届かせたい想い
「次はあなたです」
「思った以上に面倒くさそうだが……」
目黒の合図で薙刀を構えた花園が、蒼斗の前に立ちはだかった。
どうあっても道を譲る様子はなく、ルデラリスが染み渡ったのか、先程よりも闘気が満ち満ちていた。
喚きも、呻きもしない。ただ静かに蒼斗を見据える瞳は、確実に息の根を止める方法を考え、思い描いていた。
大鎌と、薙刀。果たして、どちらが制すのか。
境界線が視えない今、蒼斗に用意された選択肢はむざむざと殺されるか、周囲の狂魔のように灰にするか、二つに一つ。
だが蒼斗はどちらの選択肢も採るつもりは毛頭ない。
「……ク、ド……」
「花園さん?」
「クド……サン……ッ、ワ、タシヲ……コ、ロシ……」
片言の言葉を紡ぐ花園。
蒼斗はそれを塞ぐように大鎌を振りかぶった。ガキン、という激しい金属同士の衝突音が木霊し、鍔競り合いのように互いの武器が震える。
蒼斗の表情は無そのもので、花園越しに愉快そうに笑う目黒を睨みつけた。
「悪趣味にもほどがありますね。下水に沈むヘドロ並みに吐き気がします」
「ははは! 東崎の顔が見てみたかったな!」
「――っ!」
蒼斗と花園の戦いは続いた。
片方が攻めて、攻めて、もう片方は捌いて、捌いて、崩す。それを崩しをつき、それを既に読んでいて容易に躱す。
その繰り返しだった。
だが蒼斗は花園の体内に巡るルデラリスが、彼女の体内の機能を限界以上にまで上昇させようとし、彼女自身に負担が大きくなり始めているのを感じ、焦っていた。
このままでは、元に戻そうにも、本当に戻せなくなってしまう。
「そこまでにしてもらおうか」
「!?」
【我、いまここに真名を以て汝に命ずる。
深き闇に安座する気高き愚鈍の王よ、我の声を聞け。
そして我の意志に応えよ。
我が血肉と魂を糧に、その姿を我の前に示せ】
「エーイーリー!」
巨大な炎の球体が蒼斗と花園に飛んできた。
それを蒼斗は咄嗟に飛び退いた。
反応に遅れた花園はそのまま球体を受け、炎に包まれ雄たけびを上げた。
蒼斗は容赦のない不意打ちはもしかして、と出所の後方にあったコンテナをじろり見上げた。
鼻孔は広く、炎を帯びた二本の角。
背中にはコウモリの翼、尾は獅子、全身を覆う長い毛。
漆黒の獣――否、悪魔を従えた和服姿といえば、一人しかいない。
「ふぅん、よく燃えるじゃないか」
「彦さん!」
「この埠頭一帯は全てAPOCが包囲させてもらった。もう逃げられないよ」
「APOCの二番手か……!」
「ルデラリスは核の勅令のもと、こちらで差し押さえさせてもらう。大人しく摘発されな」
瀬戸の声に捜査官たちが一斉に倉庫内と外にとめてあった船に詰め掛かり、残っていた狂魔たちを摘発していく。
その様子を一瞥し、澄ました顔で地上に降りてくる瀬戸を睨みつけた。
「危ないじゃないですか! エーイーリーの攻撃が当たったらどうするんですか!」
「君が鈍くさいのは分かっている。まぁあわよくば当たってしまえこの野郎なんて思ったけど、結果良ければ全てよしだよ」
「本音駄々洩れなのですが! 駄々洩れ!」
「蒼くーん!」
「無事かい?」
「卯衣ちゃん、千葉さん!」
捜査官らを率いた卯衣たちと合流を果たした。
空はいつの間にか雷雲は消えており、静けさを取り戻すはずだった夜は、サイレンの音と喧騒音が独占した。
「亜紀ちゃんは?」
「亜紀さんなら、安全な場所に――」
「俺なら、ここにいる」
つかつかと、負傷していると思わせないくらいしっかりとした足取りで蒼斗たちの元へと歩いてきた亜紀。だが、身体中は血が滲んで真っ赤だった。
普段なら亜紀の姿を見かければ目の色変えて飛び掛かるというのに、瀬戸はエーイーリーの炎を受けもがき苦しむ花園一点を見据えたまま。
緊張がピリリと伝染する。
「状況は何となくだけど察したよ。なるほど、彼女が六年前ご執心だった薙刀の君か」
「別にそこまで肩入れした覚えはねぇよ」
「君が鍛えただけあって、悍ましくいくらいの生存本能を持っている」
「どういう意味だ」
「別に? 言葉のままだけど。なんで僕のエーイーリーの炎まともに受けても灰にならないんだよ畜生だなんて思っていないから」
「だから彦さん、本音駄々洩れだって!!」
目黒の身柄は花園がエーイーリーの炎に苦しんでいる間に捜査官が拘束した。
最後に残っているのは、目の前の彼女ただ一人。
ルデラリスの効果で治癒効果が起きたのか、呻き声は消え、自分に攻撃をした瀬戸に向けて殺意の籠った視線が向けられた。
「ふぅん、僕に歯向かうんだ? 売られた喧嘩なら、遠慮なく買わせてもらおうか――君の命もね」
珍しく好戦的な瀬戸。
今回亜紀が関わっていることもあり、ボロボロになった亜紀を目にしていたのもあって自制が効きにくくなっているようだ。
普段大人しい瀬戸の暴走を止められるのは、たった一人で……。
「彦」
「亜紀?」
「ここは、俺にやらせてくれ」
「けど……!」
「怪我は卯衣に治してもらった。だから、大丈夫だ」
卯衣の治癒で肋骨の骨折や諸々の傷は癒えた。
幼子に言い聞かせるような、珍しく穏やかな声色の亜紀の制止に対し、瀬戸は深く息を吐き、「君がそれでいいなら、僕は矛を収めるとしよう」と一歩下がった。
「悪いな、彦。だが――これは、俺がやらないといけないんだ」
亜紀は片手を差し出し、バチカルで剣ではなく――薙刀を出現させた。
「――花園。俺は蒼斗のようにお前を元の人間に戻すことはできない。そんな力ですら、持ち合わせちゃいない」
「亜紀さん……」
「だが――届かせて見せる。お前がそんなものに負けるような女じゃないと、信じている」
アストライア事件で、蒼斗が辰宮太一に寄生された星妃を呼び戻した時を思い出す。
蒼斗にできて、自分ができないはずがない。




