プロローグ
湊はおかしいと思った。
いつもと何の変わりもない景色をしているこの場所を怖いと感じるなんて。
この場所は、高校に入ってすぐの頃、部活の帰りにいつも違う道を通った時に見つけた。
それからは、高校と家からも遠いこの場所に足を運ぶことが増えた。
辺りが暗くなり学生が行き交う時間から大人たちの時間に変わり始める、そんな街を眺めているのが湊の心の平穏であった。
いろいろな店の看板のネオンの明かりが通りにいる人々をやわらかに照らしている。
ガヤガヤと性別や年齢の異なる様々な声が辺りに響く。電車、車の走る音も絶え間なく聞こえてくる。
仕事帰りのサラリーマン、同僚や友人と飲みを交わす人、1人時間を楽しむ人、恋人と過ごす人、バス停に並ぶ人、待ち合わせをする人、顔を上げればたくさんの人々の姿が見える。
人それぞれの違う表情と仕草に目が離せない。人を観察することは湊にとってはもう癖になっていてやめられなかった。
いつも観察していても、誰も湊に興味を持つことはない。
他人にとって見知らぬ湊は背景と同然。
境遇も環境も違う人々が集まるこの場所に、湊は身体から切り離されて、自分と周囲との境が曖昧になって溶け込んでいくような感覚がしていた。
何とも言えないこの感覚が、湊にとっては心地よかった。
それがいつからだろう。
こんなにも大切に感じるようになったのは。
誰も自分を見ていない、それが自分にとって楽だった。
でも、あの人が自分を見つめてくれるようになって、自分はどこまでも欲張りになっていった。
あの人だけが自分と目を合わせてくれた。
あの人との思い出を、名前の付けられないこの関係を手放したくないと、強く願うなんて想像できなかった。
だから、あの人にもう一度会いたい。
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