その蒼は
――パァン……ッ!
轟く銃声。
――だが、前触れもなく亜紀の上に影が差し、雨粒が遮られた。
同時に金属を斬る音が埠頭に反響した。
全てを叩く雨音だけが聞こえ、それが妙に静寂さを助長させていた。
亜紀は痛みが来ないことに異変を感じた。
そしてふと目を開き――絶句した。
撃ち込まれるはずだった銃弾は、亜紀に届く前に横に真二つに斬られ、無造作に地面に小さく弾み転がっていた。
「っこ、これはどういうことだ!」
亜紀の背後に人の気配を感じた。
気付いた時には、亜紀は布に包まれた。
亜紀が反応するよりも早く、第三者の腕が身体を引き寄せ、背中がその胸板に触れた。
限界だった亜紀は勢いに抗えず、全体重を後ろに預けてしまった。
「一人で何をしているんですか?」
覚えのある黒い外套に、視界の端に見える蒼白の大鎌。不貞腐れた声。
あぁ、何故お前は――。
「……命令に、背いたな……っ」
「はい。謝りますけど、反省はしていません」
言い返す言葉も見つからず、亜紀は蒼斗に寄りかかったまま。
「どうして全部背負っちゃうんですか?」
「言っただろう……俺の、勝手な事情に……お前を巻き込むつもりはな、い……」
「僕のために、一人で戦ってくれたんですね」
「自惚れる……な……っ、一人でも……十分だった。それだけだ」
「ありがとうございます」
「人の話を……」
「でも、少しくらい僕に頼ってください」
強めの口調が亜紀の言葉を遮った。
「僕は亜紀さんの相棒です。だから、何でもいいです。亜紀さんの負担を僕に分けて下さい」
海のように深い青の瞳に、目を見張る亜紀の顔が映る。
「僕だけじゃないです、卯衣ちゃんや彦さん、千葉さん……みんな……みんな、亜紀さんの力になりたいんです」
蒼斗は傷に障らないよう亜紀を担ぎ、死神が現れたと怯える男たちを見据えた。
その視界には蒼斗の纏う死神のオーラに威嚇する花園を捉え、苦しそうに目を細めた。
それから動揺する彼らの隙を突き、その場を離れて亜紀を安全な場所へと連れて行く。
追えという目黒の怒声を遠くに、辿り着いた埠頭の奥にある廃倉庫に亜紀をもたれ掛からせた。
ボロボロの身体を痛々しそうに見つめると、ポケットからハンカチを取り出し、一番怪我の酷い患部をきつく縛って止血する。
「亜紀さん、手を出してください」
「……?」
蒼斗の言葉に従って亜紀が手を出せば、彼はその手をパンと軽く叩いた。
それはまるで、選手交代を意味するやり取りだ。
「亜紀さんはここで待っていてください。目黒は僕が」
「蒼斗、お前……っ」
「ここからはバトンタッチです。後は僕に任せて下さい」
にっこりと笑いかけフードを被り直した蒼斗は、大鎌を握り、自分たちを血眼で探しているであろう目黒たちの怒鳴り声を聞いた。
声は、確実に近づいてる。
小さく息を吐き、元来た道を歩き始める。
「蒼斗」
呼びとめた掠れ声に、蒼斗は顔だけ振り返る。
「すぐに戻る。だから、……頼んだ」
か細い声を確かに聞いた蒼斗は、ふと微笑すると雨の中を走り出した。
少しすると、水を蹴る音が複数聞こえてきた。
物陰を背に様子を伺っていると、頭に血を昇らせた目黒の周辺のオーラが完全に闇に浸蝕されているのが見えた。――いや、彼は既に秘めていた闇をさらに助長させている、と言った方が正しいだろうか。
雷鳴轟く嵐のような天候の中、蒼斗は目黒たちの前に姿を見せた。
蒼斗の姿を見た部下の内の一人が小さく悲鳴を上げ、指差して出たぞ、と叫んだ。
「東崎は何処にやった?」
「これ以上、亜紀さんには近づけさせません」
「ほぉ、小僧ごときがオレたちに勝てるとでも? 死神といえど、この数相手じゃ無事では済まねぇぜ?」
「無用な気遣いですね。――言ったはずです、亜紀さんに近づけさせないと」
蒼斗は顔を目黒に向けたまま大鎌を回し、背後から襲って来た部下を薙ぎ払う。奇声を上げて濡れた地に倒れ込む部下の姿は人の形をしておらず、おぞましい姿に成り果てていた。
亜紀の時に銃弾を多く消費したのか、利用価値のなくなった銃を投げ捨て、鋭利な武器に変形させた腕を振り回し、蒼斗に牙を剥く。
恐怖なのか緊張なのか、息が荒い彼らを、蒼斗は目を細めて一瞥し、目黒を冷めた目で見据える。
端正な目黒の顔は目を見開き、狂喜の色を漂わせていた。
「あなたは、彼らの成れの果てを見ても恐れないんですか?」
「恐れる? まさか! 驚きはしても、恐怖を感じたことは一度もねぇよぉ。職業的に、恐れるものなんざなくなっちまったよ」
目黒は見るに堪えないその姿を見て共感を得ていた――彼らの帯びる狂気は自分と似ている、と。
より強さを求め、彼は狂魔となった彼らを見て、同志を得たような気分になった。
「それはあなたが既に狂魔に堕ちつつあるから感じるんです。人を恨み、人に恨まれる世界にいるあなたが、いずれそうなるとは見越していましたが、まさか自我がまだ残っているとは予想外でした」
「出来の違いだろうなぁ」
「悪い意味で、ですが」
誰を見ても、救える命が、何処にもいない――蒼斗は愁いを帯びた瞳を揺らした。
「APOCとして、あなたたちを狩らせて貰います。もうこれ以上、多くの人の命を利用し、傷付けるのを見過ごすわけにはいきません」
「へぇ、面白い」
「はったりだと思っているのでしたら結構ですよ――そして、そのまま思い込んで消えてください」
一歩大きく踏み出すと目にもとまらぬ速さで一人一人狩っていく。
目黒たちが蒼斗の姿を次に確認した時には、一帯は灰塵となった狂魔が広がっていた。
噂通りの力に目黒は素晴らしいと思いつつ、亜紀よりも一筋縄ではいきそうにないと眉間にシワを寄せた。




