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有紗は性獣  作者: 柊蓮
第一章――
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神奈川有紗という女

 夏一歩手前の七月上旬、俺は放課後、神奈川有紗(かながわありさ)という女に呼び出されていた。


 少しの蒸し暑さと若干の高揚感を感じながら、俺は日陰になっていて涼しい学校裏手に行った。そこには、確かにいた。神奈川有紗という女が。


 神奈川有紗は俺より一つ上の高校三年生で、この高校の中で一番人気で有名な生徒と言っても過言ではない。彼女が一番人気で有名である理由は様々あるが、一番最初に思いつくのはその〝容姿〟だった。


 有紗先輩は美しかった。


 黒髪と色白な肌の綺麗な対比。その黒髪は背中ほどまで伸びていて、見ているだけでもその柔らかさが分かるようなサラサラな黒髪は性別問わず誰もが触れてみたかった。触って、嗅いで、食べてみたいと誰もが思っていた。


 そんな有紗先輩に学校の裏手に呼ばれた理由を俺は考えてみた。有紗先輩は、誰もが自分のものにしたいと思うような輝きを放っていたが、彼氏はいないと言われているし、学校生活においても基本的には一人で居るようなことが多いと聞いている。じゃあ、なんで俺なんかを呼び出したのかとより一層強く思った。まさか……告白? 


 俺は色々とそんなことを考えているうちに、呼び出された場所まで辿り着いてしまった。

学校の裏手へと続く曲がり角を曲がると、居た。


その他大勢の女子とは反対に長いスカートを履き、両手を後ろで組みながら慎ましく有紗先輩は俺のことを待っていた。


 有紗先輩を目の前にした俺は、その美貌ぶりに思わず心がうわずった。こんなに綺麗な女の子がこの世に存在していいのかと思った。俺は両手を強く握り締めた。壊したくなるほどの美しさを持った雌を前にした雄としての素が出ないように、最大限気を保った。


「お待たせしました」


「待ってないよ、私も今来たとこ」


 まるで一国のお嬢様を目の前にしているみたいなその優しい声色に、俺は勃起しそうになった。


「それで……俺を呼び出したのはなんでです?」


「うーん……色々と理由はあるんだ。でも、それをいちいち説明していたら日が暮れちゃう。だから端的に言うよ――君みたいな、チャラくて頭が悪そうでチョロそうな男が下級生の中で君しか居なかったから。それが理由」


「え…………」


 これは、貶されているのだろうか。いいや、そんなことより、そもそもそれは呼び出したことの理由になっているのだろうか……? 


 俺は頭が熱くなった。その言葉に喜ぶべきなのか怒るべきなのか分からなくて、頭が熱くなった。それと同時に、下半身も熱くなった。気がつけば俺達は互いの吐息が感じられるくらいの距離にいた。そんな近距離で学校一の女の子にそんな個人的な言葉を浴びせられている俺は、なんて幸せ者なのだろう。


 だが……。


「……いやぁ、正直そんな奴俺以外にも沢山居ると思いますけどね」 


 とりあえず否定しておくしかなかった。というか、実際に俺以外にもその条件に当てはまっている奴なんていくらでもいると思った。


「ううん、いないよ。でも確かにね、私の同級生の中には君みたいな、チャラくて頭が悪そうでチョロそうな男も何人かいるんだ。でもね、皆私が食べちゃった」


「……はぁ。なんの話してます?」


「単純な話だよ、千葉大翔(ちばひろと)君。私はね、同級生の男の子を皆食べちゃったの。でもね、美味しくなかった。じゃあなんで美味しくないのに全部食べたのかって思うでしょ? ……でもね、美味しくなかったんだけど全部食べちゃったんだ」


 全く意味が分からなかった。まるで薬で頭をやられた薬物中毒者と話しているみたいだった。でもどうしてか、そんな意味不明なことを彼女は言っているというのに、彼女に対する感覚は、嫌悪よりもむしろ好感を覚えていた。


「千葉大翔君、私からのお願いです。私と……セックスしてください」 


「………………は?」


 こういうとき、何故か気持ちは引いていた。それまで抱えていた有紗先輩への幻想、そして憧れは、見事に今この瞬間崩れ去り、俺の目の前に居るのは、ただただ性に飢えた獣だということに俺は気がついた。


 俺はそのとき、このときまで何故か忘れていた有紗先輩のとある噂を思い出した。


 その噂は、とある生徒の名台詞みたいなもので、こんなものだ――『神奈川有紗は性獣(せいじゅう)だ。神奈川有紗が性の獣であるということは、この学校では誰もが知っている有名なことだ。そして自分のことを〝淫魔(サキュバス)〟と名乗っていることも有名だ』


 俺は今の今まで、この噂を忘れていた。というか、過去本当にこの噂を耳にしたのかも怪しい。でも何故か、俺の頭の中ではそんな根も葉もないような噂が反芻されていた。


「でも厳密に言うとね、別にセックスじゃなくてもいいんだ」


有紗先輩は、さも当たり前のことでもを言うかのように飄々(ひょうひょう)とした表情で言ってきた。


「どういうことです……?」   


「簡単な話だよ。私は、君と必ずしもセックスする必要はない。ただ、君の精液がほしいだけなんだ」


「な、な、な、なんで?」


「だって私は……淫魔(サキュバス)だから」


そう言いながら、有紗先輩は人間がしていいものとは思えないような、まるで快楽そのもののような妖艶な表情をした。さっきまでのお淑やかで慎ましい淑女のような女の子は、もうそこにはいない。


 俺は呼吸が荒くなった。有紗先輩の本性を見てしまい、吐きそうになった。


 夏本番直前、日陰にいれば涼しいはず。だが俺は太陽が発する全ての熱を受けているような気分になった。苦しい、苦しい、何かが苦しい。だけどそれが何か分からない。出したい、出したい、この苦しい気持ちを早く外に出したい。


俺は頭がクラクラしはじめて、その場に両膝をついた。地面に顔をこすりつけて、身体の底から湧き上がってくるような苦しさに悶えた。


「辛そうだね、苦しそう」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「どうしてほしい?」


「…………」


「あーあ、それも言えなくなっちゃったか」


 あたまがおかしくなってる。さっきまでとおくでかすかにきこえていたうんどうぶのこえとかがきこえない。なにもきこえない。このまましんじゃうのかな。くるしい。どうしよ。くるしい。しかいのはし、ありさせんぱいがおれにひとさしゆびをつきつけてる。どうしよ、うたれる。


「ばーん」

    

 ………………。


「……ッ!」


「もう大丈夫、苦しくなくなったでしょ?」


 なんじゃこりゃ……。


 俺は、射精をしていた。 


 パンツの中、確認しなくても分かる。これは、射精だ。


 念のため、俺は自分の股間を手で触れた。……最悪だ。俺は有紗先輩に、射精(イカ)された。しかも、有紗先輩に何をされたわけでもなく、ただ『ばーん』という声が鼓膜に届いた次の瞬間には、俺は勝手に射精をしていた。


 地面に両膝をついていた俺は、射精をしたからか身体が軽くなったことに、その場に立ち上がった。普段であれば、射精をしたら身体が重くなり眠くもなるのだが、今回ばかりは真逆だった。身体は軽くなり、意識もクッキリと鮮やかになっていた。


「……どう? これが私」


 したり顔で言ってきた有紗先輩に、俺はどう返していいものか分からなかった。


 そんな俺達の間に、しばし沈黙が訪れた。一度消え失せていた、運動部のかけ声や吹奏楽部の乱雑に演奏するその音が、また微かに耳に届きはじめた。それがとても心地良くて、できることならいつまでもそうしていたいと俺は思ったが、だがそうしているわけにもいかず、俺は、


「あ、あの……」


「なに?」


 俺は思いついた。それがあまりいいアイディアだとは思わなかったが、選択肢のひとつとしては別に最悪ではないと思った。だから俺は、自分の股間を指さしながら言ったのだ。


「精液がほしいんなら、これじゃ駄目すか……?」


「……嘘でしょ」


有紗先輩は心の底から引いているような表情を見せた。


「た、確かに私は、君の精液がほしいと言った。でもね、正直言うけど……」


有紗先輩は頬をポリポリと掻きながら、何かを言う決心をしようとしているみたいに、一度俺から視線を外した。そして、有紗先輩はさっきの妖艶さとは真逆の無邪気な顔で言ってきた。


「それってあんまり面白くない! 私は君とセックスしたいの! ……あと、パンツに一度出したやつなんてばっちいから嫌だ!」


 ばっちくなんてないんだけどなぁ。


 俺は心の底から素直にそう思った。だが、〝君とセックスしたい〟という言葉が、俺の脳に突き刺さった。こんな綺麗な女の子からそんな言葉が出ただけで、垂涎ものだと俺は思ったが、俺の本心はそう簡単に有紗先輩に向くわけではなかった。


 君とセックスしたい――そう言ってもらえるのは嬉しすぎることだ。だけど……。


「ねぇ、どう? その……これから……しない?」


 有紗先輩は突然近づいて来て、俺の肩を軽く抱きながら、耳元に囁いてきた。

したい。そういう感情で頭がいっぱいなのは確かだ。でも……。


 そのときだった。


 キーンコーンカーンコーン。午後四時を告げるチャイムが辺り一帯に鳴り響いた。


「有紗先輩、俺用事あるんでもう行かなきゃ。あんたみたいな美人に学校裏に呼び出されたってことだけでも一生の思い出になるのに、まさか射精させられるとは思わなかった。セックスも誘ってくれて、マジで嬉しい。でも、今回はちょっとパスで。どうしても行かなきゃならねぇ用事があるから、少なくとも今セックスするのは無理だわ」


 俺はそう言って、その場を立ち去ろうとしたが、


「待って。用事ってなに?」


 有紗先輩に引き留められた俺は、溜息を吐いた。このことだけは学校の奴に知られたくなかった。親友の優也(ゆうや)を除いては、誰にも話すつもりなんてなかったのに。でもこの場面においては、言う他なかった。何故ならば、それほどまでに有紗先輩の魅惑に勝てる人間など本来であればいないからだ。


「いや、あの~……俺、彼女いるんすよ。そもそもの話として、俺彼女いるんす。だからセックスできないというのもあるんすけど、その彼女、病気患ってて……。もう、危ないかもしれないんすよ。だから、本当であれば学校休んででも彼女に寄り添ってあげたいんすけど……。だから、本当にごめんなさい。これから彼女に会いに行くんで、今日は本当にごめんなさい。それじゃ」


俺はそれだけを言うと、その場を足早に立ち去った。


そんな俺を見届けた有紗先輩の表情がどんなものだったかは俺には分からない。だが、有紗先輩からしてみれば、自分よりも優先される女がいるなんて、初めての経験だろう。


 はぁ……。これから、面倒臭いことに巻き込まれなきゃいいが……。

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