アドルフと大司教③
最初に正門を襲うレヴァナントを操る術者を見つけたのは大司教だった。
ミュートの魔法とカモフラージュの巻物で気配を消し、センス・ライビングで生きている者達の居場所を確認したところ、船着き場の建物の中に数人の反応を感知した。しかし、建物の中の状況が分からなかったので、容易に近づけずにいた。
止むを得ず離れて様子を見ていると、新たに生命反応を感知した。数は七人、しかも位置は川の上だった。姿が見えないまま進んで来て川岸に上がって来た。
念のため気配を消したまま近づき様子を伺っていると、アドルフ達が姿を現したのだった。
「アドルフ殿ですか?」
突然、闇の中から声がした。しかも、自分の名を呼んでいる。
アドルフはその声に覚えがあった。しかし、まさかと思い厳しく誰何した。
「姿を現さんか。中の原の者なら同士討ちだぞ」
魔法を解除したのだろう、カンテラを持った二人の町人風の男が、叢の中で屈んでいるのが見えるようになった。
名を聞くと中の原教会の大司教と秘書だった。
二人とも満面の笑顔で近づいて来る。
「やはり、アドルフ殿でしたか。川から生命反応が上がって来た時には生きた心地がしませんでした」
「こんな所でそんな恰好をして、何をやっていたのですか?」
大司教が事情を話す。
「大司教ともあろう御方のすることではありませんぞ」
アドルフは呆れたが、一方で感心もしていた。大司教ともなれば皆に守られて隠れていても良い立場だ。なのに、たった二人でレヴァナント使いに対抗しようとして、既に三人捕えたと言うのだ。
「いや、面目ない。なにか出来ることをしようと思いまして。して、アドルフ殿はここで何をされていたので?」
頭を掻く大司教の言葉に、今度はアドルフが気まずくなる番だった。なにせ、やろうとしていた事は同じだからだ。
あそこの小屋に、と大司教が指さす方向には渡し船を扱う者達の小屋がある。
「あそこの小屋に五人の人間がいるようです」
レヴァナント使いがいるであろう小屋は入口が町の方角、つまり西にある。外光を採るために残りの三方には窓がついているが、今は戸板が下ろされていて中の様子は分からない。
アドルフは、猟師達にカモフラージュを掛けてやり、小屋の北側を大きく迂回して入口が見える所から弓矢で支援をするように指示を出した。
衛兵はアドルフ達と共にカモフラージュで姿を消し小屋に近づいた。三人の衛兵のうち二人を裏手に残し、アドルフ、大司教と秘書の三人が川沿いに入口に近づいていった。もう一人の衛兵には小屋の北側から回り込ませた。
入口の扉は大きく開け放たれている。小屋の中には五人の術者がいてレヴァナントを操っているのだろう。
「五人でしたな?」
アドルフの囁きに大司教が頷く。
大司教が生命感知の魔法で味方が配置に着いたことを確認し、アドルフに知らせた。
行動開始だ。
アドルフが裏手の二人に合図を送ると、一人が油を染み込ませた布を木切れに巻き付けた即席の松明に火をつけた。もう一人が木戸を開け油の瓶を放り込むと、続けて松明を投げ込む。
ボッ、と小屋の中で油に火が燃え移る。
小屋の中で悲鳴が上がった。
人影が飛び出て来た、と思うとその場で転倒した。
入口では、アドルフの合図と共に、衛兵と秘書がロープを手に持ち足を引っかけるべく向かい合って互いに引っ張っていたのだ。
そのまま五人が団子のようになったところへ、裏手からきた二人の衛兵を加えて五人がかりで打ち据え気絶させてしまった。
アドルフが小屋の中を見ると当然の様に小屋の中は燃えている。燃え広がる前に消さなくては、と思った瞬間、小屋の真ん中に人影が見えた。生命反応がない者が一人いる。
その目が赤い。
「マジックバリア!」
アドルフは反射的に魔法を防ぐ壁を自分の前に作り上げた。
ガラスが割れるような音がして、あっさりと解除される。
小屋の中の人影はゆっくりと外に出て来た。
そこへ、どこからか矢が一本飛んできて人影の胸に刺さった。猟師が放ったのだろう。
人影は矢を引き抜くと何事もなかったかのように投げ捨てた。
「効かぬわ」
人影が声を発したことに皆が息を呑んだ。
操られているレヴァナントでは無い!
「ハーデンド・ストーン!」
アドルフが魔法を唱えると人影が石礫に覆われ石像のようになった。石で覆い固めたのだ。
一瞬後に魔法が解除されてしまい、石像の表面が砕け散って周囲に石礫をまき散らす。
「魔法使い風情の中級魔法が効くとでも思うたか?」
人影がニヤリと笑うかのように口元をゆがめ、挑発してくる。
アドルフといえども上級魔法を使うのは詠唱を必要とした。つまり無防備になる。そこを狙っているのは明白だった。
さらに矢が飛んできた。人影は既に除けようともしない。
が、矢が胸に刺さった瞬間、苦悶の表情を浮かべ傷口を見た。
赤い目が見開かれ、信じられない、とでもいう表情をしている。
さらに二本の矢が突き立つと、断末魔の悲鳴を上げて膝から崩れ落ちて倒れた。
アドルフにも何が起こったのか分からなかった。
苦しそうなうめき声をあげる人影は、それでも膝立ちになり、うめき声とともに三本の矢を力任せに引き抜くと、よろよろと立ち上がった。
赤い目は力を失っているのか、消えかかっているようにも見える。
「アドルフ! 覚えておけ! この屈辱忘れぬぞ!」
轟! と風が巻き起こり皆思わず顔を背ける。
そして、顔を上げた時には人影は消えていた。
「皆、大丈夫か?」
半ば呆然としながらもアドルフが周囲に声を掛けると、辺りにうずくまっていた者達が起き上がってきた。皆軽い擦り傷や打ち身程度のもので被害はなかったと言ってよいだろう。
カモフラージュを解くと皆に集まるように指示を出した。
皆が姿を現し、猟師達は北側の草むらから出て来た。
「矢を放ったのはお前達か?」
「効いたようですな」
三人の猟師が嬉しそうにしている。町長や大司教の危機を救ったのだ。自慢して良い。
「一体、どんな手を使った?」
アンガスはレヴァナントが最後に投げ捨てた矢を拾ってきてアドルフに見せた。
鏃に銀貨をアスファルトでくっつけて糸で縛って固定してある。
「魔物には銀の鏃が効くもんで、即席の銀の鏃でさあ。レヴァナントが相手ということなんで、手付に頂いた銀貨で作りました」
猟師の秘伝らしい。
猟師達は深い山の奥で狩りをする。鉄の鏃では通用しない魔物に遭遇する時もある。そういった時には銀貨を使い即製の銀の鏃で戦うのだと言った。銀製の鏃には劣るが、十分な効果があることはアドルフの目の前で実証された。
銀の鏃は儂らには贅沢品なんで、とアンガス達が笑っている。
銀貨一枚くっつけても元手が掛かるわけだが、緊急時の必要経費なのだろう。
「いや、本当に助かった。正直倒せんかと思った。これは報酬を上乗せせねばならんな」
猟師達から歓声が上がった。
「最後のあれは一体何なのですか?」
大司教が聞いてくる。
「恐らくはレヴァナント使いが自らレヴァナントになったのだろうと思いますが」
「ヴァンパイアでしょうか?」
「そうかも知れんが……、そうは思いたくないですね」
ヴァンパイアは、魔王とは別に人間に危害を加えてくる。ただし,それは捕食者としてであって、敵対しているわけではない。人が動物を狩ってその肉を食べるようなものだ。
それに先ほど対峙した者は、最後にアドルフの名前を叫んでいた。ヴァンパイアのようなプライドの高い種族が、レヴァナントの群れを率いて襲ってくるとは思えなかった。彼らなら自分一人くらい簡単に殺せるだろうと思っているからだった。




