18 一難去ってまた一難1
その後、二人はサークル棟から少し離れた戸外のベンチで並んで菓子パンを食べた。
小弥太は、メロンパンにピザパン、それにチョココロネを選んだ。
「ジュースは何がいい? それともお茶にする?」
小弥太はバナナオレを選んだ。味覚はお子様のようだ。
唯は紙カップのコーヒーとデニッシュにした。
「唯、思ったんが、メロンパン、この上の皮はうまいが下のもさもさのパンはいらない」
「ああ、なるほどね。それは私も思った」
「それから、チョココロネは、中のチョコしかいらない」
まるで子供な小弥太の発言に、唯は危うくコーヒーを噴き出すところだった。
「そうだね」
先ほどまで感じていた息苦しさは、さらさらと消えて行った。
ジュースを飲んで腹を満たし、二人は図書館に向かった。
小弥太の言う通り、入口のセンサーは全く反応せず、管内で見咎められることなく図書館へは難なく入れた。
やはり小弥太は人に見えても妖なのだ。
「俺は本をゆっくり見て回りたい。一時間後にここに集合だ」
いつの間にか時計の読み方を覚えた彼はそう言って、さっさと行ってしまう。見た目小学生。
「あ、ちょっと待ってよ、小弥太、中は広いよ。迷子になるかも。案内するから」
唯が慌てて呼び止めるが、立ち並ぶ書架のまにまににあっという間に消えてしまった。しばらく小弥太を探してみたが、どこにも見つからない。
「もう、一体何のよ」
唯は諦めて雑誌や本を読みながら時間を潰すことにした。本当は小弥太がどんな本を読むつもりなのか興味があった。
小弥太は本が好きなようで、家の近くの図書館にも買い物や散歩に出たついでに行くことがある。たいていそこでは歴史や郷土史の本を見ていたり、時にはお年寄りに混じって新聞を読んでいることもあった。
何をしているのか聞いてみたら、この時代に興味があると言っていた。妖のやることは分からない。小弥太はどれくらいの年月を生きてきたのだろう。
「おい、帰るぞ」
「へっ、小弥太もう用事は済んだの?」
「二時間たった。お前はどうしてそんなに気持ちよさそうに寝ていたんだ」
「え? 嘘、そんな時間。買い物しなくちゃ。小弥太、今日のご飯は何がいい?」
「今日は作らなくていい。出来合いの一番安い弁当を買って帰れ、それで十分だ」
小弥太が淡々と言う。
「え? なんで、私のご飯、美味しくない?」
「違う、お前に客が来る」
「え? 私に? 誰だろう。舞香かな?」
「違う。邪なる者だ」
「へ? よこしまなるって何?」
「ふん、そのうち報いを受けるだろう」
言うだけいって小弥太はフェネックになり、「きゅう」と愛らしく鳴く。
人に見つかったら大変だ。唯は慌てて小弥太をバッグにしまった。
「もう、何のよ。イミフなこと言ったと思ったら急にフェネックになるし、この中二狐」
しかし、小弥太は知らぬ顔で、ふさふさの大きな耳としっぽに埋もれていた。
♢
大学からの帰り、辺りはすっかり暗くなっていた。自宅マンション前で、ふと顔を上げると三階の自室に電気が付いているの見えた。
「え? なんで? つけっぱなしにしたっけ」
唯は慌てて、部屋に向かった。
すると玄関には女もののサンダルがある。
「あんた、結構いい部屋にすんでんじゃん。ばあさんにいくらもらったの?」
自称従姉妹で遠縁の親戚である綾香が勝手に部屋に上がっている。派手な化粧に露出の多い恰好。肩も胸元も太もも丸出した。
彼女は唯のささやかな鏡台の前に座り、勝手に化粧道具をいじっている。
「ちょっとなんで勝手に上がっているの?」
「ああ、パパがあんたんちの鍵持ってたから借りて来た。それより、何このしょぼい化粧品。これさあ、おばさんが使うコスメじゃん。東京のJDのくせにデパコス持ってないなんてありえなくない?」
「勝手に触らないで、散らかさないでよ」
唯は綾香の手からリップスティックを取り上げた。
「使わないわよ。そんなダサい色。ちょっと服貸してくんない? このカーデかわいいじゃん」
「いやよ。返して」
「相変わらず、ケチだよねえ。それより、私を見て何とも思わない?」
「え?」
「二年ぶりでしょ。会ったの?」
「一年前にも泊まりに来たでしょ」
「そういえば、あんたあのときよりもいいマンションに住んでいるんだね。唯のくせに」
「突然来られても困るんだけど」
唯は面と向かってはっきりと言った。しかし、綾香は取り合わない。
「そういうとこだよ。唯のだめなとこ。たまに会った従姉妹に綺麗になったねとか、やせたねとか言えないの」
確かに一年前より痩せている。
「従姉妹じゃないし、そういえば痩せたね」
「でしょ? だから、あんたの服も着られるようになったんだよ。貸して」
「やだ、一回貸すと返してくれないから」
盛大にためいきをつくと綾香は冷蔵庫に移動し勝手に開ける。
「もう、ほんと信じられない。ここの家に何もないの。あんた一体何食べてるの? 水とかも買ってないの? まさか東京の水道水飲んでいるんじゃないよね?」
「飲んでるけどそれが何?」
「うっそしんじらんない」
綾香は目ざとく唯の買ってきた弁当を見つける。
「ああ、弁当あるじゃんそれでいいから、頂戴。そしたら、私出かけるから」
唯は渋々弁当を渡した早く出かけて欲しい。
「え、まじあり得ない。煮物ばっかり」
綾香は揚げ物を食べて、ご飯を残した。
「ご飯って太るから、私いらない。とりま彼氏のとこに行ってくるから、今夜は帰らないよ」
そう言って綾香は小さなバッグを持って玄関に行く。
「そんなことより、綾香ちゃんが東京にいること叔父さんも叔母さんも知っているの?」
唯が言うと綾香がまなじりを吊り上げた。
「もし、パパやママに告げ口したら、この家に彼氏連れ込んでやる。それが嫌なら黙ってな。じゃあね。ばいばい」
「ああ、はい。ばいばい、もう来ないでね」
唯はそう言ってドアを閉めた。
随分とあっさりと出ていった。
が、唯は嫌な予感がして鏡台の裏に隠しておいた生活費の二万円の封筒をさがした。封筒はあったが、中は空。
「ああ、もう、またやられた!」
唯は叫ぶとフロアに寝転んだ。




