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清貧に生きる野良神官は魔物退治をしながらお金を稼ぐ夢を見る  作者: 兎野羽地郎
第一部 第一章

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中の原盆地

 エングリオ王国北部、セルトリア国境付近に領土を持つモーティマー辺境伯は久しぶりに機嫌が良かった。




 先の戦争では散々だった。

 隣国のセルトリアに攻め寄せたまでは良かった。問題はその先だ。国境の森の中の一本道を進んでいる途中、潜んでいた敵の幾つもの小部隊に同時に両側面から襲われた。各所で分断包囲され、大敗してしまった。

 そのまま何年も国境の森を突破出来なかった。


 ようやく突破出来たかと思ったら、出口で囲まれ足止めを喰らい、補給物資を散々狙われた。

 森の中を迂回する小規模の別動隊を何回か出したが、橋頭保を作ることも出来ず全部撤退してきた。


 結局攻めあぐんで小競り合いに終始しただけで休戦だ。


 おかげで、危うく戦犯扱いにされかかった。

 四方八方に賄賂を贈って、なんとか事なきを得たが、敗戦の賠償金の影響で戦費は自己負担となり大損だった。


 自分の領地は減らされることは無かったものの、損失を取り返すためには税額を上げねばならなかった。このままでは、ある程度の数の農奴が彼の領地から逃げていくかもしれない。

 ただでさえ、セルトリアに接する彼の領地は、常に農奴が逃亡する危険にさらされているのにも関わらずだ。




 セルトリアは農奴がいないらしい。

 契約農民とか言って、国が金を出す開墾作業に加わったらタダで土地を使う権利をもらえると言うのだ。

 幸いなことに他国からの逃亡農民は受け入れずに送還すると公言しているので大規模な逃散はないが、そんな馬鹿なやり方で領地が維持できるわけがない。


 大体、セルトリアは貴族がいない国だから始末が悪い。まともに反対する者もいないのだろう。

 素性の卑しい馬鹿な連中を選抜試験とやらで側近にしてしまっている。気に入ったら金で報酬を支払い、領地は与えないらしい。

 自分の領地の運営も知らない連中に国家運営の何が分かるというのだ。


 おまけに、魔王が復活したとか言って、つい三年前まで敵方だった我が国に厚かましく援軍要請をしてきおった。

 おかげで、一番近い儂の領地の兵が援軍に出る羽目になってしまったのだ。

 五千人もだ。


 出征資金は王が出してくれたが、魔王軍に勝ったところで領地が増えるわけもない。

 幸いなことに、他国から来た援軍同様、陣形を崩されないように防戦に徹していてあまり戦わなかったから、損害は僅かだった。


 いっその事、セルトリアが滅びるまで放っとけば良かったのだ。国中の兵をかき集めてもせいぜい一万程度の常備兵しか揃えられないちっぽけな国が滅んだところで、後で他の国が連携して取り返せばいい。




 近年の彼の愚痴はとめどもなかったのだが、今朝方になって以前から放っておいた斥候が朗報をもたらした。


 仕掛けは完了している。


 それだけだったが、彼は全てを理解した。


 魔王軍討伐救援軍として不承不承ながらセルトリアまで赴いたのだが、その際彼は一人の男を連れて行った。

 黒いローブを羽織った老人で、いつもフードを目深に被っているせいで表情が分からない男だ。


 モーティマーは、魔王軍本隊との決戦前夜、自分の天幕内でかわした、その男との会話を思い出した。




「いかがですかな。ご決断の時でございまするぞ」

「そう上手く二人を釣り出せるとは思えんが」

「釣り出せなければ止めれば良いだけ。伯にご損はございますまい」

「貴殿らの兵士とやらが町を占拠した後はどうなる」

「伯に引き渡しましたら、我らが兵士は闇に隠れて町をお守りいたしまする。もっとも、しばらくは持ちこたえてもらわねばなりませんから、お国元からも兵を呼び寄せれば良いのではないですかな」

「教会にはもう一人大司教がいるではないか」


 それを聞いたローブの男は引きつった様な笑い声をあげたのだ。


 モーティマーはその男の笑い声が嫌いだった。

 不快な男だ。

 この男と出会って以来何度となくそう感じていた。


「あの町の大司教をご存じありませぬか。使える魔法は生体感知の魔法のみでございまする。ホーリーでさえ使えぬ、自分の身すら守れない輩ですぞ」

「勝てると思うか」

「少なくとも伯は負けませぬ。我らの兵士が討滅された場合は、知らぬ顔をして通り過ぎれば良いだけのこと。伯が兵を進めるか否かは伯がお決めなされば良いのです」


 セルトリア王国軍はほぼ全軍が魔王軍と対峙している。そう簡単に戦場を離れられるものではない。

 せいぜい三日、恐らく二日で片が付くならば……。


「報酬は何を望む」

「かの地の教会をお任せ願えれば。あとは伯のよろしき様に」

「なぜ教会なのだ」

「宗教上の対立でございますゆえ。伯にはお耳汚しになるかと」

「財宝でもあるのか?」

「その様なものなど。全て伯にお引き渡しいたしまする」


 こ奴らの兵士とやらが町を占拠し我らが維持する。兵力は十分だ。


 勝てる……か。


「我らにとっては長年の研究の成果を伯にご覧いただくだけのこと。実験の結果、上手く町が手に入れば儲けものでございましょう。僅かばかりの武器をご提供いただくだけでございまするよ」

「失敗しても問題は無いと言う事か?」

「左様でございまする。決してご損にはなりますまい」


 負けてもこちらの損失にはならないのであれば、拾い物かもしれん。


「よかろう。手を組もう。ただし、町を占拠するまでは我らは手を出さんぞ」

「かしこまりましてございまする。我らがしくじりました場合は、お見捨ていただいても結構でございますゆえ」


 ローブの男が顔をあげ真正面から鎧の男の顔を見て笑った。


 不快な男だ。




 そして、今、魔王討伐軍解散後の帰路にいる。先の戦争で彼自身が踏み込むことの出来なかったセルトリア領内だ。


 セルトリアの兵は魔王の棲む森にくぎ付けになっている。馬鹿な王が国中から兵を集めたせいで、あちこちの町が空っぽになっているらしい。

 我が領地に近い中の原もだ。辺境伯である儂は、自領の周辺との外交や戦争に一定の裁量権を持っている。つまり、いつ攻め込んでも勝てば問題は無い。


 魔王軍と対戦する時は各国が連携するが、それも援軍要請が継続している間だけだ。

 いまや援軍は不要となって、各国の派遣軍は各々帰国の途についている。つまり、我が軍は国境の忌々しい森を既に越えており、誰にも邪魔されることなく中の原の町まで行ける。


 魔王討伐軍の援軍は帰国するまでは互いに手を出さないのが慣例の様になっているが、そんなものは屁理屈ばかり言う文官共のたわごとにすぎん。宣戦布告をせずに開戦した例も史上数多くある。


 斥候の情報では、中の原の兵力は衛兵隊とか呼んでいる国軍の下部組織のようなものが五十人らしい。


 たった五十人。鼻くその様なものだ。もちろん、町に残っている者どもが抵抗してくるだろう。しかし、女子供や年寄りまで含めた一揆のような四千人なぞ恐れるに足らん。まともに戦える男はせいぜい千五百人程度だろう。


 なにせ、こちらは五千人だ。十分な装備と歴戦の勇士達だ。上手くゆけば戦わずして町が手に入る。


 元々は戦争中に仕掛け始めたのだが、時間が掛かっているうちに休戦になってしまい役に立たなかった。しかし、それも今にして思えば、今日という日に役に立つ良い巡り合わせというものだろう。


 失われた都の強欲な神官どもを手懐けるには結構な手間がかかったが、今回の事で元が取れるなら十分だ。我が王が儂を魔王軍討伐の援兵に選んだ理由も今なら分かる。

 

 上手くいけば、中の原全域の五万人を養える土地が、せいぜい三日程度の戦闘で労せずして新しく手に入る。

 半分は王に献上せねばならんだろうが、残りの半分は自分の物に出来るだろう。


 季節は六月、麦秋だ。

 街道の両側で風にうねる黄金色の波を見て、ほくそ笑んだ。

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