若きアンドレアの悩み
棒を飲んだようにキョトンとする荒くれ者たち。アルマジロの表面に細波がたち、形が崩れ、別の姿に変形していった。今度は体長4メートルのシロサイに変化。皮膚は分厚いコラーゲンの鎧で、動物のなかでは最も硬い。肉食獣の牙や爪も通さないほどだ。
「なんだぁ、こいつは……魔法使いの変身術か?」
「ちょっと、違うけど……まあ、似たようなもんさ」
シロサイが賞金稼ぎの群れにつっこむ。無法者たちが九柱戯のピンのように跳ね飛ばされていく。
「ぎゃああああああああああっ!」
シロサイは頭部に二本の角があるが、口に近い角は1メートル半の長さがある。その角が賞金稼ぎの一人の脇にひっかけ、悪相の男たちのかたまりに投げ飛ばす。悪党たちの苦鳴がひびきわたる。が、多勢に無勢。タートル・ピッグの奮闘をよそに、幌馬車に別の種御金稼ぎの一団が包囲する。
「げへへへへへ……この中にミアーチェの名花といわれた侯爵令嬢が隠れているのか……」
「アンドレア様ぁぁぁ……開けてくださ~~い。凶悪な誘拐犯から助けにきた正義の騎士ですよぉぉぉ~~~~」
無法者の一人がネコナデ声で呼びかける。だが、なんの返答もない。
「開けろって、言ってんだろうが。このアバズレがっ!」
「おらおらおらおらっ!」
無法者たちがすぐに本性をあらわし、幌の帆布を山刀や斧で斬りつける。が、切れ込みどころか、傷もつかない。何度も何度も狂ったように山刀で斬りつけた。他の賞金稼ぎたちも武器でキャンバス布地に攻撃する。しかし、不快な打撃音がするたびに不安になる。
「ふぅぅ……タートル殿のいう通り、この軍用キャンバスは丈夫なようですね……」
少年執事ミランは膝がガクガクと震える。そして、女主人に振り向こうした。が、薔薇の鉱水の香りが鼻孔に充満する。背中にアンドレアがしがみついてきたからだ。熱く柔らかい肉感に、思わず“女”を意識してしまい、執事は赤面して、慌てふためく。
「アンドレア様……どうしたんです……か……」
ミランは自分の心臓の鼓動が早くなったのを悟られるのが恥ずかしく思った。だが、アンドレアはガクガクと背中越しにもわかるほど震えていた。それを知って、逆に自分の震えが止まっていく。
「………………怖い……のよ……」
無理もない話だ。普段は豪華な侯爵家で侍女や使用人たちにかしずかれ、貴族の社交界では貴婦人や令嬢たちとおしゃべりをし、舞踏会では華麗なドレスに身をつつみダンスを踊ったりする日常であったのだ。
「あの悪魔……北軍がプラグセンを占領し、忌まわしいドラッケン伯爵に見初められてから……妾の人生は……もう、終わっていたのよ……」
「……アンドレア様…………」
ミランは咄嗟にうまい言葉が出ず、もどかしい思いだ。
「それに、今まで私の外見だけを見てチヤホヤとしていた男の貴族や騎士たち、親しかった女友達も……私がドラッケンの側室に……という話が来てから、皆、急に私によそよそしくなったわ……そして、去っていったわ……」
「…………………」
アンドレアの心臓の鼓動が聞こえる。早鐘のような心拍数だ。
「私を愛してくれた両親も……王宮からの使いに言い含められ……私をドラッケンに差し出すことに了承してしまったし……私も納得してしまった……みんな……みんな、妾をドラッケンに人身御供に出して、目と耳を塞いで生きていくのよ……妾はドラッケンに血を吸われ……おぞましい吸血鬼の下僕となる運命だったのよ……」
孤独な侯爵令嬢がミランの背中でむせび泣く。ミランはそれをふりほどき、正面からアンドレアを見つめた。宝石のようなグレイブルーの瞳が、涙で赤く充血している。気丈さを示す眉のラインも下がり気味だ。紅い唇は無情な仕打ちを耐えるかのように食いしばっている。
アッシュブロンドの髪を侍女の代わりにブラシでとかしたこともある。灰色と茶色がまじったような綺麗な金髪で、少しだけ蒼みがかっている。肩より少し長めのミディアムレングスに切り揃え、ゆるくパーマをかけている。馴染みの美容師に長時間かけてセットしてもらっている。
貴族の女性とは、一生の内ほとんどを美容と化粧とオシャレに費やすのではないか? と、ミランは旧市街で一緒に育った女の子たちよりも、何十倍もの時間と手間をかけていることに驚いたものだ。
――そういえば、私の幼馴染みたちは、私のことを覚えているだろうか?
ミランは幼少時から存在感のない少年であった。声をかけるまで、誰も彼の存在を忘れたかのように振る舞っているのだ。カクレンボウで遊ぶときに、皆がミランを忘れて置いて行くことはしょっちゅうだ。兄弟の多い家族なので、一人だけ忘れられることも少なくはなかった。寂しくなかったといえば、ウソになる。こういう子は無意識的に、わざと酷いイタズラをして、かまってもらうものだが、ミランはしなかった。兄弟たちの世話や仕事で忙しい両親に迷惑をかけたくない、子供ながら殊勝な性格の子供だったのだ。
イェーガルドルフ地方の領地を治めるユルコヴァー侯爵家に、10歳で使用人として奉公にでたときも、従者頭によく存在を忘れられ、日が落ちても庭掃除などをしたものだ。
その頃のアンドレアは今と違い、暗くうつむき加減の、臆病で地味な少女であった。それが、思春期をむかえて一変する。




