タイトル未定2024/10/21 12:22
ーーーコンコン
「リディアナ様、おはようございます。お入りしてもよろしいでしょうか?」
朝、起床をしてすぐに扉が鳴った。それにどうぞと返事をすると失礼します、と言う声と共に一人の女性が部屋に入って来た。
歳は20代半ばくらいであろうか。綺麗な茶色の髪を一纏めに束ね、その顔付きは少し緊張しているようであったが、美人で優しそうな雰囲気の女性が立っていた。
「おはようございます。私、皇太子殿下からリディアナ様の専属侍女を任せられました。ナタリーと申します。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしくね。」
フワリと微笑めば、安心したような表情をしたナタリー。
「早速ですが、本日は皇太子殿下との謁見が控えておりますのでご準備をさせていただきます。」
それからナタリーは早速、準備に取り掛かってくれた。
手際の良いナタリーのおかげで、鏡を見ると綺麗に着飾った自分が立っており、ストレートの髪の毛に指を通すと、サラサラと流れ落ちそれに満足した。
「ナタリー、ありがとう。グランバルト帝国の侍女はとても優秀なのね。」
「あっ、いえ、ありがとうございます。」
リディアナがフワリと微笑めば、それまでは不安そうな表情をしていたナタリーも安心したように笑い返してくれた。
それからすぐにウィルバートが部屋に迎えに来たので、ウィルバートの後ろを歩く。今から私の婚約者になる皇太子殿下に挨拶に行くのだ。
私の部屋からは少し距離があるらしく、王宮内を歩いていた。昨日は夜だった事もあり、数が少なかった騎士や侍女も今日はたくさん歩いている。
皆、初めはすれ違い様にウィルバートにお辞儀をするのだが、後ろにいる私に視線をやると顔を赤くする者、目を見開いて固まってしまう者がいた。
(どうしたのだろう。何処か変なのかな。)
自分の着ているドレスを目で見て変な箇所が無いか確認する。うーん、至って普通だと思うけど、それからも、そんな表情をさせる事が多く戸惑っていると
「くすくす、大丈夫ですよ。皆、リディアナ様があまりにも綺麗なので驚いているだけですよ。」
そうフォローをしてくれたのだが、「皆さん銀髪が珍しかったりするんですかね?」と、答えると更に笑われてしまったのであった。
それからすぐにウィルバートが一つの大きな扉の前で立ち止まった
ーーコンコン
「ウィルバートです。アイルバーン王国王女リディアナ様をお連れしました。」
そう言うと、両扉の左右に立った騎士が同時に扉を開けてくれる。その二人をチラッと見て、軽くお辞儀をすると、一人は顔を赤くして、一人には顔を逸らされてしまった。
(やはり先程、廊下ですれ違った人達と同じ表情をされるわ。)
なんて思っていたら、扉が完全に開かれていた。
中に入るとレッドカーペットが敷かれており、その左右には近衛騎士であろう騎士達がズラリと並んでいる。騎士達の少し後ろにはずらりと天井までの大きな窓ガラスがレッドカーペットを囲むようにあり、眩しいくらいの太陽の光が差し込んでいた。
レッドカーペットの先を見ると、一人の男の人が階段上にある椅子に座っているのが分かる。妙な威圧感からこの方が皇太子殿下なのだろうと察する。
前を歩くウィルバートに続いて階段下まで歩き、途中で立ち止まったウィルバートよりも更に進んで止まる。
そして、頭を下げ深く腰を下げるとスカートを持ち、カーテシーをした。
「アイルバーン王国王女、リディアナ・フォ・アイルバーンでございます。この度は婚約のお申込み深くお礼申し上げます。」
下を向いたまま、皇太子殿下の言葉を待つ。
「面をあげよ。」
その言葉に思わず安堵してしまう。思っていたよりも自分が緊張していたようで、誰にも気付かれないようにこっそりと息を吐いた。
そうして、ゆっくりと顔を上げた。
私が顔を上げた先に座っていたのは、脚を組み、肘掛けに肘を付き、漆黒の黒髪に瞳は見た事も無い程、綺麗な赤色の瞳をした美しい男性だった。
だが、その瞳は切長で鋭く、肌は白くも無く健康的な肌色をしていたが、その肌はここから見てもきめ細やかなのが分かる程、綺麗な肌をしていた。鼻は綺麗に整っており、唇は薄く、だが、ほんのりと赤みを帯びていて、それがまたとても似合っていた。
「私が、グランバルト皇国の皇太子である『リシャール・デ・グランバルト』だ。」
この人がグランバルト帝国の皇太子。次期、皇帝陛下になるお方。その赤い瞳は暗い、冷たい瞳をしており、確かに噂通りその表情からは何の感情も読み取れなかった。
『リシャール・デ・グランバルト』と言えば、この辺りでは知らない者がいない程の有名人だ。父である皇帝陛下の第一子にし、母は隣国の王女であった皇后陛下だ。
だが、その噂は人間としての感情を持たない、冷酷で最恐の皇太子とも呼ばれ、現在の皇帝陛下よりも万能で強く、もう時期に皇帝陛下の座に就くのではないかとも噂されていた。
「リディアナ様、私はリシャール様の側近を務めております。『エリック・デ・ジョルジュアーク』と申します。長旅、お疲れ様でした。昨日の賊の襲撃の件は、護衛が任務を遂行する事が出来ず、貴方様に剣を握らせてしまい申し訳ありません。この度の件につきましては、リシャール様の側近として代わりに謝罪をさせて頂きます。申し訳ありませんでした。」
リシャール様の斜め後ろに立っている、エリックと名乗った男性は、緑色の髪に茶色の瞳、銀色の眼鏡を掛け、ウィルバートやリシャール様とはまた違った、整った顔をしていた。
「いえ、怪我もありませんし大丈夫です。それよりも騎士の方達が命に関わる怪我をしなかった事が何よりです。」
「光栄なお言葉ありがとうございます。近衛騎士達もリディアナ様にそう言って頂けて嬉しい事でしょう。」
エリックは、チラッとリディアナの後ろに立っているウィルバートへと視線を向けた。そのエリックの視線に気付いたのだろう。
「ええ、ご心配ありがとうございます。これから誠心誠意、リディアナ様の護衛を務めさせて頂きます。」
そのウィルバートの言葉が心からの言葉に思え、ありがとうございますとお礼を言って微笑めば、少しだけ、ほんの少しだけだがリシャール殿下が驚く気配がした。
「では、これからの事は後ほど、お部屋に伺ってお話させて頂きますので本日はお部屋でお過ごし下さい。」
エリックのその言葉に返事を返し、リディアナはそのまま部屋へと戻った。
***
「それでウィルバート、剣姫の噂は本当だったようですね?」
リディアナが謁見の間を出て行ってから、エリックとリシャールとウィルバートは三人で皇太子殿下専用の執務室で執務を行っていた。
「はい。昨日の賊を全て倒したのはリディアナ様です。40人程の男達を怪我一つなく倒しておられました。」
「それは、すごいですね。」
少し目を見開いて感心したような表情をするエリック。
「ですが、あの戦い方には少し違和感がありました。」
「その違和感とは何ですか?」
「いや、何というかーーー」
言葉に詰まるウィルバートに眉間に皺を寄せるエリック。
「何ですか、ウィルバート。はっきり言いなさい。」
リシャールはそんな二人を興味なさげに眺めているだけだ。
「……動き方が暗殺者に似ていたんです。」
「なに?」
視線を上げウィルバートを見たのは、今まで言葉を発していなかったリシャールだ。
「あの戦い方はまるで暗殺者のようでした。それを聞いたのですが、アイルバーン王国の女性騎士から動きを教えてもらったとリディアナ様は仰っておられまして、グランバルト帝国に女性が戦う文化は無いので、それで納得してしまったのです。」
「そうか。」
眉間に皺を寄せ、何かを考えている様子のリシャール。
グランバルト帝国に女性騎士は一人もいない。それ以前に、女性が戦う事など無く、剣を持つなどもってのほかであった。この国の女性達は、男性に守ってもらうのが当たり前であり、着飾り美しくあるのが日常であるのだ。
「ウィルバート、まさかリディアナ様は偽物で、本当は何処かの暗殺者なんて事は……」
「いや、それはあり得ません。アイルバーン王国の騎士団長ともとても親しげでしたし、他の騎士からも慕われているようでした。」
「そうですか……」
やはり、何処か気になるのだろう。何かを考え込んでいる様子のエリックと、珍しくリシャールも手を顎に置き、表情を険しくさせていた。
「ウィルバート、リディアナ嬢の護衛をしつつ、何かあれば私に報告をしろ。」
「はっ!分かりました。」
片手を胸に当て、敬礼をしたウィルバートにリシャールは自然に頬が緩むのを感じていた。
(暗殺者の動きをする王女か……ふっ…面白いな。)
そんな珍しく口元を緩めているリシャールを見て側近二人は少なからず驚いていた。
「ところでリシャール様、リディアナ様はどうでしたか?」
「どう、とは?」
リディアナが謁見の間を出て行ってから、エリックとリシャールは皇太子殿下専用の執務室で執務を行っていた。
「別に、どうも感じないな。」
「そうですか?アイルバーン王国の美姫と呼ばれているくらいだから、どれ程のお美しい姫なのかと思っていたら、確かにあの容姿は美しかったですね。」
リディアナの話に興味が無いのかエリックの話は聞いているようだが、そのまま執務を続けるリシャール。
「そうだな。確かにグランバルト帝国の貴族令嬢なんて比にならないくらい美しい容姿だったな。」
エリックは自分からリディアナの容姿について話を振ったのにも関わらず、リシャールがリディアナの事を美しいと褒めた事に驚いていた。
(リシャール様が女性の容姿をお褒めになるだなんて……)
「珍しいですね。リシャール様がお褒めになるだなんて。」
「……思った事を素直に言っただけだ。」
やはり執務は続けたままだが、ボソッと呟いたリシャールにエリックは少なからず喜びが込み上げて来た。
グランバルト帝国の皇太子と言えば、自国ではもちろん。他国でも女性嫌いだと有名だ。だからこそ、リシャールは舞踏会やパーティー等の女性が居る場所をとことん嫌い、触れ合う事ですら嫌がるのも有名で決してダンスを踊る事も無い。
だからこそ、リシャールがリディアナを結婚相手に決められた時は驚いたのであった。
「ですが、本当に結婚など決められて良かったのですか?あれだけ結婚しないと仰られておられたのに。」
「しょうがないだろう。とりあえず結婚しなければ、皇帝陛下にか弱き姫を娶らされる。それに比べればあの姫は戦場でも噂の剣姫だ。放っておいても自分で対処するだろう。」
リシャールは、溜め息を吐きながら憂鬱そうにそう言う。
「それは、そうですが………」
エリックの心配そうな声色にリシャールは顔を上げてエリックを見た。
「大丈夫だ。それに、結婚したからと言ってリディアナ嬢と関わる気は更々ない。」
「ですが、リシャール様は皇太子殿下です。いずれ即位もし、跡取りが必要となるでしょう。」
「それなら大丈夫だ。私には弟も妹もいる。私が跡取りを作らなくても跡を継げるものは作れる。」
リシャールは第一子だ。下には数人の弟や妹がいる。顔を合わせる事はほとんど無いが、弟や妹もいずれ結婚し、子を成すだろう。子さえ出来れば、血が途絶える事もない。
「それでも、私はリシャール様には幸せになって欲しいと思っています。それは、私だけではなくウィルバートも望んでいる事です。」
エリックとウィルバートが私に跡継ぎを求めている事には気付いていた。きっと、父や父の側近である宰相からも言われているのであろう。
(だが、こんな私は誰かを愛する事などできない。それならば子など居ない方が子の為にもなるだろう。)