第十一話 開かれた扉
いつも『もう一度、あなたの声を。~音を知らなかった少女の異世界譚~』を読んでいただき、本当にありがとうございます。
第二章『魔法への扉』が始まりました。
第十一話『開かれた扉』では、シルヴィアがこれまで知らなかった魔法の世界へ、本格的に足を踏み入れます。
火、水、風、土。
この世界には様々な魔法が存在し、それぞれが人々の暮らしを支えています。
戦うためだけではなく、誰かを助けるため、誰かを守るために存在する魔法。
シルヴィアはこれから、その力の意味を少しずつ学んでいきます。
小さな光から始まった彼女の魔法の物語が、どのように成長していくのか。
これからも温かく見守っていただけると嬉しいです。
朝日が窓から差し込み、小鳥たちのさえずりが家の中へ響いていた。
私はいつものように目を覚ますと、胸へそっと手を当てる。
静かに目を閉じる。
胸の奥では、小さな魔力が今日も優しく鼓動を刻んでいた。
少し前まで何も分からなかったこの温もりも、今ではすぐに感じ取ることができる。
私は自然と笑みを浮かべ、ベッドから降りた。
「おはよう、おかあさん。」
「おはよう、シルヴィア。」
居間へ向かうと、お父さんも笑顔で迎えてくれる。
「おはよう。」
「おはよう、おとうさん。」
いつものように三人で朝食を囲む。
この時間が、私は大好きだった。
食事を終えると、お母さんが食器を片付けながら私に微笑んだ。
「シルヴィア。」
「今日は、いつもの練習とは少し違うことをしましょう。」
私は首を傾げる。
「ちがうこと?」
「ええ。」
「あなたも、少しずつ魔力を扱えるようになってきたもの。」
「だから今日は、魔法についてもっと知ってもらおうと思うの。」
その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴る。
「ほんと!?」
私は思わず立ち上がった。
お母さんはくすりと笑う。
「ふふっ、そんなに嬉しい?」
「うん!」
その元気な返事に、お父さんも笑顔を浮かべた。
「よし、それじゃあ庭へ行こうか。」
三人で庭へ向かう。
柔らかな風が吹き抜け、草花が心地よさそうに揺れていた。
いつも魔力の練習をしている、大きな木の下。
お母さんは私の前にしゃがみ、優しく問いかける。
「シルヴィア。」
「魔法って、どんなものだと思う?」
私は少し考える。
「……ひをだしたり。」
「おみずをだしたり。」
「ひかりも。」
「そうね。」
「それも魔法。」
お母さんは微笑みながら頷いた。
「でも、本当の魔法はそれだけじゃないの。」
「え?」
「魔法は、人の暮らしを助けたり、傷ついた人を癒やしたり、寒い冬を暖かくしたり……。」
「人々の生活と一緒にある力なの。」
私は目を輝かせる。
戦うためだけじゃない。
誰かを助けるためにも使える。
魔法って、そんなにすごいものなんだ。
お母さんは一本の小枝を拾い上げる。
「そして、魔法にはそれぞれ得意な力があるわ。」
「火が得意な人。」
「水が得意な人。」
「風や土を自在に操る人。」
「回復魔法に優れた人もいれば、複数の属性を扱える人もいる。」
私は夢中になって聞いていた。
この世界は、私が思っていたよりずっと広くて、ずっと奥深い。
知らないことが、まだまだたくさんある。
胸の奥が、期待でいっぱいになっていく。
すると、お母さんは優しく笑いながら私の頭を撫でた。
「焦らなくて大丈夫。」
「今日から一つずつ、この世界の魔法を学んでいきましょう。」
私は力いっぱい頷いた。
「うん!」
その返事は、青く澄んだ空へと真っすぐ響いていった。
お母さんは私の返事に満足そうに頷くと、ゆっくり立ち上がった。
「それじゃあ、今日は実際に魔法を見ながら勉強しましょう。」
そう言うと、少しだけ距離を取る。
私は期待に胸を膨らませながら、その姿を見つめた。
「シルヴィア。」
「よく見ていて。」
お母さんは右手を静かに前へ差し出す。
深く息を吸い込み、魔力を練り上げるように目を閉じた。
次の瞬間――。
「──フレイム。」
手のひらの上に、小さな炎が生まれる。
「わぁ……。」
何度見ても、その光景には心を奪われる。
炎は赤く揺らめいているのに、不思議と恐ろしさは感じない。
まるで、お母さんの手の中で静かに踊っているようだった。
「これは火属性の初級魔法。」
「生活でもよく使われる、とても基本的な魔法よ。」
炎はやがて小さくなり、空気へ溶けるように消えていく。
「次は、これ。」
お母さんは今度は左手を前へ向けた。
空気が少しだけひんやりとする。
すると、手のひらの上に小さな水の球が浮かび上がった。
太陽の光を受けて、宝石のようにきらきらと輝いている。
「きれい……。」
思わず声が漏れる。
お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「これは水属性。」
「飲み水を出したり、畑へ水をあげたり、怪我を洗ったり……。」
「毎日の暮らしを支える、とても大切な魔法なの。」
私は炎と水。
二つの魔法を何度も見比べた。
同じ魔法なのに、こんなにも違う。
胸がどんどん高鳴っていく。
(私も……。)
(いつか、こんな魔法を使えるようになるのかな。)
その時だった。
お父さんが腕を組みながら、小さく笑う。
「さて。」
「シルヴィアは、どんな魔法が得意になるんだろうな。」
その何気ない一言に、お母さんも静かに頷いた。
「それはまだ分からないわ。」
「でも、もしかしたら……。」
お母さんは言葉を途中で止め、優しく私を見つめる。
「シルヴィアには、少し特別な才能が眠っているのかもしれないわね。」
私はその意味を、まだ知らなかった。
私は、お母さんの言葉が気になった。
「とくべつ……?」
お母さんは少し考えるように目を細める。
「ごめんなさい。」
「まだ決めつけるのは早いわね。」
「魔法は、一人ひとり違うものだから。」
私は小さく頷いた。
すると、お母さんは柔らかく微笑み、私の前にしゃがみ込む。
「シルヴィア。」
「今日は、あなたももう一度小さな光を出してみましょう。」
「うん!」
私は右手を胸の前へ伸ばす。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
胸の奥。
そこにある温かな魔力へ意識を向ける。
もう迷わない。
昨日よりも、その場所がはっきりと分かる。
魔力は静かに流れ始め、腕を伝い、指先へ集まっていく。
その時――。
ふわっ。
私の手のひらに、小さな光が灯った。
「できた!」
思わず嬉しくなって声を上げる。
お母さんも優しく頷いた。
「ええ。」
「前よりもずっと安定しているわ。」
私は光を見つめながら、小さく笑った。
すると、お母さんが静かに口を開く。
「実はね。」
「この光は、まだ魔法そのものじゃないの。」
「え?」
私は驚いてお母さんを見る。
「これは、魔力を外へ出す練習。」
「本当の魔法は、この魔力に『形』を与えることで初めて完成するの。」
私は光へ視線を戻した。
まだ始まったばかりなんだ。
そう思うと、不思議と悔しさよりも楽しみの方が大きかった。
「おかあさん。」
「はやく、おぼえたい!」
その言葉に、お母さんは優しく笑う。
「焦らなくても大丈夫。」
「魔法は、努力した分だけ必ず応えてくれるわ。」
お父さんも大きく頷く。
「シルヴィアならきっとできる。」
「私たちも、ずっと応援しているからな。」
二人の言葉を聞き、私は強く頷いた。
いつか、お母さんのように美しい魔法を。
いつか、お父さんが誇れるような強い魔法を。
その日を夢見ながら、私はもう一度、小さな光を見つめた。
その光は、これから開かれる大きな世界への道しるべのように、静かに輝いていた。
その日の夜。
私はベッドの中で、今日教えてもらったことを思い返していた。
炎。
水。
風。
土。
そして、まだ知らないたくさんの魔法。
目を閉じると、昼間に見たお母さんの魔法が浮かんでくる。
(すごかったな……。)
あんな風に魔法を使えたら。
誰かを助けられる力を持てたら。
そんなことを考えていると、扉がゆっくり開いた。
「まだ起きていたのか?」
お父さんだった。
「おとうさん。」
お父さんは笑いながら、ベッドの横へ座る。
「眠れないのか?」
私は少し考えてから頷いた。
「まほうのこと……かんがえてた。」
「そうか。」
お父さんは優しく私の頭を撫でる。
「シルヴィア。」
「魔法が使えるようになることは、もちろんすごいことだ。」
「でもな。」
「お父さんが一番嬉しいのは、お前が楽しそうにしていることなんだ。」
私は少し驚いた。
力があること。
特別であること。
そればかり考えていた。
でも、お父さんが見ているのは違った。
「たのしい……。」
「ああ。」
「魔法を覚えることも大事だ。」
「でも、笑顔でいられることの方が、もっと大事だと思う。」
私はその言葉を胸にしまった。
前世では、できないことばかりを気にしていた。
でも今は違う。
できないことがあっても、隣で支えてくれる人がいる。
「ありがとう……おとうさん。」
お父さんは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「どういたしまして。」
しばらくして、お父さんが部屋を出ていく。
一人になった私は、窓の外を見る。
夜空には、たくさんの星が輝いていた。
その時。
遠くから聞こえた小さな音に、私は耳を澄ませる。
風の音。
草木の揺れる音。
静かな夜の音。
私はそっと微笑んだ。
この世界には、まだ知らないことがたくさんある。
でも、それを知ることができる。
明日も。
その先も。
私は少しずつ進んでいく。
そして――。
まだ知らない魔法への扉は、ゆっくりと開き始めていた。
第十一話『開かれた扉』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
第二章では、シルヴィアが魔法という新しい世界へ進んでいきます。
第一章では、家族の温もりや幸せを知ることを中心に描きました。
そして第二章では、その幸せを胸に、シルヴィア自身の力で未来へ進んでいく姿を描いていきたいと思っています。
魔法は、ただ強くなるための力ではありません。
誰かを守るため。
誰かを助けるため。
そして、自分自身の可能性を広げるための力です。
これからシルヴィアがどんな魔法を覚え、どんな人たちと出会っていくのか。
ぜひ、これからの物語も楽しみにしていただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
――藤田慎二




