まったき獣の行く末は
エーリャが眠っている三日間の間に、イリヤは断罪され城山追放を言い渡されていた。
イリヤは、エーリャが三日間眠っている間に告解したのだ。
審問にかけられた時には本当の理由は告げず、自分を言いように利用してきた母への積もり積もった怨恨から、とだけ話した。
本来私刑は厳罰でありそれが殺人とあれば死刑に処されるけれど、イリヤが城山の主の弟で、城の最高神官であり城への貢献も顕著だったこともあり減刑され、故郷からの追放という結論になった。
イリヤはきっと最初からそうなるとわかっていたからこそ、死に魅入られたのかもしれない。
慕う兄と永遠の別れを強いられ故郷に帰ることもできなくなり、母殺しの罪を負いたった一人で生きていくにはあまりに重すぎる。
イリヤにとっては、死刑よりも重い罰だったのだろう。
エーリャが目を覚ましたことにより、すぐにこの地を立つことになった。
故郷を追われるほどの罪を犯した咎人に見送りがあるはずもない。
イリヤの荷物はあっけないほどに少なく、移動用の馬と、僅かな食糧に、その他もろもろ最低限のものしかなかった。
ごごん、と背後で重たくのしかかるような音が響く。
殺風景な道の真ん中にエーリャとイリヤを残し、城門までかかっていた橋があげられた。
「ぼくの母親は後妻だったんだけど、まあ色々ある人で城の人間に嫌われていたから、その息子のぼくもいい目にはあわなくてね。いっそのことこんな城燃えてしまえばいいのに。なくなってしまえばいいのに、ってずっと思っていた」
振り返って見てもいかめしい城壁に遮られ、近すぎて城を見ることはできない。
それでもイリヤは目に焼き付けるように目を細めて見つめ続けた。
「なんでかな。あんなに嫌いな場所だったのに、もう戻れないと思うと心細くてしょうがない。こわくてたまらないんだ」
イリヤの縋るような眼差しに、傍らで見ていたエーリャは気が付いた。イリヤの膝に額を摺り寄せて、尻尾を添わせる。
そんなエーリャに向き合い跪いたイリヤは、不安そうに表情を曇らせた。
「エーリャは、どうするの。ぼくとともに行くのか、それともやっぱり山に……」
今さらになって何を言っているのかこの男は、とエーリャはびっくりした。
エーリャはもうとっくにイリヤと生きていく覚悟ができているというのに、イリヤはそうではないのだ。
あそこまで一生懸命頑張った自分にそれはあんまりなんじゃないかと少しだけむかむかしてくる。
エーリャはわざとらしく拗ねるように、ぷんと顔をそむけて言った。
「イーリャは嘘をつかないって言った」
視界の端できょとんとしたイリヤの表情が次第に喜色に染まる。
伸びてきたイリヤの両手に引き寄せられ、エーリャはその腕の中に閉じ込められた。
「そうだね。ぼくは嘘をつかない。だからぼくを裏切ったらどこまでも追いかけて殺してあげるよ、エーリャ」
「……やれるもんならやってみな!」
大事な宝物のように頬ずりしながらイリヤが囁き、エーリャも答えるように頬ずりしてあげた。
イリヤは馬の手綱を引いて歩き、エーリャはその傍らに合わせるように歩く。
城山を出てすぐのところで、道は二つに分かれていた。
一つは山に通じる道。もう一つは、斜面を下るようにぐねぐねと入り組んでいる道。その先には森があり、さらにその森を抜けると割と大きい村があるという。
行先は決まっていない。
エーリャが振り返り山を見つめているのに気付いたイリヤは、慰めるように頭を撫でた。
「やっぱり一度、向こうに行く?」
「……ううん。いい。エーリャはエーリャの生き方をするって決めたから。エーリャは、山をおりて生きたイルビスになるよ」
みんながダメと言っていたことをエーリャがするなんて、少しだけ誇らしい。きっとヤキムもスエニクも、母も、そんなエーリャを許してくれるだろう。
もう誰かの言葉に惑わされたり、自分の恐怖に押しつぶされて卑屈になるのはいやだ。みんなに誇れるような獣として生きていきたい。
エーリャは前を向いて、山に向かう道とは反対方向の道を選んだ。
イリヤもそんなエーリャに倣うように、馬を引き連れ歩き出す。
「エーリャはどこに行きたい?」
「えーとね、遠く!」
「遠く?」
ずっと、ずっと遠くを夢見ていた。
辛い現状から逃げるために、どこか遠く、見たことも聞いたこともない、自分のことを知っている誰かがいないくらい遠くに行きたいと願っていた。
でも今は違う。
逃げるためじゃない。
エーリャは横にいるイリヤを見上げて、嬉しそうに声を上げた。
「エーリャも、イーリャも、自由だ! 好きなところに、好きなだけ、どこまでも行けるんだよ! うんと遠くまで行ってみよう! 誰も知らない場所まで、ふたりで行こう!」
もう、どこにも居場所がないなんて嘆かない。
どこにも行けないと怯える必要もない。
イリヤはエーリャの提案に目を丸くして、満面の笑みで応えた。
「そうだね。行こう。誰も知らない、遠くまで」
*****
一人と一匹の獣は旅に出た。
彼らの行く末を知る者はいない。気の遠くなるような長い道程のその向こうに、彼らは旅立ったのだから。
それでも、神官と白い獣の変わった二人連れを見たものは、天と地が別たれる前、二人の神がまだ仲睦まじく、みなが等しく同じ命であったときになぞらえて彼らをこう呼んだ。
全き獣、と。




