週末便利屋の意外な結末~大和編~
この第六部は大和目線でお送りします。
「大和さん……どうでしょうか?」
陽向が不安そうな顔で俺をジッと見つめている。
「ん?なかなか美味いと思うが」
俺は、皿いっぱいに盛られた肉じゃがを一口つまんでから感想を言った。
「ほ、本当ですかっ?」
テーブルを挟んで向かい合って座っている陽向は、見るからに嬉しそうな様子だ。
高野大和、こう見えて実は三十歳。
そう言えば、最後に人の手料理ってのを食ったのはいつだったろうか。
商社マンである親父は、海外への転勤がきっかけでお袋を連れて日本を離れている。
もう、かれこれ一年になる。
俺はその時、今の会社で新しいプロジェクトの責任者として動き始めた頃だったし、弟の大地も大学生活が軌道に乗っていたこともあって、ここに残ることにした。
まあ住まいは別々ではあるが、こうして週末便利屋なるボランティアで、お互いの様子を確認しながら好きに過ごしているという感じだ。
そう、この目の前にいる陽向と出会う前までは。
「あんたって、意外と出来るんだな」
俺は素直に褒めたつもりだったが、
「い、意外とっていうのは余計ですっ!」
陽向は怒ったように言いながらも、お茶が入った湯呑みを皿の横に置く。
「人は見かけによらないという象徴を、目の当たりにしたからな」
「それも余計ですって!」
はぁー……全く女って面倒だ。
今夜は、ここの隣人の調査で来ているんだが、今のところ何の反応もない。
さっきも、煙草を吸うついでにベランダに出て様子を伺ってみたが、どうやら留守のようだ。
本当に狙われてんのか……昼間の彼女の態度を信じて引き受けたものの、今は少し疑問に感じている。
最悪、徹夜か……明日は日曜とはいえ、それは避けたい。
「大和さん、そんなに難しい顔をしてどうしたんですか?」
考え事をしていたら、陽向に声を掛けられた。
ああ、一瞬存在を忘れていた。
この為に、わざわざ晩飯を用意してくれていたのには正直驚いたが感謝している。
年の割には、ちゃんとしてるんだなと少し見直した。
「あんたは、どう思う?」
俺はふと聞いてみる。
勿論、今回の相談についてだ。
「え?どう思うって……」
陽向は首を傾げている。
「今回の相談についてだろ。空気を読め」
俺をジッと見ているから、てっきり把握しているものだと思ったが、その当ては外れていたようだ。
「空気を読めって……無理ですよ」
そう答えてうなだれてしまった。
少し言い過ぎたか。
これだから、女ってのは何を考えているか分かんねえし面倒な存在だ。
身近な人間から、もう少し優しくしてやれとか気持ちを考えてやれとか言われるが、今の俺にそんなことを思わせるような女はいない。
内心は、全く興味が無いといえば嘘になるし、むしろ好きな方だ。
ただ、そんな相手に出会っていないだけだ。
会社の同僚曰く『お前には女性の隠れファンが多い』らしい。
俺としては、隠れてないで正々堂々と出て来いと言いたい。
そうだな……この陽向みたいに、俺にぶつかって来るぐらいの勢いがあれば考えたりするんだろうが。
と、話が脱線してしまった。
「ごちそうさん。美味かったよ」
さっきは言い過ぎたと感じた詫びも含めて、俺は陽向に礼を言った。
「そうですか?良かったーっ!」
今までのうなだれた感はどこへやら、とたんに両手を顔の前に合わせて喜んでいる。
単純で可愛い妹みたいな存在だと思うくらいで、今の俺にはそれ以上の感情は無い。
まあ、弟の大地は少し気があるみたいだが……。
※
「~♪~♪~」
晩飯を食べ終えてじきに、俺のポケットの中で携帯が鳴った。
「ん?」
取り出して、その着信相手を確認する。
「大地からだ」
ピッ。
「あー、もしもし。どうした?」
電話に出ると、
『兄さんっ、助けてくれよー』
開口一番、大地の困惑しきったような声が聞こえてきた。
「もっと具体的に言え」
切羽詰まったとまでは感じられない様子だったこともあり、俺は冷静に対応する。
『今、森山さんって女の人が来てて……うわっ!』
森山?
どこかで聞いたような……ああ、今回の相談者じゃねえか。
部屋に戻って来ないと思ったら、事務所の方に行ってたのか。
「大地には、今回の相談者の名前を教えてなかったか?」
『えっ!?そう言えば、僕も聞くのを忘れてたよ』
大地もうっかりしていたようだ。
珍しいな。
「で、相談者の彼女がどうしたんだ?」
よく耳を澄ませて聞いてみると、時折ガタンと何かがぶつかる音や、大地以外の第三者の気配を感じるような声も伝わってくる。
『と、とにかく戻ってきて!僕だけじゃ無理!』
ブツッ。
「おいっ、大地っ!」
その後、俺の呼ぶ声が大地に届くことはなかった。
一方的にかけてきて切りやがった。
何だ……切羽詰まっていたのか。
とりあえず、手に負えない事情があるのは間違いないようだ。
「大和さん、どうしたんですか?」
後片付けを終えた陽向が、俺の側に駆け寄ってきて見上げる。
「さぁな……ひとまずヘルプ要請がかかったから戻る」
俺は、そのまま玄関へ急ぐ。
何のために、ここを拠点にしたか分かんねえな。
「じゃあ、あたしも……」
陽向もついてこようとする。
「あんたは来なくていい、俺だけで何とかなるだろうから」
そう言いながら制止したが、
「あたしもメンバーの一人なんですっ!ついて行きますっ!」
薄々予想はしていたが、案の定聞き入れる様子はない……全く、頑固な女だ。
「あーっ、もう勝手にしろ」
俺は靴のかかとを踏みながら、マンションの階段を走って下りていく。
五階建てだから、そもそもエレベーターなんてものは存在しない。
「やっ、大和さーん!下りるの早すぎますってば!」
上から陽向の声が聞こえてきたが、構ってやれる暇はない。
後でゆっくり来れば済むことだ。
「大地、大丈夫なの、か?」
事務所のドアを開けたとたん、俺は目を疑った。
「兄さん……僕、疲れた……」
ソファには、ぐったりと座り込む大地がいたのだが。
その大地のすぐ隣には、長い髪に白いワンピース姿の若い女、相談者の森山香苗が座っていた。
しかし、その目は虚ろで焦点が定まっていない様子……つまり、身体にアルコールが入り酔っている状態だということは一目瞭然だった。
おいおい、まだ夜の八時だぞ。
「さっきまで、僕に掴みかかるし暴れるしで大変だったんだ」
は?酒乱か?
嫌な予感が俺の脳裏をよぎる。
「はあはあっ……もうっ、大和さん……早すぎですっ」
その時、陽向が肩で息をしながら走ってきた。
「あっ、陽向さんまで来てくれたんですか」
疲れ切った大地の顔に明るさが戻ってきた。
やっぱりな。
弟よ、お前もすぐ顔に出るんだな。
「ち、ちょっとおーっ……大地ってば、私という彼女がいながら……」
ふと、森山香苗が大地の肩に寄りかかって睨みつけている。
「も、森山さんっ!人前で何てことをっ」
大地が慌てて口止めしている。
「お前たち、そんな仲だったのか?」
俺は笑いを堪えながら訊ねてみる。
「ええっ!?大地さんと香苗さんが……知らなかったです」
すると、俺の横から顔だけ出した陽向までもが驚いたように言った。
「どうやらそうみたいだぞ」
俺は陽向を見下ろして答えてやる。
「ひ、陽向さんまで悪乗りしないで下さい。また兄さんも、これ以上調子に乗らないでくれよ」
大地が珍しく動揺している。
「何よぉー……今日から大地は私の彼氏なのっ!取らないでよねっ!」
いくら酔っているとはいえ、会話に参加出来ているとは恐るべし。
「大地。男として、ちゃんと責任は取らないとな」
あー、もうおかしい。
いっそこのまま二人を付き合わせてやろうか。
「だから、いい加減にしてってば……」
反論する気も失せたのか、大地は酔ってグダグダの彼女を見つめる。
「さあ、森山さん。ひとまず家に帰りましょうか」
そう言うなり、彼女の身体を支えながら立たせてやっている。
「はーい、それでは皆さん、さよーならぁ」
対照的な表情で事務所を後にする二人を、俺と陽向は苦笑しながら見送っていた。
「結局、今回の相談って何だったんでしょうか」
そう呟きながら首を傾げる陽向の頭の上に、俺はごく自然に手を乗せた。
何故そうしたのかは、正直良く分からない。
陽向は少し驚いたように身体がビクッと反応しただけで、そのまま大人しくしていた。
あえて理由を挙げるとすれば、俺の後をついてこようと意地になる姿に、愛おしさを感じたことだろうか。
だが、俺は断言する。
決してロリコンではない。




