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第二十七話 決着

 無事に全てのレヴァナントを地下道に送り込むと、アンジェリカさんが土の塊で壁を塞いだ。盛大な賛辞を浴びたドラゴンも、黄金竜になる前に解体されて、ただの壁と土の塊になってしまった。いまや影も形もない。オッサン達は嘆いていたが、どうでも良かった。


 竪穴は全て鉄板で塞ぎ重しを乗せたらしい。下水が使えなくなったが、お通じ系は問題ないので避難生活が困窮する事はないようだ。当面の危機は去ったと言っていいだろう。


 ハンスさんによれば、アドルフ町長が途中から町の近くに帰ってきていた様だ。なんでも、大司教様達と一緒になってレヴァナント使い達を捕まえていたらしい。

 言ってくれれば良かったのに、と思ったが最悪町長が亡くなった場合の町の人達の士気の低下を恐れて、町長の作戦が終了するまではその行方については黙っていたとの事だった。


 そういうものなんだろうか? 近くにいた方が士気も上がると思うのだが……。良く分からないな。


「で、この後はどうするの?」


 ベアトリクスに聞かれたが、答えが出なかった。

 考えていなかったからだ。


「とりあえず、今日中にはアドルフさんと院長先生のお二人共が帰って来るのよね。なら、お任せしては……どうかしら?」


 逃げ口上の様なものだが、仕方がない。

 聖水を大量に作って下水道に流し込もうとか、壁を取り去って出て来たのを順番に燃やそうとか、色々と話し合われたようだが、結局は何もせずに二人の帰還を待つことにした。




 その内に夜が明けて、平服を着たアドルフさんが正門から帰ってきた。

 同じく平服を着た大司教様と秘書の方を連れている。他にもぞろぞろと人がついて歩いているが見た事のない顔ばかりだった。


 まずはハンスさんが出迎えた。


「お二人共、ご無事のご帰還なによりと存じます」


 きっちりと頭を下げる。

 わざとらしいくらいに恭しい。防衛司令官と教区大司教に抜け駆けされたのだ。色々と言いたい事があるのだろう。


 と、アドルフさんが大仰に大司教に道を譲る。

 大司教はゆっくりと進み出ると右手をハンスさんにかざした。


「何事も女神様のご守護あっての事。皆さん、今日と言う日を無事に迎えられたことを女神様に感謝しましょう」


 そう言って跪くと、両手を胸の前で組み合わせた。

 周囲の者は皆同じようにする。もちろん、私もだ。

 ひとしきり、大司教の祈りの言葉を聞きながら、女神様に感謝の気持ちを捧げる。


「二人の方が亡くなったそうですね」

「はい、教会の神官が一名と衛兵が一名です」

「二人の冥福を祈って、祈りを捧げましょう」


 また、ひとしきり、大司教の祈りの言葉を聞きながら、勇敢に戦った二人の冥福を祈る。

 大司教は祈りを捧げ終わると立ち上がって膝の土を払い、では皆様に女神様の祝福を、と教会へ去って行った。


 アドルフさんがハンスさんの前に改めて立つ。


「苦労を掛けたな。おかげで町が助かった。礼を言う」


 完全に間合いを外されたハンスさんは、何か言おうとしたが、結局、皆のおかげです、と言うだけだった。


 こういう時は我らがベアトリクスの出番だ。


「途中から引き返して来るなら最初から言ってくれれば良かったのに」


 わざとらしく口を尖らせてむくれたふりをするが、目がニヤけているのは隠せない。


「すまんな。味方も騙せないようであれば敵の斥候はまず騙せないからな。それに、相手がレヴァナントであれば儂では太刀打ちできなかったよ」

「西の峠の盗賊は?」

「儂が思うにもう片付いているのではないかな。もしそうでなければ、もう一回行くさ」

「まあ、いいわ。約束より早く帰って来たから許したげる、って多分町の人皆がそう思っているわよ」

「すまなんだ。今度からはもう少し気をつけることにする」


 防衛司令官が小娘に頭を下げる姿は、本来人に見せられたものではないのだろうが、周囲には大勢の人がいる。公開処刑になってしまった。




「嬢ちゃん。もうその辺で変わろうか」


 今度は自警団の番らしい。オーウェンさんが出て来た。吊し上げだ。


「町長。相手がレヴァナントではなく、人間の軍隊だったらどうするつもりだったんだい?」


 アドルフさんは黙っている。


「町長。是非話して下さい」


 ハンスさんが促すと、アドルフさんも観念したようだ。


「敵の荷駄隊を焼き討ちし、その混乱に乗じて敵の本陣を強襲する予定だった」


 皆がどよめいた。防衛司令官自らが単身敵に急襲を仕掛けるなんて非常識もいいところだ。


「お、お一人でですかい?」


 オーウェンさんも驚いている。


「儂一人ならカモフラージュとテレポートの魔法を使って、敵の本陣までたどり着く自信はあった。それに、そんな事をするのは儂一人で十分だろう」

「なんでまたそんな事を?」

「籠城は援軍が期待できるか敵の兵糧が尽きる算段がたった時にするものだ。援軍は来ない、というよりも来られない。今は冬ではないし、敵の本国も近いから相手の補給は容易だ。辺りの村も略奪の対象になる。ならば敵の増援が来る前に食料を燃やし、本陣を壊滅させてしまえば、敵は引き揚げて行くだろう。そうすればこちらの勝ちだ」


 アドルフさんの言葉に、今度はハンスさんがため息をついた。


「その様な目的を達成したところで生還を期しがたい作戦を、町長自らが実践されると、残された者は困るのですが」


 皆が一斉に頷いてアドルフさんを見る。

 アドルフさんは無言で俯いている。




「全く、男ってのはどうしてこう、すぐに死にたがるんだろうねえ。戦に勝ったところで、男が死んだら苦労するのは残された女なんだけどねえ」


 今度は女性陣だ。アドルフさんに対する糾弾の声はまだまだ続くらしい。

 アドルフさんもため息をついている。

 声の主は誰かと思ってみると、驚いたことにキャサリン先生がチェインメイルを着て立っていた。ジェニファー先生とエミリー先生もいる。教会裏の攻防の功労者だ。


「先生方か。大司教にはお会いされたかな?」

「はい。今しがた。ご無事でなによりでしたわ」


 ジェニファー先生が代表で話をする。


「この度は先生方にもご苦労をかけた。聖水でレヴァナントを撃退されたと聞いたが」

「女神様のご加護あっての事ですわ。町長の作戦とやらを実行に移さずに済んだのも、きっと女神様のご加護でしょう」


 これは怖い。ジェニファー先生笑顔だけど圧が凄いですよ


 これにはアドルフさんも参ったようで、すまなんだ、と皆に向かって改めて頭を下げた。

 町の人達は皆ニヤニヤしている。お仕置きは終わりと言ったところか。




 オーウェンさんが、まあまあ、と宥める様にわざとらしく割って入って来た。


「実は町長にお願いがありましてね」

 揉み手をしている。



「どうした?」

「いやいや、他でもないのですがね。今回は自警団でも浄化を手伝ったり、避難誘導をしたりと色々ありましてね」

「報奨金か。町の財政からなんとか……」

「いやいや、そういう話ではなくて。儂らは町を守るためなら自腹で頑張りますんで」

「では、なにか?」

「いやいや、実はですね……」


 もったいぶった自警団長の話は、町を挙げてお祭りをやりたいとのことだった。

 自警団は襲撃してきたレヴァナントの群れを大量の聖水をぶっかけて自分達で撃退したことがいたく気に入ったようで、町中で大量の聖水を盛大に桶でぶっかけ合って互いの無事を祈る祭りを新しい町の名物にしたいと言うのだった。そして、その予算を町で持って欲しいと。時期は真夏が良いそうだ。


「それは面白そうだ。町長、是非やろう。上下水道管理事務所は全面的に協力するぞ」


 案の定パウルさんがのってきた。


「院長先生もきっと賛成してくださいますわ。大司教様には院長先生から話をしてもらいましょう」


 ジェニファー先生が院長先生の名を出した。破戒のカトリーヌがお祭り話にのってこないわけがないし、院長先生が話をして教会が断れるわけもない。もっとも、教会が禁止しているレヴァナントを聖水でもって打ち破った事が祭りの発端なのだから、教会も反対しないだろう。聖水を大量に成聖するにあたって、お布施も集まるに違いない。

 本来ならば、一年後の今日にやればいいのだろうが、きっと待てないのだ。


 外堀を埋められた感があったアドルフさんは、しかし、大のりであった。


「それはいいな。辺り一帯に宣伝して大いに人を集めよう。前日からいつもより多めに村々への馬車を出して人が集まるようにしよう。出店を出して盛大にやって王都に聞こえるくらいにやってやろうか」


 元より王都から離れた、地方の田舎暮らしなので娯楽らしい娯楽もそうそうあるわけではない。皆大喜びで意見が飛び交い、麦刈りが終わった後に、収穫祭に被らない様に毎年八月第一日曜日に一日だけ盛大にやろう、と決まってしまった。


 アドルフさんを中心に大いに盛り上がる横で、ハンスさんが両手を広げ大袈裟に肩をすくめた。言うまでもなく、警備の担当は衛兵隊なのだ。

 最初はアドルフさんの行動に文句を言う集まりの様な雰囲気だったが……。

 どうしてこうなった?




 解散した後、ハンスさんに帰って休んでいてもいいぞ、と言われたのでベアトリクスと一緒に孤児院に帰ると、先生方が炊き出しをやっていた。

 何分下水道が使えないから皆自分の家で自炊するわけにも行かないのだ。食材は町役場の備蓄食料を放出したらしい。あちこちでやっているようだ。


 キャサリン先生はもう鎧を脱いでいて、いつもの神官衣を着ていた。孤児院の子供達が後ろでご飯を食べている。外で食べるのはそうはないので、皆楽しそうだ。


 食べていけというので、干し肉と乾燥野菜のスープをもらって食べた。塩味が少し濃かったが、汗をかいて疲れていたので丁度良かった。食ったら手伝えと言われ、炊き出しの食べ歩きに行こうとしていたベアトリクスをひっ捕まえて二人して手伝っていると、パウルさんがマルセロ夫妻と共にやってきた。


「おう、二人共おったか!」


 パウルさんは指輪を外して以前にもまして威勢が良くなったようだ。


「朝ごはんですか?」

「いや、そうではない。二人に話があるんだ」


 何の事かと思ったら、アンジェリカさんを上下水道事務所に招聘したいから口説くのを手伝ってくれ、と言う。私達には全然関係なさそうだが。話だけは聞くことにする。


 なんでも、今の上下水道管理事務所には、土と水の上級魔法を使える者がいないらしく中級魔法で処理をしているとの事。そこで、今回のアンジェリカさんの活躍を見て、いたく感動したパウルさんが是非にと、言い出したらしい。


「ドラゴンが好きなだけじゃなかったんですね」

「なんの話だ? ドラゴン自体ではなく、あれだけ精緻な像を作る技術だ。建築には正確な直線や美しい曲線が欠かせないんだよ。あれだけの精巧さは、儂の爺様にも親父にも無かった。是非、上下水道管理事務所の技術者として来て欲しいんだ」


 いや、私達関係ないような。


「ふーん、で、私達に何の得があるの?」

「キツネ退治が楽になるぞ」

「ちょっと待って、それ本当?」


 あらあら、ベアトリクスが食いついちゃった。

 マルセロ夫妻を見ると苦笑している。恐らく予想通りだったのね。




 パウルさんによると、上下水道管理事務所は町の事業ではあるが、そこで働く技術者は請負制らしいのだ。

 つまり、技術を持った人間なら誰でも立候補出来るのだ。勿論、契約に値する人物でなければならないのだが、現在契約を結んでいるパウルさんが後ろ盾になるのであれば問題は無いのだろう。後は実践で技術を見せるだけだ。


「つまり、アンジェリカさんがパウルさんのお弟子さんになるって事? 魔道具店はどうするの?」

「逆だ。儂が魔道具店の店員になるんだ。正確にはマルセロ魔道具店を拡大してマルセロ商会にして、その一部門が上下水道管理を請け負うようにする。事業の拡大だよ」


 どうやら、アンジェリカさんを口説き落とすために、マルセロ魔道具店を持ち出して来たらしい。


「で、私達のキツネ退治とどう関係があるの?」

「マルセロが得意な魔法はなんだ?」

「たしか移動系って、あっ、もしかしてテレポート?」


 ベアトリクスがマルセロさんを見る。


「じゃあ、自由にテレポートの魔法陣が使えるの?」

「パウルさんが言うようにうちの店が上下水道管理を請け負うとなると、我々は関係者だから自由に使えるようになる。それと、魔法陣の作成も全部うちで出来るようになるから、料金設定も私達次第だ。儲けを考えなければ、銅貨五枚程度には抑えられるよ」

「タダじゃないんだ?」


 ベアトリクスが厚かましい事を言う。


「キツネ退治は上下水道とは関係ないからな」


 ここはパウルさんの言うとおりだろう。


「じゃあ、キツネ退治もマルセロ商会で請け負っちゃえば?」

「そう来ると思った。それを頼みにきたんだよ」


 パウルさんは我が意を得たりと言わんばかりだ。


「商会に報酬の一割を入れて貰えれば魔法陣の使用料金はタダに出来るぞ」


 えーと、ちょっと待って。もうちょっと説明して貰わないと分からないわ。




 パウルさんによると、マルセロ商会は魔道具の開発・販売部門、上下水道管理部門、魔物退治部門の三つに跨る業種となって、魔物退治部門の孫請負が一七五の会にすれば良いとの事だった。私がマルセロ商会の正規社員になれば給料制になるのだが、何分どの程度の儲けが出るのかが分からないし、歩合の方が私達もやりがいがあるだろうとの考えだ。

 ちなみにベアトリクスは魔道具店のお給料も貰えるのだが、そのためには、巻物作成のノルマをこなすのが条件らしい。


 今後、王国軍や衛兵隊は町や街道の警備に回されてしまい、そちらで手一杯になる可能性があるから、先手を打ってやろうと考えたようだ。


「魔道具部門はマルセロが、上下水道部門はアンジェリカが、魔物退治部門は一七五の会が主役になる」

「パウルさんはどうするんですか?」

「儂は契約技術指導員だ。雇い主が町から商会に変わるだけだ。今までは町との契約だったのが、マルセロ商会を通じての契約になる。他の技術者は町との契約のままだから、やることは変わらない。風の上級魔法を使い、現上下水道管理事務所技術主任、そして猟師だから魔物退治の指導もお手の物だ」

「えっ、猟師だったの?」


 びっくりした。思わずベアトリクスと二人で声を上げてしまった。

 考えてみれば、風の上級魔法を使うのだから、その選択肢はありだろうな。

 性格的にも技術を追求する職人というよりは、一攫千金を狙う猟師の方が向いている気がするし。


「ん? 何か変な事を考えたか?」

「いえ、なんでもありません」


 流石猟師、鋭いなあ。




 後日の話になるのだが、結局パウルさんの提案通りになった。

 決め手は、マルセロ夫妻が見学と称して滝のふもとの上水道管理事務所に行った時に乗った例のそりを、二人が大いに気に入ったからだとの事だった。

 なんでも、町から滝までいくつかのそりを乗り継いで滝の上まで行ける様にして、観光の目玉にしようとの計画まで密かに立てているらしい。

 困った人達だ。


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