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悪夢の手ざわり

 馬車のなかでアンドレアは悪夢を見ていた。幼い彼女がイェーガルドルフの城館の自室でミランとマリオネット遊びをしていた。ベランダの窓から物音がし、振り向くと、巨大な蒼白い美貌が見つめていた。 


 それは、眠り男レザーチェだ。昏く青い瞳は暗黒の沼と化し、そこから黒い水と毒蛇がウジャウジャと湧き出てきた。蛇の洪水に巻き込まれ、ミランの姿が没し、アンドレアも溺れそうになる。蛇の沼から真っ赤な巨顔のディアボロが顔を覗かせた。そして、口を開き、ギザギザの鮫の歯をみせ、アンドレアを飲みこもうと迫ってくる。

 

 やがて、ディアボロの顔はドラッケン中将の顔となった。アンドレアは悲鳴をあげて手足をジタバタとさせる。が、まったく移動できない。あわや、食べられる瞬間、ドラッケンの巨大な顔の正中線に光条が浮かんだ。そして、見る見る内に両断され、二つとなって黒い沼に沈んでいった。その後には、黒褐色のロングコートを着た銀髪の男がいた。


「やれやれ……世話のかかる高慢ちき娘だな……」

「グリフェ……きてくれたのね……」


 ウィンクするグリフェの両側に黒い飛沫があがり、巨大な両手のように挟み込んだ。そして、彼は毒蛇が蠢く黒い沼に沈み込んでいく。


「グ……グリフェえええええ~~~~~~…」


 ――て……さい……起きて……ください……アンドレア様……


 誰かの呼び声でアンドレアは目が覚めた。瞼を開けると、薄暗がりのなかに見知った顔がある。ミランだ。アンドレアはホッと安堵の溜め息がでた。ミランは、夢の中でグリフェと叫ぶ女主人に複雑な表情だ。だが、心の奥から湧き出す闇の感情を押しこめた。今はそれどころではない。


「しっ! 今、外で犯人たちが会話中です。気づかれない内にここを出ましょう……」

「……うむ……わかったのじゃ……」


周囲を見回すと、山葡萄亭の部屋ではなく、どこかの倉庫のようだ。


「……確か……妾は窓から、あの眠り男を目撃して……気を失ったのじゃ……」

「……御無事でなによりです……アンドレア様……」


 異常を察したグリフェがアンドレアの部屋に入り、外に連れ去るレザーチェを発見。タートルを叩き起こして、アンドレアの行方を追って、怪人と交戦。その間に、タートルはミランを起こし、シロフクロウに変身して誘拐者の馬車を追跡した。その後を追いかける男はミランであったのだ。


 二人は見世物テントの中で馬車を見つけ、ミランがアンドレアを目覚めさせ、こっそり脱出する手筈を取り決めたのである。タートルは他に黒幕や伏兵がいないか、梟の姿でテント内を探索中だ。


 一方、山葡萄亭の裏道ではグリフェとレザーチェが交戦中である。

 レザーチェのグレイブは長柄武器であるのに対し、グリフェは胡蝶剣という幅広だが刃長は短い。リーチの差は、生死の差である。ダガーで陽動し、懐に飛び込む作戦はもう通用しない。


 グレイブの穂先の刀剣が矢継ぎ早にグリフェを襲う。が。鷲の目をもつ彼は驚異の動体視力と反射神経で剣尖を躱す。だが、変則的な刺突がグリフェの胴を狙ってきた。しかし、左手の胡蝶剣を盾にして回避。火花を散らし、美しい金属音をたてる。グリフェが右手の胡蝶剣でグレイブと長柄のつなぎ目の長柄に切断の一撃を加えた。これで、グレイブはただの棍棒になるはず……が、硬い音がして弾かれた。なんと、長柄の中には鉄の芯が入っていた。胡蝶剣の刃が割れて、破片が散る。


 細身にみえる眠り男レザーチェは、実はひきしまった筋肉の持ち主で、膂力をほこるグレイブ使いであったのだ。


「ちっ、新品の胡蝶剣が刃こぼれしちまったぜ……」

「次は刃こぼれだけでは済まんぞ……お主との戦いの行方を占ってやろう……」

「けっ、インチキくさいな……」

 レザーチェが対戦者の姿を凝視して念じる。

「見える……勝負の行方が……貴様が真っ二つに両断される姿がな……」

「はん、誰が信じるかい……占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦だろうが? 真っ二つになるのはテメエの方だ!」


 胡蝶剣を外して地面に落したグリフェ。ロングコートに両手を突っ込むと、右手に皮手袋がはめられ、指先には猛禽の鉤爪のような刃物が装着されている。刃渡り20㎝もあるナイフだ。


「ほう……『六賊爪バンディット・クロー』か……面白い……」

「面白いって割には、仏頂面だな……笑う時はニッコリと歯を見せるんだよ、鉄面皮野郎!」

「ふん……『魔爪のグリフェ』とやらの実力を見てやろう……」

「とことん上から目線だな……俺はテメエみたいな、すかした野郎は気に食わねえ!」


 二人がにらみ合い、グリフェはジリッジリッと右に移動する。呼応するようにレザーチェも右に移動する。双方、大きな円をえがくように動き、互いに隙を狙っている。凄まじい殺気だ。


「むっ……」

「…………」


 そこに、第三の凶気が生じた。


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