配達日記1
「しかし、センシャと比べるとやけに小さいな。 これで本当に走れるのか?」
「もちろん。 速さに関して言えばサラブレッドや戦車とは比較にならない程速く走れるぞ」
バコンッ
俺は昨日召喚したパルサーの各部に異常が無いかを確認するためボンネットを開ける。 そこでボンネットを開けるためにドアを開けて車内に潜り込んだ際に、新車特有の匂いが俺の嗅覚を刺激し、まさかと思ってODOメーターを見るとなんと0キロのままだったのだ。
そしてボンネットの下に積まれたエンジンの上に設置されたインタークーラーの隅っこに錆1つ無ければ赤色のエンジンカバーの退色も一切見られない。 そこだけで明らかな新車であることが解る。
俺が召喚し、かつて愛車として乗っていたパルサーは1993年式だ。 何で25歳の俺が転生した年から48年も前に製造された骨董品を持っているのかと言うと、俺の親父が当時知り合いの農家のファーストオーナーから格安で購入し、それを俺が自衛隊に入隊した記念に譲り受けて乗っていたワケだ。
だが親父がこの車を買った当時は店売りの中古車価格は30万円台は当たり前で下取りに出してもガラクタみたいな査定額を提示される事が多く、そんな査定額を出されたファーストオーナーの人は農家を営んでいたという都合上広い土地を持っており、下取りに出さず土地内の納屋の中で4年ほど埃を被って放置していたらしい。
「産まれて初めて純正状態の姿を見たぞ……」
その結果バッテリーや燃料ポンプを始めとする部品が経年劣化により使い物にならなくなり、それらのパーツを替えると同時にマフラーや足回りなどの純正部品を一括して交換し、そこから俺が産まれてくる頃には純正部品の製造が終了していたので譲り受ける時には大半の部品が社外or特注で作ったモノに取り替えられていた。
しかし昔はそんな扱いをされてきたパルサーGTI-Rだが、2010年代になってくると10万キロ以上乗った中古車でも年代次第では100万円を超える値段で取引されるようになってきた。
これは親父曰く、安値で売られていたせいで多くの車両が競技者や走り屋の餌食となり使い倒されたことで片っ端からスクラップにされて個体数が激減したことと、当時の日産自動車がWRCに参戦していたという歴史の生き証人としての価値にユーザーが気付いた事が原因らしい。
そして2040年代に入る頃には500万円を超える高額車両に化けていた。 そんな車を譲り受けて乗っていた俺は例えエンジンが煙を吹いて高額な修理費を要求されようと、高値で買いたいと交渉を持ち込まれても決して手放す事はせず、他の車を買って2台持ちをするつもりで、その資金が貯まるまではこのクラシックカーで毎日家から通勤していた。
それでもって現オーナー俺が若い自衛隊員という性質もあってか、配属されていた駐屯地は一部の国産クラシックカーのマニア間では割りと有名なスポットになっていると車好きな他部隊の隊員から聞いていたくらいだ。
そんな色々と思い入れのあるこの車で今から異世界の美少女であるフィーナを乗せて殺傷能力のある武器を運ぼうとしている。
(車に人殺せる武器を積んで異世界の女の子を乗せて走るか、何年か前の日本だと大騒ぎになっていたな……)
俺はエンジンのオイルレベリングが問題ないことを確認して運転席に乗り込み、クラッチを踏み、キーを回してをプラグに火花を飛ばす。
キュイキキっ! グォォォン!
ブィィィン! ビィィビビィィィン!
異世界に戦車とは違う甲高い排気音が轟き、タコメーターの針がレッドゾーンに回るまでアクセルを踏み込んで空吹かしをする。 フィーナは戦車とは違う轟音に対してさすがにビビりが入っているようにも見える。
俺は戦車から武器を取ってからコールマン側の草原に向かう途中で集積所に今回届ける武器をピックアップしてチャリカーに積み込んだ荷物を車へと移し替える。
幸いスペアタイヤがトランクのタイヤハウスに収まらず、収納スペースに飛び出すほど車内の空間を圧迫するほどスペースに余裕の無いこの車でもリヤシートを畳めば問題なく依頼の荷物を入れる事が出来た。
そしてガソリンの残量を見るとE線手前まで下がっていたので、ガソリンを召喚してから満タンになるで入れて、いよいよ出発する準備が万端に整った。
「よし、いつでも動ける。 フィーナ、助手席に乗ってくれ、扉に付いたドアノブを手前に引けば開く」
「ああ」
ゴォォォォ
「うわぁ! な、なんだ!? 前に付いてる穴から冷たい風が吹いているぞ!」
「そうか、フィーナはエアコンを知らないもんな」
俺は車に乗り込んでエンジンをかけてすぐにエアコンのダイヤルを回して車内を冷やすために起動していた。 中世レベルの科学力のこの世界で暮らしているフィーナが驚くのは当然だろう。
「これはエアコンと言ってな、暑い空間の温度を下げる為のものだ」
「これも魔法ではないのか?」
「もちろん。 エティさんが仕入れた例の魔道具があるだろ? あれも部屋を冷ますというのが本来の使い方で、それと同じだ」
「なるほどな」
いつもなら目が眩むような選択肢の中から選んでいる召喚能力だが、今回はまるでディーラーで選んだ車のカタログを見ながら様々なオプションパーツを選んで付ける気分だったので中々面白かった。因みにこの車は今の車では当たり前となっているエアコンがオプション設定でサラの状態だと付いていないのでこれは最優先で取り付けた。
そして長旅のお供として今度は召喚前の召喚物資設定の項目にて車と一緒に召喚前に取り付けたCDプレイヤーで流す音楽CDを選ぶ為に再び召喚メニューを開く。
少し悩んで俺が割りとアニメオタクが入っている事と折角異世界に転生したので、かつて日本で流行っていたと言う異世界転生モノのアニメのオープニング&エンディングテーマが年代順に並べられたアニソンCDをチョイスすることにした。
召喚したCDは二枚に別れてオープニングとエンディング含めて計50曲ほどあり、パッケージの裏面の曲名一覧の横に書いているアニメタイトルとそれが放映された年が書かれている。その中で一番古いモノは1990年代放映の作品でこの車と殆ど同世代であり、この手の作品が流行ったのは2000年代に入ってからと思っていた俺は妙に感慨したのであった。
「シドー、この円盤は何だ?」
「これか? まぁ、音楽が鳴る円盤って思ってくれればいい」
スーー……
俺がCDをオーディオユニットに挿入すると車に取り付けられたスピーカーから音が流れてきて、フィーナは何もない所から音が流れてエアコン以上の驚いたリアクションをする。
「こんなので驚いていたら気絶してしまうんじゃねぇか?」
「当たり前だ! これが魔法ではないなんて信じられん!」
「はは、何でも魔法と言えば通じる程甘くはないわ」
俺は左足でクラッチペダルを踏んでギアを1速に入れ、アクセルを軽く吹かしクラッチペダルを離してギアを入れる。 すると車は前に走り初めて徐々にスピードを上げ、エンジンの回転数が上り次のギアへ、また次のギアへと変速させる。 戦車とは違う広い視界と綺麗に舗装された幅広な道と相まって速度感覚がおかしくなったのか、ギアを5速にした時には80kmを超えていた。
「凄い! こんな速さは今まで経験したことない!」
「もっと速く走れるぞ? 見たところ他の冒険者や輸送部隊はいなさそうだが……」
「今の季節に動こうなんて考える冒険者はまずいない。 昨日アクアポルトからやって来たコンボイがいたが、あれはレアケースだ。出てきたとしてもラティーナ平原は遮蔽物がないからすぐ気付く」
「分かった、なら飛ばしても構わぬか?」
「ああ、大丈夫だと思う」
「よし、さすがは強い女の子だ」
ガコっ
安全とフィーナの了解を得て俺はギアを下げる。するとタコメーターがエンジンの回転数が上がった事を知らせる為に針が上に上り、アクセルを全開まで踏む。
エンジンが唸り、パルサーに積まれた強力なエンジンは1.2トンの軽量な車体を瞬く間に100キロオーバーまで加速させる。 だが速度計が180になった時にはリミッターが発動し、それ以上スピードを出す事が出来なかった。
リミッターが作動し、アクセルを緩めて120キロまで速度を落とし、安定させる。80キロで走っていた時と比べて風切り音がするが、車自体は真っ直ぐ走っていることもあり、車体形状の割には安定して特にハンドルを取られる事もなく走っている。
「なんだこの速さは! 車軸が壊れたりしないのか!?」
「心配するな、この車はこれよりもっと酷いあぜ道を走る為に設計されたんだ、こんな柔な道では壊れん」
「因みに今どれ程の速さなんだ?」
「今か? 大体、以前フィーナの乗ってた馬の3倍と言ったところだな」
「シドーのいた国の技術は想像を遥かに越えているな、しかしこんなに軽いと空を舞ってしまうのではないか?」
「んなワケあるか。 1タールと200ガルムくらいの重さがある」
「馬車より重いのか!? 一体どれ程の力があるというのか……」
「そうだな、俺の居た国では馬力と呼ばれる単位があってな、1馬力で馬一頭分の力があるという意味だ。 そしてこの車は230馬力ある」
「驚いた、シドーの国の技術力はこんな小さな車に馬を230匹入れれる程のものがあるのか! 」
「あれ? 何か意味誤解してないか……」
俺達を乗せたパルサーは順調にラティーナ平原を横断して行く。ラティーナ平原は道に敷き詰められた舗装用の石と両サイドの草原の緑の二つのみで、途中にある道案内の標識と給水場以外は手抜きアニメみたいな何もない地平線だ。 俺はそんな地球ではまず見られない光景に感動しながら車をコールマンへと進めるのだが……
「おい! 止ま……」
「うおっ!?」
ギャギャギャギャっ!
ドカっ! ゴッ!
「みぎゃぁああ! 頭がぁ!頭がぁぁ!」
目の前に草原の草をあしらったマットに隠れて草に化けてた男が数人急に目の前に飛び出してきた。 俺は慌ててブレーキを踏み、車のABSが作動しタイヤが小刻みにスキール音を立てて減速する。 だが100キロオーバーで走っていた車は止まる事が出来ず、車の目の前に立った男にヒットしてしまった。
「シドー!? どうしたのだ!?」
フィーナは急ブレーキをかけた事と車内に響いた鈍い音と衝撃で驚いたが、目の前に飛び出して来た連中の姿を見て普段俺と接している様な表情から一変して今朝の鍛練場で見せたような戦士の表情に変わった。
「シドー、絶対に車から降りるな! 奴等は盗賊だ!」
「っ!」
フィーナは車の後部に積んでいる片手剣を取り出し、臨戦態勢を取る。俺もP90を取り出して本体にマガジンを装填してコッキングレバーを引く。奴等の装備を見る限りマトモな防弾能力を持っているとは思えない。 俺が発砲すればものの数秒で盗賊を殲滅してしまうだろうが、こんな所で無駄に血を流す行為はしたくない。
「フィーナ! 降りると危ないだろ!」
「安心してくれ、あれほどの盗賊の打倒は私にとって赤子の手を捻りるようなモノだ」
そう言ってフィーナは車に引かれてジタバタしている盗賊とその取り巻きの元へダッシュするのだが、彼女は剣を抜くこと無く呆れたかの様な表情をしながら車に戻ってきた。
どうやら俺が跳ねた男はその盗賊連中のボスらしく、フィーナが盗賊の元へ駆け寄った頃には取り巻きの連中がボスを大工担ぎしながら「チキショー、覚えてろ!」と捨てゼリフを吐きながら、そそくさと逃げて行き追撃する気すら起きなかったらしい。
「……喧嘩に負けたガキ大将の取り巻きかよ」
「ふんっ、腰抜け共が盗賊なんかするのではない」
フィーナ曰くこれくらいで尻尾巻いて逃げる盗賊は町の不良くらいな奴等でホンモノはボスが殺られようが立ち向かうらしく、冒険者が輸送部隊の護衛に就くのは魔物の他にこうした盗賊の打倒も兼ねているとの事だ。
俺はちょっとしたアクシデントに見舞われながらも、車を再び発進させODOメーターを見る限り、まだ半分も進んでいない。 目の前には空と草原と舗装された異世界の道しか視界になく、この広大な大地を再び疾走させるのであった。
お待たせしました。 盗賊との戦闘シーンを入れたかったのですが、前振りが長くなってしまったので、もし入れるのであれば次か数話進んでから入れようと考えています。




