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あの子のいる場所  作者: 水無月菜乃花


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第10話「帰る場所」

8月31日 夜。


いつもの公園のベンチで、一人ぼんやりと空を見上げていた。


陽菜を、先輩のところへ送り出した。


あれでよかった。


ちゃんと話して、ちゃんと仲直りして。


それが一番だ。


そう思っている。


……思っているのに、胸の奥は少しだけ痛かった。


タケシ兄ちゃんの時と同じ顔。


あの表情を見た瞬間、余計なことを言って引き止めるなんてできなかった。


「ちゃんと話してこい」


そう送り出したのは自分だ。


だから、これでいい。


そう何度も言い聞かせていると、スマホが震えた。


『先輩と仲直りできた! 今から会える?』


思わず笑ってしまう。


『いつもの公園にいる』


送ると、すぐに既読がついた。


『行く!』


相変わらず返信が早い。


その文字だけで、ちゃんと仲直りできたんだなと伝わってきた。


しばらくして、軽い足音が近づいてくる。


「颯太!」


顔を上げると、陽菜が小走りでこっちへ向かってきた。


「仲直りできたんだ」


「うん!」


その返事だけで十分だった。


さっきまであったぎこちなさは、もうどこにもない。


「先輩、ちゃんと謝ってくれて。私もちゃんと話せた」


「そっか」


「颯太のおかげ。ありがとう」


「別に」


照れくさくて頭を掻く。


「俺は何もしてないよ」


「したよ」


陽菜は首を横に振った。


「あのままだったら、私、また逃げてたかもしれない」


その言葉に、小3の時を思い出す。


「だから、本当にありがとう」


今度は素直に頷いた。


「ああ」


それだけで十分だった。


「あ、そうだ」


陽菜がバッグをごそごそと探り、小さな包みを取り出した。


「はい」


「……俺に?」


「開けてみて」


包みを開く。


中には、野球のグラブをかたどった小さなキーホルダーが入っていた。


「これ……」


「本当は試合の日に渡したかったんだけど」


陽菜が少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「あの時まだお給料入ってなくて」


「え?」


「今日、初めてのお給料だったの」


少し照れくさそうに続ける。


「最初のお給料で何か買おうって決めてて」


「颯太、野球好きだから」


言葉が出なかった。


初めての給料。


その大切なお金で。


自分のために選んでくれた。


「……ありがとう」


それしか言えない。


陽菜は笑う。


「そんなに喜んでもらえると思わなかった」


「嬉しいに決まってるだろ」


キーホルダーを見つめる。


絶対、これから先もずっと大事にする。迷わずそう思えた。


二人でしばらく夜空を眺める。


虫の声だけが静かに聞こえていた。


「ねえ、颯太」


陽菜がぽつりと言う。


「ん?」


「さっきさ、私に置いてかれそうって言ってたでしょ」


思わず苦笑いする。


「……言ったな」


「あれね」


少しだけ空を見上げてから続けた。


「私も、ずっと思ってた」


「え?」


「中学で颯太が野球始めてからら、どんどん上手くなって、レギュラーになって、新聞にも載って」


少し笑う。


「すごいなって思う反面、なんか一人だけ遠くに行っちゃう気がしてた」


思わず息を止める。


そんなこと、一度も知らなかった。


「だから私も、高校入ったら何か始めようって決めてた」


「その一つが、このバイト」


そういうことだったのか。


陽菜が迷わず店に飛び込んだ理由。


今になって、ようやく繋がった。


「……お互い様だったんだな」


「うん」


陽菜が笑う。


「颯太は私に置いてかれそうって思って」


「私は颯太に置いてかれそうって思ってた」


「変なの」


「いや」


俺も笑う。


「たぶん、それくらいがお互い様なんだよ」


陽菜は嬉しそうに頷いた。


「じゃあさ」

挿絵(By みてみん)

「これからも、お互い頑張ったこと、一番に報告しようね」


「うん」


自然とそう返事ができた。


夜空を見上げる。


これから先も、陽菜はきっと新しい場所へ行く。


新しい人と出会って、新しい景色を見る。


全部を一緒には歩けない。


それでもいい。


疲れた日も。


嬉しかった日も。


悔しかった日も。


「聞いて」


そう言って帰ってきてくれる場所でいられたら、それで十分だ。


俺もまた、そんな場所になりたい。


そう思えた。


「じゃあ、また明日」


陽菜が立ち上がる。


「ああ。また明日」


手の中のキーホルダーを握りしめる。


歩き出す陽菜の背中を見送りながら、不思議ともう寂しさはなかった。


夜風が静かに吹き抜ける。


それは、どこか優しい風だった。


完

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