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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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封じ込め作戦

 ついにレヴァナントの群れは正門を突破した。正確には穴を掘ってくぐり抜けてきた。

 親父さんの仕掛けた燃えている材木をものともせず突き崩すと、そのまま二番目の門へ前進してきた。


 何というか、レヴァナントは人の形をした腐った肉が動いているとしか表現のしようがない。初めて実物を見たのだが、何度もえずきあげて吐きそうになった。しっかりしな、と平気な顔で言ってくるベアトリクスが信じられない。


 そのうち、先頭が罠に掛かった。沢山の木の杭を地面に打ち込み、足首の高さに針金をクモの巣のように張り巡らしたのだ。

 

 ネズミ退治で使った柵の応用だ。頭を突っ込んだネズミが足や胴体が引っ掛かって抜けなくなっていたので、地面に針金を張ったら足止めにならないかと考えた。

 ゆっくりと様子を見ながら歩けば苦も無く越えられるだろうが、続々と後ろから来るのに押されてゆっくりとは歩けない。一度でも足を引っかけて転ぶと簡単には起き上がれない。後続が来れば来るほど混乱するだけだ。


 引っ掛かるレヴァナントの数が増えてきたところで、上から投網を幾つも投げ込みさらに動きを止める。

 遂には折り重なって塊になった。


「グレイシエイト!」


 アンジェリカさんが氷の魔法を放った。

 レヴァナントの塊が一瞬で凍り付き、さらにベキベキと成長して全体を氷で覆う。氷の高さは人の背丈くらいの高さになった。

 周囲の地面や壁まで冷気で凍り付いている。

 周囲の温度が下がったのか、初夏の夜なのに肌寒く感じた。


 上級魔法だ。

 パウルさんの魔法と違ってアレンジとかはしていないが、やはり迫力がある。

 衛兵隊も皆どよめいている。

 レヴァナントを塊にして魔法で凍らせるというのは計画通りなのだが、まさかここまでとは思っていなかった。


「凄いな」


 アンジェリカさんのことを昔から知っているハンスさんも驚いている。


「ちょっと、頑張っちゃいました」


 アンジェリカさんは照れたように言うと、マルセロさんの後ろに隠れてしまった。

 可愛いのはいいんだけど、なんか緩いなあ。


 くいくい、とベアトリクスが袖を引っ張ってきた。

 呆れたようにため息をついている。


「あれ、謙遜してるように見えるけど、頑張って凍らせる範囲を狭くしたって意味だからね」


 えっ、あれで手加減したの?


「本気出したら多分家一軒庭まで氷の山になるわよ」


 見なさい、と指さす方向を見ると、強制的に氷を作ったせいで壁がほんの一部壊れていた。

 パウルさんが、顎でくいくいとその部分を差し示しながらニヤついている。

 それを見たアンジェリカさんが、パウルさんに向かって舌を出してすぐひっこめた。


「全力を出してない分、完成度に問題があると言いたいのよ、多分」


 うーん。魔法使いって奥が深いのね……。よく分からないけど、こだわりすぎじゃないかな……。




 なにはともあれ、氷の山でレヴァナントを食い止めることが出来た。

 後続のレヴァナントも氷の山は登れないようで、完全に足止めされている。


 もうこれでいいんじゃないかな、とも思うが、同じ魔法を使える者がいるとあっさり解凍されてしまうらしい。普通の生き物なら十分だ。しかし、もう既に死んでいるレヴァナントの場合は、解凍されると元に戻って攻撃してくる。


「クランプ・サンド!」


 アンジェリカさんが再び登場する。今度は土属性の中級魔法だ。

 第二の門の土台になっている壁際の土を大量に掘り下げていく。


 パウルさんがすぐ横で見ていて合図をすると、今度は氷の山に向けて真ん中がくぼんだスロープを作るように掘っていく。掘りあげられた土は宙を飛んで、どんどん二番目の門の内側に溜まっていき、掘り終わった頃には……。


「ねえ、ベアトリクス。あれって、もしかしてドラゴンかな?」

「もしかしなくても、そうよ。あきれて物も言えないわ!」


 土の塊はいつの間にか、翼を広げ、右の前足を振り上げ、頭を天に向けて咆哮し、今にも飛び上がらんばかりの見事なドラゴンの像になっていた。


 両手を腰にすえ、エッヘンとばかりに胸を張るアンジェリカさんの横には、満面の笑みで拍手を送るマルセロさん。

 ハンスさんも両手を広げて大喜びだ。


「なんと素晴らしい……」


 パウルさんに至ってはドラゴンに向かって跪いて呆然としている。


 あの……私達、戦争してるんじゃなかったっけ……。




 結局、変な人達はほっとくことにして、工作所の親父さんをつついて作業を進めることにした。

 幸いなことに親父さんは腕を組んで真面目な顔をしている。


「親父さん。次の作業ですが……」

「そうだな。儂が金粉を塗して黄金竜にしてやろう」


 この親父は……。


 結局、変な親父もほっとくことにして、お弟子さんと一緒に次の作業に取り掛かった。




 梯子を使って門の下へ降りる。

 壁に向かい、お弟子さんの指さすところに絵具で印をつけていく。

 アンジェリカさんが作った土のスロープは真ん中がへこんでいて、丁度柱と柱の間が一番低くなっている。お弟子さんが指示したのはその部分だった。


 印をつけたところに錐で穴を開ける。

 固いのでなかなか開かないな、思っていたら、衛兵隊から声が飛んできた。


「レヴァナントが石を運んできます!」


 土ドラゴンを見て喜んでいた者達も含め、皆慌てたように動き出した。


 だから、早くしろって言ったのに! 相手が何もしないわけないじゃない!




 ようやく、親父さんが梯子を降りてきた。穴あけ役を代わってもらい上に上がると、なるほどレヴァナントが手に手に石を持っている。斧を持っている者もいた。幸いなことに弓を持っている者はいなかった。矢が飛んできてもパウルさんがいるから安全なのだが、上級魔法の使い手が一人自由に使えるのは、そうでないのと比べて全然違う。


 氷の山に押し寄せていたレヴァナントは一旦引き上げたのか半分近くに減っていて、正門の下の穴をくぐっては衛兵隊が投げ落とした石を運んでいる。

 持ってきた石を隅に積み上げると正門の下に掘った穴に戻っていく。また石を運んでくるのだろう。

 なかには土の塊を持ってきたのもいて、土もそこへ被せている。このままほっとくと街壁に登って来られるようになってしまう。



 斧を持ったレヴァナントが正門の閂を斧で壊し始めた。

 このままでは、正門が完全に破られてしまう。

 どうするのかと思っていると、ドラゴン好きのハンスさんが私達の所へやってきた。


「これで、相手はこちらが何をやっているかが見えていないことが分かったな」

「どういうこと?」

「石を積んだところで、氷の塊に変えれば登っては来られないだろ? 壁を登るつもりでいるんだろうが、アンジェリカの魔法を見ていたら石運びなんて手は打ってこんさ」

「でも、それだけじゃレヴァナントは倒せないですよね?」

「我々は相手を倒す必要なんてないのさ。時間を稼げばいい」

「そっか、時間がないのは相手のほうなんだ」


 院長先生とアドルフ町長が帰ってくれば、きっと状況が変わる。それまで耐えればいい。


「相手の手の内を見るには、こちらが何もしないことも必要だぞ」


 あれっ?


「遊んでいるとでも思ったか?」


 私とベアトリクスを見ながらニヤついている。

 あっ、くそう。なんか悔しいぞ。




 ハンスさんが右手を上げて合図すると、それを見たマルセロさんがレヴァナントに向かって両手をかざした。


「ピュリフィケイション!」


 レヴァナントを浄化する魔法だ。

 斧で門を壊していた十数体以上のレヴァナントが光に包まれたかと思うと、あっという間に土になった。


 凄い!

 マルセロさんてやっぱり凄い人だったんだ。


 レヴァナントを見るのは初めてだったから、浄化の魔法も初めて見た。

 浄化されたレヴァナントって本当に土に戻るんだ。


 ふと思いついた。


 石を運ぶレヴァナントの一人に狙いを定める。


「クリーン・アップ!」


 ああっ、狙いを定めたレヴァナントの服が綺麗になった……。


「あんたまで遊んでんじゃないわよ!」


 ベアトリクスに怒られてしまったわ……。




 アンジェリカさんが土の魔法で正門下に掘られた穴の周りに土の壁を作った。

 壁の周囲に石を持ったレヴァナントが集まってきたところで、マルセロさんがもう一回浄化の魔法を使う。レヴァナントは土になり、持ち込もうとした石と土が穴を塞いだ。

 直ぐに掘り返されたが、そうやって時間を稼いでいるうちに工作所の二人の作業が終わった。


 例によって、ベアトリクスが呼ばれる。今回はパウルさんも一緒だ。

 退避の声が掛かる。皆、胸壁や門の影に隠れた。


 ベアトリクスが、ファイアー・ボールを飛ばす。

 バチバチと言う音が聞こえてくる。

 そこへ、パウルさんが魔法を放った。


「ウィンド・バリア!」


 風の上級魔法だ。


 バチバチいっていた音が消えた……。

 やはり、使い方が違うような気がするが。


 本来のウィンド・バリアは、周辺の空気を圧縮し、空中に強固な空気の障壁を作って味方を守る魔法だ。矢除けの魔法では防げない、例えば、投石機で飛ばされてきた石とかまでを弾き飛ばせるらしい。


 パウルさんはお椀型に空気を圧縮して壁を覆い、障壁内の音を消したのだった。

 レヴァナントが石を運んできたから、スロープを破壊したことは相手の知るところになった可能性がある。派手な音がしたし木片も盛大に飛び散った。ばれていてもおかしくはない。これ以上手の内を知られるわけにはいかない。




「もう、終わったみたいだぞ」


 パウルさんの言葉に、物陰に隠れていた皆と一緒になって壁を見た。

 壁にはいくつかの穴が開いていた。印をいれたところだ。ひび割れもすごい。

 

 工作所の二人が降りて行って検分した後、問題なしのサインが出た。

 衛兵隊が何人かハンマーを持って壁に向かう。壁の穴を広げるためだ。 


「流石だわ。あの応用力は見習わなければいけないわね」


 ベアトリクスが感心している。


 そう、だからね、クリーン・アップでレヴァナントの見た目に変化を……何でもないです。そんなに睨まないで。ごめんなさい。




 下水道の壁が崩れて無事に穴が広がったところで、アンジェリカさんが穴に向かうスロープの表面を氷で覆った。そして、レヴァナントを凍らせて作った氷の山をあっという間に溶かしてしまう。

 解凍されたレヴァナントが動き出す前に衛兵隊が針金の柵を固定していた杭を斧で叩き切る。


 さあ、これで準備万端だ。

 あとは、歩いてきたレヴァナントが坂の氷でツルツルと地下下水道に滑り落ちていくのを眺めるだけになった。


 下水道は取水口を閉じて排水口を全開にしてあるから、水路に水は無い。衛兵隊の別動隊は水が無くなったのを確認して水門の周囲にバリケードを作っているはずだから、水門が壊される心配も多分ない。


 別動隊にはもう一つの役割があって、下水道に滑り落ちて来たレヴァナントに向かって矢を放ち、奥へ奥へと誘導することになっている。

 そうすることによって、四千体だかのレヴァナント全てを下水道に誘導した後で、アンジェリカさんが土の壁で穴を塞げば封じ込め成功だ。


 自分の足の下をレヴァナントがうろついているのは気分のいいものではないが、襲い掛かってくるよりは遥かにマシなので、良しとして欲しい。


 その頃には教会の裏庭に侵入してきたレヴァナントを全て浄化したとの報告が入ってきた。現在、再襲来に備えてバリケードを構築中らしい。


 さらに、ハンスさんの策で、悲鳴を上げながら門から逃げる人を装って、相手に門の突破に成功したと思わせることになった。

 喜び勇んで逃げる役に挑んだパウルさんは迫真の演技だったらしい。周辺の警護にあたっていた自警団には事前に話をしてあったにも関わらず、すわ本当に敵の襲来かと武器を手に集まってきたぐらいだ。


 凄い人なんだけどね。凄い人なんだけどさ。なんなんだろうなあ……。


 その話を聞いたベアトリクスは天を仰ぎ、ハンスさんは両手を広げて盛大に肩をすくめた。




 最後のレヴァナントが下水道に滑り込んでいった頃には、東の空が白んできた。まもなく、朝日が昇るだろう。

 私達は町を守り切ったのだ。

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