エピソード2
魔法と言っても何から始めれば良いのか分からないので、まずはスーパー執事さんを観察することにした。
いや、どうせなら僕も綺麗なお嬢さんが魔法を扱うところを観察したいのだが、メイドさんはこの部屋を訪れるたび嫌そうな顔をして用事を済ませ、とっとと出ていってしまうのだ。
結果、僕がまともに見てられるような観察対象が枯れた爺しかいない。
・・・・・いや、ごめんね爺。おしめからマンマまでいつも助かってます。
朝、マルコさんがやって来る。
僕が起きていればカーテンを開けておしめを取り替える。例によっておしり爽やかな素敵魔法【洗浄】を施したのち、食事の準備。
昼、メイドさんが嫌々様子を見に来る。
ベットを覗き込んで今日も元気にルーチンの舌打ち。持参の箒で部屋を丸く掃いて掃除終了。再び舌打ちをして去ってゆく。
午後、おやつを携えたマルコさんがやって来る。
おしめを替えたら、僕にとっては少し遅いお昼ご飯だ。メイドさんったら、お昼ご飯机に乗せたきり、置きっぱなしなんだもの。せめてベッドに置いてくれないかなーと思う今日この頃。
その間マルコさんは部屋を見渡し、ため息と共に指を振り【洗浄】。お陰でお部屋はいつも清潔です。
夜、マルコさんお世話のもと、おしめを替えてご飯を食べる。
その後、子守唄か寝物語的なのを歌いながらお腹をぽんぽんする。えっろい重低音にうつらうつらとしているといつの間にか電気が消されてる。
そして気がついたときには朝になっている。
結論。
爺の家事スキルまじパない。
いやほんと、丸く掃いて掃除終了のなんちゃってメイドさんよりよっぽど高いよ。
どうも仕事が出来る女的見た目は、単に見た目だけのようだ。残念だが内実伴わない女性は僕の好むところではない。
決して「あーらやだ、まだ埃が残ってるわよ」と姑っぽいことを思っているからではなく。
まあ、下らない話しはさて置こう。
僕のタイプはあくまで張り詰めた横顔の似合う氷のハートのキャリアウーマンである。メイド服はオプションに過ぎない。
ともかく、爺の観察から魔法というものが薄ぼんやりながら大体分かってきた。
見る限り魔法の発動条件は三つ。
【洗浄】という「呪文」。
指を振ることによる「方向性の指示」。
そして魔法を使う際もやっと爺の周囲を取り囲む「色のついた光」。
これに尽きる。
最後の「なんかモヤっとしたもの」については魔法の発動により起こる副作用なのかもしれないが、ベットをころころしながら宙に目を凝らすという地道な観察により、最近になってどうやら常時大気中をモヤモヤしているものらしいと判明。
色は薄いが水に浮いた油みたいにモヤモヤ虹色に輝きながら漂っている。爺が【洗浄】を使うときだげ、青色のモヤモヤが集まるのだ。きっとあれが魔素とかマナとか気とチャクラとかいうようなものなのだろう。
――――まあ、何はともあれまずは実験だ。
詳しいことはあとで考えよう。
僕はいわゆる『天上天下唯我独尊』ポーズを片手だけ中空に向けた。
魔素を意識し、指先に水芸のように溢れ出る水をイメージする。こういうのはイメージが大事ってのがセオリーだからね。
やがてうっすらと指先にモヤモヤが集まってきた。
集まりはするが移動速度は遅い。そのまま待ってるのもつまらないので伸ばした指先で青色のモヤモヤだけくるくると綿飴ののように巻き付けてみる。
あ、そう言えばマルコさんも指揮棒のように指を振っていたっけ。
今考えてみればあれ、魔素を巻き付けるための動きだったんだな。
いーとーまきまき
いーとーまきまきまきまきまきまきまきまき・・・・
仕上げにこいつもくりくりっとなー。
・・・・なんだかちょっと楽しくなってきた。
調子にのって巻いていたら魔素は既に手首まで巻き付いている。一応初めてだし、このくらいにしておくか。
じゃ、いくぞ!
「【しぇんぞー】」
・・・・。
・・・・・・・・。
し、しまったッ!! 舌が回らない!!!!
いや、考えてみれば当たり前か。幼児があぶーなどの喃語を話し始めるのは精々五ヶ月頃。それを転生者とはいえ三ヶ月で【しぇんぞー】なら仕方ないではないか幼児だもの。拙い口調がむしろ愛くるしいじゃないか。人間可愛いは正義。頭ではちゃんと分かってるんだよ。東京特許許可局だって言えるんだよ。
・・・・・・。
「しぇ、しぇ、せ・・・・・・・【しぇんぞー】」
実験に失敗はつきもの。
残念だが抜本的問題解決が必要なようである。
今後に期待ということで。
・・・・うん、僕はがっかりなんてしてないゾ。
異世界熱に浮かれて例によっての魔法でひゃっはーなんて思ってないゾ。
――――だがまずは。
僕は変わり果てた自分の天上天下(右)を見つめた。
・・・・うわぁ。この魔素どうすんべ。ガチガチに巻き付けちゃったよ・・・・
これ血ぃ止まんないかな?