魔狼出現
時を少し戻す。外は血のように赤い夕陽が街の建物や塀を染め上げていた。それは徐々に青い暗闇に包まれていく。紫雲が月を隠して、薄暗い。
ヴォーダン村の東門から一人の男がふらふらとやってきた。フード付き帆布コートを着て、髭をボウボウに生やした痩せた初老の男である。中央公園までくると、大型馬車や騎馬隊があり、修道士団や村人が集まって物々しい雰囲気だ。武装修道士が、初老の男を詰問した。
「私は光神教団の修道士です。失礼ですが、あなたは?」
「えっ? 小生はそのう……あのう……」
痩せた男はオドオドして目がキョロキョロと動く。修道士はこれを不審人物とみた。
「待ってください、その人は怪しい人ではありません。ボネの森の中の館にすんでいる隠者のジル・ガルニエ師ですわ。村人からも『聖ボネの隠者』として、尊敬されてますの」
「そうよ、元はミアーチェのルカレル大学で魔法学を教えていたえらい先生なのよ。私も以前、文字や算数を教えてもらったわ……」
駒鳥亭の女将であるイトカだ。背中から赤頭巾のエリシュカが抱きついて顔を出している。
「左様……小生は昔、ルカレル大学で教授をしておったもんじゃ……今は引退して、ヴォーダン村の町はずれで、隠れ住んでおる……晴耕雨読の日々よ……ランプの菜種油がきれて、買いにまいった……」
ガルニエ師は知り合いに出会ってホッと胸をなで下ろした。修道士は挙動不審なので、もしかしてと緊張したが、改めて見ると、安全無害な小心者に思えてくる。昨年、長年連れ添った女房アポリーヌを亡くして以来、傷心して館に引きこもり気味だそうだ。
「……そうですか……失礼いたしました。実は我々“銀の槌矛団”は〈魔狼〉狩りのため、村へやってきたのです……」
「ええっ? 〈魔狼〉? 確か、昨年退治されたと聞いたんじゃがのう……」
イトカは三日前にまた犠牲者が出たことを教えた。ガルニエ師は恐ろしさのあまりか、震えていた。
「村人全員に人狼の刻印がないかどうか、調査中なのであります。ぜひ、集会所へいって御協力をお願いいたします」
屈強な武装修道士が痩せこけた隠者を案内しようとしたが、その手を振りほどいた。
「人前で肌をさらすなど……そんな事はできん……」
「……不躾で失礼なお願いですが、御理解お願いいたします……」
「大丈夫よ、ガルニエ先生……すぐ終わるわ。あたしもすぐ済んだのよ……」
「そうですよ、ガルニエ師……村のみなもやっています……」
エリシュカが小走りにガルニエ師に近づき、両手で師の右手を握った。が、彼女は思いのほか力強い手で抱き寄せられた。
「……先生?」
「寄るな……教団の手先め……さては小生を探りにきたな……そうはいかん、いかんぞぉぉ……」
ガルニエ師の目に狂的な光が輝き、肩を震わせている。そして、彼の帆布コートから見える腕に、フードを被った顔面に剛毛が生えてきた。ズボンが破け、痩せた両足に筋肉が太い綱のように盛り上がり、膝が逆関節となった。長い尻尾まで生える。上半身を覆う帆布コートは破れ散り、黒褐色の剛毛に包まれた逞しい上半身となる。耳がピンと伸びて、頭上に移動。瞳が青い燐火にように燃え、口蓋と下顎がせり出し、白い歯がナイフのように尖っていく。
気弱げな隠者は狂暴な狼の顔に変化した。身長も3メートルほどに巨大化している。エリシュカは突然のショックと恐怖で失神した。
「エリシュカぁぁぁ~~~~~!」
エリシュカを右手で抱えた狼男は闇空にむかって咆哮した。いつの間にか、夜空には雲をかきわけ、蒼白く光る満月が輝いていた。
「おのれ、正体を現したな〈魔狼〉!」
武装修道士が銀の槌矛を構えて人狼獣に突撃する。文献によれば、弓矢、刀剣、銃弾も無効とする不死身の狼人間は、聖なる銀の武器でのみ倒すことができるのだ。が、獣人は野生の敏捷性でメイスの軌跡を躱し、修道士の頭部を鉄兜ごと噛みつき、首をねじ切った。切断面から血が奔流をあげ、首なし死体は膝をついて倒れた。
周囲にいた修道士と村人は次々と、狼男ガルニエの鉤爪と牙の餌食になっていく……ショックで金縛りにあったイトカは、エリカを抱えて東門に逃亡する人狼を見ても動けないし、声も出ない。が、子を思う母親の本能が、人体の無理を押し通した。
「誰かぁぁ~~~~! 狼が……人狼が出たわぁぁぁ~~~~~!!」
ガルニエの背中に連続して弓矢が刺さって、苦鳴をあげた。銀製の鏃の矢だ。
「見つけたぞ、我が宿敵……〈魔狼〉……俺の右目の疵がうずきよる……」
連射式弩銃を構えた姿は、白眼帯のダンフォース司祭だ。彼の左目が歓喜に燃える。そして、腰に帯刀した両刃の剣を鞘から出す。魔法鍛冶師が斎戒沐浴して聖なる儀式で鍛え上げた大剣に、光神教団の聖グランディエ枢機卿が祝福した〈聖銀の大剣〉だ。
ダンフォース司祭が一直線に獣人に走り寄り、剛剣を打ちふろうと身構える。が、人狼は右手で胴をつかんだ赤頭巾のエリシュカを盾にした。
「ぐぬぬぬぬ……卑怯なぁぁ……」




