200 霊魂
3か月お待たせいたしました。
ようやく更新です!
ザイステルはシュペーゼの遺体と共にその場から転移し、消えた。
訪れた静寂はフォスターの身体に取り憑いたシュペーゼのため息で破かれる。
「……ごめんなさい。ありがとう」
シュペーゼの霊はそう言うと身体から離れた。その途端、フォスターはその場に崩れ落ちる。
「だ、大丈夫か!」
ヴィダが肩を貸そうとする。
「……疲れました。少し、休ませてください……」
「そこで横になるか?」
先程までシュペーゼの遺体があったベッドを指す。普通なら敬遠するところだが、今はそうも言っていられない。
「……そうします。眠ったほうが回復するし、それに」
フォスターは周りを見回し宙に向かって言う。
「俺の身体が使いやすくなると思うので」
ヴィダが信じられないといった表情で耳を疑った。
「君はまだ幽霊に取り憑かれるつもりなのか!?」
「あいつ……ザイスの情報がもらえるなら、これくらい……。寝てる間ならたいして負担は無いので……」
弱々しくベッドに横たわりながらそう言うと、本当に限界だったフォスターは意識を失った。
「フォスター……」
リューナは泣きそうだ。不安で仕方ないらしい。
フォスターも取り憑かれている間に意識を手放せばここまで疲れなかっただろう。しかしそうしなかったのは彼らの会話から直接情報を得たかったからである。
そのフォスターの身体は少し間を置いてから上半身を起こした。
「本当に借りちゃっていいのかしら……」
中身はシュペーゼである。
「あ、あの、フォスターは無事ですよね!?」
リューナが焦って訊いた。
「この人のことよね? 大丈夫、眠ってるだけよ。わたしが疲れさせちゃったから……ごめんなさいね」
「……それなら……ええと、良かった、のかな?」
戸惑いながらリューナはそう返事をした。
「あなたは妹さんって聞いたけど、この、わたしじゃないもう一人の霊は誰かしら? さっきから頭の中に男の人が文句言ってくるんだけど」
「あ……お父さんのことですかね?」
「あなたたちのお父さんの霊なの?」
「その、額に巻いてる鉢巻きにいるんです。それに触るとみんなにも声が聞こえます」
「物に宿ってるのか……いいなあ。それなら色んなところに行けるね。わたしはここから動けないから」
「お父さんを外して渡してもらえますか?」
「うん」
リューナがシュペーゼと会話しているのを呆然として眺めていたヴィダとレーヴェは、ハッと我に返って自分たちの仕事をし始めた。二人でザイステルが出てきた奥の部屋を調べに向かう。
シュペーゼは鉢巻きを外しリューナへ渡そうとした。しかし鉢巻きの一部が手に張り付いて離れない。
「くっついてる……」
『お前が息子の身体を完全に乗っ取らない保証は無いからな。監視させてもらう』
「そんなことはしないけど、息子さんが心配なのね。わかりました」
『……』
「お父さんもフォスターが心配なんだ」
『当たり前だろ。お前ら俺を何だと思ってんだ』
リューナとビスタークのやり取りを聞いてシュペーゼは不思議そうに呟く。
「あなたは幽霊なのにずいぶん元気ね……」
『元気って言うのはちょっと違うと思うが』
「わたしなんていつ自我が消えるかわからなくて不安でしょうがないのに」
『今まで存在を意識されなかったからじゃねえか? 俺だって十五年くらい放置されてた間はヤバかったぞ』
「十五年はすごい! 頑張ったのね」
『俺には目的があるからな。それに周りの声や音が聞こえる環境だった。そっちもここに一人じゃ相当だったろ』
「あの人が毎日のように来ていたから、それを支えにしてた。見てることしか出来なくてつらかったけど」
会話をしていると隣の部屋からヴィダたちが戻って来た。
「向こうの部屋は薬品部屋みたいだな。転移石の線もたくさんあった。消しておいたぞ」
「……そう。それじゃあ、あの人はもうここには来られないのね……」
シュペーゼは複雑な表情をしている。犯罪者なのだから仕方がないという諦めと、愛する夫にもう会えないという悲しさが混ざったのだろう。
「なんか、すまん……」
「いえ、当然です。あの人が悪い人に手を貸しているのが悪いんだから」
この世界では霊魂の存在は現実的なものである。ただ認知される数が少ないので珍しいだけだ。ヴィダもビスタークの声が聞こえるように鉢巻きに触れた。
「その『悪い人たち』の詳細を教えてほしいのだが」
「あまり詳しくは無いです。通信石で話をしているのを聞いていただけなので。とりあえず、話している相手は女の人でした。名前はなんだったかな……」
『アイサっていう名前だったか?』
「んー……違うと思う……あまり名前は言ってなかったから……なんだったかな……」
『やっぱりそうか。偽名じゃねえかって言われてたしな』
シュペーゼは首を傾げながら呟く。
「でも……イ……サ……イソラ……とかそんな名前だった気がする……」
「イソラ、か。その情報は報告しておこう」
『姿はわかるか?』
「水色の長い真っ直ぐな髪の綺麗な人だった」
『アイサって女と特徴は一致するな……』
「暗躍してるって女か。それも報告だな」
ヴィダがメモを取っていると横からレーヴェが質問を始めた。
「貴女はザイステルの殺された奥方のシュペーゼさんで間違いない?」
「はい」
「幽霊、ということです?」
「はい」
「人に取り憑かないと喋れない?」
「たぶん。ザイスは取り憑かないと気付いてくれませんでした。この部屋に入ってきたときにも話しかけたんですが、誰もわからなかったですよね?」
「わからなかったな……」
レーヴェとヴィダが頷いているところへリューナが口を挟む。
「あの、私は誰かがいるってことだけはわかりました」
「そうだったな。あれは、遺体ではなく霊魂のことだったんだな」
『こいつは悪霊の存在もわかるしな』
「あなたがわたしを見つけてくれたのね。ありがとう」
そこで上の階から足音が聞こえた。
「応援が来たみたいだな」
「わたしはどうすればいいでしょうか」
「神殿まで来てもらおう。霊感の強い神官が対応するだろう」
「それまでこの身体借りてていいかな?」
『仕方ねえな……こいつの身体から離れると認識出来ねえし、そうじゃねえとここから動けねえんだろ?』
「この身体でも外に出れないかもしれないんだけど……」
「やってみよう」
ヴィダとレーヴェに先導され、フォスターの身体に取り憑いたままシュペーゼは階段へ向かう。ヴィダは先に応援の神衛兵たちに状況を説明しに行った。
「うん。大丈夫そう」
「じゃあ外に馬車が来ているから乗ってくれ。向こうに着いたら神官に引き渡す」
「私はどうしたらいいですか?」
質問したのはリューナである。
『お前も一緒にいろ。兄貴が心配なんだろ』
「彼の身体が解放されるまでは一緒に行動しよう」
皆で外へ出た。シュペーゼはその途端眩しそうにし、後ろを振り返り診療所をしばらく眺めていた。思うところがあるのだろう。悲しそうな表情だった。
表に停めてあった馬車に乗り込む。神衛兵の応援はこれに乗って来たらしい。出発した馬車の中でシュペーゼが質問を始めた。
「わたしは浄化されるんでしょうか」
「身体がまだ地上にある霊魂の場合はどうなるのか、我々にはよくわからない。神官たちの判断になる」
『相手の説得材料になるだろうし、まだ浄化は無いんじゃねえか』
「そうだといいけど……。あれが最後の会話になるのは嫌だから……」
『……』
この可哀想な霊魂がどうなるのか。今後のことを考え皆押し黙ってしまった。
しばらくしてからその沈黙をリューナが破った。
「ところで、あの……フォスターにしか取り憑けなかったのはどうしてですか?」
「んー、何というか……。身体の中に魂の器みたいなのがあって。この男の子の場合、魂と器に隙間があって、そこに入り込めたのよ。他の人はそういうのなかったんだけど」
リューナの表情が歪んだ。
「……それって、もしかしてお父さんのせいなんじゃないの!?」
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