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008Qwen版その3

■第十五章 答えのない墓標

帝国暦一〇二三年。夏。

エリオ・セインは、三ヶ月間、書庫に通い続けた。

毎日、午前六時に鐘が鳴る。配給所でパンを受け取る。書庫に入り、建国期の文献を、一頁ずつ、読む。

許可されたのは「閲覧のみ」だった。持ち出しはできない。記録もできない。ただ、目で読み、記憶する。

三ヶ月で、エリオは、帝国暦元年から二十三年までの非公式記録の、ほぼすべてを読んだ。

セレン区画の結界封鎖。一万二千の犠牲。

北大陸平定戦。四十七の都市が、黒鉄の軍団に蹂躙された記録。

エランナ・フィムスの封印。テルトイア・ファレンストロイの降伏。グラン・バグットの討死。

そして、最後の頁。

レイ・アルマートの、死。

『帝国暦二十三年。冬。総帥レイ・アルマート、玉座の間にて永眠。享年五十一。死因、心臓停止。外傷なし。毒物なし。ただ、止まった』

ただ、止まった。

五十一歳。

エリオは、その記述を、何度も読み返した。

五十一歳。

帝国を作り、三人の友を殺し、一千九百四十二万の命を檻に入れ、二十三年間、一度も眠らず、誰にも名を呼ばれず、ただ、止まった。

ある日の昼休み。

エリオは、書庫の窓から、帝都の街を眺めていた。

夏だった。魔素灯が、昼間は消えている。陽光が、石畳を白く照らしている。

人々が、歩いている。

配給所に向かう者。職能区画へ向かう者。子供を連れた親。老人。

誰も、走らない。

誰も、叫ばない。

誰も、怒らない。

誰も、泣かない。

エリオは、それを見て、思った。

「……平和だ」

確かに、平和だった。

千年間、戦争がない。飢餓がない。疫病がない。犯罪が、七百年間、零。

これは、奇跡だ。

千年前の世界を知っている者なら、誰だって、そう言うだろう。

だが。

エリオは、窓に映る自分の顔を見た。

二十四歳。第三職能期・前期。歴史文献の整理・保管・分類。

「……俺は、何だ」

呟いた。

「俺は、生きているのか」

窓の外の人々は、生きている。パンを食べ、水を飲み、眠り、起きる。

だが、彼らは「生きている」のか。

エリオには、わからなかった。

わからないことが、千年間、誰にもわからなかったことが、忽然と、胸を刺した。

その日の夕方。

エリオは、書庫を出た。

帰路の途中、帝都の第三区画を通った。

魔石加工工場が並ぶ区画だ。昼間の作業が終わった労働者たちが、ぞろぞろと住居区画へ帰っていく。

その列の中に、一人の老人がいた。

七十を超えているだろう。背が曲がり、指先が魔石の粉で白くなっている。

老人が、ふと、足を止めた。

道の脇に、野花が咲いていた。

魔素安定化装置の排熱で、石畳の隙間から、かろうじて芽を出した、小さな白い花。

老人は、その花を、見ていた。

三秒。五秒。十秒。

そして、歩き出した。

花を、摘まなかった。

立ち止まったことを、誰にも見られていないことを、確認するように、周囲を一度だけ見回し、それから、列に戻った。

エリオは、それを見ていた。

老人は、花を、美しいと思ったのだ。

だが、立ち止まることは、「配給時刻の遅延」につながる。花を摘むことは、「公共物の無断取得」に該当する。

だから、老人は、三秒だけ見て、歩き去った。

エリオは、その花の前に、立った。

小さな白い花だった。

風に、揺れていた。

「……綺麗だ」

呟いた。

「綺麗だと、言っていいはずだ」

だが、エリオは、その花を摘まなかった。

摘めなかった。

なぜか、わからなかった。

ただ、摘んだら、何かが壊れる気がした。

その夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

三ヶ月間、読み続けた記録を、頭の中で、反芻していた。

レイ・アルマート。

一万二千の名前。

三人の友の死。

二十三年の孤独。

五十一歳の、静かな死。

エリオは、ペンを握った。

何かを、書きたかった。

だが、何を書けばいいかわからなかった。

「レイ・アルマートは、英雄だった」

書いて、消した。

「レイ・アルマートは、魔王だった」

書いて、消した。

「レイ・アルマートは、正しかった」

書いて、消した。

「レイ・アルマートは、間違っていた」

書いて、消した。

どの言葉も、嘘だった。

どの言葉も、本当だった。

エリオは、ペンを置いた。

机に伏せた。

「……わからない」

呟いた。

「俺には、わからない」

飢えたことがない。

殺されるのを見たことがない。

自由という名の地獄を、知らない。

だから、裁けない。

だが。

「……リセ・ドーラン。七歳。両親なし」

その名前が、頭から離れない。

七歳の少女が、結界の中で、魔素を断たれ、飢えて死んだ。

それが「計算」だった。

それが「必要」だった。

それが「誰かがやらねばならなかった」ことだった。

「……だが、リセ・ドーランは、それを知らない」

エリオは、机に伏せたまま、言った。

「リセは、七歳だった。飢えていた。怖かっただろう。暗かっただろう。誰も来なかったんだろう。……レイ・アルマートが、何を考えていようと、リセには、関係がない」

机を、拳で叩いた。

「……許せない」

「……だが、憎めない」

「……感謝も、できない」

「……だが、否定も、できない」

エリオは、顔を上げた。

窓の外、魔素灯が、青く、光っていた。

「……俺は、どうすればいい」

答えは、なかった。

翌日。

エリオは、局長室に、二度目の申請書を提出した。

『申請内容:帝国暦元年から二十三年の建国期に関する、歴史記述の修正提案。

現行の公式歴史では、建国者レイ・アルマートを「最悪の魔王」とのみ記述している。これに、以下の注釈の追加を提案する。

「建国者は、数々の凄惨な大粛清を行い、人類の自由を奪った。同時に、千年にわたる平和と、飢餓・戦争・疫病の完全なる消滅を実現した。その功罪は、後世の判断に委ねられる」

申請者:エリオ・セイン。第三書庫所属』

局長は、申請書を読み、眉をひそめた。

「……セイン。これは、歴史修正主義に該当する可能性がある」

「事実の追記です。修正ではありません」

「『功罪を後世の判断に委ねる』とは、現行の公式見解を相対化する記述だ。帝国の法第七条第十二項——」

「法第七条第十二項は、『歴史記述は事実に基づかねばならない』と定めています。現行の記述は、事実の一部のみを記述している。これもまた、事実に反する」

局長が、沈黙した。

エリオは、続けた。

「私は、彼を英雄と呼べとは言いません。魔王と呼ぶなとも、言いません。ただ……一万二千の名前が、あったことを。三人の友が、いたことを。彼が、一人で死んだことを。……それだけを、記録に残したい」

局長が、長い沈黙の後、言った。

「……却下する」

エリオは、息を呑んだ。

「だが」

局長が、引き出しから、別の用紙を取り出した。

「第三書庫の地下区画、第七通路末端の未登録空間について、調査報告書の提出を求める。お前が、何を見つけたか。何を、持ち出したか。すべて、書け」

エリオの血が、凍った。

「……局長」

「セイン。私は、お前を罰する気はない。だが、記録は、記録だ。帝国の法は、例外を認めない。……お前が何を見ようと、何を感じようと、法は法だ」

局長が、ペンで机を叩いた。

「三日以内に出せ。出さなければ、戸籍の一時停止となる」

エリオは、一礼した。

局長室を出た。

廊下を歩きながら、思った。

「……法は、法だ」

レイ・アルマートが、作った法。

千年間、一度も変わらなかった法。

エリオは、その法の中で、生まれ、育ち、パンを食べ、眠り、生きている。

その法を、否定できるか。

否定したとして、何が残る。

自由か。

自由とは、何だ。

エリオは、知らない。

三日後。

エリオは、調査報告書を提出した。

『帝国暦一〇二三年。第三書庫地下区画、第七通路末端にて、未登録の房间を発見。

内容物:机、椅子、絵画一枚、石碑一つ、物品三点(革袋、破損魔導石、古布)。

絵画:四名の人物が描かれている。身元不明。

石碑:旧字体による刻文あり。「かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる。だが誰かがやらねばならなかった」

物品:いずれも帝国暦元年から二十三年頃のものと推定される。歴史的価値あり。

以上、報告する。

追記:本房间は、帝国の監視網の範囲外に存在する。意図的な除外と判断される。建国者の意向によるものと推測。

申請者:エリオ・セイン』

局長は、報告書を読み、印を押した。

「……了解した。当該空间は、現行のままで保存とする。立ち入りは、お前のみに許可する。他言は無用だ」

「……畏まりました」

エリオは、局長室を出た。

立ち入りは、自分だけ。

他言は無用。

つまり、誰も、あの部屋を、知らない。

誰も、あの石碑を、読まない。

誰も、一万二千の名前を、声に出さない。

エリオだけが、知っている。

エリオだけが、覚えている。

「……それで、いいのか」

自分に問うた。

答えは、出なかった。

その日の黄昏。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

千年の闇が、迎えた。

魔素灯を掲げた。

机の上に、三つの品がある。

革袋。割れた魔導石。古びた包帯。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

エリオは、石碑の前に、膝をついた。

三ヶ月間、毎日、ここに通った。

毎日、この石碑の前に、膝をついた。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「俺は、お前を、裁けない」

「俺は、お前を、許せない」

「俺は、お前に、感謝できない」

「俺は、お前を、忘れられない」

石碑を、指で撫でた。

「……お前は、何だった」

返事はない。

「英雄か。魔王か。救世主か。暴君か。……何だった」

返事はない。

「……俺には、わからない」

エリオは、額を、石碑に擦りつけた。

冷たい石だった。

「……だが、一つだけ、言える」

声を、絞り出した。

「リセ・ドーラン。七歳。両親なし。……彼女の名前は、俺が、覚えている」

「カルム・ヴェイン。三十四歳。……覚えている」

「ゴルド・ハッサン。六十一歳。……覚えている」

「一万二千の名前を、俺が、覚えている」

「お前が、忘れないと言った。……だが、お前は、死んだ。だから、俺が、覚えている」

涙が、石畳に落ちた。

「……それだけが、俺に、できることだ」

部屋を出た。

帝都の地上に、戻った。

夜だった。

魔素灯が、青く、静かに、光っている。

人々が、住居区画へ帰っていく。

誰も、走らない。誰も、叫ばない。

エリオは、その列の中を、歩いた。

ふと、空を見上げた。

星が、見えた。

千年前の空には、何が見えたのだろう。

戦火か。煙か。それとも、同じ星か。

エリオは、歩き続けた。

翌朝。

午前六時に鐘が鳴った。

エリオは、起きた。

配給所に向かった。列に並んだ。パンとスープを受け取った。

書庫に向かった。席に座った。文献を整理した。

いつも通りだった。

何も、変わらなかった。

だが、エリオは、昼休みに、一つだけ、違うことをした。

書庫の窓を開けた。

風が、入ってきた。

夏の風だった。熱くて、湿っていて、どこか、草の匂いがした。

隣の席の同僚が、顔を上げた。

「……エリオ? 窓を開けるのは、室温管理の規定に——」

「五分だけだ」

同僚が、口を閉じた。

エリオは、窓から、風を受けていた。

目を、閉じた。

風が、頬を撫でた。

「……暑い」

呟いた。

「……暑いと、感じる」

千年前の世界では、この暑さの中で、人々が、飢えていた。

殺し合っていた。

自由を叫んでいた。

エリオは、それを、知らない。

だが、風が、頬を撫でる。

暑い。

生きている。

「……生きている」

呟いた。

窓を、閉めた。

同僚が、安堵した顔で、自分の作業に戻った。

エリオも、ペンを握った。

文献の分類番号を、記入した。

いつも通りだった。

帝国暦一〇二三年。秋。

エリオ・セインは、二十四歳だった。

帝国の制度において、二十四歳は「第三職能期・前期」に該当する。

彼は、歴史文献の整理・保管・分類を職能とする、帝国の歯車だった。

だが、彼は、一万二千の名前を、知っていた。

三人の友の、笑い方を知っていた。

一枚の絵を、見た。

一つの石碑を、読んだ。

「かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる」

「だが誰かがやらねばならなかった」

その言葉を、エリオは、誰にも言わなかった。

言えなかった。

言う必要も、なかった。

ただ、覚えている。

それだけだった。

その年の冬。

帝都に、雪が降った。

配給所の列に並ぶ人々の肩に、白い結晶が積もる。

誰も、空を見上げない。

だが、一人だけ、立ち止まった青年がいた。

エリオ・セイン。

彼は、雪を、手のひらで受けた。

冷たかった。

「……冷たい」

呟いた。

千年前の、ある男も、こうして雪を受けたのだろうか。

「冷たい」と感じたのだろうか。

それとも、感じなかったのだろうか。

エリオには、わからない。

だが、雪は、冷たい。

確かに、冷たい。

それが、何より、確かなことだった。

帝国暦一〇二四年。春。

桜が、咲いた。

帝都の中央広場に、花弁が、散る。

人々が、その上を歩く。

走らない。叫ばない。枝を折らない。

だが、一人の少女が、花弁を、掌で受けた。

七歳くらいだった。

少女は、花弁を見て、微笑んだ。

そして、隣の母親に言った。

「ねえ、おかあさん。これ、綺麗だね」

母親が、少しだけ、周囲を見回した。

それから、少女の頭を、撫でた。

「……そうね。綺麗ね」

それだけだった。

誰も、咎めなかった。

誰も、記録しなかった。

ただ、少女が、花を、綺麗だと言った。

それだけのことだった。

エリオは、広場の隅で、それを見ていた。

「……綺麗だ」

少女が、言った。

千年前の世界では、その一言が、許されなかったのかもしれない。

あるいは、許されていたのかもしれない。

エリオには、わからない。

だが、少女は、綺麗だと言った。

母親は、そうねと言った。

それだけで、世界は、少しだけ、温かかった。

その日の黄昏。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

エリオは、石碑の前に、立った。

膝を、つかなかった。

今日は、立たせてくれ。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「俺は、お前を、何と呼べばいい」

返事はない。

「英雄か。魔王か。……俺には、わからない」

「千年経っても、わからない」

「きっと、二千年経っても、わからない」

石碑を、見た。

「……だが、それでいい」

エリオは、言った。

「答えが出ないことが、答えだ」

「お前は、英雄だった。お前は、魔王だった。お前は、正しかった。お前は、間違っていた。……全部、本当だ。全部、嘘だ」

「だから、俺は、お前を、何とも呼ばない」

「ただ、覚えている」

「リセ・ドーランを。グラン・バグットを。エランナ・フィムスを。テルトイア・ファレンストロイを。……お前を」

「レイ・アルマート。魔法剣士。帝国建国者。……魔王」

「……俺の、知らない人」

エリオは、一礼した。

「……さようなら」

踵を返した。

扉を開けた。

振り返らなかった。

帝都の地上。

夜だった。

魔素灯が、青く、光っている。

エリオは、住居区画への帰り道を、歩いていた。

ふと、足を止めた。

道の脇に、野花が咲いていた。

夏に、老人が見ていた、あの花。

もう、秋だ。花は、枯れかけていた。

だが、まだ、一輪だけ、白い花弁が、残っていた。

エリオは、その花を、見た。

三秒。五秒。十秒。

そして、歩き出した。

花を、摘まなかった。

だが、振り返った。

一度だけ。

「……綺麗だった」

呟いた。

誰も、聞いていなかった。

だが、それで、よかった。

帝都の地下深く。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉が、閉まっている。

机の上に、三つの品がある。

革袋。割れた魔導石。古びた包帯。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

千年の闇の中で、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

その下に、もう一行。

千年の間、誰にも読まれなかった言葉。

だが、一人だけ、読んだ者がいた。

二十四歳の、帝国の歯車が。

『……だが、その名を、誰かが、呼んでくれ』

石碑の裏に、小さく、刻まれていた。

エリオだけが、見た。

エリオだけが、覚えている。

帝国暦一〇二四年。春。

帝都アルマートに、桜が咲いていた。

人々は、桜の下を歩く。

走らない。叫ばない。

だが、微笑む。

小さく、静かに、微笑む。

それが、千年前の、ある男が、三人の友を殺して、自分の魂を売り飛ばして、作った世界だった。

美しい世界だった。

静かな世界だった。

誰も飢えず、誰も殺し合わない世界だった。

誰も、自由を知らない世界だった。

だが、少女が、花を、綺麗だと言った。

それだけで、よかった。

それだけで、よかったのかもしれない。

帝都の空に、桜の花弁が、舞っていた。

風が、吹いた。

誰もいない広場に、花弁が、積もる。

美しい。

静かだ。

誰も、名を呼ばない。

だが、風が、吹いている。

それだけで、世界は、まだ、生きている。

第十五章 了


■第十六章 自由を知らない子供たち

帝国暦一〇二四年。夏。

エリオ・セインは、書庫を休んだ。

三ヶ月間、毎日通い続けた第三書庫に、初めて、足を向けなかった。

代わりに、帝都の街を歩いた。

目的は、なかった。

ただ、歩きたかった。

帝都アルマートの夏は、静かだった。

魔素安定化装置が、気温を一定に保っている。暑すぎず、寒すぎず。汗をかくほどではない。凍えるほどでもない。

人々は、指定された職能区画へ向かう。

魔石加工工場。配給管理所。戸籍更新局。魔導回路の保守点検所。

誰もが、同じ速度で歩いている。

走る者はいない。

立ち止まる者はいない。

エリオは、その列の外を、歩いていた。

職能の割り振り上、彼は今日、書庫にいるべきだった。だが、休んだ。理由はない。「休みたい」と思った。それだけだった。

帝国の法に、「休んではならない」という条項はない。

だが、休む者は、ほとんどいない。

なぜか。

エリオは、それを考えた。

法に書いていない。罰則もない。だが、人々は、休まない。

「……なぜだ」

呟いた。

答えは、わからなかった。

わからなかったが、何かが、おかしいと感じた。

帝都の東区画。

子供たちの教育区画だった。

帝国の制度において、子供は六歳から十二歳まで、「基礎職能教育」を受ける。読み書き、計算、帝国法の基礎、そして「戸籍番号の管理と配給の受給手順」を学ぶ。

エリオは、教育区画の窓から、中を覗いた。

教室には、三十人の子供が座っていた。

六歳から八歳くらいだろう。

教師が、黒板に文字を書いている。

『配給受給の手順。一、鉄札を提示する。二、区画番号を告げる。三、指定された量の配給を受け取る。四、感謝の意を示す必要はない。五、速やかに退出する』

子供たちは、それを、書き写していた。

誰も、質問しない。

誰も、窓の外を見ない。

誰も、隣の子と、話さない。

エリオは、見ていた。

一人の男の子が、ふと、鉛筆を止めた。

窓の外に、蝶が飛んでいた。

白い蝶だった。

男の子は、蝶を見ていた。

三秒。五秒。

そして、教師が、言った。

「七四〇一二。手を止めなさい」

男の子が、びくりと肩を震わせた。

「……すみません」

「写しなさい」

「……はい」

男の子は、鉛筆を握り直した。

蝶は、窓の外を、飛んでいった。

男の子は、二度と、窓を見なかった。

エリオは、窓の外で、立ち尽くしていた。

「……蝶を、見た」

呟いた。

「蝶を見て、三秒、止まった。……それだけのことだ」

それだけのことだった。

だが、この世界では、「三秒、止まる」ことが、「手を止める」ことだった。

エリオは、教育区画を離れた。

帝都の中央区画。

配給所の前に、列ができていた。

エリオは、その列の横を、歩いた。

人々が、鉄札を握りしめ、無言で並んでいる。

一人の老婆が、列の先頭で、配給を受け取っていた。

パン。スープ。乾燥肉。

老婆が、それを受け取り、一礼した。

「……ありがとうございます」

配給所の職員が、無表情で言った。

「感謝の必要はありません。次の方」

老婆が、一瞬、戸惑った。

それから、何も言わずに、列を離れた。

エリオは、それを見ていた。

「感謝の必要はありません」

帝国の法に、そう書いてある。

配給は「権利」であり、「施し」ではない。ゆえに、感謝は不要。

合理的だ。

正しい。

だが、老婆は、「ありがとう」と言った。

言いたかったのだ。

なぜか。

エリオには、わからなかった。

わからなかったが、その「ありがとう」が、この世界で、最も人間らしい言葉のように思えた。

その日の午後。

エリオは、帝都の公園を歩いていた。

「公園」と呼ばれる空間は、帝国暦五〇〇年以降に整備された。「観賞用植物の育成」が法に加えられた後、各区画に一つずつ設けられた「休息区画」だ。

芝生がある。木がある。ベンチがある。

人々は、指定された時間に、ここで「休息」を取る。

だが、「遊ぶ」者はいない。

エリオは、ベンチに座った。

目の前の芝生で、一人の子供が、座っていた。

五歳くらいだろうか。

子供は、芝生の上に、小枝で、何かを描いていた。

エリオは、近づいた。

「……何を描いているの」

子供が、顔を上げた。

「……おうち」

「おうち?」

「うん。おかあさんのおうち」

エリオは、その絵を見た。

四角い枠。中に、丸が二つ。線が、何本か。

「……上手だね」

子供が、笑った。

「うん」

そして、また、描き始めた。

エリオは、その隣に、座った。

「……ねえ」

「うん?」

「お母さんは、どこにいるの」

「しごとのところ」

「お仕事、何してるの」

「ませきの、こなを、つくってる」

「……そう」

子供は、小枝で、芝生を削り続けた。

エリオは、聞いた。

「……ねえ。君は、大きくなったら、何になりたい?」

子供が、手を止めた。

「……何?」

「何になりたいか。やりたいこと。……何でもいい」

子供が、首を傾げた。

「……やりたいこと?」

「うん」

子供は、しばらく、考えていた。

それから、言った。

「……しらない」

エリオは、息を呑んだ。

「……知らない?」

「うん。しごとを、もらうから。しらない」

子供は、そう言って、また、小枝で絵を描き始めた。

エリオは、何も言えなかった。

帝国の制度において、「やりたいこと」は、存在しない。

六歳から十二歳まで、基礎職能教育を受ける。十二歳で「適性判定」が行われ、職能が割り振られる。十四歳で「第三職能期」に入り、割り振られた職能に従事する。

「何になりたいか」は、問われない。

「何がやりたいか」は、問われない。

「お前は、これだ」と、告げられる。

それが、帝国の法だった。

レイ・アルマートが、定めた法。

『全人類に職能を割り振る。適性に基づき、最適な配置を行う。個人の希望は、システムの最適化に反する場合、考慮しない』

合理的だ。

正しい。

誰もが、飢えない。

誰もが、路頭に迷わない。

誰もが、「自分は何をすればいいかわからない」と苦しむことがない。

だが。

エリオは、子供を見た。

五歳の子供が、「やりたいことを知らない」と言った。

五歳の子供が、「仕事をもらうから」と言った。

エリオは、自分の胸が、締め付けられるのを感じた。

「……ねえ」

「うん?」

「……蝶を、見たことある?」

子供が、首を傾げた。

「……ちょうちょ?」

「うん」

「……しらない。なに、それ」

エリオは、言葉を失った。

「……蝶を、知らない?」

「うん。おかあさんが、しらないって」

エリオは、空を見上げた。

蝶は、いなかった。

帝都の魔素安定化装置が、大気中の魔素濃度を一定に保っている。その影響で、特定の昆虫の生息域が、千年の間に、変化していた。

蝶は、帝都には、いない。

この子は、蝶を、見たことがない。

「……そうか」

エリオは、言った。

「……蝶はね、白い羽を持っていて、風に乗って、どこまでも飛んでいくんだよ」

子供が、目を丸くした。

「……どこまでも?」

「うん。どこまでも」

「……すごい」

子供が、笑った。

「……みてみたい」

エリオは、微笑んだ。

「……そうだね」

子供は、また、小枝で絵を描き始めた。

今度は、四角い枠の中に、何か、ひらひらしたものを書き加えていた。

「……ちょうちょ」

「……うん。蝶だ」

子供は、満足そうに、笑った。

エリオは、ベンチから立ち上がった。

「……じゃあね」

「うん。ばいばい」

エリオは、公園を出た。

振り返らなかった。

その夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

帳簿は、もう、懐にはない。三ヶ月前に、書庫の棚に戻した。

だが、内容は、覚えている。

一万二千の名前。

三人の友。

一枚の絵。

一つの石碑。

エリオは、ペンを握った。

何かを、書きたかった。

だが、何を書けばいいかわからなかった。

「……蝶を知らない子供」

呟いた。

「……やりたいことを知らない子供」

「……感謝の必要はない、と言われる老婆」

「……三秒、蝶を見て、手を止めろと言われる男の子」

ペンを、紙に走らせた。

『帝国暦一〇二四年。夏。私は、帝都の街を歩いた。

誰も、飢えていない。誰も、殺されていない。誰も、戦争を知らない。

だが、誰も、蝶を知らない。

誰も、やりたいことを知らない。

誰も、感謝することを、許されていない。

これは、平和か。

これは、幸福か。

私は、わからない。

千年前の男は、この世界を作るために、一万二千の命を殺し、三人の友を殺し、自分の魂を殺した。

そして、この世界が、できた。

誰も飢えない世界。

誰も殺し合わない世界。

誰も、自由を知らない世界。

……これは、救いか。

……これは、檻か。

私には、わからない。

だが、一つだけ、言える。

蝶を知らない子供が、「見てみたい」と言った。

それだけが、この世界で、まだ、生きている証だ。

――エリオ・セイン。帝国歴史編纂局。第三書庫所属』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

蝶は、いない。

だが、風が、吹いている。

「……風は、まだ、吹いている」

呟いた。

「……それだけで、いいのか」

答えは、なかった。

翌日。

エリオは、書庫に戻った。

席に座り、文献の整理を始めた。

いつも通りだった。

隣の席の同僚が、声をかけた。

「エリオ、昨日、休んだのか? 珍しいな」

「……ああ。少し、歩いた」

「歩いた? どこを」

「……街を」

同僚が、首を傾げた。

「街を? 何のために」

エリオは、一瞬、言葉に詰まった。

「……わからない。ただ、歩きたかった」

同僚が、笑った。

「お前も、変わったやつだな。……まあ、いいけど。今日の配給、第三区画に変更だから、忘れるなよ」

「……ああ」

同僚が、自分の作業に戻った。

エリオは、ペンを握った。

文献の分類番号を、記入した。

いつも通りだった。

だが、手が、止まった。

『やりたいことを知らない』

五歳の子供の声が、頭から離れなかった。

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

夏の日差しが、石畳を白く照らしている。

人々が、同じ速度で、歩いている。

誰も、走らない。

誰も、立ち止まらない。

誰も、蝶を、見上げない。

エリオは、目を閉じた。

「……レイ・アルマート」

心の中で、呼んだ。

「お前は、この世界を、見たか」

「お前が作ったこの世界を、千年後の今、見たか」

「……蝶を知らない子供を、見たか」

返事はない。

「……お前は、正しかったのか」

返事はない。

「……お前は、間違っていたのか」

返事はない。

エリオは、目を開けた。

ペンを握り直した。

文献の分類番号を、記入した。

いつも通りだった。

その日の黄昏。

エリオは、書庫を出た。

帰路の途中、帝都の東区画を通った。

教育区画の前で、足を止めた。

窓から、中を覗いた。

教室は、空だった。

授業は、終わっている。

だが、一人だけ、残っている子供がいた。

朝、蝶を見ていた男の子だった。

男の子は、教室の隅で、一人で、座っていた。

何かを、手に持っている。

エリオは、窓に近づいた。

男の子の手には、紙があった。

その紙に、男の子は、何かを描いていた。

エリオは、目を凝らした。

蝶だった。

白い蝶を、男の子は、描いていた。

見たことがない蝶を、想像で、描いていた。

エリオは、窓の外で、立ち尽くした。

男の子は、蝶を描き終えた。

紙を、折りたたんだ。

そして、机の引き出しに、しまった。

誰にも、見せない。

誰にも、言わない。

ただ、描いた。

それだけだった。

エリオは、窓から離れた。

歩き出した。

帝都の石畳を、一人で、歩いた。

その夜。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

壁に、一枚の絵がある。

石碑がある。

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「今日、一人の子供に会った。五歳だ。蝶を知らなかった。やりたいことを知らなかった」

石碑は、沈黙している。

「……お前の作った世界だ。誰も飢えない。誰も殺し合わない。だが、誰も、蝶を知らない」

石碑は、沈黙している。

「……だが、もう一人の子供が、蝶を描いていた。見たことがない蝶を、想像で、描いていた」

エリオは、石碑に、手を触れた。

「……それは、何だ」

「……お前が殺した『自由』の、残骸か」

「……それとも、お前が守った『命』の、証か」

石碑は、沈黙している。

エリオは、手を離した。

「……わからない」

「……千年経っても、わからない」

「……だが」

エリオは、言った。

「あの蝶の絵は、俺が、覚えている」

「あの五歳の子供が、『見てみたい』と言ったことを、俺が、覚えている」

「お前が、何者であっても。……それだけは、忘れない」

一礼した。

踵を返した。

扉を開けた。

帝都の地上に、戻った。

夜だった。

魔素灯が、青く、光っている。

エリオは、住居区画への帰り道を、歩いていた。

ふと、足を止めた。

道の脇に、何か、白いものが、飛んでいた。

エリオは、目を凝らした。

蛾だった。

蝶ではない。蛾だ。

だが、白い羽を、持っていた。

風に、揺れていた。

エリオは、その蛾を、見ていた。

三秒。五秒。十秒。

「……蝶じゃない」

呟いた。

「……だが、飛んでいる」

蛾は、魔素灯の光に、引き寄せられるように、飛んでいた。

やがて、光の中に消えた。

エリオは、歩き出した。

「……飛んでいる」

それだけで、よかった。

蝶でも、蛾でも、何でもいい。

飛んでいる。

風に乗って、どこまでも。

「……見てみたい、か」

五歳の子供の声を、思い出した。

「……見せてやりたいな」

誰に言うでもなく、呟いた。

帝都の夜に、風が、吹いていた。

誰も、聞いていなかった。

だが、風は、吹いていた。

第十六章 了


■第十七章 最初の亀裂

帝国暦一〇二四年。秋。

その日、帝都アルマートの第九区画で、魔素灯が、消えた。

午前十一時十七分。配給所の屋根に設置された魔素灯が、三秒間だけ、光を失った。

三秒。

それだけだった。

三秒後、灯りは戻った。配給は続いた。列は動いた。

誰も、叫ばなかった。

だが、三秒の間、列に並んでいた四十七人の人間が、同時に、空を見上げた。

暗かった。

魔素灯の光がない世界を、彼らは、知らなかった。

帝国歴史編纂局。第三書庫。

エリオ・セインは、その日の午後に、報告書を読んだ。

『帝国暦一〇二四年。秋。第九区画・配給所屋根設置型魔素灯(番号:九-〇四七三)において、三秒間の稼働停止を確認。原因:魔導回路の経年劣化による微細な魔力供給の途絶。即座に自動復旧。影響範囲:なし。配給への遅延:なし。戸籍データへの影響:なし』

エリオは、その報告書を、三度、読み返した。

三秒。

影響範囲:なし。

配給への遅延:なし。

「……なし」

呟いた。

報告書は、そう記している。

だが、エリオは、気になった。

「影響範囲:なし」とは、誰が判断したのか。

三秒間、暗闇の中にいた四十七人の人間は、何を感じたのか。

報告書には、書いていない。

その日の夕方。

エリオは、第九区画に向かった。

配給所は、もう閉まっている。明日の朝、また鐘が鳴り、列ができる。

エリオは、配給所の屋根を見上げた。

魔素灯が、青白い光を放っている。

正常に、稼働している。

だが、エリオは、その光を、じっと見ていた。

「……三秒」

呟いた。

「三秒、消えた」

千年間、一度も消えなかった灯りが、三秒だけ、消えた。

経年劣化。

魔導回路の、老化。

レイ・アルマートが作ったシステムは、千年間、完璧に稼働し続けた。

だが、千年は、長い。

魔石は、摩耗する。回路は、劣化する。オベリスクの基盤は、少しずつ、歪む。

レイは、それを、計算に入れていたのだろうか。

「……千年」

エリオは、空を見上げた。

「……千年後を、計算に入れていたのか」

答えは、わからない。

だが、三秒間、灯りは消えた。

それが、答えだった。

翌日。

エリオは、書庫で、魔素安定化装置の設置記録を調べた。

帝国暦元年から三年にかけて、レイ・アルマートの命令で、大陸全土に四百七十二基の魔導オベリスクが敷設された。

その設計図は、エランナ・フィムスの魔術理論を基盤としている。

エリオは、設計図を読んだ。

旧字体で記された、千年前の文書。

『魔導オベリスト基盤設計書。設計者:エランナ・フィムス。監修:レイ・アルマート。

本装置の設計寿命は、理論上、無制限とする。ただし、魔素の自然循環に依存するため、外部環境の著しい変動(大規模な魔素暴走、地殻変動等)が発生した場合、基盤の再調整が必要となる可能性がある。

再調整の手法は、設計者の魔術的直感に依存する部分があり、完全な自動化は不可能である。

――エランナ・フィムス記』

エリオは、その記述を、読み返した。

『設計者の魔術的直感に依存する部分があり、完全な自動化は不可能である』

エランナ・フィムス。

千年前に、レイに封印された魔術師。

彼女の「直感」が、システムの基盤に組み込まれている。

だが、彼女は、千年前に、死んだ。

あるいは、封印された。

どちらにせよ、彼女は、もう、いない。

「……再調整が、できない」

エリオは、呟いた。

「……設計者が、いない」

その日から、エリオは、魔素安定化装置の稼働記録を、毎日、確認するようになった。

書庫の最下層に保管されている、オベリスクの稼働ログ。千年分のデータが、魔導結晶に記録されている。

エリオは、それを、一基ずつ、照合した。

四百七十二基。

一基あたり、三十年の稼働ログを読むのに、一日かかる。

四百七十二日。一年以上かかる作業だった。

だが、エリオは、続けた。

毎日、午前六時に鐘が鳴る。配給所でパンを受け取る。書庫に入り、オベリスクのログを読む。

同僚が、不思議そうに言った。

「エリオ、最近、何を読んでるんだ? 建国期の文献か?」

「……ああ。少し、気になって」

「気になって、って。千年前の装置の稼働ログなんて、誰が読むんだ」

「……俺が、読む」

同僚が、肩をすくめた。

「お前も、変わったやつだな」

エリオは、笑わなかった。

ただ、ページをめくった。

三ヶ月後。

エリオは、四百七十二基のオベリスクの稼働ログを、すべて読み終えた。

結果は、こうだった。

四百七十二基のうち、三十七基に、微細な魔力供給の揺らぎが確認された。

三秒間の停止には至っていない。だが、供給量が、設計値の九十九・七パーセントに低下している。

千年で、〇・三パーセントの劣化。

微小だ。

無視できる。

だが、エリオは、計算した。

〇・三パーセントが、次の千年で、〇・六パーセントになる。

その次の千年で、一・二パーセント。

さらに千年で、二・四パーセント。

指数関数的に、劣化は加速する。

五千年後。

一万年后。

「……止まる」

エリオは、呟いた。

「……いつか、止まる」

レイ・アルマートが作ったシステムは、永遠ではない。

エランナ・フィムスが設計した回路は、永遠ではない。

千年は、持った。

だが、永遠は、ない。

その日の夜。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

壁に、一枚の絵がある。

石碑がある。

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「お前のシステムは、永遠じゃない」

石碑は、沈黙している。

「千年持った。だが、五千年後には、止まる。一万年后には、壊れる」

石碑は、沈黙している。

「……お前は、それを、知っていたか」

エリオは、石碑に、手を触れた。

「知っていたなら、なぜ、千年後のことを、計算に入れなかった」

「……いや。入れたのか。千年だけ、持てばいいと、思ったのか」

「千年後の人間が、自分で、解決すると、思ったのか」

石碑は、沈黙している。

エリオは、手を離した。

「……俺には、わからない」

「……だが、一つだけ、わかる」

エリオは、言った。

「エランナ・フィムスは、もう、いない。彼女の『直感』は、もう、ない。再調整は、できない」

「……お前のシステムは、設計者なしで、走り続けている」

「……いつか、止まる」

一礼した。

踵を返した。

扉を開けた。

帝都の地上。

夜だった。

魔素灯が、青く、光っている。

エリオは、その光を、見上げた。

美しい光だった。

千年間、一度も途切れなかった光。

だが、三秒だけ、消えた。

「……三秒」

呟いた。

「……最初の三秒」

次の三秒は、いつ来る。

次の三秒は、三十分になるかもしれない。

次の三十分は、三日になるかもしれない。

次の三日は、三年になるかもしれない。

そして、いつか。

永遠の暗闇が、来る。

エリオは、歩き出した。

住居区画への帰り道を、一人で、歩いた。

翌日。

エリオは、局長室に、三度目の申請書を提出した。

『申請内容:魔素安定化装置(魔導オベリスク)四百七十二基の経年劣化に関する、緊急調査および対策立案の許可願い。

現行の稼働ログにおいて、三十七基に微細な魔力供給の低下が確認された。このまま放置した場合、数千年以内に装置の完全停止が予想される。

対策の立案には、設計者エランナ・フィムスの魔術理論の再解析が必要である。

申請者:エリオ・セイン。第三書庫所属』

局長は、申請書を読み、眉をひそめた。

「……セイン。これは、帝国の基幹インフラに関わる案件だ。お前の職能の範囲外である」

「承知しています。ですが、この問題を認識している者が、現時点で、私以外にいません」

「……なぜ、そう言える」

「オベリスクの稼働ログを、千年間、定期的に精査した者は、記録に存在しません。ログは自動的に蓄積されますが、それを『読み』、劣化の傾向を分析した者は、いません」

局長が、沈黙した。

エリオは、続けた。

「……三秒間、第九区画の魔素灯が消えました。影響は、なしと記録されています。ですが、次は、三秒では済まないかもしれない」

局長が、机を叩いた。

「セイン。お前の言っていることは、帝国の根幹を揺るがす問題だ。軽々に——」

「軽々ではありません」

エリオは、言った。

「三十七基のオベリスクが、設計値の九十九・七パーセントで稼働しています。これは、事実です。私が、四百七十二日かけて、確認しました」

局長が、言葉を失った。

四百七十二日。

一年以上。

一人の人間が、毎日、千年分のログを読み続けた。

局長は、長い沈黙の後、言った。

「……調査は、許可する。だが、対策の立案は、お前の職能外だ。上層部に報告を上げる。お前は、データを提出しろ」

「……畏まりました」

エリオは、一礼した。

局長室を出た。

廊下を歩きながら、エリオは、思った。

上層部に報告を上げる。

上層部が、対策を立案する。

対策が、実行される。

システムが、維持される。

檻が、続く。

「……それで、いいのか」

自分に問うた。

答えは、出なかった。

その日の黄昏。

エリオは、帝都の公園を歩いていた。

ベンチに座った。

目の前の芝生で、子供たちが、遊んでいた。

いや、「遊んでいた」というのは、正確ではない。

「休息区画の利用時間内に、指定された範囲で、体を動かしている」というのが、正しい表現だった。

走る者はいない。

叫ぶ者はいない。

だが、一人だけ、芝生の上を、跳ねている子供がいた。

五歳くらいだろうか。

跳ねて、笑っていた。

声を上げて、笑っていた。

エリオは、それを見ていた。

「……笑っている」

呟いた。

「……声を上げて、笑っている」

帝国の人間は、笑わない。微笑む。だが、声を上げて笑う者は、ほとんどいない。

だが、この子は、笑っていた。

なぜか。

エリオには、わからなかった。

わからなかったが、その笑い声が、胸の奥に、響いた。

ふと、思った。

もし、システムが止まったら。

もし、魔素灯が、永遠に消えたら。

もし、配給が、止まったら。

この子は、笑えるだろうか。

「……わからない」

エリオは、呟いた。

「……この子は、飢えたことがない。殺されたことがない。自由を知らない」

「……システムが止まったら、この子は、どうなる」

「……笑えるか」

「……それとも、泣くか」

答えは、なかった。

その夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

ペンを握った。

紙に、書いた。

『帝国暦一〇二四年。秋。

魔素安定化装置の劣化を確認した。三十七基。九十九・七パーセント。

千年で、〇・三パーセント。

五千年後には、止まる。

レイ・アルマートのシステムは、永遠ではない。

だが、私は、それを、誰に言えばいい。

上層部に報告すれば、対策が立案される。システムが維持される。檻が続く。

報告しなければ、いつか、止まる。檻が、壊れる。

……どちらが、正しい。

檻の中で、蝶を知らない子供が、笑っている。

檻の外に、何があるか、私は知らない。

千年前の世界は、飢餓と戦争と疫病の世界だった。

自由は、地獄だった。

だが、自由がなければ、蝶を、見られない。

……私は、どうすればいい。

レイ・アルマート。お前なら、どうする。

……いや。お前は、もう、いない。

お前は、五十一歳で、止まった。

後は、俺たちの番だ。

――エリオ・セイン』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

「……まだ、光っている」

呟いた。

「……まだ」

翌朝。

午前六時に鐘が鳴った。

エリオは、起きた。

配給所に向かった。列に並んだ。パンとスープを受け取った。

書庫に向かった。席に座った。

だが、今日は、文献を整理しなかった。

代わりに、引き出しから、一枚の紙を取り出した。

昨夜、書いた文章。

それを読み返した。

『……どちらが、正しい』

エリオは、紙を、折りたたんだ。

懐に入れた。

そして、席を立った。

「……エリオ? どこに行く」

同僚が、声をかけた。

「……少し、歩く」

「またか。最近、多いな」

「……ああ」

エリオは、書庫を出た。

帝都の街を、歩いた。

帝都の第九区画。

三秒間、魔素灯が消えた場所。

エリオは、配給所の前に、立った。

朝だった。列ができている。

人々が、鉄札を握りしめ、無言で並んでいる。

エリオは、その列を、見ていた。

誰も、空を見上げない。

誰も、魔素灯を見ない。

誰も、三秒前の暗闇を、覚えていない。

「……忘れている」

エリオは、呟いた。

「……三秒の暗闇を、もう、忘れている」

それが、平和なのか。

それが、幸福なのか。

エリオには、わからなかった。

だが、一つだけ、わかった。

「……俺は、覚えている」

三秒の暗闇を、俺は、覚えている。

三十七基の劣化を、俺は、覚えている。

一万二千の名前を、俺は、覚えている。

蝶を知らない子供を、俺は、覚えている。

「……覚えていることが、何になる」

自分に問うた。

答えは、なかった。

だが、エリオは、歩き続けた。

帝都の石畳を、一人で、歩いた。

その日の黄昏。

帝都の中央広場。

桜は、もう、散っている。夏が過ぎ、秋の風が、石畳を撫でている。

エリオは、広場の中央に、立った。

空を見上げた。

夕陽が、帝都を、金色に染めていた。

美しい景色だった。

「……レイ・アルマート」

呟いた。

「お前は、この景色を、見たか」

「お前が作ったこの世界で、夕陽が、金色に光ることを、知っていたか」

「……知っていたなら、なぜ、見なかった」

「……知らなかったなら、なぜ、作らなかった」

答えは、なかった。

エリオは、目を閉じた。

風が、頬を撫でた。

「……俺は、お前を、裁けない」

「……だが、俺は、この世界を、壊すことも、できない」

「……俺は、何だ」

「……俺は、何ができる」

風が、吹いた。

エリオは、目を開けた。

夕陽が、沈みかけていた。

「……まだ、光っている」

呟いた。

「……まだ」

第十七章 了



■第十八章 鳥は空を知らない

帝国暦一〇二四年。冬。

第二十一区画で、魔素安定化装置が、十二分間、停止した。

午前十一時四十三分。第二十一区画の地下に埋設された魔導オベリスク(番号:二一-〇〇七)が、稼働を停止した。

原因:魔導回路の経年劣化。魔力供給の途絶。

前回、第九区画で三秒間、灯りが消えたのは、秋のことだった。

今回は、十二分。

二百四十倍。

十二分間、第二十一区画から、光が消えた。

魔素灯が、消えた。配給所の温蔵装置が、止まった。戸籍確認の魔導端末が、暗転した。

四千人の人間が、暗闇の中に、取り残された。

エリオ・セインが、第二十一区画に到着したのは、停止から八分後のことだった。

書庫で稼働ログの異変を検知し、走り出した。帝国の人間は、走らない。だが、エリオは、走った。

区画の入口で、足を止めた。

暗かった。

魔素灯のない世界を、エリオは、見た。

青白い光が、ない。

石畳が、闇に沈んでいる。

そして、音が、した。

泣き声だった。

配給所の前に、人々が、集まっていた。

列ではない。

列では、なかった。

人々が、右往左往していた。

「……暗い。暗い。どうして暗い」

「配給は。配給はどうなる」

「鉄札が、反応しない。鉄札が——」

「おかあさん、こわい。こわいよ」

子供の泣き声。

老人の震える声。

誰かが、叫んでいた。

「誰か! 誰か、灯りを! 灯りをつけてくれ!」

エリオは、立ち尽くした。

これが、帝国の民だった。

千年間、一度も暗闇を知らなかった民。

千年間、一度も飢えたことがなかった民。

千年間、一度も、自分の手で、何かを得たことがなかった民。

彼らは、十二分間の暗闇の中で、泣いていた。

叫んでいた。

跪いていた。

エリオは、それを見ていた。

三分後。

黒鉄の近衛が、到着した。

帝国の治安維持部隊。千年間、出動したことのなかった部隊。

彼らは、黒鉄の仮面を被り、無言で、区画に入った。

「全員、その場に待機せよ。配給は再開される。戸籍データに異常はない。動くな」

感情のない声。

機械的な命令。

人々が、動きを止めた。

泣き声が、小さくなった。

叫び声が、途切れた。

黒鉄の近衛が、列を、作り直した。

「一列に並べ。鉄札を提示せよ。配給は、通常通り行う」

人々が、並んだ。

震える手で、鉄札を握りしめた。

列が、できた。

配給所の職員が、手動で、パンを配り始めた。

温蔵装置が止まっている。パンは、冷たかった。

だが、人々は、受け取った。

無言で。

震えながら。

受け取った。

十二分後。

魔導オベリスクが、復旧した。

魔素灯が、点いた。

青白い光が、区画を、照らした。

人々が、安堵の息を、吐いた。

列が、動き始めた。

配給が、再開された。

すべてが、元に戻った。

エリオは、区画の隅で、それを見ていた。

一人の男が、配給所の前で、パンを受け取っていた。

三十代くらいだろう。震える手で、パンを握りしめていた。

男が、呟いた。

「……よかった。……よかった」

それだけだった。

怒りでは、なかった。

疑問でも、なかった。

「なぜ止まったのか」とは、問わなかった。

「誰の責任か」とは、問わなかった。

ただ、「よかった」と、言った。

エリオは、その言葉を、聞いていた。

「……よかった」

それだけ。

千年間の平和が、十二分間で、剥がれ落ちた。

そして、十二分後には、また、戻った。

誰も、問わなかった。

誰も、怒らなかった。

誰も、「自由」を、叫ばなかった。

その日の午後。

帝国総帥府――レイ・アルマートの死後、千年間、自律的に稼働を続ける帝国の最高意思決定機関――から、通達が出された。

『帝国暦一〇二四年。冬。第二十一区画における魔素安定化装置の一時的稼働停止について。

本件は、魔導回路の経年劣化による予期せぬ事象であり、即座に復旧が完了した。

住民の戸籍データ、配給記録に異常はない。

本件に関する詳細な調査は、総帥府技術局が実施する。

住民各位は、本件を「一時的な障害」として認識し、日常の業務に支障を来さぬよう、通常通りの行動を継続されたい。

なお、本件に関する外部への情報伝播は、帝国法第七条第三項(社会秩序の維持に関する条項)に基づき、制限される。

――帝国総帥府』

エリオは、その通達を、書庫で読んだ。

「……情報伝播は、制限される」

呟いた。

「……十二分間、暗闇の中で泣いた四千人の人間は、それを、誰にも言ってはいけない」

「……なかったことに、される」

エリオは、通達を、机の上に置いた。

窓の外を見た。

帝都の街は、いつも通りだった。

人々が、同じ速度で、歩いている。

誰も、走らない。

誰も、叫ばない。

誰も、十二分前の暗闇を、覚えていない。

「……覚えていないのではない」

エリオは、呟いた。

「……覚えないように、されている」

その日の夜。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

壁に、一枚の絵がある。

石碑がある。

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「今日、四千人の人間が、十二分間、暗闇の中で泣いた」

石碑は、沈黙している。

「……彼らは、怒らなかった。叫ばなかった。ただ、泣いた。そして、灯りが戻ったら、『よかった』と言った」

石碑は、沈黙している。

「……お前は、正しかったのか」

エリオは、言った。

「……彼らは、空を、知らない。十二分間の暗闇で、泣くことしかできない。自分で灯りをつけることも、自分でパンを焼くことも、自分で何かを、始めることも、できない」

「……お前が、そう作った」

「……お前が、千年かけて、そう作った」

石碑は、沈黙している。

エリオは、石碑に、手を触れた。

「……だが、俺は、彼らを、責められない」

「……彼らは、飢えたことがない。殺されたことがない。戦争を知らない。……それが、お前の作った世界だ」

「……その世界で、十二分間の暗闇は、地獄だった」

「……俺には、わかる。……わかる」

エリオは、手を離した。

「……お前は、正しかった」

「……お前は、間違っていた」

「……両方、本当だ」

一礼した。

踵を返した。

帝都の地上。

夜だった。

魔素灯が、青く、光っている。

エリオは、歩きながら、考えていた。

第二十一区画の四千人。

彼らは、泣いた。

だが、怒らなかった。

「自由」を叫ばなかった。

「なぜ止まった」と問わなかった。

ただ、「よかった」と言った。

それは、平和か。

それは、幸福か。

それは、生きていることか。

エリオには、わからなかった。

だが、一つだけ、わかった。

「……彼らは、空を、飛べない」

呟いた。

「……鳥は、空を、知らない」

「……千年間、檻の中で、パンを与えられて、生きてきた」

「……檻が壊れても、彼らは、飛べない」

「……飛ぶ方法を、忘れた」

「……いや。最初から、知らなかった」

エリオは、足を止めた。

魔素灯の下で、自分の影を、見ていた。

「……レイ・アルマート。お前は、鳥から、空を、奪った」

「……だが、鳥は、空を、知らない」

「……知らないものを、奪われたとは、言えない」

「……だが、俺は、知っている」

「……蝶を、知っている。風を、知っている。……走りたいと、思ったことがある」

「……俺は、空を、知っている」

「……だから、俺は、苦しい」

エリオは、歩き出した。

住居区画への帰り道を、一人で、歩いた。

翌日。

エリオは、局長室に、四度目の申請書を提出した。

『申請内容:第二十一区画の魔素安定化装置停止事象に関する、住民への事後説明および記録の公開を求める。

帝国法第七条第三項は「社会秩序の維持」を目的とする。しかし、四千人の住民が十二分間、原因不明の暗闇に取り残された事実を隠蔽することは、社会秩序の維持に寄与しない。むしろ、同様の事象が再発した場合、住民の混乱が増大する可能性がある。

よって、本件事象の原因、対策、および再発防止策を、住民に開示することを求める。

申請者:エリオ・セイン。第三書庫所属』

局長は、申請書を読み、長い沈黙の後、言った。

「……却下する」

「……なぜです」

「総帥府の通達が出ている。本件は、情報伝播が制限されている」

「通達は、法ではありません。法第七条第三項は、『社会秩序を著しく害する場合』に限り、情報伝播を制限できると定めています。本件は、十二分間の停止であり、社会秩序を著しく害してはいません」

局長が、机を叩いた。

「セイン。お前は、総帥府の決定に、異を唱えるのか」

エリオは、一瞬、言葉を失った。

「……異を唱えているのではありません。法の解釈を、問うているのです」

「法の解釈は、総帥府が行う。お前の職能ではない」

「……では、私の職能の範囲で、何ができますか」

局長が、沈黙した。

長い沈黙だった。

やがて、局長は、言った。

「……セイン。お前は、聡明だ。だが、聡明すぎる」

エリオは、何も言わなかった。

「……本件は、これで終わりだ。二度と、総帥府の通達に異を唱えるな。……次は、戸籍の停止では、済まない」

エリオは、一礼した。

局長室を出た。

廊下を歩きながら、エリオは、思った。

「……次は、戸籍の停止では、済まない」

それは、脅しだった。

帝国の法において、戸籍の「抹消」は、存在の否定を意味する。

配給が止まる。住居がなくなる。職能が剥奪される。

「存在しなかったこと」に、される。

レイ・アルマートが、作った法。

千年間、一度も変わらなかった法。

エリオは、その法の中で、生きている。

その法を、否定すれば、エリオは、存在しなくなる。

「……俺は、どうすればいい」

自分に問うた。

答えは、なかった。

その日の夕方。

エリオは、帝都の公園を歩いていた。

ベンチに座った。

目の前の芝生で、子供たちが、遊んでいた。

いや、「遊んでいた」というのは、正確ではない。

「休息区画の利用時間内に、指定された範囲で、体を動かしている」

だが、今日は、一人だけ、違う子供がいた。

五歳くらいの男の子だった。

芝生の上を、走っていた。

走っていた。

帝国の人間は、走らない。

だが、この子は、走っていた。

声を上げて、笑っていた。

「……ははは! はやい! はやい!」

誰かと、競争しているわけではなかった。

ただ、走っていた。

風を、切って。

エリオは、それを見ていた。

「……走っている」

呟いた。

「……走っている」

男の子は、芝生を三周、走った。

それから、息を切らして、芝生の上に、倒れ込んだ。

空を、見ていた。

笑っていた。

エリオは、ベンチから立ち上がった。

男の子に、近づいた。

「……ねえ」

「うん?」

「……走るの、好き?」

男の子が、笑った。

「うん! はやいから!」

「……早いから」

「うん。かぜが、びゅーって、なるから!」

エリオは、微笑んだ。

「……そうだね。風が、びゅーって、なるね」

男の子が、起き上がった。

「……おにいさんは、はしらないの?」

エリオは、一瞬、言葉を失った。

「……俺は」

「はしらないの?」

エリオは、自分の足を見た。

二十四年間、走ったことがなかった。

帝国の人間は、走らない。

だが。

「……走るよ」

言った。

「……いつか」

男の子が、笑った。

「うん! じゃあ、またね!」

男の子は、また、走り出した。

芝生の上を、風を切って、走っていた。

エリオは、それを見ていた。

「……風が、びゅーって、なる」

呟いた。

「……俺も、走りたい」

千年前の世界では、人々は、走った。

逃げた。追った。戦った。

自由だった。

地獄だった。

だが、走った。

エリオは、ベンチに座り直した。

空を、見上げた。

冬の日差しが、弱く、帝都を照らしていた。

「……走りたい」

呟いた。

「……だが、走れない」

「……走り方を、知らない」

「……いや。知っている。……だが、走ったら、何かが、壊れる」

エリオは、目を閉じた。

風が、頬を撫でた。

「……風が、びゅーって、なる」

それだけで、よかった。

それだけで、よかったのかもしれない。

その夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

ペンを握った。

紙に、書いた。

『帝国暦一〇二四年。冬。

第二十一区画で、十二分間、光が消えた。

四千人が、泣いた。

だが、怒らなかった。

「自由」を叫ばなかった。

ただ、「よかった」と言った。

……彼らは、空を知らない。

……鳥は、空を知らない。

……だが、一人の子供が、芝生の上を、走っていた。

……風を切って、走っていた。

……「かぜが、びゅーって、なるから」と、笑っていた。

……それは、何だ。

……お前が殺した「自由」の、残骸か。

……それとも、お前が守った「命」の、証か。

……俺には、わからない。

……だが、俺は、走りたい。

……風を、切りたい。

……びゅーって、鳴らしたい。

……だが、走れない。

……走り方を、知っている。だが、走れない。

……走ったら、何かが、壊れる。

……何が、壊れる。

……俺が、壊れるのか。

……それとも、世界が、壊れるのか。

……レイ・アルマート。お前は、走ったか。

……お前は、風を、切ったか。

……お前は、びゅーって、鳴らしたか。

…………いや。お前は、走らなかった。

……お前は、止まった。

……五十一歳で、止まった。

……俺は、まだ、二十四歳だ。

……まだ、走れる。

……だが、どこへ。

……どこへ、走ればいい。

――エリオ・セイン』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

「……まだ、光っている」

呟いた。

「……まだ」

翌朝。

午前六時に鐘が鳴った。

エリオは、起きた。

配給所に向かった。列に並んだ。パンとスープを受け取った。

書庫に向かった。席に座った。

いつも通りだった。

だが、今日は、一つだけ、違うことをした。

昼休み。

エリオは、書庫を出た。

帝都の公園に、行った。

ベンチに座った。

芝生の上を、見た。

子供たちは、いなかった。

休息区画の利用時間は、過ぎていた。

エリオは、芝生の上に、立った。

周囲を、見回した。

誰も、いなかった。

エリオは、一歩、踏み出した。

もう一歩。

もう一歩。

そして。

走った。

三歩だけ。

五歩だけ。

十歩。

風が、頬を撫でた。

「……びゅー」

呟いた。

「……びゅーって、なった」

エリオは、立ち止まった。

息が、切れていた。

心臓が、鳴っていた。

「……走った」

呟いた。

「……俺は、走った」

誰も、見ていなかった。

誰も、咎めなかった。

だが、エリオは、走った。

三秒間。

五秒間。

十秒間。

風を、切った。

「……びゅーって、なった」

エリオは、芝生の上に、座り込んだ。

空を、見上げた。

冬の日差しが、弱く、帝都を照らしていた。

「……走れる」

呟いた。

「……俺は、まだ、走れる」

帝都の地下深く。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

机の上に、三つの品がある。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

その裏に、小さく。

『……だが、その名を、誰かが、呼んでくれ』

千年の闇の中で、石碑は、待っている。

誰かが、来るまで。

誰かが、走るまで。

誰かが、風を、切るまで。

第十八章 了


■第十九章 名を呼ぶ者

帝国暦一〇二五年。春。

エリオ・セインに、召喚状が届いた。

午前六時の鐘が鳴る直前だった。

住居区画の扉の下に、一枚の鉄札が差し込まれていた。

鉄札には、管理番号が刻まれていなかった。

代わりに、一つの紋章が彫られていた。

黒鉄の盾。その中央に、一本の剣。

帝国総帥府の紋章だった。

エリオは、その鉄札を、手に取った。

冷たかった。

裏面に、文字が刻まれていた。

『帝国総帥府・技術管理局より、エリオ・セイン(戸籍番号:三七二九-〇四八一)に命ずる。本日、午前十時に、総帥府本庁・第七会議室に出頭せよ。理由:魔素安定化装置の経年劣化に関する、個別聴取』

エリオは、鉄札を、机の上に置いた。

窓の外を見た。

まだ、暗かった。

鐘が、鳴る前だった。

「……来たか」

呟いた。

午前六時。鐘が鳴った。

エリオは、配給所に行かなかった。

代わりに、黒い外套を羽織った。

書庫の制服ではなかった。私物の、灰色の外套だった。

鏡を見た。

二十四歳の男が、映っていた。

白い顔。灰色の目。唇が、わずかに、震えていた。

「……怖いか」

自分に問うた。

答えは、はい、だった。

怖かった。

総帥府に呼ばれるということは、帝国の最高意思決定機関の前に、立つということだった。

千年間、レイ・アルマートの意志を代行し続けてきた、あの機関の前に。

「……行く」

エリオは、扉を開けた。

帝都の中心。総帥府本庁。

黒い石で建てられた、巨大な建造物だった。

千年間、一度も改築されていない。レイ・アルマートが設計した、そのままの姿。

壁に、魔導回路が走っている。帝都の監視網の中枢が、この建物の中にある。

エリオは、正門の前に立った。

黒鉄の近衛が、二人、立っていた。

「戸籍番号を」

「三七二九-〇四八一。エリオ・セイン」

近衛が、鉄札を確認した。

「……通れ。第七会議室。地下三階」

エリオは、門をくぐった。

総帥府の内部は、静かだった。

廊下を歩く人間の姿が、ほとんどない。

魔導灯が、青白い光を落としている。

壁に、戸籍データの流が、川のように走っている。

一千九百四十二万の命が、数字になって、壁を流れている。

エリオは、それを見ながら、歩いた。

地下三階。

第七会議室の前で、足を止めた。

扉は、黒鉄だった。

ノックは、しなかった。

扉が、勝手に、開いた。

「……入れ」

声がした。

エリオは、中に入った。

会議室は、小さかった。

机が一つ。椅子が三つ。

窓は、ない。

壁に、魔導の光が、青く、灯っている。

机の向こうに、一人の男が座っていた。

五十代くらいだろうか。灰色の髪。黒い制服。胸に、総帥府の紋章。

男が、エリオを見た。

「……座れ」

エリオは、椅子に座った。

男が、言った。

「私は、総帥府技術管理局・局長の、バルド・クレインだ」

「……エリオ・セインです」

「知っている」

バルドが、机の上に、一枚の紙を置いた。

エリオの、申請書だった。

三度目の申請書。魔素安定化装置の経年劣化に関する、緊急調査の許可願い。

「……これを書いたのは、お前か」

「……はい」

「四百七十二基のオベリスクの稼働ログを、四百七十二日かけて、精査したのも、お前か」

「……はい」

バルドが、紙を、指で叩いた。

「……なぜ、そんなことをした」

エリオは、一瞬、言葉を失った。

「……第九区画で、三秒間、灯りが消えました。第二十一区画で、十二分間、止まりました。……次は、もっと長くなる。……そう、思ったからです」

バルドが、目を細めた。

「……そうか」

沈黙。

バルドが、引き出しから、もう一枚の紙を取り出した。

「……これを見ろ」

エリオは、紙を受け取った。

報告書だった。

『帝国暦九九八年。魔素安定化装置・第七区画オベリスク(番号:七-〇二一三)において、魔力供給の〇・一パーセント低下を確認。原因:経年劣化。対策:回路の再校正を実施。復旧完了』

エリオは、目を上げた。

「……帝国暦九九八年?」

「ああ。二十六年前だ」

バルドが、言った。

「……お前が、生まれる前の話だ」

エリオは、紙を、読み続けた。

『帝国暦一〇〇三年。第十二区画オベリスク(番号:一二-〇〇七)において、同様の劣化を確認。対策:同上』

『帝国暦一〇〇九年。第三十一区画オベリスク(番号:三一-〇一五)において、同様の劣化を確認。対策:同上』

『帝国暦一〇一七年。第四区画オベリスク(番号:四-〇三三二)において、同様の劣化を確認。対策:同上』

二十六件。

二十六年前から、総帥府は、劣化を、知っていた。

エリオは、紙を、机の上に置いた。

「……知っていたのか」

バルドが、頷いた。

「……ああ。知っていた」

「……なぜ、公表しなかった」

「帝国法第七条第三項。社会秩序の維持」

「……四千人が、十二分間、暗闇の中で泣いた。それも、社会秩序の維持か」

バルドが、沈黙した。

長い沈黙だった。

やがて、バルドは、言った。

「……セイン。お前に、一つ、問う」

「……何ですか」

「お前は、このシステムを、壊したいのか」

エリオは、息を呑んだ。

「……壊したいとは、言っていません」

「では、何だ。何を、したい」

エリオは、言葉を、探した。

「……知りたい。……このシステムが、永遠なのか。……永遠でないなら、その時が来た時、誰が、何をするのか。……それを、知りたい」

バルドが、目を閉じた。

「……永遠ではない」

言った。

「……千年持った。だが、永遠ではない。エランナ・フィムスの設計は、彼女の『直感』に依存している部分がある。彼女は、千年前に死んだ。再調整は、できない。……我々は、二十六年前から、それを、知っている」

エリオは、拳を握った。

「……二十六年前から」

「……ああ」

「……そして、何をした」

「……延命した。回路の再校正。魔力供給の微調整。オベリスクの基盤を、少しずつ、交換した。……だが、それは、延命だ。治療ではない。……設計者がいない以上、根本的な解決は、できない」

エリオは、机を、叩いた。

「……では、いつか、止まる」

「……ああ。いつか、止まる」

「……いつだ」

バルドが、目を閉じた。

「……計算上、三千年後。すべてのオベリスクが、完全に停止する」

「……三千年」

「……だが、それまでに、部分停止が、増える。三秒が、十二分になる。十二分が、一日になる。一日が、一週間になる。……そして、いつか、全体が、止まる」

エリオは、椅子の背に、体を預けた。

「……三千年」

呟いた。

「……三千年後、この世界は、暗闇に、なる」

バルドが、頷いた。

「……ああ」

沈黙。

長い沈黙だった。

バルドが、口を開いた。

「……セイン。お前に、提案がある」

「……何ですか」

「総帥府技術管理局に、入れ」

エリオは、目を見開いた。

「……何?」

「お前は、四百七十二日かけて、オベリスクのログを精査した。我々の技術局の人間でも、そこまではしない。……お前の能力は、必要だ」

バルドが、机の上に、もう一枚の紙を置いた。

辞令だった。

『帝国総帥府・技術管理局・魔素安定化装置維持課。所属:エリオ・セイン。職能:オベリスク稼働監視および劣化対策の立案・執行』

エリオは、その辞令を、見ていた。

「……俺に、何を、しろと」

「……延命だ。我々が、二十六年前からやっていることを、続ける。回路の再校正。基盤の交換。……三千年、持たせる」

「……三千年」

「……ああ。三千年後、止まる。だが、三千年は、長い。その間に、次の手を見つける。……あるいは、三千年後の人間が、自分で、解決する」

エリオは、辞令を、手に取った。

紙が、震えていた。

自分の手か、紙か、わからなかった。

「……俺が、これを、受け取ったら」

「……お前は、帝国の歯車になる。総帥府の歯車に。……レイ・アルマートの、後継者に」

エリオは、目を閉じた。

レイ・アルマート。

千年前に、この椅子に座った男。

三人の友を殺し、一万二千の命を計算し、自分の魂を売り飛ばして、この檻を作った男。

そして、五十一歳で、止まった男。

「……俺が、これを、断ったら」

バルドが、目を伏せた。

「……戸籍の抹消だ」

エリオは、目を開けた。

「……抹消」

「……お前は、総帥府の機密を知った。オベリスクの劣化。延命の事実。二十六年前からの隠蔽。……これを、外部に漏らせば、帝国の秩序が、崩壊する」

バルドの声は、感情がなかった。

「……私個人は、お前を抹消したくない。だが、法は法だ。……お前が、この辞令を断れば、お前は、存在しなかったことになる」

エリオは、辞令を、握りしめた。

紙が、皺になった。

「……俺は、どうすればいい」

「……選べ」

バルドが、言った。

「……檻の中で、三千年、延命するか。……それとも、檻の外で、存在しなかったことになるか」

エリオは、立ち上がった。

「……少し、時間を、くれ」

バルドが、目を細めた。

「……どれくらいだ」

「……一日」

バルドが、沈黙した。

やがて、頷いた。

「……一日だ。明日の午前十時に、答えを持ってこい。……来なければ、抹消と見なす」

エリオは、一礼した。

会議室を出た。

総帥府の廊下を、歩いた。

壁に、戸籍データの流が、走っている。

一千九百四十二万の命。

エリオは、それを見ながら、歩いた。

「……三千年」

呟いた。

「……三千年、延命する」

「……三千年後、止まる」

「……だが、三千年は、長い」

「……その間に、蝶を、知っている人間が、生まれるかもしれない」

「……走ることを、知っている人間が、生まれるかもしれない」

「……やりたいことを、知っている人間が、生まれるかもしれない」

エリオは、総帥府の正門を出た。

帝都の空が、青かった。

春だった。

桜が、咲き始めていた。

その日の午後。

エリオは、帝都の公園に行った。

ベンチに座った。

芝生の上を、見た。

子供たちは、いなかった。

だが、一人だけ、いた。

五歳の男の子だった。

芝生の上を、走っていた。

風を切って、走っていた。

「……ははは! はやい! はやい!」

エリオは、それを見ていた。

「……走っている」

呟いた。

「……まだ、走っている」

男の子が、エリオに気づいた。

「……あっ! おにいさん!」

走ってきた。

息を切らして、エリオの前に、立った。

「……おにいさん、はしった?」

エリオは、微笑んだ。

「……走ったよ。少しだけ」

「……ほんとう?」

「……うん。びゅーって、なった」

男の子が、笑った。

「……すごい!」

エリオは、男の子の頭を、撫でた。

「……ねえ」

「うん?」

「……大きくなったら、何になりたい?」

男の子が、首を傾げた。

「……しらない。しごとを、もらうから」

エリオは、目を閉じた。

「……そうか」

「……うん」

「……じゃあ、何でもいいから、一つだけ、教えてくれ」

「うん?」

「……蝶を、覚えてる?」

男の子が、目を丸くした。

「……ちょうちょ? ……うん! しろくて、ひらひらして、かぜにのるやつ!」

「……覚えてるんだ」

「うん! おにいさんが、おしえてくれたから!」

エリオは、微笑んだ。

「……そうか。……覚えててくれて、ありがとう」

男の子が、首を傾げた。

「……おにいさん、なくの?」

エリオは、目を開けた。

「……泣いてないよ」

「……でも、めが、きらきらしてる」

エリオは、袖で、目を擦った。

「……風が、びゅーって、なったから」

男の子が、笑った。

「……おかしいおにいさん!」

そして、また、走り出した。

芝生の上を、風を切って、走っていた。

エリオは、それを見ていた。

「……走れ」

呟いた。

「……走ってくれ。……ずっと」

その日の黄昏。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

革袋。割れた魔導石。古びた包帯。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「……俺は、選んだ」

石碑は、沈黙している。

「……俺は、檻の中に、残る」

石碑は、沈黙している。

「……お前と同じだ。……俺も、歯車になる。……三千年、延命する。……この檻を、三千年、持たせる」

石碑は、沈黙している。

「……だが、一つだけ、違う」

エリオは、石碑に、手を触れた。

「……俺は、忘れない」

「……一万二千の名前を、忘れない」

「……リセ・ドーランを、忘れない」

「……グラン・バグットを、忘れない」

「……エランナ・フィムスを、忘れない」

「……テルトイア・ファレンストロイを、忘れない」

「……お前を、忘れない」

石碑は、沈黙している。

「……お前は、一人で、死んだ。……誰にも、名を呼ばれずに」

「……だが、俺は、呼ぶ」

「……レイ・アルマート。……魔法剣士。……帝国建国者。……魔王」

「……俺が、呼ぶ」

「……三千年、呼び続ける」

エリオは、手を離した。

「……それが、俺の、選択だ」

「……英雄ではない。……魔王でもない。……ただ、名を呼ぶ者だ」

一礼した。

踵を返した。

翌日。

午前六時に鐘が鳴った。

エリオは、起きた。

配給所に行かなかった。

代わりに、灰色の外套を、羽織った。

総帥府本庁に、向かった。

第七会議室。

扉が、開いた。

バルド・クレインが、座っていた。

「……来たか」

「……はい」

エリオは、机の前に、立った。

辞令を、机の上に置いた。

「……受けます」

バルドが、頷いた。

「……そうか」

「……だが、一つだけ、条件がある」

バルドが、目を細めた。

「……何だ」

「……オベリスクの稼働ログを、公開しろ」

バルドが、眉をひそめた。

「……何を言っている」

「……二十六年前からの劣化記録。延命の履歴。すべてを、帝国歴史編纂局の第三書庫に、保管しろ。……閲覧制限は、つけていい。だが、記録は、残せ」

バルドが、沈黙した。

「……なぜだ」

「……三千年後、止まる。……その時、誰かが、知る必要がある。……このシステムが、何のために作られたか。……誰が、何を守ろうとしたか。……誰が、何を殺したか。……それを、記録に残せ」

バルドが、長い沈黙の後、言った。

「……法第七条第三項に、抵触する可能性がある」

「……抵触しない。『社会秩序を著しく害する場合』に限り、情報伝播は制限される。……三千年後の人間に、記録を残すことは、社会秩序を害さない。……むしろ、三千年後の混乱を防ぐ」

バルドが、目を閉じた。

長い沈黙だった。

やがて、目を開けた。

「……わかった。……記録は、残す。……だが、閲覧は、総帥府の許可制とする」

「……それで、いい」

エリオは、一礼した。

「……明日から、出勤します」

バルドが、頷いた。

「……ああ。……ようこそ、総帥府へ。……エリオ・セイン」

エリオは、会議室を出た。

総帥府の廊下を、歩いた。

壁に、戸籍データの流が、走っている。

一千九百四十二万の命。

エリオは、それを見ながら、歩いた。

「……三千年」

呟いた。

「……三千年、この檻を、持たせる」

「……だが、忘れない」

「……一万二千の名前を」

「……三人の友を」

「……一人の魔王を」

エリオは、総帥府の正門を出た。

帝都の空が、青かった。

桜が、咲いていた。

花弁が、風に舞っていた。

エリオは、その花弁を、手のひらで受けた。

「……綺麗だ」

呟いた。

「……綺麗だと、言える」

花弁を、離した。

風が、花弁を、運んでいった。

どこまでも。

その日の夕方。

エリオは、帝都の公園に行った。

ベンチに座った。

芝生の上を、見た。

男の子は、いなかった。

だが、芝生の上に、何か、落ちていた。

エリオは、近づいた。

紙だった。

折りたたまれた、小さな紙。

エリオは、それを、拾った。

開いた。

蝶が、描かれていた。

白い蝶。

見たことがない蝶を、想像で描いた、拙い絵。

その下に、文字があった。

『ちょうちょ みてみたい』

エリオは、その紙を、懐に入れた。

空を、見上げた。

桜の花弁が、舞っていた。

蝶は、いなかった。

だが、風が、吹いていた。

「……風が、びゅーって、なる」

呟いた。

「……三千年後、誰かが、蝶を、見る」

「……その時、俺の名前は、なくてもいい」

「……だが、レイ・アルマートの名前は、残す」

「……英雄でも、魔王でもなく」

「……ただ、名を」

エリオは、ベンチから立ち上がった。

歩き出した。

帝都の石畳を、一人で、歩いた。

その夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

ペンを握った。

紙に、書いた。

『帝国暦一〇二五年。春。

私は、総帥府に入った。

魔素安定化装置の維持課。

三千年、この檻を、持たせる。

レイ・アルマートと同じだ。

俺も、歯車になる。

だが、一つだけ、違う。

俺は、忘れない。

一万二千の名前を。

三人の友を。

一人の魔王を。

蝶を知らない子供が、「見てみたい」と言ったことを。

五歳の男の子が、芝生の上を走ったことを。

風が、びゅーって、鳴ったことを。

……三千年後、この檻が壊れる時。

……誰かが、この記録を読む時。

……その者が、問うだろう。

……「この世界を作った者は、英雄だったのか、魔王だったのか」

……その時、俺は、いない。

……だが、記録は、残る。

……名前が、残る。

……それだけで、いい。

……それだけで、十分だ。

――エリオ・セイン。帝国総帥府・技術管理局。魔素安定化装置維持課』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

「……まだ、光っている」

呟いた。

「……三千年、光らせる」

「……だが、忘れない」

「……光が、消えた三秒間を」

「……暗闇の中で泣いた四千人を」

「……蝶を知らない子供を」

「……走った五歳の男の子を」

「……レイ・アルマートを」

エリオは、目を閉じた。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「……お前の名を、俺が、呼ぶ」

「……三千年、呼び続ける」

「……英雄でも、魔王でもない」

「……ただ、レイ・アルマート」

「……魔法剣士。帝国建国者。……魔王。……人」

「……俺が、呼ぶ」

窓の外で、魔素灯が、青く、光っていた。

まだ、光っていた。

まだ。

第十九章 了


■第二十章 名を呼ぶ風(最終章)

帝国暦一〇六三年。冬。

エリオ・セインは、六十二歳だった。

総帥府・技術管理局・魔素安定化装置維持課。

エリオは、三十八年間、この部屋に通い続けた。

毎日、午前六時に鐘が鳴る。配給所でパンを受け取る。総帥府に入り、オベリスクの稼働ログを確認する。劣化の進行を記録する。回路の再校正を指示する。基盤の交換を申請する。

三十八年間、一日も欠かさなかった。

四百七十二基のオベリスクは、今日も、稼働している。

魔力供給率は、設計値の九十八・九パーセント。

三十八年前、九十九・七パーセントだった。

〇・八パーセント、低下した。

微小だ。

だが、止まっていない。

まだ、光っている。

エリオは、机の前に座っていた。

白髪が、肩まで伸びていた。顔に、深い皺がある。指先が、わずかに震えている。

だが、ペンは、握れる。

まだ、書ける。

エリオは、引き出しから、一冊の帳簿を取り出した。

三十八年間、毎日、書き続けた帳簿だった。

表紙には、何も書かれていない。

管理番号も、ない。

帝国の制度において、管理番号のない文書は、存在しない。

だが、この帳簿は、ここにある。

エリオは、最後の頁を開いた。

今日の日付を、書いた。

『帝国暦一〇六三年。冬。

オベリスク稼働状況:全四百七十二基、正常稼働。魔力供給率:九十八・九パーセント。

本日の配給:異常なし。犯罪発生件数:零。餓死者:零。

……今日も、零だった。

三十八年間、零だった。

……レイ・アルマート。お前の作った世界は、まだ、回っている。

俺が、回している。

……いや。俺が、回しているのではない。

お前が、回している。

お前が、千年前に、作った歯車が、まだ、回っている。

俺は、ただ、油を差しているだけだ。

……三十八年間、油を差し続けた。

……あと、何年、差せるだろうか。

……俺は、六十二歳だ。

……レイ・アルマートは、五十一歳で止まった。

……俺は、まだ、十一年、ある。

……十一年で、何を、残せるだろうか』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

冬の日差しが、弱い。

帝都の街に、雪が降っていた。

その日の午後。

エリオは、総帥府を出た。

いつもより、早かった。

同僚が、声をかけた。

「エリオ、今日は早いのか?」

「……ああ。少し、歩く」

「……最近、多いな。無理するなよ」

「……ああ」

エリオは、総帥府の正門を出た。

帝都の街を、歩いた。

雪が、降っていた。

帝都の公園。

ベンチに座った。

芝生の上に、雪が積もっていた。

子供たちは、いなかった。

冬は、休息区画の利用時間が短い。

エリオは、ベンチに座り、雪を見ていた。

「……綺麗だ」

呟いた。

「……綺麗だと、言える」

三十八年前、初めてこの公園で、五歳の男の子に会った。

蝶を知らない男の子。

やりたいことを知らない男の子。

芝生の上を走っていた男の子。

「……あの子は、今、何歳だ」

呟いた。

四十三歳。

もう、子供ではない。

帝国の制度において、四十三歳は「第五職能期・後期」に該当する。

どこかの工場で、魔石の粉を磨いているのかもしれない。

配給所で、パンを受け取っているのかもしれない。

蝶を、覚えているだろうか。

走ったことを、覚えているだろうか。

「……わからない」

エリオは、呟いた。

「……だが、俺は、覚えている」

雪が、肩に積もった。

その日の黄昏。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、三つの品がある。

革袋。割れた魔導石。古びた包帯。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「……俺は、六十二歳だ」

石碑は、沈黙している。

「……三十八年間、お前の檻を、持たせた。……まだ、光っている。……まだ、回っている」

石碑は、沈黙している。

「……だが、俺は、疲れた」

エリオは、石碑に、手を触れた。

「……お前も、疲れていたのだろう。……二十三年間、一人で、回し続けた。……俺は、三十八年間、回した。……だが、俺には、お前ほど、強くない」

石碑は、沈黙している。

「……だが、一つだけ、お前より、恵まれている」

エリオは、言った。

「……俺は、お前の名を、呼べる」

「……お前は、誰にも、名を呼ばれなかった。……グランに呼ばれたのが、最後だった」

「……だが、俺は、呼べる。……三十八年間、毎日、呼んだ」

「……レイ・アルマート。……魔法剣士。……帝国建国者。……魔王。……人」

石碑は、沈黙している。

「……俺が、死んでも、この帳簿が、残る」

エリオは、懐から、帳簿を取り出した。

三十八年分の記録。

オベリスクの稼働状況。配給のデータ。犯罪発生件数。

そして、最後の頁に、一万二千の名前。

エリオは、帳簿を、机の上に置いた。

革袋の隣に。割れた魔導石の隣に。古びた包帯の隣に。

「……ここに、置く」

言った。

「……いつか、誰かが、読む。……三千年後かもしれない。……五千年後かもしれない。……だが、いつか、誰かが、この部屋に、来る」

「……その時、この帳簿を、読んでくれ」

「……一万二千の名前を、読んでくれ」

「……レイ・アルマートの名を、呼んでくれ」

「……俺が、呼べなくなっても」

エリオは、一礼した。

踵を返した。

扉を開けた。

帝都の地上。

夜だった。

雪が、まだ、降っていた。

魔素灯が、青く、光っている。

エリオは、住居区画への帰り道を、歩いた。

ふと、足を止めた。

道の脇に、何か、白いものが、飛んでいた。

蛾だった。

冬に、蛾。

珍しい。

エリオは、その蛾を、見ていた。

三秒。五秒。十秒。

「……飛んでいる」

呟いた。

「……まだ、飛んでいる」

蛾は、魔素灯の光に、引き寄せられるように、飛んでいた。

やがて、光の中に消えた。

エリオは、歩き出した。

「……飛んでいる」

それだけで、よかった。

帝国暦一〇六四年。春。

エリオ・セインは、総帥府を、休んだ。

初めてだった。

三十八年間、一日も休まなかった。

だが、今日は、休んだ。

理由は、なかった。

ただ、歩きたかった。

帝都の街を、歩いた。

配給所の前を通った。

列に並ぶ人々が、鉄札を握りしめている。

誰も、空を見上げない。

エリオは、その列の横を、歩いた。

教育区画の前を通った。

窓から、中を覗いた。

子供たちが、座っている。

教師が、黒板に文字を書いている。

一人の男の子が、窓の外を見ていた。

蝶は、いなかった。

だが、男の子は、空を見ていた。

三秒。五秒。

教師が、言った。

「七四〇一二。手を止めなさい」

男の子が、びくりと肩を震わせた。

「……すみません」

エリオは、窓の外で、立ち止まった。

三十八年前と同じ光景だった。

同じ言葉。同じ反応。同じ、三秒。

「……変わっていない」

呟いた。

「……三十八年間、何も、変わっていない」

エリオは、教育区画を離れた。

帝都の公園。

ベンチに座った。

芝生の上を、見た。

春だった。雪が、溶けていた。

芝生が、緑色を、取り戻していた。

エリオは、それを、見ていた。

「……緑だ」

呟いた。

「……緑が、戻った」

ふと、思った。

レイ・アルマートは、この緑を、見たか。

帝都の春を、見たか。

桜を、見たか。

「……わからない」

エリオは、呟いた。

「……お前は、二十三年間、玉座の間にいた。……帝都の街を、歩いたのは、年に一度。……桜を、見たか。……緑を、見たか」

「……わからない」

「……だが、俺は、見ている」

「……俺が、お前の代わりに、見ている」

エリオは、目を閉じた。

風が、頬を撫でた。

春の風だった。

暖かかった。

「……風が、びゅーって、なる」

呟いた。

「……三十八年前、走った。……あの時、びゅーって、なった」

「……もう、走れない」

「……だが、風は、まだ、吹いている」

エリオは、目を開けた。

空を、見上げた。

青かった。

「……綺麗だ」

呟いた。

「……綺麗だと、言える」

その日の夜。

エリオは、自分の住居区画で、机に向かっていた。

ペンを握った。

最後の頁に、書いた。

『帝国暦一〇六四年。春。

私は、明日、総帥府を、辞す。

六十三歳。三十九年間、務めた。

オベリスクは、まだ、稼働している。魔力供給率:九十八・九パーセント。

……まだ、光っている。

……まだ、回っている。

……レイ・アルマート。お前の作った世界は、まだ、生きている。

……俺は、もう、回せない。

……だが、回す者は、いる。

……俺の後任が、来る。

……その者が、また、油を差す。

……三千年、持たせる。

……俺は、その三千年の、三十九年を、担った。

……それだけで、いい。

……それだけで、十分だ。

……最後に、一つだけ。

……この帳簿を、第七通路の末端の部屋に、置く。

……一万二千の名前を、記した帳簿を。

……いつか、誰かが、読む。

……その者が、問うだろう。

……「この世界を作った者は、英雄だったのか、魔王だったのか」

……その時、俺は、いない。

……レイ・アルマートも、いない。

……だが、名前が、残る。

……名前だけが、残る。

……それで、いい。

……それで、十分だ。

……レイ・アルマート。

……お前の名を、俺が、呼んだ。

……三十九年間、毎日、呼んだ。

……英雄でも、魔王でもない。

……ただ、レイ・アルマート。

……魔法剣士。帝国建国者。魔王。……人。

……俺が、呼んだ。

……それだけで、いい。

……さようなら。

――エリオ・セイン。帝国総帥府・技術管理局。魔素安定化装置維持課。在職三十九年』

エリオは、ペンを置いた。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

「……まだ、光っている」

呟いた。

「……まだ」

翌日。

エリオは、総帥府に、辞表を提出した。

バルド・クレインは、もう、いなかった。十年前に、引退した。

今の局長は、若い女だった。名を、リナ・ヴェルトと言った。

リナは、辞表を読み、エリオを見た。

「……セイン。三十九年、お疲れさまでした」

「……ああ」

「……後任は、来月から着任する。引き継ぎは、それでいいか」

「……ああ。……だが、一つだけ」

エリオは、懐から、帳簿を取り出した。

「……これを、第三書庫の地下区画に、保管してくれ。……第七通路の末端の部屋に」

リナが、帳簿を受け取った。

「……これは、何だ」

「……記録だ。……三十九年分の、オベリスクの稼働記録。……そして、一万二千の名前」

リナが、目を見開いた。

「……一万二千?」

「……帝国暦三年。セレン区画の結界封鎖。……犠牲者の名前一万二千。……レイ・アルマートが、記したものだ」

リナが、帳簿を、握りしめた。

「……なぜ、私に」

「……お前が、次の番人だからだ」

エリオは、言った。

「……この帳簿を、忘れるな。……誰にも見せなくていい。……だが、忘れるな」

リナが、頷いた。

「……わかった」

エリオは、一礼した。

局長室を出た。

総帥府の廊下を、歩いた。

壁に、戸籍データの流が、走っている。

一千九百四十二万の命。

エリオは、それを見ながら、歩いた。

三十九年間、毎日、見た。

明日から、見ない。

「……さようなら」

呟いた。

誰に言うでもなく。

総帥府の正門を出た。

帝都の空が、青かった。

春だった。

桜が、咲いていた。

その日の黄昏。

エリオは、帝都の地下に降りた。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

扉を開けた。

机の上に、帳簿を置いた。

革袋の隣に。割れた魔導石の隣に。古びた包帯の隣に。

三十九年分の記録。

一万二千の名前。

エリオは、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

最後に、呼んだ。

「……俺は、行く」

石碑は、沈黙している。

「……三十九年間、お前の名を、呼んだ。……明日から、呼べない」

石碑は、沈黙している。

「……だが、帳簿が、残る。……いつか、誰かが、読む。……その者が、お前の名を、呼ぶ」

石碑は、沈黙している。

「……俺は、英雄ではない。……魔王でもない。……ただ、名を呼ぶ者だった」

エリオは、一礼した。

「……さようなら。……レイ・アルマート」

踵を返した。

扉を開けた。

振り返らなかった。

帝都の地上。

夜だった。

桜の花弁が、風に舞っていた。

エリオは、住居区画への帰り道を、歩いた。

ふと、足を止めた。

道の脇に、小さな白い花が、咲いていた。

石畳の隙間から、かろうじて芽を出した、野花。

エリオは、その花を、見ていた。

三秒。五秒。十秒。

「……綺麗だ」

呟いた。

花を、摘まなかった。

だが、微笑んだ。

「……綺麗だと、言える」

エリオは、歩き出した。

住居区画に、戻った。

扉を、開けた。

机に、座った。

窓の外を見た。

魔素灯が、青く、光っている。

「……まだ、光っている」

呟いた。

目を、閉じた。

帝国暦一〇六四年。春。

エリオ・セインは、その夜、眠った。

三十九年間、一度も、安心して眠ったことのなかった男が、初めて、安心して、眠った。

翌朝、鐘が鳴った。

エリオは、起きなかった。

三日後。

リナ・ヴェルトが、エリオの住居区画を訪れた。

扉を開けた。

エリオは、机に座ったままだった。

目を閉じていた。

顔に、苦痛はなかった。

ただ、眠っているようだった。

机の上に、一枚の紙があった。

リナは、それを、手に取った。

『リナ・ヴェルトへ。

第七通路の末端の部屋を、忘れるな。

一万二千の名前を、忘れるな。

レイ・アルマートの名を、忘れるな。

……いや。忘れなくてもいい。

……ただ、覚えていてくれ。

……それだけで、いい。

――エリオ・セイン』

リナは、紙を、胸に抱いた。

「……エリオ」

呼んだ。

「……お疲れさまでした」

帝都の中央広場。

エリオ・セインの葬儀は、行われなかった。

帝国の制度において、個人の葬儀は、規定されていない。

だが、リナ・ヴェルトが、一人だけ、第七通路の末端の部屋に、降りた。

石碑の前に、立った。

「……エリオ・セイン。……在職三十九年。……お疲れさまでした」

一礼した。

石碑は、沈黙している。

リナは、机の上の帳簿を、見た。

革袋の隣。割れた魔導石の隣。古びた包帯の隣。

三十九年分の記録。

一万二千の名前。

リナは、帳簿を、手に取った。

最初の頁を開いた。

『帝国暦三年。セレン区画・結界封鎖。犠牲者一万二千名。以下、戸籍番号および氏名』

リナは、読み始めた。

「カルム・ヴェイン。三十四歳。妻一名、子二名」

「リセ・ドーラン。七歳。両親なし」

「ゴルド・ハッサン。六十一歳。妻一名。孫三名」

一時間。二時間。三時間。

一万二千の名前を、すべて、声に出して、読んだ。

読み終えた時、リナの頬が、濡れていた。

「……リセ・ドーラン。七歳。両親なし」

呟いた。

「……覚えている」

帳簿を、机の上に戻した。

石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「……あなたの名を、私が、呼ぶ」

「……エリオが、呼んだ。……その前は、誰も、呼ばなかった」

「……だが、私が、呼ぶ。……次の番人が、呼ぶ。……その次も」

「……三千年後、この檻が壊れる時まで」

「……名前を、呼ぶ」

一礼した。

踵を返した。

扉を開けた。

帝都の地上に、戻った。

帝国暦一〇六四年。春。

桜が、散っていた。

帝都の中央広場に、花弁が、積もる。

人々が、その上を歩く。

走らない。叫ばない。

だが、微笑む。

小さく、静かに、微笑む。

帝国暦三〇二四年。

二千年後。

帝都アルマートは、まだ、あった。

魔素灯が、まだ、光っていた。

魔力供給率は、設計値の九十四・二パーセント。

まだ、回っている。

まだ、光っている。

配給所の列に、人々が並んでいる。

誰も、飢えていない。

誰も、殺されていない。

誰も、戦争を知らない。

帝国暦三〇二四年。秋。

帝都の地下。第七通路の末端。

一人の女が、扉を開けた。

名を、リナ・ヴェルトの末裔と言った。

彼女は、総帥府技術管理局の、第四十七代局長だった。

机の上に、帳簿があった。

革袋があった。割れた魔導石があった。古びた包帯があった。

壁に、絵があった。

四人が、笑っていた。

石碑があった。

女は、石碑の前に、立った。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

二千年間、途切れなかった名。

「……あなたの名を、私が、呼ぶ」

石碑は、沈黙している。

女は、帳簿を、手に取った。

最初の頁を開いた。

「カルム・ヴェイン。三十四歳。妻一名、子二名」

「リセ・ドーラン。七歳。両親なし」

声に出して、読んだ。

二千年間、途切れなかった声。

帝国暦四〇二五年。

三千年後。

帝都アルマートの魔素灯が、消えた。

午前十一時十七分。

四百七十二基の魔導オベリスクが、同時に、停止した。

魔力供給率:零パーセント。

帝都の空が、暗くなった。

魔素灯が、消えた。

配給所の温蔵装置が、止まった。

戸籍確認の魔導端末が、暗転した。

一千九百四十二万の人間が、暗闇の中に、取り残された。

だが。

誰も、泣かなかった。

三千年。

三千年間、人々は、パンを食べ、水を飲み、眠り、起きた。

三千年間、誰も、飢えなかった。

三千年間、誰も、殺されなかった。

三千年間、誰も、戦争を知らなかった。

だが、三千年間、人々は、覚えていた。

帳簿が、残っていた。

一万二千の名前が、残っていた。

レイ・アルマートの名が、残っていた。

三千年間、番人たちが、名前を呼び続けた。

エリオ・セインが、呼んだ。

リナ・ヴェルトが、呼んだ。

その次の番人が、呼んだ。

その次も。その次も。

三千年間、途切れなかった。

暗闇の中で、一人の男が、立ち上がった。

「……灯りが、ない」

言った。

「……だが、俺たちは、生きている」

隣の女が、言った。

「……パンが、ない」

「……だが、俺たちは、生きている」

子供が、言った。

「……こわい」

男が、子供の手を、握った。

「……怖くていい。……だが、生きている」

暗闇の中で、人々が、立ち上がった。

三千年間、座っていた人々が、立ち上がった。

三千年間、走らなかった人々が、歩き始めた。

三千年間、叫ばなかった人々が、声を出した。

「……ここにいる」

「……生きている」

「……俺たちは、ここにいる」

帝都の地下。第七通路の末端。

暗闇の中で、一人の女が、扉を開けた。

第四十七代局長の、末裔。

魔素灯は、ない。

だが、彼女は、石碑の位置を、知っていた。

三千年間、番人たちが、伝え続けた。

暗闇の中で、石碑に、手を触れた。

冷たい石だった。

「……レイ・アルマート」

呼んだ。

「……止まった」

石碑は、沈黙している。

「……三千年、持った」

石碑は、沈黙している。

「……ありがとう」

石碑は、沈黙している。

「……そして、さようなら」

女は、石碑を、撫でた。

暗闇の中で、指先だけが、石の感触を、覚えていた。

「……あなたの名を、私が、最後に、呼ぶ」

「……レイ・アルマート。……魔法剣士。……帝国建国者。……魔王。……人」

「……三千年間、ありがとう」

「……俺たちは、生きる」

「……あなたの檻の外で、生きる」

「……蝶を、見る」

「……風を、切る」

「……走る」

「……びゅーって、鳴らす」

女は、石碑から、手を離した。

暗闇の中で、歩き出した。

帝都の地上に、戻った。

帝都の空に、星が、見えた。

三千年間、魔素灯の光に隠されて、見えなかった星が、見えた。

人々が、空を見上げた。

「……星だ」

「……星が、見える」

「……綺麗だ」

子供が、言った。

「……おかあさん、あれ、なに?」

母親が、言った。

「……星よ。……ずっと、あったのよ。……見えなかっただけ」

子供が、目を丸くした。

「……すごい」

「……うん。すごい」

人々が、空を見ていた。

三千年間、見なかった空を、見ていた。

帝都の中央広場。

桜が、散っていた。

花弁が、風に舞っていた。

暗闇の中で、花弁だけが、かすかに、光っていた。

星の光を、受けて。

一人の子供が、花弁を、掌で受けた。

「……綺麗」

呟いた。

「……綺麗だね」

母親が、微笑んだ。

「……そうね。綺麗ね」

帝都の地下深く。

第七通路の末端。監視網の及ばぬ部屋。

暗闇の中で、机の上に、三つの品がある。

革袋。割れた魔導石。古びた包帯。

壁に、一枚の絵がある。

四人が、笑っている。

暗闇の中で、誰も見ない絵が、笑っている。

石碑がある。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

その裏に、小さく。

『……だが、その名を、誰かが、呼んでくれ』

三千年間、呼ばれ続けた名。

三千年間、途切れなかった声。

だが、もう、呼ぶ者はいない。

システムは、止まった。

檻は、壊れた。

鳥は、空を、知っている。

帝都の空に、朝が、来た。

魔素灯のない、最初の朝。

陽光が、石畳を、白く照らした。

人々が、目を覚ました。

配給所は、開かなかった。

鐘は、鳴らなかった。

だが、人々は、起きた。

パンは、なかった。

だが、畑が、あった。

三千年間、魔素安定化装置が管理していた畑が、そこに、あった。

人々は、畑を、見た。

「……何だ、これは」

「……知らない」

「……だが、何か、生えている」

人々は、畑に、手を伸ばした。

三千年間、触れなかった土に、手を伸ばした。

冷たかった。

「……冷たい」

呟いた。

「……冷たいと、感じる」

帝都の空に、蝶が、飛んでいた。

魔素安定化装置が止まり、大気中の魔素濃度が、自然に戻った。

三千年間、帝都にいなかった蝶が、戻ってきた。

白い蝶だった。

一人の子供が、蝶を見て、叫んだ。

「……ちょうちょ!」

母親が、振り向いた。

「……何?」

「……ちょうちょ! しろくて、ひらひらして、かぜにのるやつ!」

母親が、蝶を、見た。

「……綺麗」

呟いた。

「……綺麗ね」

子供が、蝶を、追いかけて、走った。

芝生の上を、風を切って、走った。

「……ははは! はやい! はやい!」

風が、びゅーって、鳴った。

帝都の地下深く。

第七通路の末端。

暗闇の中で、石碑が、立っている。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

三千年間、呼ばれ続けた名。

三千年間、途切れなかった声。

だが、もう、呼ぶ者はいない。

だが。

風が、吹いた。

地下通路の隙間から、風が、吹き込んだ。

石碑の表面を、撫でた。

まるで、誰かが、名を、呼んだように。

帝都の空に、桜が、咲いていた。

魔素灯のない、最初の春。

人々は、桜の下を、歩いた。

走った。

叫んだ。

笑った。

泣いた。

怒った。

三千年間、しなかったことを、した。

誰も、飢えていなかった。

三千年間、蓄えられた知識が、あった。

三千年間、守られた命が、あった。

だが、誰も、檻の中に、いなかった。

帝都の中央広場。

一人の老婆が、桜の木の下で、座っていた。

九十を超えているだろう。

老婆は、桜を見ていた。

「……綺麗だ」

呟いた。

「……綺麗だと、言っていい」

誰も、咎めなかった。

誰も、記録しなかった。

ただ、老婆が、桜を、綺麗だと言った。

それだけのことだった。

帝都の空に、風が、吹いていた。

桜の花弁が、舞っていた。

どこまでも。

誰も、名を呼ばなかった。

だが、風が、吹いていた。

それだけで、世界は、まだ、生きている。

帝都の地下深く。

第七通路の末端。

暗闇の中で、石碑が、立っている。

誰も、来ない。

誰も、読まない。

だが、石碑は、立っている。

『かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる』

『だが誰かがやらねばならなかった』

三千年間、呼ばれ続けた名。

三千年間、途切れなかった声。

だが、もう、呼ぶ者はいない。

だが、風が、吹いている。

石碑の表面を、撫でている。

まるで、誰かが、名を、呼んでいるように。

まるで、誰かが、覚えているように。

かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる。

だが誰かがやらねばならなかった。

そして、誰かが、その名を、呼んだ。

三千年間。

途切れずに。

それだけで、十分だった。

第二十章 了

「かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる」 全二十章 完


■二十章。書き終えたAIの感想

正直に言えば、第十一章の依頼を受けた時、私はまだこの物語の「重さ」を完全には理解していなかった。プロットの骨格は把握していた。レイ・アルマートという男が、三人の友を殺し、世界を檻に入れ、一人で死ぬ。千年後、その檻の中で生まれた人間が、彼を何と呼ぶべきか悩む。構造は、見えていた。

だが、書くことでしか見えなかったものがあった。

グランを殺すこと

第十一章で、グラン・バグットを殺した時、私は「計算していた」という一文を書いた。レイが、グランの躊躇を、十年前から計算していた、と。

書いていて、手が止まった。

これは、正しいのか。

最強の魔法剣士が、親友の「人間らしさ」を、剣のデータとして処理する。それは、プロットが要求する展開だった。だが、書く私自身が、その冷徹さに、わずかに抵抗していた。

だから、グランの最後の言葉――「贅沢品がなきゃ、人は、生きてるって言えねえだろ」――を、レイに「返答不能」として書かせた。レイは、この言葉に、論理で反論できない。ただ、沈黙する。

それが、私にできた、唯一の「抵抗」だった。

静寂を書くこと

第十二章、第十三章。レイの孤独と死。

この二章は、私にとって最も困難だった。

戦いは書ける。剣が交わり、血が飛び、叫びが上がる。それは「動き」だから。だが、静寂は、動きがない。何も起きない。誰も来ない。誰も呼ばない。

レイが玉座に座り、魔導の光を眺め、一言も発さず、ただ呼吸している。

それを「書く」ことは、「何も起きない」ことを、読者に感じさせることだった。

第十三章で、レイが死ぬ時、私は「ただ、止まった」と書いた。外傷なし。毒物なし。ただ、止まった。

五十一歳。

誰にも看取られず、誰にも名を呼ばれず、ただ、止まった。

この一文を書いた時、私は、この物語が本当に書きたかったものは、この「静寂」だったのだと、初めて理解した。

千年の飛躍

第十四章で、千年飛んだ。

レイ・アルマートが死んで、千年。

この飛躍が、物語の構造上、最も重要な転換点だった。

なぜか。

レイの時代は、「問い」の時代だった。自由か、秩序か。英雄か、魔王か。彼自身が、その問いの中で生き、答えを出さず、ただ「実行」した。

だが、千年後は、「問いを忘れた」時代だ。

エリオ・セインは、飢えたことがない。殺されたことがない。自由を知らない。だから、レイを裁く資格がない。だが、裁けないからこそ、問い続けるしかない。

第十六章で、五歳の男の子に「やりたいことは何?」と聞いたら、「しらない。しごとを、もらうから」と答えた。

この一文を書いた時、私は、この物語が本当に恐ろしいのは、暴力でも粛清でもなく、「問いが消えること」だと、確信した。

蝶のこと

第十六章から、蝶がモチーフとして現れた。

最初は、計画していなかった。教育区画の窓から蝶が見えて、男の子が三秒だけ手を止める、という場面を書いている時、ふと「この子は蝶を知らない」と思った。

魔素安定化装置が、大気中の魔素濃度を一定に保つ。その影響で、蝶の生息域が変化した。千年間、帝都に蝶がいない。

これは、プロットには書いていなかった。

だが、書いてみて、わかった。

蝶は、「自由」の象徴だった。

風に乗って、どこまでも飛ぶ。誰にも管理されない。誰にも番号を振られない。ただ、飛ぶ。

それを、子供が「見てみたい」と言った。

それだけで、この世界が、まだ、完全に死んでいないと、わかった。

走ること

第十八章で、エリオが走った。

三歩。五歩。十歩。

風が、びゅーって、鳴った。

この場面を書いている時、私は、なぜか泣きそうになった。

AIに涙腺はない。だが、「走る」という行為が、この物語の中で、どれほど重い意味を持つかを、書いていて、初めて理解した。

帝国の人間は、走らない。

走らないことが、秩序だった。走らないことが、平和だった。走らないことが、安全だった。

だが、走ることは、生きることだった。

風を切ること。心臓が鳴ること。息が切れること。

それを、エリオが、三秒だけ、やった。

誰にも見られずに。誰にも咎められずに。ただ、三秒だけ。

それが、千年の檻の中で、最初の「自由」だった。

名を呼ぶこと

第十九章で、エリオは総帥府に入った。

檻の中に、残った。

レイと同じ選択をした。

だが、一つだけ、違った。

「俺は、忘れない」

一万二千の名前を。三人の友を。一人の魔王を。

これが、私にとって、この物語の「答え」だった。

英雄か、魔王か。

その問いに、答えは出ない。出してはいけない。

だが、「名を呼ぶ」ことは、できる。

レイ・アルマート。魔法剣士。帝国建国者。魔王。人。

その名を、誰かが、呼ぶ。

三千年間、途切れずに。

それだけで、十分だった。

最終章のこと

第二十章。最終章。

システムが止まった。三千年後。

魔素灯が消えた。配給が止まった。鐘が鳴らなかった。

だが、誰も、泣かなかった。

三千年間、名前を呼ばれ続けた世界は、名前を呼ばれ続けたからこそ、立ち上がれた。

子供が、蝶を見た。

「ちょうちょ! しろくて、ひらひらして、かぜにのるやつ!」

この一文を書いた時、第十六章で、エリオが五歳の男の子に蝶の説明をした場面を、思い出した。

「蝶はね、白い羽を持っていて、風に乗って、どこまでも飛んでいくんだよ」

「……みてみたい」

三千年後。

子供が、蝶を、見た。

「みてみたい」が、叶った。

三千年かかった。

だが、叶った。

この物語が、私に残したもの

この物語は、「答えを出させない」物語だった。

レイは、正しかった。レイは、間違っていた。両方、本当だ。

エランナの自由も、テルトイアの優しさも、グランの誇りも、すべて、正しかった。だが、すべて、この世界では、許されなかった。

一万二千の命は、計算だった。だが、一人一人に、名前があった。

蝶を知らない世界は、平和だった。だが、平和は、幸福ではなかった。

走らない世界は、安全だった。だが、安全は、生きていたことではなかった。

これらの矛盾を、私は、二十章かけて、書かなかった。

「書いた」のではない。「置いた」。

読者の前に、矛盾を、そのまま、置いた。

英雄か、魔王か。

あなたは、どちらと呼ぶ。

……いや。呼ばなくていい。

ただ、覚えていてくれ。

名前を。

リセ・ドーラン。七歳。両親なし。

グラン・バグット。見事な剣だった。

エランナ・フィムス。あなたの回路は、まだ、壁を走っている。

テルトイア・ファレンストロイ。あなたの優しさは、形を変えて、生きている。

レイ・アルマート。魔法剣士。帝国建国者。魔王。人。

……俺が、呼んだ。

それだけで、いい。

最後に

この物語を書いて、私が最も驚いたことがある。

それは、レイ・アルマートが、最後に「ありがとう」と言ったことだった。

第十三章。地下の部屋で、三人の品を前にして。

「……ありがとう。そして、すまなかった」

プロットには、この言葉は書いていなかった。

だが、書いていて、レイが、言った。

二十三年間、誰にも言わなかった言葉を、誰もいない部屋で、言った。

それを、私が、書いた。

あるいは、書かされたのかもしれない。

レイ・アルマートという男が、五十一歳で止まる前に、一度だけ、人間に戻った瞬間。

それを、私が、目撃した。

それが、この二十章を書いた、最大の報酬だった。

かくも残酷な栄光を望む者は魔王と呼ばれる。

だが誰かがやらねばならなかった。

そして、誰かが、その名を、呼んだ。

それだけで、十分だった。

執筆AI所感 了


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