エピソード3
初めての魔法成功!!
異世界ならばやはり魔法のひとつやふたつ使ってみたいからね。これで僕のマイビデ計画は飛躍的発展を遂げたと言えよう。きゃっほーい。
どうやらあの後、幼児に過ぎぬ僕は考え込んでいるうちに疲れて眠ってしまったらしい。
爺に揺すり起こされたら床下浸水でびっくりした。しかも僕の右手からはこんこんと水芸というにはいささか水量が豪快すぎる奔流が溢れ出ていた。
「キース様、一旦魔力を止めて魔素を解いてくださいませ!!」
どんな状況も色っぺーため息ひとつで冷静沈着にいつの間にか解決しちゃう某黒い執事さん並のスーパースキルを誇る爺が、いつになく慌てていた。
うん、髪振り乱して眉根を寄せた姿も美中年だね爺は。
しかし魔素、っていうとやっぱこのモヤモヤ? なんだろうけどー、そもそもこれほどけないから困ってたんだよね。そう簡単に解けっつわれても・・・・・
「・・・・・・ふにゃあああぁぁあああああ!!?!?」
僕の天上天下(右)が祟り神の呪いを受けてる!!?
呑気に惰眠を貪っている間にくるくるガチ巻きになっていた魔素は大分薄くなっていたけど、その下からなんかうねうねと蠢く青色のミミズみたいのが肘までびっしりと這えていた。
え、ナニコレ? 魔力? このミミズモドキが魔力なの?
いやそもそも魔力止めろってどうすんの?
ぴゅるぴゅると放水し続ける右手をかざしたままおろおろと狼狽していると爺のアドバイスが入った。
「キース様、こうして魔素を手で払い、ご飯をゴックンする要領で魔力を身の内に引っ込めるのです」
お、おう。
取り敢えず魔素を外せばいいんだよね。よし、スーパー執事さんの言う通り、手で外し・・・・・
うねうねうねうね
うねうねうねあ絡み付いて来やがった!
嫌だ、祟り神になんかなりたくない!
「大丈夫です。さあそのまま払って下さいませ!」
ガシッと爺が僕の手首を掴んだ。
え、ちょ、待っ・・・・嫌ァああああああああああああ!!!
ぐにっとした! なんか今ぐにっと潰れた感じがしたよ!? ミミズ握り潰しちゃったよ!?
いや「そのままゴックン」って、まじで食べるの経口摂取すんの無理だから絶対無理だから僕の口まだ離乳食以外受け付けないから!!
僕と爺の奮闘は、うねうねするのに飽きたらしい祟り神様が腕に引っ込むまでの実に四時間に渡り続いた。
***
放水事件(笑)からはや一週間。
爺の魔法指導が始まりました。
ま、指導とはいっても相手は赤ん坊だしね。まずは簡単な絵本の読み聞かせから。
文字はアルファベットに似ているが全く読めない。まあ地球言語じゃないんだから当然っちゃ当然。そこまで転生補正なんか期待してないしね。
絵本に書かれているのは基本的に簡単な単語ばかりなので、毎日毎夜爺のイケボをリスニングする内に大体分かってきた。
なにせ暇なんだもの。
予習復習バッチリの状態で授業に挑むんだから、そりゃ覚えるわな。
今のところ爺講義で分かったことを簡単にまとめると、
まずひとつめ。
魔法は通常、魔力や魔素を用いて術者のイメージと指示のもと再現される事象である。
つまりワードはあくまでイメージを固める付加的なものに過ぎない。今回のように僕の「あぶー」でも十分発動する。
ふたつめ。
魔法の発動に使用できるエネルギー源は主に二つ。自然界に満ちた循環するエネルギー、色つきモヤモヤこと魔素を使う場合と、術者の体内の熱量を変えた色つきミミズ、もとい魔力を用いる場合だ。
さらに正確には前者によって起こる事象を魔法、後者によって起こる事象は魔術と言うらしいが、まあこれはさしあたってどうでもいい。
個人的には魔術師よりどっちかっていうと魔法使いがいいなと思う。
「こちらをご覧ください」
「う?」
最初の授業の際、爺は僕に手鏡を差し出した。
さぞやかわゆい赤子がいることだろうという根拠のない確信のもと、僕は何気なく鏡を覗いた。
・・・・・・うわぁお。
こりゃ、ぷりちーメイドさんたちに逃げられるわけだ。
柔らかそうなふわふわの髪は薄い藍色。縹色、とでもいうのだろうか。緑頭の爺もだが、流石異世界と思わざるを得ない色彩だ。
だが、多分爺が言いたいのはそこじゃないことくらい、・・・・まあ、鈍い僕にも一目見て分かった。
くりっとつぶらな金の目は、瞳孔が針のように細く。
目の下から顎にかけての左の頬には、小指の爪ほどの大きさの鱗が青く輝いていた。
目鼻立ちは将来有望な愛くるしさなのに、パッと見は完全に爬虫類が押し出されてる。うん、メイドさんも気味悪かったんだろうね。分からんではないよ。女性は爬虫類苦手な人多いし、たとえ平気でもこういう病気だったらって思ったら近寄りがたいよね。
爺いわく。
僕はいわゆる先祖返りというやつらしい。まだ顔も見たことのないパパンは実は国王で、建国史を紐解けばその祖は「いと高き竜」と言われた賢竜だったそうな。
もっとも、竜種が人間の前から姿を消して久しい今となっては、国旗を飾る赤い竜くらいしかその存在を証明するものがない。
さらに間の悪かったことに僕がまだ母上様のお腹で羊水に浮かんでいた頃、母上様の部屋に蛇が投げ込まれるという事件があったそうな。
跡継ぎをもうけなければならん王候将相月卿雲客の方々は基本的に一夫多妻。旦那が国王と言っても、母は数ある側室の一人で。そしてそんなに身分が高いわけではなかった。
となれば後宮百花のキャッツファイトはもはや天地の理である。
生まれてきた子供の顔に鱗があれば竜の裔より蛇の呪いよと囁かれるのは、まあある意味お約束だろう。
なるほどー、僕一応王族だったんだ。
まあベタっちゃーベタだね。
ショックでお母様が僕の世話を他人に任せたとしても、これは流石に同情する。パーフェクトベイビー願望じゃないけど、母的には普通で優秀な子が生まれて欲しかったんだろう。
僕は初めて自分が転生者で良かったと思った。きっと、『キース』は生まれを選べない世の理不尽に傷ついたと思うから。
出来たら双方のために関係改善を望みたいけど、まあそれは追々ということで。
今は爺を付けてくれただけで十分だ。
話を戻そう。
ともかく、あらゆる生物の頂点に立つ竜種。その先祖返りである僕は魔法と魔術双方についての素養が高いらしい。
しかし何分、コントロールの出来ない幼児ゆえ力が暴走すると危険で、顔の鱗も漏れ出た魔力の結晶化したものである可能性が高いのだとか。
ふむ?
ではコントロール出来るようになれば鱗は消えるのかしらん。いやいや、普通勝手に漏れるものじゃないだろうし、どっかに穴が開いてるとか、異常な部位があるのかもしれない。
母子の関係ってその後の精神発達にも多大な影響を及ぼす意外に重要なファクターだ。大人になってから放火・殺人事件やらに発展してしまったりする。王子だかなんだか知らんが、多分鱗は消えるに越したことはないだろう。
それに、それで色々魔法が使えるようになるなら一石二鳥。
よし!
もしかしたら母上様もアニメ一休さんの母上様みたいに、ほんとは我が子を恋しがってくれてるかもしれないしね!
てるてる坊主はないけどキースは挫けませんよ! 男の子です!