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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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決着

 夜が明けようとする頃、モーティマーは不快な者達から不愉快な報告を受けていた。

 レヴァナントの群れがたった二十五人の衛兵と数人の神官に防がれたというのだ。しかも、レヴァナント使い達は一人を残して皆捕縛されたらしい。帰ってきた一人は、あと少しでアドルフを殺すところまで迫ったらしいが、結果が伴わなければ意味がない。


 幸いなことに捕まった者達は禁呪で操っていたらしく、何が起こったのかも知らないらしい。死罪にされるだろうが、モーティマーの知ったことではなかった。




 黒いローブを着た男がモーティマーの足元に蹲っている。


「我らがやった方が確実だったかもしれんな」


 モーティマーが彼の幕僚を見ると、皆笑いだした。侮蔑の色が伺える。

 皆、今回の事には反対だったのだ。軍人としてのプライドが許さなかった。第一、上手く中の原を攻略出来たとしても、結局はレヴァナント使い達の手柄になってしまい、今後の軍制にも影響を与えかねない。


 ローブの男は周囲からの嘲笑を浴びて、ただただ頭を下げるのみであった。


 軍人であるモーティマーにしてみれば敗因ははっきりしていた。

 レヴァナント使い達が戦に不慣れだったからだ。

 攻め手が一か所に集中して単調な攻めを繰り返せば守り手としては対策が取りやすいだろう。しかも力攻めだけだ。


 始めはカタパルトを使いどんどんレヴァントを放り込んでいけば落とせない城は無いかもしれんと思っていたが、再考が必要だろう。

 やはり、レヴァナントは野戦で使うに限る。しかも夜襲だ。奇襲でなくても良い。

 野戦であれば、大量の聖水を食らうこともなく、ただひたすらに前進するだけで敵を打ち破れるだろう。数が揃うのであれば、いずれは使い道があるやも知れん。


 モーティマーはそう考えると、ローブの男達の懐柔に出た。へそを曲げられて他国へ走られても困るのだ。レヴァナントを軍で使うかどうかは別にして、手駒として確保しておかなければならない。


「いずれアドルフは殺さねばならん。しかし、奴を殺せるのは貴殿らの兵士だけやも知れん。再び貴殿らの力を借りる時がくるであろう。その時に備え、此度のことを教訓にすれば良い。帰りは我が軍の馬車に乗って行くが良い。貴殿らの神殿まで送らせよう」


 ローブの男は平伏すると、ありがたきお言葉にございまする、と頭を下げた。

 幕僚達はあまり良い顔をしなかったが、異論を唱える者はいなかった。




 一時間ほど前に急報が入っていた。帰路に当たる南東方向を中心に、宿営地周辺の複数個所で篝火が焚かれていると言うのだ。


 退路を断たれた! 

 報告が入ると幕僚達に緊張が走った。昼間であればともかく、敵地で夜間に包囲奇襲されれば相手が一揆のような連中でも混乱は必至だ。

 天幕の外では兵達がざわめき始めている。


 どうやら、してやられた。村から外れたところを宿営地に選んだのだが、つまりはどの村からも同じ距離にあるということだ。そこを利用されてしまった。退路を断たれたように見えるのは錯覚だ。


 恐らくアドルフだ。一つの砦か村に連絡を入れて篝火を焚かせ、その炎を見た他の砦も一斉に篝火を焚いたに違いない。敵襲に対する連絡網の一つだろう。この辺り一帯が臨戦態勢に入るのは時間の問題だろうが、自分達が包囲されたわけではない。しかし、兵達に恐怖を抱かせる効果は十分にあった。宿営地全体に不安が広がり兵達は包囲と奇襲に怯えている。


 そのような状態でレヴァナントが撃退されたとの報が入ったのである。

 アドルフが町におり、どうやら正門は一つ目しか突破出来ていない。敵地で周囲は砦に籠り戦に備えている。国境の森を塞がれでもしようものなら完全に孤立し、満足に食料も補充出来ない。攻城戦など悠長にやっている場合ではない。


 しかし、正規兵の数はこちらが圧倒的なのだ。アドルフも仕掛けてはこないだろう。ここはお互い何も知らぬふりをした方が良い。


「夜明け後一時間ほどしたら中の原に使者を出せ。この地を宿営地にしている礼を言わせろ。アドルフが来たがったなら昼食に招待して良い。使者に出すものは今回の事を知らない者を人選しろ。出立は午後だ。帰国する。それまでは休止とするが警戒は怠るな」


 モーティマーの言葉に、幕僚達が動き出した。


 ◆◆◆◆


 夜が明けた頃、平服を着たアドルフさんが正門から帰ってきた。

 同じく平服を着た大司教様と秘書の方を連れている。他にもぞろぞろと人がついて歩いているが見たことのない顔ばかりだ。 


 ハンスさんによれば、途中からアドルフ町長が町のすぐ近くまで帰って来ていたそうだ。なんでも、大司教様達と一緒になってレヴァナント使い達を捕まえていたとのこと。




 まずはハンスさんが出迎える。


「お二人共、ご無事のご帰還なによりと存じます」


 わざとらしいくらいに恭しい。防衛司令官と教区大司教に抜け駆けされている。色々と言いたいことがあるのだろう。


 と、大司教がゆっくりと進み出ると右手をハンスさんにかざした。


「何事も女神様のご加護あってのこと。皆さん、今日と言う日を無事に迎えられたことを女神様に感謝しましょう」


 そう言って跪くと、両手を胸の前で組み合わせた。

 周囲の者は皆同じようにする。もちろん、私もだ。

 ひとしきり、大司教の祈りの言葉を聞きながら、女神様に感謝の気持ちを捧げる。


「二人の方が亡くなったそうですね」

「はい、教会神官が一名と衛兵が一名です」

「二人の冥福を祈って、祈りを捧げましょう」


 再度大司教の祈りの言葉を聞きながら、勇敢に戦った二人の冥福を祈る。

 大司教は祈りを捧げ終わると立ち上がって膝の土を払い、では皆様に女神様の祝福を、と教会へ去って行った。


 アドルフさんがハンスさんの前に改めて立つ。


「苦労を掛けたな。おかげで町が助かった。礼を言う」


 完全に間合いを外されたハンスさんは、ため息をついた後で、皆のおかげです、と返しただけだった。




 こういう時は我らがベアトリクスの出番だ。


「途中から引き返して来るなら最初から言ってくれれば良かったのに」


 わざとらしく口を尖らせてむくれたふりをするが、目がニヤけているのは隠せない。


「すまんな。味方も騙せないようであれば敵の斥候はまず騙せないからな。それに、相手がレヴァナントであれば儂では太刀打ちできなかったよ」

「西の峠の盗賊は?」

「儂が思うにもう片付いているのではないかな。もしそうでなければ、もう一回行くさ」

「まあいいわ。約束より早く帰って来たから許したげる、って多分町の人皆がそう思っているわよ」

「すまなんだ。今度からはもう少し気をつけることにするよ」


 防衛司令官が小娘に頭を下げている。周囲には大勢の人がいる。公開処刑になってしまった。




「嬢ちゃん。もうその辺で変わろうか」


 今度は自警団の番だ。オーウェンさんが出て来た。吊し上げだ。


「町長。相手がレヴァナントではなく、人間の軍隊だったらどうするつもりだったんだい?」


 アドルフさんは黙っている。


「町長。是非話して下さい」


 ハンスさんが促すと、アドルフさんも観念したようだ。


「儂一人で敵の荷駄隊を焼き討ちし、その混乱に乗じて敵の本陣を強襲する予定だった」


 皆がどよめく。防衛司令官自らが単身敵に急襲を仕掛けるなんて非常識もいいところだ。


「お、お一人でですかい?」


 オーウェンさんも驚いている。


「儂一人なら、カモフラージュとテレポートの魔法を使って、敵の本陣までたどり着く自信はあった。それに、そんなことをするのは儂一人で十分だろう」

「なんでまたそんなことを?」

「籠城は援軍が期待できるか、敵の兵糧が尽きる算段がたった時にするものだ。援軍は来ない、というよりも来られない。今は冬ではないし、敵の本国も近いから相手の補給は容易だ。辺りの村も略奪の対象になる。ならば敵の増援が来る前に食料を燃やし、本陣を壊滅させてしまえば、敵は引き揚げて行くだろう。そうすればこちらの勝ちだ」


 アドルフさんの言葉に、ハンスさんが眉間にしわを寄せている。


「その様な目的を達成したところで生還を期しがたい作戦を、町長自らが実践されると残された者は困るのですが」


 皆が一斉に頷いてアドルフさんを見る。

 アドルフさんは無言で俯いているだけだ。




「全く、男ってのはどうしてこう、すぐに死にたがるんだろうねえ。戦に勝ったところで、男が死んだら苦労するのは残された女なんだけどねえ」


 今度は女性陣だ。アドルフさんに対する糾弾の声はまだまだ続くらしい。

 アドルフさんもため息をついている。

 声の主は誰かと思ってみると、驚いたことにキャサリン先生がチェインメイルを着て立っている。ジェニファー先生とエミリー先生もいる。


「先生方か。大司教にはお会いされたかな?」

「はい。今しがた。ご無事でなによりでしたわ」


 ジェニファー先生がグイグイと前に出て来た。


「この度は先生方にもご苦労をかけた。聖水でレヴァナントを撃退されたと聞いたが」

「女神様のご加護あってのことですわ。町長の作戦とやらを実行に移さずに済んだのも、きっと女神様のご加護でしょう」


 これは怖い。ジェニファー先生、笑顔だけど圧が凄いですよ


 これにはアドルフさんも参ったようで、すまなんだ、と皆に向かって改めて頭を下げた。

 町の人達は皆ニヤニヤしている。お仕置きは終わりと言ったところか。




 オーウェンさんが、まあまあと宥める様にわざとらしく割って入って来た。


「実は町長にお願いがありましてね」


 揉み手をしている。


「どうした?」

「いやいや、他でもないのですがね。今回は自警団でも浄化を手伝ったり、避難誘導をしたりと色々ありましてね」

「報奨金か。町の財政からなんとか……」

「いやいや、そういう話ではなくて。儂らは町を守るためなら自腹で頑張りますんで」

「では、なにか?」

「いやいや、実はですね……」


 もったいぶった自警団長の話は、町を挙げてお祭りをやりたいとのことだった。


 自警団は、襲撃してきたレヴァナントの群れを大量の聖水をぶっかけて自分達で撃退出来たことがいたく気に入ったようで、町中で大量の聖水を盛大に桶でぶっかけ合って互いの無事を祈る祭りを新しい町の名物にしたいと言うのだ。そして、その予算を町で持って欲しいと。時期は真夏が良いそうだ。


「それは面白そうだ。町長、是非やろう。上下水道管理事務所は全面的に協力するぞ」


 案の定、パウルさんがのってきた。


「院長先生もきっと賛成してくださいますわ。大司教様には院長先生から話をしてもらいましょう」


 ジェニファー先生が院長先生の名を出した。破戒のカトリーヌがお祭り話にのってこないわけがないし、院長先生が話をして教会が断れるわけもない。もっとも、教会が禁止しているレヴァナントを聖水でもって打ち破った事が祭りの発端なのだから、教会も反対しないだろう。聖水を大量に成聖するにあたって、お布施も集まるに違いない。

 本来ならば、一年後の今日にやればいいのだろうが、きっと待てないのだろう。


 外堀を埋められた感があったアドルフさんは、しかし、大のりだ。


「それはいいな。辺り一帯に宣伝して大いに人を集めよう。前日からいつもより多めに村々への馬車を出して人が集まるようにしよう。出店を出して盛大にやって王都に聞こえるくらいにやってやろうか」


 元より王都から離れた地方の田舎暮らしだ。娯楽らしい娯楽もそうそうあるわけではない。皆大喜びで意見が飛び交い始める。結局、毎年、八月第一日曜日に一日だけ盛大にやろう、と決まってしまった。


 最初はアドルフさんの行動に文句を言う集まりのような雰囲気だったが……。


 どうしてこうなった?

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