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僕の憂鬱、新たな決意~大地編~

この第七部は大地目線でお送りします。

「……もう帰るの?大地」


 森山さんを自宅マンションの玄関まで送り届け、事務所へ戻ろうとした僕の背中に向かって、彼女がポツリと呟いた。


「帰りますよ。確かに自宅まで送りましたからね」


 早く帰ってゆっくりしたいという思いが強いのもあって、つい口調もきつくなる。


「そうよね。どうせ、大地は私のことなんか……」


 森山さんは言いかけて、口をつぐんだ。


 さっきまでの酔った勢いはどこへやら、今はすっかり落ち込んでいる。


 高野大地、大学生活も三年目に入った二十一歳。


 実を言うと、今回の相談者である森山香苗さんとは、同じ大学の先輩後輩の間柄だったりする。


 さらに、同じサークルに所属している。


 コミュニケーションサークルという、早い話が合コンサークルみたいな感じ。


 まあ、僕の場合は合コンが目的じゃなくて、他の大学生との交流を深めるというのが目的で入った訳なんだけど。


「森山さん、その事はもう……」


「分かってる。分かってるけど……」


 今にも泣き出しそうな表情の森山さん。


 うーむ、どうしたものか。


 男とすれば、大変有り難い話なんだよね。


 この際だから、カミングアウトしよう。


 実は僕、今年のバレンタインデーに森山さんからチョコレートを貰ったんだ。


 しかも、本命で……告白もされた。


 異性から告白された事なんて初めてだったことに加え、さらにその相手が憧れの先輩だったから、当然信じられなかった。


 それに、森山さんって学園祭企画のミスコンにも選ばれたことがあるくらいの人で、常に注目の存在だし。


「とにかく、今夜は早く寝た方がいい。自棄酒(やけざけ)なんて、あなたらしくもない」


 年上の人に対して偉そうだとは思ったけれど、言わずにはいられなかった。


「あの時、私の気持ちを受け取ってくれたのは何だったの?」


「森山さん……」


 確かに、キッパリと断れば良かったと後悔している。


 ただ、それが出来なかった。


 舞い上がりすぎて、冷静な状態じゃなかったといえば言い訳かもしれない。


 だから、今も変わらず彼女と僕は先輩後輩という関係だ。


 もし今、そういう関係になっていたらと思うと……考えただけでゾッとする。


 森山さんファンの男性陣の誹謗中傷が絶えないはずだ。


 僕も同じ気持ちだったら、乗り越えてみせると意気込むだろうけど。


「すみません。あの時、受け取るべきではありませんでした」


 詫びながら頭を下げる僕に、


「何よ、今更。これでも少しは期待してたのに……馬鹿みたい」


 森山さんはそう言うと、プイッとそっぽを向いた。


「……」


「分かったわよ!お酒の力を借りたとはいえ、改めて気持ちをぶつけたつもりだったけど、もう叶わないって確信したから」


 僕を振り返ることもなくそう言い切ると続けて、


「そうだ、あのお兄様にも謝っといて。嘘の相談をしてごめんなさいって」


 そして、森山さんはドアを開けるとそのまま部屋の中へ入っていった。


 はあーっ……女の人って難しいな。



「ただいまー」


 事務所へ戻るなり、僕の身体は目の前のソファに向かって一直線になだれ込む。


「おお、やっと帰ってきたか」


 兄さんが、待ちくたびれた様子で出迎えた。


 その証拠に、テーブルの上の灰皿には、いつにも増して吸い殻が刺さっていたのだから。


 時間的には三十分も経っていない筈だけど。


「大地さん、お疲れ様」


 ああ、陽向さんまで待っていてくれてたんだ。


 そして、僕の前に湯気が上るマグカップを差し出し、


「はい、コーヒー」


 と笑顔で渡してくれた。


「あ、ありがとうございます」


 僕は早速受け取ると、一口流し込んだ。


「目の前のマンションまで送るのに何分かかってんだ」


 兄さんが呆れたように言う。


 全く、人の気も知らないでよく言うよ。


「……今回の件だけど、これは森山さんの自作自演らしいんだ」


 とはいえ、僕にも少なからず原因はあるわけで。


 だから、回り道はせず単刀直入に切り出すことにした。


「はあっ?」


 案の定、兄さんの表情が一変した。


「ええっ!?」


 陽向さんも驚いたように目を見開く。


「大地、それはどういう事だ」


 に、兄さんの顔が怖い。


「う、うん……これには複雑な事情があって……」


 さすがに言いづらかったが、もう後には引けない。


 僕はコーヒーをもう一口流し込んでから、おもむろに口を開いた。


 森山さんとは同じ大学の先輩後輩であること、サークルで知り合ったこと。そして、今年のバレンタインデーのことまで話した。


 兄さんは黙って聞いていたが、


「お前って俺の前じゃ優等生を演じて、大学で本領発揮してんのか?なかなか隅に置けない弟だなあ」


 と言って豪快に笑った。


「僕は、どこでも同じだよっ。そんな器用なこと出来るわけないし!」


 僕は思わず声を荒げる。


 それに、ここには陽向さんもいるんだから、誤解を招くような表現は避けてほしいよ。


「だが、その件が今回とどう関係してるんだ?」


 兄さんは話の切り替えが早い。


「……お酒の力を借りてとか何とか言ってたけど」


「なるほど……真面目で清純な女子大生が一世一代の告白をする為に、酒の力を借りてまで大地に想いを伝えたかったということか」


 兄さんが、柄にもなく力説してる。


「や、大和さん……」


 陽向さんも呆気にとられた様子で、兄さんを見つめている。


「そうか。あの誰かに見られてるって内容の相談も、大地に気にかけて欲しかった気持ちの現れから出た嘘だったんだな」


 僕が言うより、兄さんが気付いて先に答えてくれた。


「ま、まあ、そういう事らしいんだ。森山さんも兄さんに謝っておいてくれと言ってた」


 何だか恥ずかしい。


「だけど、勿体ない話。それだけ想われてるのに断るなんて」


 陽向さんが、意地悪そうな目で僕を見ながら言う。


「……僕は、あくまで憧れの存在であって恋愛感情とかそんなつもりは……」


「堅いっ、堅いぞ大地っ!憧れから発展する場合もあるかもしれないんだぞ」


 今夜の兄さん、熱くなってる。


「そ、そうよっ!またとないチャンスだし」


 陽向さんまで一緒になって、僕に追い打ちをかけてくる。



 だからさ、もう終わったんだって。


 僕は、二人に気付かれないように溜息をつく。


 はあー……僕にはもう新たな気持ちが芽生えているというのにさ。


 無事に届く日は来るのだろうか。


 今、目の前で兄さんと盛り上がっている彼女に……。

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