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週末便利屋のとある作戦開始

「ええーっ!!」


 それは、あたしの驚きの声で始まった。


「それが一番手っ取り早い」


 サラリと言う大和さん。


「そうですね……今回ばかりは、やむを得ないんじゃないですかね」


 半ば諦めが入ったような言い方をする大地さん。


「そんな作戦有り得ないですっ!」


 いつものように、シレッとした態度でソファに座っている大和さんを見て、さすがのあたしも反論した。


 そもそもの事の発端は、昼間の相談だ。


 あたしの住んでいるマンションの隣人、森山香苗さんからの相談で、ストーカーと思われる行動をしている人物を捕らえようというもの。


 その拠点を、何とあたしの部屋にしたいって大和さんが言ってきたのだ。


 相談者宅の隣ほど絶好の場所は無いし、これ以上の好都合も無いのが理由……それは分かりますけど。


 一日中、大和さんがあたしの部屋で張り込みだなんてそんな事……ああっ!どうしてくれよう。


「あんた、誤解してないか?」


 煙草を吸いながら呟く大和さん。


「何がですかっ」


 三畳のキッチンと六畳の洋間という1Kタイプの狭い空間に、大和さんと二人で張り込むなんて、あたしの心臓が危ない。


 きっと、途中で悲鳴をあげること間違い無しだ。


「俺は、あんたがここに来ることを渋々許したんだ。場所の提供ぐらいしてもバチは当たらんだろう」


 そう言って、吸った煙をフーッと吐いた。


 しかも、目の前にいるあたしの顔面に。


「ケホケホケホッ!」


 煙草を吸わないあたしは、当然咳き込む。


「もう兄さん、陽向さんに何てことを」


 さすがの大地さんも渋い表情をした。


「まあ、僕もここにいますから。何かあればすぐに駆けつけますよ」


 大地さんは、ここで待機というセッティングである。


 当然、何かあればすぐに対応出来るようにとの配慮もある。


「わっ、分かりましたよ!ゲホゲホッ」


 確かに大和さんの言う通り、あたしの強引なワガママもあって行き来させてもらっているのは否定できない。


「それに、俺にも選ぶ権利がある」


「……」


 それは、どういう事でしょうか?


 ……なんて、分かってますよ。


 大和さんにとって、あたしなんかまだまだ異性として対象外だって言いたいんでしょ。


「はいはい、分かってますよーだ」


 あたしは、わざと大きな声で言ってやった。


「陽向さん……」


 大地さんが、困ったように大和さんとあたしを交互に見ている。


 大人気ないのは百も承知。


 あたしの心の中で始まったばかりの淡い気持ちは、伝わるどころか永遠に叶うことすらないんだ。


「それで、大和さん」


 あたしは気を取り直して話しかける。


「何だ?」


 煙草をくわえたまま、大和さんがあたしを見る。


「場所の提供は、何時からの予定ですか?」


 ふと、壁に掛けてある時計に視線を向けると、午後三時を少し回ったところだ。


「俺はいつでも構わないが。ま、あんたの都合もあるだろうから、それに合わせる」


 確かに、部屋を少し掃除したかったのもあるし、買い物にも行きたかったところだ。


 言葉はぶっきらぼうだけど、強引なところもあるかと思えば、今みたいにこういう何気ない感じで気配りも出来る。


 参ったな、って感じ。


「そうですね。部屋の掃除して、お買い物も行きたいんで……あと一時間ほど頂けたら有り難いんですけど」


「一時間でいいのか?」


 えっ!?


「まあ、少しでも早い方がいいんじゃないかと思いまして。はい」


 あたしなりの気を遣ったつもりだったけれど。


「気の済むまでやればいい。俺としては夜からのつもりだったからな」


 はあっ?


 そっ、それならそうと始めから言って下さいよーっ!


 これで、せっかくの気遣いが水の泡になったじゃないですか。


 会話もいまいち噛み合わないし、上手に仲良くなれる方法はないのだろうか。


 弟の大地さんとは普通に接することが出来るのに。


「……ということで、午後六時から調査を開始するからな。それまでに用事を済ませておけよ」


 大和さんの言葉に、大地さんとあたしは顔を見合わせて頷いた。



 あー、やっぱりドキドキする。


 ていうか、落ち着かない。


 あと五分で午後六時。


 もうすぐ、あたしの部屋にあの大和さんが来る……はず。


 コンコン。


 ふと、玄関のドアがノックされた。


 き、来たよおおおおおーっっ!


 掃除もしたし、お風呂も済ませたし、そして晩ご飯も作ったし。


 服装も乱れは無いかな、と。


 今夜は、少し大きめサイズで赤いチェック柄の入ったシャツにジーンズというラフな格好にした。


 恐る恐るドアについているスコープを覗く。


「はいはいはーいっ!」


 ガチャ。


 相手を確認してドアを開ける。


「返事は一回だけでいい」


 ドアの前には、意外にも黒のジャージ姿の大和さんが立っていた。


 両手をポケットに突っ込んだ状態で、あたしを見下ろしている。


 何だか、調査というより彼女の家に遊びに来た彼氏みたいな雰囲気だ。


 あーあ……もしそうだったら、今頃あたしの感動は計り知れないものになっていただろう。


 おまけに、スーツ姿より若く見える。


 イケメンは何を着ても似合うから羨ましい。


 そして、初めて会った時のやや太めの黒縁眼鏡をかけていた。


「おいっ、何をボケーッと突っ立ってるんだ」


 やや不機嫌そうに言う大和さん。


「あ、はいはい。狭いですけど入って下さい」


 大和さんの言葉にハッとしたあたしは、慌てて中へ招き入れる。


「だから、返事は一回でいい」


「す、すみません……つい」


 謝りながら、靴を脱ぐ大和さんの背中を見つめるあたし。


 広くて大きいな……一度でいいから、こうガバッと抱き……。


「うわっ」


 本人を目の前にして、あたしってば何を考えてんのよっ!


「どうした?」


 大和さんが振り返る。


「あ、いや、何でもありませんですっ」


 そう答えているあたしの表情は、きっと引きつっているに違いない。


「……日本語が変だぞ」


 あはっ、あははー。


「それで、あたしにも何かする事はありませんか?」


 大和さんを奥の洋室に通しながら聞くと、


「いや、あんたは普通にしてていい」


「は、はあ」


 普通にって、大和さんがいる時点でそれは不可能です。


「それで、隣の彼女から何か連絡は?」


 あたしのベッドを背もたれにして座りながら、大和さんがあたしに訊ねる。


「それが、何も無いんですよ」


 キッチンでお茶の用意をしながら答えるあたし。


「ふーん、そっか……あと、ここは禁煙だよな」


 大和さんがそう答えながら、ポケットから煙草を取り出す。


「そうですね。灰皿も無いですし」


 灰皿を買っておけば良かったと後悔したけど、後の祭りだ。


「じゃあ、ベランダ貸して」


 そう言いながら立ち上がる大和さん。


「あ、どうぞ。でも煙草の灰が……」


「自然と落ちる」


 フッと意地悪っぽく笑う。


 ド、ドキッ!


 大和さんがあたしに向かって笑顔を見せてくれた。


 あー、神様。あたしは幸せ者です。


 そして、ベランダの手すりに肘をつき煙草に火をつけた。


 眼下に広がる都会の夜に、ライトアップされた街並みを眺めながら静かに煙草を吸う大和さんを、あたしは部屋の中からそっと見つめていた。


 今、この人は何を考えているんだろう。


 ほんの少しでも、あたしがその中に入れたらいいのに……そんな願望を抱いていた時。


「あんたもこっちに出てきたら?」


「えっ!?」


 これは、もしかしてじゃなくても誘ってくれてる?


 や、大和さんがあたしをっ?


「案外、気持ちいいぞ」


 そう言いながら、あたしの方を振り返った。


 う、嬉しいーっ!


 返事をするより早く、あたしは急いでベランダへ出た。


 と同時に、ふわっと心地良い夜風が吹いて思わず目を細める。


 あたしは、大和さんの肘に約数センチの間隔を置いて隣に立った。


「気持ちいいだろう」


 煙草をくわえたまま、あたしを見下ろす大和さんの表情はとても優しい。


 そんな表情されると、あたしみたいな純情な乙女はすごく緊張するんですけど……あとは少しの期待もしたりして。


「そうですねっ」


 あたしは満面の笑みを大和さんに向ける。


「……ふーん。あんたはそういう表情も出来るんだな」


 そう呟きながら苦笑いする大和さん。


「え?あたしの顔、変でしたかっ?」


 思わず両手で頬を挟むあたし。


 つい調子に乗って、変顔したかも。


「違うし。その逆だ」


 逆、ですか?


 変顔の逆は……。


「う、嘘だーっ!大和さん、大丈夫ですか!?」


 あたしは突然焦り出す。


「あんた、何言ってんだ?俺は、基本的にお世辞は言わない人間なんだ」


 い、いや、そういう台詞をサラッと言わないで下さいよ。


 すっごく嬉しいけど。


 今は、あたしの完全なる片思いなのは理解している。


 だけど、お世辞じゃない褒め言葉が大和さんの口から出たという事は……少しずつ距離は縮まってきていると思っていいよね。



 それから。


 大和さんとあたしの間に会話は殆ど無かったけれど、あの言葉だけで幸せな気分に浸っていた。 

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