爺のキース様育成日記。1
わたくしの名はマルコ・ベルミリオ。僭越ながらキース・ド・ラフォン様の身の回りのお世話を言いつかるしがない執事でございます。
さて、キース様とわたくしの出会いですが、これはもう一口に言うなれば「運命」だと思いますね、はい。
お生まれになったばかりのキース様を一目見たときから・・・・いえ、改めて思い返せば着床発生以前の、それこそわたくしが子供の頃にまで遡ります。
ラフォン王国はその血統を千百余年に渡り連ねてきた大陸の名門王室でございます。
建国史に登場する初代国王は「いと高き竜」と呼ばれ今なお国民の誇り、子供らの憧れの“賢竜帝”カール・ド・ラフォン。炎のごとき赤き翼と金の目を持つ彼の方はのちに王妃となられる姫を守り、知恵をもって数多の敵と戦い、現在の王国の礎を築かれました。
わたくしもまた、幼心に憧れたものでございます。
天地の狭間において最も賢く強い竜種は王国の安定を見届け、いつしかその姿を消たと言われておりますが、わたくしはいつか本物の竜に会うのだと夢見ておりました。剣を鍛え体を鍛え、苦手な座学にもせっせと打ち込みました。物語の英雄たちのようにいつか素晴らしい冒険の日々を送るのだと・・・・まあ夢見がちな子供だったわけですね。
王家に仕え、はや四半世紀。
仕事も真面目さを評価頂いていつしか先達に教えを乞うより、後進に教えることの方が多くなってまいりました。憧れは叶わないと悟り大人の階段を昇ったあの日から、もうどれだけの歳月が過ぎ去ったのかもはや見当もつきません。
こうして忙しく日々を送るうちは無理でしょうが、引退したらのんびりとまた懐かしく思い出すつもりでございました。
かつての「夢」も子供時代の眩く微笑ましい思い出の一つとなるはずでございました。
そんなときです。
わたくしがキース様と運命の邂逅を果たしたのは。
キース様がラフォン王室の第四王子としてお生まれになったのは、東の空にうっすらと日の昇り始めた明け方でございました。
マルグリート様は初産でございましたので、ようやく陣痛の苦しみから解放され皆がほっと一息吐いたところでしたでしょうか。取り上げた医術師たちが青い顔で赤子を凝視していることに気づきました。
「わたくしの赤ちゃんはどこ?」
産後の処置を終えたら子は母親に抱かせるのが慣習です。微笑みながら腕を伸ばされたマルグリード様に、しかし医術師たちは顔を見合わせました。
理由はすぐに知れました。
抱こうとした我が子の顔を見たマルグリード様が唇を真っ青にしてお倒れになられたのです。赤子――――キース様のお顔には夜明けの空の色にも似た鱗が幾重にも重なっておりました。
事は一国の王族に関わるもの。すぐに国中の学者や医術師が召集されましたが、誰も解決することは出来ませんでした。
半狂乱のマルグリード様は幾人もの怪しげな魔術師や呪術師を城に招き、聖水を振りかけたり香を焚いたりいたしましたが、当然ながら効果はなく。唯一分かったのはその鱗が魔力の高度に結晶化したものらしいということだけ。
また時期の悪いことにマルグリード様の御生家と対立関係にあるお家といざこざがあったようで。常ならば社交界の醜聞として廃れていくこの対立は、呪われた王子という「不幸」をもってさらに激化。もはや手の付けられない有り様となってしまったのでございます。
まだお若いマルグリード様にはこの「不幸」は大層な負担となってしまわれたのでしょう。明るくはきはきとものを話すご気性はすっかり鳴りを潜め、我が子の存在を避けるように部屋へ閉じ籠る様になられました。
騒乱の火種となった王子は城の一室に閉じ込められ、マルグリード様に同情する者や両家の対立で火傷を負った者は尽くキース様を追いやるようになりました。一度そうした負の流れが出来れば、関係のない者まで追従するのは自明の理。
頼みの綱の陛下はそもそも女たちの争いを下らないの一言で顧みられないお方で、哀れ、キース様は一歳にもならないうちからすでに城で孤立化してしまわれたのです。
とはいえ爺には鱗なんかあろうとなかろうと、キース様は可愛らしゅうございます。
いえ、むしろ忘れかけていた老いぼれに夢を与えてくださいました。
こちらをじっと見つめるつぶらな両眼は、まさしく物語に謳われる金に輝く竜の瞳。心を見透かされてるみたいで気味が悪いと侍女たちはほざきがってるようですが、見られて困るような薄汚ぇ心なんかキース様の御前に持ってくる方がおかしいつーか頭沸いてんじゃね? テメーが六つもサバ読んでることなんか城中知ってんだよクソババア厚化粧が痛ェんだよでございますよ。
おっと、話が逸れましたね。
これから至福の「キース様おやつの時間」というのに。天使の前にこんなどす黒い感情を持ち込むのは不信心というもの。
すくすくとお健やかに成長なさるこの時期のふくふくしいかわゆさは瞬く間に過ぎ去ってしまうものと聞きます。一期一会と魂に刻み、心して臨まねば。
「キース様、おやつの時間にございます」
ザっバアアあぁァァァ・・・・。
・・・・・・・。
え、浸水?
ここ城の三階なのに?
ドアの向こうから溢れ出る水流にわたくしはしばし立ち尽くしました。
部屋の中央には紗を引いた天蓋付のベッド。見ればその上ですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる天使ことキース様の右手から、水魔法があとからあとから溢れ出ているではございませんか!!!
「き、キース様!!?」
「んー・・・・・・・にゅ?」
嗚呼寝ぼけ眼を擦られる様も超絶お可愛らしい・・・・ではなく。
恐らくわたくしやメイドの真似をして【洗浄】魔法を使ったのでしょうが、まさか首も据わって間もない赤子が見ただけで魔法を使うなんて・・・・。いや、そもそもこんな馬鹿みたいに桁外れな濃度の魔素、見たことがありません。しかもキース様本人の魔力とも相まっているようですし、エネルギー濃度はえらいことになっているでしょう。
わたくしは慌ててキース様を揺り起しました。
「キース様、一旦魔力を止めて魔素を解いて下さいませ!!」
「・・・・・・ふにゃあああぁぁあああああ!!?!?」
ああ驚かれてしまいました。でも泣きそうになりながら腕をぷいぷいと振られている様も爺の母性を擽ります。
今後のためにも魔力のコントロールは火急の課題としてお教えしておいた方がよろしいのでしょう。
それにしても流石はわたくしの見込んだお方。
後になってから分かったことですが、水浸しになった部屋の四隅からキース様によりすっかり【浄化】された怪しげな呪符が発見されました。雌伏の時を堪え忍んでいるとはいえ、これも偉大なる竜の血のなせる技なのでしょうか。
爺は今からキース様の将来が楽しみにございます。




