復帰した。
「うむ。意見が一致してきたな」
ヴィルは……、まあ、何でもいいのだろう。
魔物退治屋か。
魔物を倒すのは神官の務めの一つだ。戦うのは苦手だが、仲間が怪我をする時もあるだろう。ホーリーとヒールが使える私にとってうってつけかもしれないな。
いままで、一人一つのアイデアを出す、との条件で始まったこの会合もようやく答えが出てきた。
店員、衛兵隊、農家、猟師と色んな話が出て来たが、これも全て神官の私が自立できるようにとの皆の配慮だ。残念ながら、神官との両立が図れる仕事は見つからなかったが。
もちろん、教会所属になれば生活には困らない。でも、教会に籠り切りになる。
それでは、皆との約束が果たせない。皆でお金を稼ぐのだ。
「まとまったようね。じゃあ、明日にでも町役場に言って話を聞いてくるわね」
ベアトリクスがまとめて会合は終了した。
結局、この夜の話が上手く転がり始めた結果、私は教会に所属しないことを決意した。




