北軍兵士パウル・ヴィーネ
昨年の春、南域メルドキアの一個旅団がヴォーダン村にやってきて銃剣でおどして駐留した。東の町に駐留する北軍の補給基地をたたくためだ。
食糧や燃料を差し出すように強制され、横柄な兵隊たちの逗留は半月も続いた。ある日、東の葡萄園農家にお使いにいったエリシュカは東の丘で酒に酔った二人の南軍兵士に出会った。昼間から酒を飲み、酔っぱらっている。
二人の酔漢はエリシュカの腕をつかみ、草むらに連れて行って乱暴しようとした暴れるエリシュカを南軍兵士が平手打ちした。
「乱暴はよせ!」
怒声に顔を上げた二人の酔漢は、眼前に銃剣を突きつけられ、蒼白になった。小銃の持ち主は軍服を着た北軍兵士だ。銃など携帯してない二人の南軍兵士は慌てふためき、こけつまろびつ逃げ出した。ショックで金縛り状態だったエリシュカは、兵士に抱きかかえられ、水筒の蓋コップで水を与えられ、生気を取り戻した。兵士は優しそうな少年の面影が残る青年だった。金髪の巻き毛で、青い瞳をしていた。
「ありがとう……兵隊さん……あたしはエリシュカといいます」
「僕はパウル・ヴィーネ。北軍の斥候をしていたんだけど、南軍に見つかっちゃったね……あはははは……」
「……えらい人に怒られる?」
「ん……まあ、そうだね。食事抜きか営倉入りかな? でも、民間人が乱暴されそうになったんだ。ほっとけないよ……」
パウルは困ったような顔をしたが、決然と言い放った。そして、彼女に軍配給のチョコレートを与えて、東の町に去っていった。まだ19歳だという。
数日後、この丘で南北の兵士の戦闘があった。宿屋の自室に閉じこもったエリシュカは、爆撃の音に震えて過ごした。戦闘は一日で終わり、南軍の旅団兵士たちは去って行った。
ギャリオッツもメルドキアの軍も、兵士の認識票だけ回収して遺体を放置していった。丘の上で腐敗して、カラスや野犬、狼の餌となる死体を放っておけず、村人達が爆心地の穴凹に遺体を埋めて、心づくしの墓標をたてた。
エリシュカも参加したいと申し出たが、子供が見るものではないと、両親にきつく禁止された。共同墓地には、持ち物から名前のわかる者は墓標に刻んだ。いつか……戦争が終わり、兵士の遺族が、遺骨を回収しにきたときのために。
作業が終わり、エリシュカはまだ新しい土饅頭が見える墓地へ行った。そして、ドキドキしながら、墓標に刻まれた名前を一つずつ確かめていった。
「神様……どうか……パウルさんの名前がないように……ないように……お願いします……」
が、現実は非情だ。墓標のひとつに、パウル・ヴィーネの名が刻まれていた。青ざめたエリシュカはフラフラとした足取りで、宿屋の自室にもどり、ベッドに身を投げ出す。あの時の優しい笑顔を脳裏に思い出し、じわりと涙が浮かび、火がついたように泣き出した。
「……そうだったの……そのパウルさんって人、いい人だったのね……」
悲しい記憶を思い出し、エリシュカがアンドレアに抱きついて涙ぐんだ。
「……そのパウルって奴は、軍の斥候としては失格だ。……だが、男としちゃ偉大な奴だぜ……」
「そうね……私、感動しちゃった……」
グリフェもタートルも、運命の道筋が変わっていたら、北軍の先兵として、パウルと同じ立場になったかもしれない……そう、思うと複雑な感情が湧きあがった。
「軍隊とは……軍人とは……そういう所なのですね……」
来年、徴兵されて国境警備につくはずだったミランも複雑な思いが胸に去来する。
――私は……同じ立場にたったら、どうするだろう……アンドレア様も自力で守れないのに……
一同が暗く想いを巡らしていたが、騒ぎ声がして中断させられた。宿屋の帳場に鎖帷子の修道士が来て、主人のパトリク・フロリアンと揉めていたのだ。
「どうしたんだ、主人?」
「それがその……〈銀の槌矛団〉が宿改めをしたいと……お客様の中に人狼が潜んでいるかもしれないと……」
「人狼だあ?」
そこへ、ダンフォース司祭と猟師のイグナーツもやってきた。
「そうだ……ヴォーダン村の魔狼の正体は人狼の可能性があるのだ……」




