第九話 魔力の鼓動
いつも『もう一度、あなたの声を。~音を知らなかった少女の異世界譚~』を読んでいただき、本当にありがとうございます。
第9話では、シルヴィアが新たな一歩を踏み出します。
これまで家族の愛情や温かな日常を描いてきましたが、ここから物語は少しずつ「魔法」という新たな世界へ進み始めます。
まだ大きな戦いはありません。
ですが、この小さな一歩が、シルヴィアの未来を大きく変えていくことになります。
ぜひ最後までお楽しみください。
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく照らしていた。
鳥たちのさえずり。
木々を揺らす風の音。
暖炉で薪が弾ける音。
この世界に生まれてから、毎日聞こえてくるその音が、私は大好きだった。
「おはよう、シルヴィア。」
お母さんの優しい声が聞こえる。
「おはよう、おかあさん。」
自然と笑顔がこぼれる。
前世では一度も聞くことのできなかった言葉。
それを今、私は当たり前のように交わせる。
それだけで幸せだった。
居間へ向かうと、お父さんが朝食の準備を手伝っていた。
「おっ、おはよう!」
「おはよう、おとうさん。」
一瞬、お父さんの動きが止まる。
それから照れくさそうに笑いながら、
「今日も元気だな。」
と頭を優しく撫でてくれた。
私は嬉しくなって、小さく笑う。
食事を終えた後、お母さんは庭へ出て洗濯物を干し始めた。
その様子を、私はじっと見つめる。
すると、お母さんは小さく息を吸い込んだ。
「――フレイム。」
詠唱と共に、小さな炎が手のひらに灯る。
その炎は洗濯物を乾かすための熱となり、柔らかな風と共に辺りへ広がっていく。
私は目を輝かせた。
(やっぱり……。)
(魔法ってすごい。)
何度見ても飽きない。
炎は怖いはずなのに、お母さんが使う魔法はどこか優しく、美しかった。
私はゆっくりとお母さんの服を引っ張る。
「おかあさん。」
「ん?」
私は真っすぐお母さんを見つめた。
「……まほう。」
「おしえて。」
お母さんは驚いたように目を瞬かせた。
「魔法を……覚えたいの?」
私は迷うことなく頷く。
「うん。」
その小さな返事に、お母さんは少し困ったように微笑んだ。
「ふふっ……。」
「そうね。」
「シルヴィアなら、いつか必ず魔法を使えるようになるわ。」
その言葉を聞いた私は、思わず身を乗り出した。
「ほんと?」
「ええ、本当よ。」
「でもね。」
お母さんは私の目線に合わせるようにしゃがみ込み、優しく頭を撫でる。
「魔法は、とても便利な力。」
「だけど、同時に人を傷つけることもできる力なの。」
私は静かに耳を傾ける。
「だから、魔法を学ぶ前に大切なのは、その力をどう使うかを知ること。」
「困っている人を助けるため。」
「大切な人を守るため。」
「そのために魔法はあるの。」
私はその言葉を胸の中で何度も繰り返した。
(守るため……。)
その言葉は、昨日お父さんが話してくれたことと同じだった。
――強さは、大切な人を守るためにある。
お母さんは優しく微笑む。
「あなたなら、きっと大丈夫。」
その時だった。
「おーい。」
薪を運び終えたお父さんが、こちらへ歩いてくる。
「何を話してるんだ?」
お母さんは少し笑いながら答えた。
「シルヴィアが、魔法を教えてほしいんですって。」
「ほぉ?」
お父さんは少し驚いたように私を見る。
「もうそんなことを考えるようになったのか。」
私は少し照れながらも、小さく頷いた。
「まほう……つかいたい。」
お父さんは腕を組み、少しだけ考え込む。
「うーん……。」
「少し早い気もするな。」
「普通なら、まだ遊びたい盛りだからな。」
お母さんも静かに頷く。
「ええ。でも、この子は少し違うわ。」
「物覚えも早いし、人の話もしっかり聞いている。」
「だから私は、一度だけ試してみてもいいと思うの。」
お父さんは私を見つめる。
期待に満ちた瞳。
その瞳を見て、小さく笑った。
「分かった。」
「ただし、無理はしないこと。」
「約束できるか?」
私は嬉しそうに笑いながら、大きく頷いた。
「うん!」
その返事を聞き、お母さんはゆっくりと私の手を取る。
「じゃあ、今日から始めましょう。」
「魔法を使うための、一番最初のお勉強を。」
私はごくりと息をのんだ。
胸が高鳴る。
いよいよ魔法を教えてもらえる。
そう思うだけで、自然と笑みがこぼれた。
お母さんは私の手を引き、庭の隅にある大きな木の下まで歩いていく。
「ここなら静かだから、集中しやすいわ。」
私は素直に頷いた。
お父さんも少し離れた場所で腕を組み、優しく見守っている。
「じゃあ、シルヴィア。」
「今日は魔法を使わないわ。」
私はきょとんとした。
「え?」
「魔法を使う前に、一番大切なことがあるの。」
お母さんは自分の胸へ手を添える。
「魔法は、魔力という力を使って生み出すもの。」
「でも、その魔力は目には見えない。」
「だから最初は、自分の中にある魔力を見つけるところから始めるのよ。」
私は真剣な表情で聞いていた。
「目を閉じて。」
言われた通り、ゆっくりと目を閉じる。
「深く息を吸って……。」
すぅ、と息を吸う。
「ゆっくり吐いて……。」
ふぅ……。
周りの音が少しずつ遠くなっていく。
鳥のさえずり。
風が木々を揺らす音。
葉が擦れ合う優しい音。
そのすべてを感じながら、私は静かに呼吸を繰り返した。
「焦らなくていいわ。」
「自分の身体の中を、ゆっくり探すような気持ちで。」
身体の中……。
私は意識を胸へ向ける。
何もない。
腕も。
足も。
お腹も。
どこにも何も感じない。
(やっぱり……分からない。)
少しだけ不安になる。
でも、お母さんの言葉を思い出した。
――焦らなくていい。
私はもう一度、静かに呼吸を整える。
その瞬間だった。
胸の奥深くで――。
とくん。
小さく、何かが脈打った気がした。
「……っ。」
今のは何だろう。
心臓とは少し違う。
もっと温かくて、優しい鼓動。
まるで、小さな光が胸の奥で目を覚ましたような感覚だった。
(これ……。)
(今のが……。)
私はその温もりを逃がさないよう、そっと意識を向け続けた。
胸の奥で、小さな温もりが静かに揺れている。
消えそうで、でも確かにそこにある。
私はその光をそっと包み込むように意識を向けた。
すると、その温もりは少しだけ大きくなった気がした。
「……っ。」
思わず小さく息をのむ。
身体がぽかぽかと温かい。
まるで春の日差しに包まれているような、不思議な感覚だった。
その様子を見ていたお母さんが、静かに声をかける。
「シルヴィア。」
「今、何か感じた?」
私はゆっくりと目を開けた。
目の前には、少し驚いた表情のお母さん。
私は胸に手を当てる。
「ここ……。」
「なんか……あったかい。」
その一言を聞いた瞬間、お母さんの表情が変わった。
「……本当に?」
私はこくりと頷く。
「ちいさい……ひかり、みたい。」
お母さんは思わず口元を押さえた。
「そんな……。」
少し離れた場所で見守っていたお父さんも近寄ってくる。
「どうした?」
お母さんは興奮を抑えながら、小さな声で答えた。
「この子……。」
「もう魔力を感じ取っています。」
「……!」
お父さんは驚いて私を見つめる。
「そんなに早く?」
「ええ。」
「普通なら何日、何週間……人によっては何か月もかかることなの。」
「それを、この子は初めてで……。」
お母さんは言葉を途中で止めた。
私は二人が驚いている理由が分からず、不思議そうに首を傾げる。
「だめ……だった?」
その言葉に、お母さんは慌てて首を横に振った。
「違うわ。」
「だめなんかじゃない。」
「むしろ、その逆よ。」
優しく私を抱き寄せながら微笑む。
「シルヴィア。」
「あなたには、魔法の才能があるのかもしれない。」
その言葉を聞いても、私はまだ実感が湧かなかった。
だけど胸の奥では、小さな鼓動が今も静かに脈打ち続けていた。
それはまるで――。
これから始まる新しい人生を祝福するような、優しく力強い鼓動だった。
私は胸へ手を当て、小さく微笑む。
(これが……。)
(魔力。)
(もっと知りたい。)
(もっと、強くなりたい。)
その小さな願いは、まだ誰にも聞こえない。
けれど、その鼓動だけは確かに、シルヴィアの未来へと続く第一歩を刻み始めていた。
第9話『魔力の鼓動』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
ついにシルヴィアが、自身の中に眠る魔力を感じ取ることができました。
派手な魔法を放つわけではありませんが、この瞬間こそ、彼女にとって本当の意味での始まりです。
これから魔力の扱い方を学び、少しずつ魔法を身につけながら、シルヴィアは新しい世界を知っていきます。
そして、魔法だけでなく、家族との温かな日々や、これから出会う仲間たちとの絆も丁寧に描いていきたいと思っています。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
次回はいよいよ、シルヴィアが初めて魔法に挑戦します。
ぜひ、第10話も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。
――藤田慎二




