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人狼の徴

「ええっ……人狼って、普段は人の姿で、夜中に狼の姿に変わるという獣人ですかあ?」



 駒鳥亭主人パトリクが震え声で確認する。大柄で太った彼は温和で、荒事の苦手な好人物だ。


「そうだ……教団の資料を調査し、古い文献もあたった。おそらく、伝説の魔獣・人狼の可能性がある……」

「パトリク……儂も司祭の仮説に驚いたが、思い当たる節もあるわい……儂は昔から村周辺の森林や山奥、渓谷、湖沼にいたる動植物や魔物妖怪の類いは知悉ちしつしておるが、今まで〈魔狼〉のような化物は見たことがなかった……もしかしたら、他の地から流れてきたのかもしれん」

「ふぅむ……人狼ねえ…………野生種と変身種、どっちだと思う?」 


〈EGG〉の怪物資料編纂所のデータによれば、獣人はおおまかにわけて二種類ある。古来より存在する野性の獣人種族と、人間が何らかの理由で変身する場合だ。


 グリフェは今までいろいろなモンスターと戦ってきた。猫人、豹人、虎人、リザードマン、コボルト、オークなど獣人族との交流や敵対もあったが、人狼とだけは会ったことがなかった。獣人族のなかでも頂点に君臨するといわれる種族だ。


 もう一つは、悪魔や魔女との契約、呪術や魔法で変身する場合、他の人狼に噛まれた場合などがある。


「拙僧は変身種だと推測する。なぜなら、昨年、昼間にいくら山狩りをしても、〈魔狼〉の巣らしき物も痕跡も見つからない。これは、昼間は人間に変身して村の住人に溶け込んでいるからだと思われる。つまり隣の見知った住民が、実はその正体は凶悪な狼人間だったというわけだ……」

「ひえええ……そんなまさか……信じられない。親しい人を残酷に殺すなんて……」

 大きな体のパトリクが震え声で否定する。


「いや、人間の姿でいるときは理性と知性があっても、夜に狼人間に変身すると理性は消し飛び、危険な獣性に支配された魔人となるのだ。友人、知人はおろか、家族にまで手をかける者がいたという……人狼に変身すると、狼の力と素早さを手に入れ、刀剣や銃弾で撃たれても死なない、不死身の肉体になるそうだ。まさに、ヴォータンの魔狼の特徴と条件があわないかね?」

「確かにのう……致命傷を与えても、数日後に復活したわい。高い崖から転落しても復活するのもありそうな話じゃい……」


 イグナーツがうんうんと、頷く。そして、義理の息子に宿改めの必要性を説得しだした。ダンフォースは目をつむり、独白する。


「折り悪くも、今日から満月が三日間続く……狼人間は月光のパワーを得ると最高の力を発揮するという……それが、村人全員に復讐する血のフルムーンにならぬよう、食い止めなくては……」

「それで、宿改めするのは分かったが、人狼の証拠をどうやって、掴む?」

「変身種の人狼の場合、悪魔や魔女との契約でも、他の人狼に噛まれた場合でも二の腕、肩や背中に月や電光、古代魔術文字などの痣が浮かぶそうだ。それを人狼のしるしとする。それを探しだせば、人狼を捕える事ができるはず……むっ、お主、随分と詳しいな……」

「おっと、俺はこれでも昔はその手の類いの伝承にはまって、調べたことがあるからさ……なんなら、俺の体から調べるかい?」

「そうだな……旅の者では可能性が低いが、全員を調べ泣けば意味が無い……順番に控室へ呼ぶから自室で待て……」


 パトリクとイトカが宿屋の旅客の部屋を訪ねて、身体検査をお願いはじめた。

 グリフェが食卓に戻って、タートルとミランにその事を話す。ミランが青ざめた様子で近寄り、小声で耳うちする。


「まずいですよ……グリフェ殿ぉぉ……アンドレア様の背中の左肩甲骨には昔、階段から落ちて怪我をした痕があって、それが三日月の形をしているんです……」

「なにぃぃぃぃぃ~~~~!!」

「そんな偶然って、あるのかい? こりゃ笑うしかないねえ……って、さすがに不謹慎か……むむむむ……」


 アンドレアが耳まで真っ赤にしてうつむく。よりによって、厄介な偶然が持ち上がった。下手をすれば、アンドレアは狼女にされてしまう。頭に血ののぼった自警団なら縛り首、狂信的な銀の槌矛団なら火刑にされるかもしれない……


 宿屋のアンドレアの自室のドアにノックがあった。ごつい体つきの二人の武装修道女が身体検査を始める。アンドレアがベッドに腰掛け、恥ずかしげに頭巾を脱ぐと長い金髪が肩に広がる。


 上衣を外し、ペチコート、シュミーズを脱いで、下着をとる。豊かな胸乳むなぢを両手で隠し、うつむく。白い肌が桃色に上気している。


 しかし、三日月の痣が見つかったとき、銀の槌矛団の修道士たちは彼女を捕え、美しい肌に針刺し、鞭打ち、水責めなどの拷問にかけるだろう。そして、広場に火刑台が造られ、引きたてられる彼女は憎悪の痛罵投石を浴び、狼女として火炙りとなるのだ。


「おお……なんと美しい……まるで、聖画像イコンの女神か、ビェネッタのニンフ彫像のようだわ……」


 二人の修道女が頰を赤らめ、心から感嘆して褒め称える。ふだんの彼女達なら、美女は嫉妬の対象であるが、アンドレアの麗容は飛び抜けていて、同性ながら称賛の対象となった。


「あのう……はやく……すませてください…………」


 消え入りそうな声に、正気に戻った修道女達は咳払いをして、白磁のような美肌をあらためた。両の二の腕、なめらか肩、そして、背中にかかった金髪を修道女がかき上げた……


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