合コンの提案
私は新しい下着を身につけたまま、プリシラさんにシスター服を着せて貰った。
プリシラさんは下着や部屋着、ちょっとした普段着などは私に似合いそうなものを見繕ってくれると言ってくれた。
私はこちらの世界の衣服の流行りなどはわからないので、お願いすることにした。
「コルセットは要らないわよね」と言われたので頷くと、引き取ってくれた。
ぐいぐいと紐を引っ張らなければいけないコルセットは一人では着ることができないので、私には必要ないものだ。
「アンジュちゃんが不自由ないように、可愛い下着とお洋服を選んでおくわね。靴は、一足しか持ってないの?」
「はい。私、こちらに来るための儀式をしたままの姿ですわ」
私は自分の足元に視線を向ける。
足首までを隠すシスター服の下には絹靴下を履いていて、靴は踵の低めの黒い革製のショートブーツである。
肌を隠せば隠す程良いとされているので、帝国ではブーツが主流だった。
今履いているのは、普段履く用の履き慣れたものだ。
ドレスの時などはもっと繊細なヒールの小さな靴を履くのだけれど、いかんせんあれは歩き難い。
ダンスも一曲、二曲踊ると足が痛くなってしまうし、長距離を歩くのは不向きだ。
とはいえ普段あまり歩かない生活をしているのが貴族女性なのだから問題はないのだけれど、日常使いには向かない。
ちなみにこちらの方々は住居内では靴を履かないのだと、ロキ様に教えてもらった。
室内履きは存在しているらしいけれど、ロキ様の部屋は狭いのでそれは無用なのだという。
足を見せるのははしたない事なのに、素足で過ごさなければいけないのかと思うと羞恥心が込み上げてくるけれど、慣れていくべきなのだろう。
郷に入っては郷に従えというのだし、私も努力しなければいけない。
「儀式なんてものがあるのね? 私もシルベールもロキ様の側近っていうわけじゃなかったから、良く知らないのよね。ほら、夢魔族は自由だから、あんまり誰かに従ったりしないのよ」
プリシラさんが私の服と髪を整えながら、首を傾げる。
血の魔法陣の儀式とは、こちらの世界で一般的ではないのかしら。
私も、禁書をお城から持ち出してくるまでは知らなかったのだけれど。
「シルベールさんと、プリシラさんとロキ様は、気安い間柄に見えますわ」
「あぁ、それは……、まぁ、色々あるのよ」
「そういった誤魔化し方をされた場合、聴かれたくない事柄である場合が多いと推測いたしますわ。なので、聞かないでおきますわね」
プリシラさんたちの関係性が物凄く気になるというわけでもない。
余計なことを聞いてしまった私に気を使わせたくなくて、もうこの話は大丈夫だとはっきり伝えた。
ロキ様は昔は魔王様らしい魔王様だったようだから、色々あるのだろう。
沢山恋人もいたようだし、部下の方々も沢山いたようだし。
プリシラさんはとてもお綺麗なので、もしかしたら恋人関係にあったのかもしれない。
ロキ様は昔はお城に住んでいて、そこには沢山の女性たちがいて、その中にプリシラさんもいたのかもしれないなと思い、私は納得した。
「……アンジュちゃん、もしかして今、私のことをロキ様の元カノとか思ってない?」
「もとかのとは何ですの?」
「別れた元恋人の事よ。違うからね。そういうんじゃないからね?」
「私、構いませんわ。ロキ様は魔王様ですし、私はただの居候のメイドです。ロキ様の女性遍歴に口を挟むような立場ではありませんのよ」
ヴィオニス様は婚約者であったので、その不実を詰る権利が私にはある。
けれどロキ様と私は今日会ったばかりで、私が一方的に押しかけて迷惑をかけているという関係だ。
なので、私が口を出すことではないし、ロキ様に決まった女性がいた場合、私は完全に邪魔者なのでロキ様のお部屋から出ていくつもりでいる。
今のところ、大丈夫のようだけれど、隠しているという可能性もある。
私はロキ様の恋愛の邪魔をしたいわけではないので、その時は一人でどうにかこうにか生きていこうと思っている。
魔族の方々は人間に優しいようだし、きっとなんとかなるだろう。
シルベールさんも『メイドきっさ』という名前の働き口を、斡旋してくれると言っていたし。
「違うからね、アンジュちゃん。元カノじゃないから。白状しちゃうと、私たち姉弟はね、ロキ様が人間と揉めるのが面倒臭いって言い出して、この国に引きこもるようになった後も、ロキ様の意思に反して人間を攫ってきては美味しく頂いていたのよ」
「美味しく、ですか」
「酷いことはしてないわよ。ただ、美味しくいただいていただけよ? かれこれ、二百年以上前の話なんだけど。で、それがロキ様にばれてしまって、きつく叱られた過去があるのよ」
「プリシラさんはそのような方には見えませんわ」
「長生きだからね、私たち。長く生きると多少性格も丸くなるわ。あの当時は娯楽が少なくて、人間を美味しく食べることしか楽しみがなかったのよね。今は、娯楽が多くて。食欲ばかりに気を取られなくてすむようになったし、同じ魔族同士でも恋愛結婚することも増えてきたから、状況が変わったってこともあるわね」
「娯楽が多いということは、良いことですわ。私も、ピオフィニア公爵家では、お花を育てたり、絵を描いたり、本を読んだり、教会でお祈りをしたり、歌を歌ったり。趣味は多い方でしたのよ」
「可愛い趣味ね」
「プリシラさんの趣味はなんですの?」
「そうねぇ。アンジュちゃんがもう少し大人になったら教えてあげるわ」
プリシラさんは、唇に指先を当てて、片目を閉じた。
「ロキ様は私を子供扱いしますけれど、プリシラさんの目から見ても、子供のように見えてしまいますの?」
「人間と私たちは生きる長さが違うから、人間の年齢的にはアンジュちゃんも大人なのよね。ロキ様は大袈裟だけれど、でも私もアンジュちゃんをまだ子供だと思っているわ。私たち夢魔族は、人の精気を吸えるようになってからが一人前だもの。アンジュちゃんには経験がないでしょう?」
「私は夢魔族ではありませんから、精気は吸いませんわ」
「じゃあ、意味はわかる?」
「魔族の事情には詳しくありませんの。……生命力を奪うことだと、ロキ様はおっしゃっていましたけれど」
プリシラさんは少し考えるように首を傾げると、私の耳元へと唇を寄せた。
何かと思い耳を澄ませている私に、ふ、と息を吹きかける。
耳にかかった甘い吐息に、私はプリシラさんから離れると手で耳を押さえた。
体がぞわぞわする。どきどきして、頬が赤くなる。
今のは、いったいなんなのかしら。
蠱惑的な微笑みを浮かべているプリシラさんを、私は見上げた。
「彼氏ができたらいらっしゃい。お姉さんが良いことを教えてあげるわね」
「かれしとはなんですの?」
「恋人のことね。彼氏、彼女、とも言うわ。私たちは寿命が長いし、恋愛も自由だから、別れたり、別の人と結ばれたりを繰り返すのはよくあることなの。あぁでも、結婚した場合は別よ? そこまでの無法地帯って訳じゃないから、結婚っていう制約はちゃんとあるから、安心してね」
「私の国では、恋愛と結婚は同義でしたわ。女性の場合、それは一生に一度と決められておりましたのよ」
「もっと自由に考えて大丈夫よ、アンジュちゃん。彼氏が出来そうになかったら、私が良い男を紹介しても良いわ。ものは試しよ。一度魔族の男と付き合ってごらんなさい。アンジュちゃんの婚約者だった屑男のことなんて、一発で忘れられるわよ」
「そういうものですの?」
「ええ、保証してあげるわ。私は夢魔族だから、当然知り合いには夢魔族が多いし、誠実で優しい夢魔族の男もいなくはないもの。うん、まぁ、多分」
自由恋愛、彼氏、彼女。
私は新しく覚えた知識を、頭の中で反芻した。
まだあまり気は進まないけれど、ヴィオニス様のことを考えてくよくよしたり、復讐のためにロキ様に世界征服をして貰うよりはずっとその方が健全なのかしら。
「そうだ、今度合コンしましょ! アンジュちゃんの好みに合いそうな男を、よりどりみどり連れてきてあげるわ!」
ぱちんと、手を叩いてプリシラさんが言う。
小部屋のカーテンがばさりと開いて、ロキ様が顔を覗かせたのはその時だった。
「なんだかやけに遅いと思ったら、プリシラ。アンジュちゃんにいかがわしいことを吹き込まないでくれる?」
「やだ、ロキ様! フィッティングルームを覗くとか、最低だわ」
「もう終わってるんでしょ。アンジュちゃんに余計なことを教えないで」
「余計なことなんて教えてないわよぅ。傷心のアンジュちゃんに新しい彼氏を斡旋しようとしてただけじゃない」
ロキ様は私の手を優しく握って、プリシラさんから逃げるようにして小部屋を抜け出した。
私はどことなくぼんやりしていてだらしない印象のロキ様を見上げる。
ずっと昔はスアレス帝国を征服しようとしていたとか、今のロキ様を見ているとそんな風には思えない。何か心境の変化が起こるようなことがあったのだろうか。
――人間とは関わりたくないと思うような、何かが。
「プリシラちゃんの斡旋する男って、夢魔族でしょ」
「夢魔族の男が一番良いわよ。なんせ優しいし美形揃いだもの。女性の扱いにも手慣れているわよ。何か問題があるかしら」
「あるよ。夢魔族はちょっと、心配すぎて無理」
「ロキ様、自分のことを棚にあげるのは良くないわ。私たちよりもロキ様の方がよっぽど」
「プリシラちゃん、採寸終わったんでしょ? 商品は後で届けて。お金はその時払うよ」
ロキ様はプリシラさんの言葉を遮った。
プリシラさんは肩をすくめると「はいはい」と返事をして、私に「またね、アンジュちゃん」と片目を瞑って挨拶をしてくれた。
私はロキ様に手を引かれてお店を後にした。
何故そこまでロキ様が慌てているのか、よくわからなかった。
私は大人なので、ロキ様にどれだけ女性遍歴があろうと気にしないのに。
ロキ様の私への認識はどうやったら改まるのかしら。
――やっぱり、彼氏というものを作った方が良いのかしら。




