決意の夜
立ち止まって動けないダンフォース司祭を、人狼が左足で蹴とばす。司祭は煉瓦塀の家に叩きつけられた。口から血の塊を吐く。狼男がトドメを刺そうと、牙の並んだ口を開く。司祭は観念して目を閉じる。
――拙僧の命もこれで終わりか……無念だ……
突然、銃声がして、狼の怯んだ声が聞こえた。硝煙の匂いがして、司祭の左目に猟銃を持った老人の姿が映る。
「おお……イグナーツ殿……」
「無事か、ダンフォース司祭!」
「すまん……助かった……」
「おのれ、〈魔狼〉め……孫のエリシュカを放せ! 儂の弾丸は銀製じゃぞ!」
銃口を狼男に向けるが、顔をしかめた獣人は、エリシュカを口に咥え、四つん這いになった。巨体にも関わらず、野生の狼以上の敏捷な速さで駆けだした。動く的では、銃弾が少女に当たる危険性がある。
「エリシュカぁぁぁ~~~~~~!」
人狼は8メートルもある丸太の柵を飛び越えていった。10メートル以上の跳躍力をもつ化物なのである。
宿屋の駒鳥亭では、通夜のような静けさだ。エリシュカが連れ去られ、母のイトカは床に泣き伏している。自分がついていながら、娘を奪われるなんて、と自責の念が身を蝕む。父のパトリクはオロオロと慰めていたが、突如、決然とした表情で立ち上がった。
「イトカ……私も狼狩り団に参加する。そして、娘を……エリシュカを人狼から救い出してみせる……」
「あなた…………」
涙を浮かべ、鼻水をすするイトカが、無理よと首をふる。
「そうじゃ、素人がいては足手まといじゃ……大人しく、宿でエリシュカの帰りを待っておらんかい」
「お義父さん……」
宿屋の入り口には弾倉ベルトを十文字にたすき掛けし、猟銃をもったイグナーツが鬼のような形相で立っていた。
「儂の目の前でエリシュカは奪われた。この儂の命に代えても孫娘を救い出してみせるわい。イトカ、パトリク……お前たちはエリシュカが帰ってきたときのため、家で待つんじゃ! 儂は孫を父無し子にしたくはない……」
鬼気迫る老猟師の気迫に、二人は口をはさむことが許されなかった。夫婦が初めて見る厳しい姿のイグナーツである。森林などの肉食獣に、魔獣まで屠ってきた魔獣ハンターの姿だ。老猟師は必死の決意をこめ、宿屋から去った。
一方、村の集会所の看護室では、治療魔力をもった神術者がダンフォース司祭の患部に聖なる光を当てていた。
「情けない……やっと、宿敵の正体が判明し、あと一歩だったのに……」
苦悶の表情を浮かべるダンフォース司祭。神術者が血は塞ぎ、肋骨も接着したが、今夜は絶対安静を言い渡し、他の修道士を代理指導者にすべしと勧告。
「いや、拙僧が指揮をとる。否やは許さん!」
ダンフォース司祭の目が狂信的な光を帯びて、神術者に宣言。こうなると、誰にも逆らえない。
「怪我人は大人しく寝てろよ、ダンフォース司祭……」
声のした方角に、看護室の出入り口の右木枠に背中を預け、腕を組み、右脚を左木枠にかけたグリフェがそこにいた。
「拙僧に意見するか……モンスター・スレイヤー……」
「俺の雇い主たちのたっての願いでな……俺も狼狩り団に参加するぜ……」
「ふふふ……それは心強いな……」
「なあ、なんで見ず知らずのエリシュカを守って、攻撃を受けた?」
「……拙僧には以前、息子がいてな……数年前、怪物に殺された……その面影が重なったのかもしれん……」
「そうか……」
かくして、エリシュカ救出に向けて、イグナーツ、ダンフォース司祭、そしてグリフェを含んだ狼狩り団はヴォーダン村の外れにあるボネの森へ進んだ。そこには〈ボネの隠者〉こと、ジル・ガルニエ師の住む館がある。




