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死告天は瞬かない

協会秘蔵戦力『アズライール』とたかまの戦いが始まりました

 ポイント・ネモ海域で突如発生した爆発による海面隆起。それを確認した哨戒のアメリカ国籍イージス艦『アルスター』はその海域へと舵を向けた。この海域に立ち入る者はシースラット・スポール協会も各国の盗掘者も海賊すらも現在は居ないから尚更不思議だったのだ。



「ソナー、海中で何が起きている?! 報告せよ!!」



 海域沿岸部まで進んだアルスターのCIC内でソナー室に向かって艦長が命令を下す。



「こちらソナー。海中で魚雷の爆発を確認! 囮魚雷目指して通常弾頭の魚雷が四十八発爆発した物かと思われます!!」


「豪華な花火が過ぎるぞ。オーケー、他に情報は?」



 ソナーの反応に苦笑する艦長。



「その直後に魚雷六発を確認。一発は囮魚雷、もう一発は音響魚雷、残り四発は通常弾頭の魚雷です。現在海中では沈船や人工衛星の残骸が破壊され状況把握はこれが限界です」


「侵入した潜水艦の音紋は?」


「シースラット・スポール親衛隊の艦と――たか、ま……? です」


「たかま? あの反乱させられた原潜か? どうした、何故良い淀む?」


「いえ、艦長。他にも原潜が大量に確認出来まして……」


「何だと?!」



 彼はマイクから顔を上げ、



「いったい、何が起きている……?」



 独り呻いた。


◇◇◇


 たかまが親衛隊を無力化しポイント・ネモ海域に侵入した瞬間。六十隻の影が一斉に動き出した。影は全て攻撃型原潜で四十隻は速度二十ノットで散開するとポイント・ネモ海域外縁部を包囲網を構築し、残り二十隻はたかまを追跡する為に動く。静粛率(せいしゅくりつ)はどの艦も素晴らしくほとんど音が立たない。影に潜む狩人と言われたら納得だ。まず四十隻は深度二百に十隻を百メートル間隔に扇状に待機しパッシブ・ソナーでの警戒壁を構築する為にポイント・ネモ海域の出口へと回り込む。残りは十隻ずつ深度を変えて同じ様に待機し魚雷を装填し始める。突入部隊は四隻一組に分けて十ノットで前進、たかまを目指す。


 この沈黙艦隊(サイレント・サービス)こそ『アズライール潜水艦部隊』。シースラット・スポール協会が世界に隠している特殊原潜部隊だ。任務は『協会へ反発する勢力への武力介入及び撃破』という競技のジャッジやオルタニウム防衛のディープ・ガーディアン艦隊とは全く違う純粋な攻撃戦力だった。今回『たかま即時撃沈』という任務の為に『原潜部隊のみ』派遣された。



「……」



 アズライール旗艦の薄暗い戦闘指揮室(CIC)には目深に帽子を被り『青と白が混ざった淡い輝きの鉱石が填められたバッチ』を着けた無表情な少年姿の艦長が居た。それだけでない、CICからソナー室や魚雷発射管室までの士官下士官全員が十代の少年達で皆『同じバッチを装備していた』のだった。不思議な事に全員同じ様な見た目の姿で任務遂行という意志の光を宿した双眸の少年達だ。



「無音航行中のたかまは五ノットでポイント・ネモの出口に進んでいる。もうこちらも探知されているだろう。方位3-4-2へ向けて魚雷発射」



 少年艦長は冷静――を超えた無感情な口調で命令。それに応えてすぐに魚雷が四本発射された。



「『No1』艦長、たかまのエンジン音探知。急速潜航しました」


「やはりな。たかまはそんな艦だ。油断するな、追跡だ」



 ソナー室からの報告にも無感情に艦長が命令。アズライール達はたかまを追ってポイント・ネモ海域へと潜航していった。


◇◇◇


「ソナーよりCICへ。魚雷が四本来ます」



 たかまソナー室の深井蒼太から報告が来た。



「急速潜航。沈船の残骸を盾に潜り抜けよ」



 黒瀬龍太郎も冷静に命令し、黒瀬虎次郎も「了解、艦長」とスティックを操作し一瞬で海底付近まで潜航。原子炉排水システムに悪影響を与えずにそのまま宇宙ステーションとイージス艦の残骸がアーチ状になった場所を潜り抜けた。海中を疾走する魚雷はたかまの機動力に合わせられず沈船の残骸に命中し爆発。衝撃波がたかまを揺さぶるが平然と突破する。艦内が傾き乗員が押しつけられるが特に問題は無かった。



「ソナーよりCICへ。約二十隻近い原潜が本艦を追跡して来ます。速度は二十ノット、この残骸を完全に読み切っています」


「報告ありがとうソナー。さて――」



 ソナーに感謝を述べると黒瀬龍太郎は内海副長と弓月航海長を向いて、



「予想通りにアズライール、協会の秘蔵戦力が出てきた様だ。六十隻となれば潜水艦攻撃部隊のほぼ総出撃だ」



 意見を促す様に資料を片手に微笑んだ。そこに有るのは電子戦担当の御崎葵(みさき・あおい)と黒瀬本人が一緒に集めたシースラット・スポール協会の会計データや人員名簿や出資リストがあった。各国の血税や競技グッズの売り上げや世界的な違反品や密輸を巧みに資金洗浄してあるが兆を超える不明瞭な予算の分配。そして更に『不明瞭なボランティアやNPO、NGO団体からの人材登用』も『シースラット・スポール創設時』から毎月分見られ、これらを利用して作り出された部隊だというのは容易に想像出来た。



「艦長。どうやっても我々を撃沈したいのですね」



 弓月の返事に、



「そうだろう。本艦はシースラット・スポールという女性最大の権威を傷つけた。予想通りだ」



 黒瀬龍太郎はまっすぐに見ながら答えた。そして「前部タンクからメインタンクを排水(ブロー)して急速浮上。海底面から沈船の横を通過」と即座に命令した。たかま艦体と沈船の距離は五十メートルだが黒瀬虎次郎はその命令を容易くこなす。潜舵はおろか縦舵すら接触しない神業の操艦術だ。



「艦長。全艦隊が出撃して包囲網を構築しつつあると我々の突破は難しくなりますね」



 心配と気遣いの眼差しを浮かべる内海副長に、



「だがチャンスだ。このポイント・ネモ海域は全世界の軍事衛星や防衛艦隊が派遣されている海域だ。ここでアズライールを航行不能にすれば『協会が秘蔵戦力を保有している』光景を世界が知る事になる。突破しつつ反撃する」



 黒瀬艦長は静かに告げた。



「後方より更に魚雷四本接近。方位は0-6-2です」



 ソナー室からの報告に対して、



「更に急速潜航。沈船の傍をすり抜けろ」



 黒瀬龍太郎は黒瀬虎次郎に命令した。タンクに注水が始まり一気に潜航、たかま左右の朽ち果てたイージス艦の間を通過し魚雷を沈船にぶつけて回避する。艦内を衝撃波が響きまたしても凄まじい傾斜が襲うが乗員は慣れた様に対策する。



「そのまま面舵二十度。速度は二十ノットだ」


「了解」



 黒瀬虎次郎は命令通り海底面付近で更に針路を変更する。



「内海副長。蜃気楼システムの準備を。彼らとは万全の状態で戦いたい」


「了解しました」



 黒瀬龍太郎の命令通りにタッチパネルを六面艦長席に展開する内海綾。戦闘体勢は整った。



「今は彼らの『解放』は難しいかも知れない。だがここで出来る限りの事はやりたいものだ」



 ぽつりと洩らした黒瀬龍太郎の言葉は誰にも聞こえなかった。


◇◇◇


「ソナーよりCICへ。たかまは沈船の残骸に紛れました」


「そのまま警戒せよ。あの艦を即時撃沈するなら如何なる手段も駆使する。場合によっては相討ち覚悟で戦術核魚雷の使用も視野に入れよ」



 ソナーからの報告を受け取ったアズライール艦長はそう告げ虚空を睨む。その先はポイント・ネモ海域の闇が広がっている。沈船の残骸がたくさん在るこの海域は相手にとっては絶好の回避ポイントだろう。



「No2、海図(チャート)を」



 アズライール艦長は『No2』という少年副長にそう告げてポイント・ネモ海域の海図を準備させた。探索で見つかった沈船と各々の深度や海盆海嶺が描かれた海図を睨み攻撃体勢を決めるアズライール艦長。相手はたかまで協会から受けた任務は『即時撃沈』だ。如何なる犠牲を出してもしっかりやらねばならない。



「たかまを包囲が完成する海域に追い詰める必要があるな。全艦隊に変水層から秘匿回線で通達せよ。方位3-4-0、距離は五十キロメートルの『シーサーペントの巣穴』にたかまを追い詰める。ソナーの乱反射を利用しながら四十隻は先回り、追撃部隊は一隻ずつ一撃離脱の波状攻撃でたかまを浮上させない様にせよ、と」


「了解しました。艦長」



 アズライール艦長に副長は従い、全艦隊に命令した。


◇◇◇


 たかまは金属の密林を走っていた。黒瀬龍太郎の卓越した読みと黒瀬虎次郎の天才的な操舵技術を駆使して接近する魚雷を海底面や海上や沈船にぶつけて躱し、巧みに回避を続ける。



「CICよりソナーへ。相手の位置は把握出来るか?」



 黒瀬龍太郎の問いに、



「艦長。音が爆音に紛れたり乱反射して難しいです。ソナーデータをAIに解析させて下さい」



 ソナーから返事が来る。



「よろしい。副長、御崎葵と組んでソナーデータを解析して電子海図に落とし込みアズライール艦隊の本艦撃沈作戦を予測せよ」


「了解しました、艦長」



 返事と同時に内海綾は電子戦室と連絡しデータの解析をコンソールで開始した。乱反射している騒音と相手艦の音紋をAIで一つ一つ分離させ洗い出しおよその攻撃位置と回避航行からの移動位置を割り出してゆく。だが幾ら優秀な内海と御崎とはいってもすぐには不可能だなと黒瀬龍太郎は思っていた。


 だから一瞬、黒瀬龍太郎は『右目を閉じ』て熟考する。閉じた右目の瞼の裏には『震えている』沈船と人工衛星に埋もれた淡い深海が見えた。



「航海長。海底探査ソナーを打て。音は百ヘルツで強さは百八十デシベルに調節せよ」


「艦長。アズライールに見つかりますよ」


「もう探知されている。アズライールはこちらを指定海域に包囲して集中攻撃する作戦を組み立てているはずだ。反撃作戦の為に現在の海底や海域の詳細なデータと罠を作る時間が欲しい。ソナーの発射間隔はAI制御で誤差を無くし一秒毎の一定間隔で打て」


「了解しました」



 黒瀬龍太郎の命令に従い海底探査ソナーを打つ準備を始める弓月。



「相手艦隊は現在方位1-1-0から2-6-9で扇状に追跡中。速度は二十ノットです」


「艦長。アズライール艦隊の動きが読めました」



 内海綾が同時に報告した。



「よろしい。艦首及び艦尾魚雷発射管全門装填。艦尾の魚雷は威力二倍の弾頭にせよ。作戦開始、まずは海底探査ソナーを打て」



 黒瀬龍太郎艦長の指示に、



「了解」



 弓月航海長が音波探信を始めた。たかまは海底面を這う様に進む。


◇◇◇


「たかまの海底探査ソナー音を探知。とてつもなく打っています」



 旗艦のCICにソナーから報告が入る。



「そのまま探れ。たかまが海底面のデータを探りながら進むにしても他の意図もある筈だ」



 艦長のNo1はそう返した。相手はたかまと黒瀬龍太郎だ。警戒過多と油断は命取りだと知っている。一手を正確無比に潰し相手を制御して戦場を支配する。現在自分達が優位に立っている『数』と『攻撃回数』と『持久戦能力』を主力に攻めていく。


 この中で持久戦能力はこれ以上引き延ばせないかも知れないとNo1は見ていた。ポイント・ネモ海域は各国の巡視船や軍事衛星が立ち入らない様に見張っている海域だ。短期決戦で終わらせないと協会に秘蔵戦力が居るという事実が世界に知られ更にバッシングが進む。残り二つの優位性が主力だが沈船や人工衛星や宇宙ステーションの残骸が密集するこの海域であればそれも維持が厳しい。



(もっともたかまの事だ。それを見越してこの海域を戦場に選んだのだろう)



 CICの遥か先、各国の巡視船が立ち入らない様に見張っているこのポイント・ネモ海域の分厚い闇を見ながらそう感じるNo1艦長。彼はそっと、『左目』を閉じて瞼の裏を見る。そこには何も映らない筈だ。


 しかし『鉱石バッチ』が共鳴する様に輝きを増した瞬間。彼の瞼に『海中をソナー乱打して航行するたかまの姿』が垣間見れる。現在たかまは二十ノットで沈船の隙間をすり抜けている。さすが最新鋭の原潜、二百五十メートルの巨体とは思えない機動力だ。



「最前線の艦は魚雷を全門装填。たかまの後方目掛けて撃ち退路を潰せ。シーサーペントの巣穴に追い詰めるんだ」



 艦長の命令に従い全潜水艦達が魚雷発射管に注水。攻撃体勢を整え発射した。深度三百の海中をたかまに向かって魚雷が喰らいついてゆく。


◇◇◇


「やはり『装備』しているな」



 たかまCIC艦長席で黒瀬龍太郎は蜃気楼システムを操り海底探査ソナーの音を増幅しつつ『右目』を歪めて呟く。その様子はまるで羽虫が顔にしつこくまとわりついて困っていると言わんばかりだ。



「航海長、集めた海域データを出して欲しい」



 それを悟らせずに黒瀬龍太郎は要求した。弓月は「了解」と返すと艦長席のモニターにデータを出す。映し出されたデータには残骸と海底が酷いノイズが有りながらも何とか画像化されていた。



「微弱な熱源反応と対流や探知音に不審点が見られるな」


「艦長、この辺りはオルタニウムを盗掘したり逃亡者が撃沈されたり不法投棄していた海域という噂がありました」



 黒瀬龍太郎が読むデータを弓月航海長が補足する。



「なるほど。それならあの(・・)シーサーペントの巣穴が在ると見て間違いないな」



 黒瀬龍太郎の呟きに弓月航海長がごくりと唾を飲み込み内海副長が神妙に頷く。『シーサーペントの巣穴』、そこは不法投棄されたり海底に露出したオルタニウム鉱床が偶然に海水とエネルギー反応をして異常な海流『シーサーペント』や内部波を発生させている陥没穴海域だ。在るとは言われて来たもののここはポイント・ネモ海域は立ち入り禁止なので具体的な確認データは無いに等しい。



「艦長、在ると思いますか?」



 弓月航海長の問いに、



「我々は二年前に『本物の』シーサーペント海流を目撃したではないか。ならここにも存在する可能性は高い」



 声の芯に確信を込めて告げる黒瀬龍太郎だ。



「ソナーよりCICへ。方位1-6-7及び2-7-5から魚雷が接近。それぞれの方位から四発で合計八発、雷速は五十ノットです」



 瞬間。ソナーから報告が飛んで来る。それを聞いた黒瀬龍太郎はマイクを握ると、



「ソナー、その魚雷は本艦が狙いではない。軌跡を調べてくれ」



 静かにそう返した。そして「黒瀬操舵手。深度三百に下降、海底面を二十ノットでこのまま進め」と指示。



「ソナーから艦長へ。やはり狙いは本艦ではありません。直線セットで本艦後方二十メートルの沈船及び岩盤に向かってます」



 深度三百の海底面まで速やかに下降した瞬間、ソナーから報告が入る。黒瀬龍太郎は艦内放送のマイクを起動させ、



「諸君。これからアズライールは本艦を指定海域に追い詰め撃沈する作戦だ。冷静に持ち場を守れ、以上だ」



 静かに命令をする。艦内の空気が張り詰めた。その瞬間、相手の魚雷は予想通りに命中し爆発。衝撃波と濁流が同時にたかまに殺到する。



「海底探査ソナーは蜃気楼システムで強化して打ち続けよ。舵も針路もこのまま。衝撃波から回避だ」


「艦長。アズライール艦隊の罠はどうするつもりですか?」



 黒瀬龍太郎に尋ねる内海。彼は才色兼備の副長に向いて、



「副長。アズライールの数は多い、我々がいかに凄くても単艦だ。そしてアズライール側は我々の撃沈に時間をかけたくない可能性が高い。恐らくシーサーペントの巣穴で包囲して撃沈するはずだ。――そしてそこが、こちらの反撃チャンスでもある」



 まっすぐな眼差しで彼女に返した。


◇◇◇


 たかまは爆発を回避し、海底探査ソナーを打ちながら深度三百の分厚い闇と沈船を掻い潜っていた。朽ち果てたイージス艦や空母、宇宙ステーションが『小刻みに振動している』中を航行する。上をアズライール艦隊に取られているので浮上は不可能だしする必要性も無い。


 不意にたかまの艦体を『青と白の混ざった淡い輝き』が照り返す。静かな輝きは海底から薄い熱と同時に発せられ更に増してゆく。深海の闇を仄かに退けるそこには大小様々な大きさの青白い鉱石が無数に散らばり同じ色の鉱床が剥き出しになっていた。


 この輝きを放つ鉱石が『オルタニウム』。世界に新たな戦争を起こした鉱石だ。そしてここは地盤が崩れてオルタニウムが剥き出しになったりかつて密輸しようとして撃沈されたり投げ棄てられたオルタニウムが複雑な海流と内部波を創り出しているクレーター状の陥没穴――『シーサーペントの巣穴』だ。たかまがシーサーペントの巣穴に艦体を半分進入させた瞬間、黒瀬龍太郎は「対衝撃体勢を取れ」と全員にマイクで命令した。


 刹那。強力な内部波がたかまの艦体を海底に向け押しつけて浮力と航行能力を奪う。黒瀬虎次郎も額に汗を滲ませ舵を握るが中々思うように動かない。



「シーサーペントの巣穴と思われる海域に突入しました!」



 そのまま沈降をし続けるたかまCICで内海が叫んだ。



「全員持ち場を守れ。動揺はするな」



 それを受け黒瀬龍太郎は静かに命令。確信を込めた様な彼の口調が全体に広がり、恐慌の芽が完全に潰れる。



「ソナーよりCICへ。アズライール艦隊が集結しつつあります」


「総攻撃するつもりだろう。ソナー、おおよそどこに集結しているか分かるか?」



 凄まじい艦体振動の中で黒瀬龍太郎姿勢を保ちながら尋ねた。


「こちらソナー。本艦の後方距離約二千メートル深度二百。シーサーペントの巣穴外縁部です」


「ありがとう分かった。黒瀬虎次郎操舵手。艦回頭百八十度にして艦首を集結予定場所に向けよ、舵をしっかり頼む」


「了解」



 黒瀬龍太郎の命令を受けて黒瀬虎次郎は艦体を回し始めた。その間にもたかまの推進力は失われ沈降が進んでゆく。


 内海綾が一瞬、黒瀬龍太郎を見つめるが彼の眼差しに諦観の光は無い。本気でこのまま反撃作戦に出る予定らしい。ならば準じるだけだとコンソールを掴んで彼女もアズライールの予測を始めた。


◇◇◇


「シーサーペントの巣穴にたかまを発見! 現在内部波で浮上出来ず深度四百まで沈降中!!」



 ソナーから報告が飛んできた瞬間、



「全艦隊を集結。内部波に巻き込まれない外縁部に縦三隻で扇状に展開。全魚雷発射管に装填せよ」



 No1艦長は全部隊に命令を下した。



「ソナー。たかまの正確な位置を特定せよ!」


「No1艦長。その必要は有りません。たかまは回頭運動をしています。動きは百八十度、ちょうど我々の艦隊が集結する地点です」



 命令と同時にソナーから返って来た報告にNo1艦長は「回頭だと?」と顔をしかめた。たかまが反撃をするにしても単艦だ、あの艦長は火力不足なのも熟知している筈。それなのに音を出して自艦の位置を特定させた。


 ぞわりと背筋に寒気が走るNo1艦長。だがたかまを撃沈出来るチャンスなら見逃す訳にはいかない。追い詰める為に使った二十隻は現在再編成の為に攻撃部隊の千メートル後に退いており今は全魚雷発射管装填した旗艦以外の三十九隻を配置している。魚雷の飽和攻撃なら撃沈出来るのは間違いない。このまま攻撃するのが一番だろう。


 だから。



「全艦に指令。たかまを撃沈せよ」



 だから。彼は背中に冷や汗をかいて命令を下す。それに従い三十九隻の魚雷発射管が一隻六門全門開き、たかまに魚雷を放つ。


 これを躱す手段は無いだろうと、No1艦長は左目を閉じて瞼の裏に二百発は超える魚雷がたかま目掛けて殺到してゆくのを注意深く確認していた。


◇◇◇


 たかまは今、まな板に乗せられた魚になっていた。エンジン出力最大でも突破に時間がかかる乱海流と内部波に迫る大量の魚雷。二百発近い魚雷を全部受ければ深度千が潜航可能なたかまでも間違いなく持たないだろう。内部波に震える艦体は舵も中々動かない。



「……」



 しかし黒瀬龍太郎は全く動じていなかった。まるでタイミングを図る様にまっすぐに見据えている。



「艦長」



 内海綾が窺う様に尋ねる。信頼はしているが直面している現実に冷や汗をかいていたのだ。



「アップトリム二十、艦尾魚雷発射。雷数四発」



 見据えた黒瀬龍太郎は彼女に命令した。



「アップトリム二十! 艦尾魚雷発射。雷数四発!」



 刹那で内海綾も復唱。魚雷発射管室に命令する。そして命令を受けた黒瀬虎次郎は潜舵を上げて前部タンクを排水、アップトリムを二十度にした。


 同時に艦尾から魚雷が四発――先程装填した『通常の二倍の弾頭』の物だ――が放たれまっすぐ海底目指して走る。



「黒瀬虎次郎操舵手。ただちにアップトリムを最大。全タンク、ブロー準備。僕の命令と共にブローせよ」


「了解」



 潜舵を思い切り上に向ける黒瀬虎次郎。直後にオルタニウムの青白く輝く鉱床に魚雷が激突し岩盤を抉る程の大爆発が発生。それだけでは無い。何とオルタニウムが爆発に反応して海底から上昇流を作り出したのだ。



「後方より衝撃波が来ます!」



 脂汗の滲む弓月航海長が黒瀬龍太郎に報告。黒瀬龍太郎は艦内マイクを手に、



「全員衝撃に備えよ。黒瀬操舵手、全タンクブロー。艦に軽さを与えよ」



 全部署に命令を飛ばす。黒瀬虎次郎は「了解」と返すと兄の命令を全部こなした。同時に海底から衝撃波と上昇流が殺到し、たかまの強靭な外殻を叩く。そして少しずつ、艦体が上向きに上がっていった。



「艦長。浮力を確認! 艦が浮上します!!」



 汗を滲ませた内海綾が報告し、



「そのまま上向きの衝撃波に艦を乗せよ、浮上だ」



 黒瀬龍太郎は蜃気楼システムにデータを打ち込みながら冷静に返す。同時に艦体真下に無数の金属体反応。



「ソナーより艦長へ。相手魚雷は全て本艦の真下を通過」



 渡されたデータを黒瀬龍太郎が見ると鋼鉄の群れなす鮫はたかまを探知出来ずそのまま海底面へと喰らいついてゆく。魚雷の飽和攻撃は全部無力化された。命中した魚雷の爆発が始まるがたかまは蜃気楼システムをアクティブ・モードに切り替え幾つもの気泡を発生させたり音波で道を作り出して衝撃波を緩和させ致命傷を完全に防ぐ。


 海中を破壊し尽くす爆圧に乗せて浮上するたかま。そして深度がアズライール艦隊と並んだ瞬間――



「艦首魚雷発射管、全門開け」



 大地震のビル内みたく激震するCIC内で、黒瀬龍太郎は命令を下した。


 その瞬間魚雷が六発アズライール艦隊目掛けて疾走。海流と内部波に乱され少し下向きに傾斜が掛かるがこれも黒瀬龍太郎の計算内だ。何故なら魚雷は艦隊狙いではなく、付近のオルタニウム鉱床だったからだ。魚雷は全弾鉱床に激突し海中を揺るがす程の大爆発を起こし土砂と沈船の残骸をかき混ぜた混濁流と内部波、オルタニウムが反応した海流を巻き起こし。回避航行の前に推進力を根こそぎ奪い全艦を衝突もしくは座礁コースへと導く。アズライール艦隊も爆発圧を冷静に回避しようと努めるが次々と推進部や舵をやられて海底の泥と残骸に埋まってゆく。更に誘爆が起こり混濁流が勢いを増す。


 海底の爆発を蜃気楼システムで作り出した気泡で減衰させつつ勢いを利用し。たかまはそのまま内部波と海流を突き抜けシーサーペントの巣穴の縁を超えて浮上。脱出作戦は成功した。


 更に黒瀬龍太郎はまっすぐ前を見たまま新しい命令を下した。


◇◇◇


「全艦百八十度反転! 機関いっぱい脱出せよ!」



 突如発生した混濁流と内部波を前に。No1艦長が海中通信で思い切り叫ぶ。しかし混濁流で何も繋がらない。聞こえたのはせいぜい再攻撃の二十隻だけだ。回頭百八十度を始め沈船の海底面へと潜航、海底探査ソナーを打った。雑音が多過ぎて正確な海図が欲しいのが理由で奇しくも『たかまが放ち続けていたソナー音と同じ高周波』の音だった。


 刹那。朽ち果てた金属塊が崩壊を始めた。


◇◇◇


「艦長。アズライール艦隊の残像兵力は沈船の残骸を利用して逃げるつもりかと」



 シーサーペントの巣穴を脱出して爆音に紛れながら最大戦速で攻撃位置に向かう艦内で、内海綾は黒瀬龍太郎に尋ねた。



「そうだ、本艦に上を取られている以上その可能性が高い。『罠』を張って良かったよ」



 黒瀬龍太郎は内海綾に冷静に答えたのだ。


◇◇◇


「何が起こっている?!」



 いきなり崩落し始めた残骸の中で、No1艦長はNo2副長に質問した。



「分かりません!! 沈船や宇宙ステーション、人工衛星の残骸が崩壊しています!! ソナーを打った瞬間いきなりです!!」



 必死にコンソールを叩き各員の安否確認をするNo2副長。No1艦長は左目を閉じてバッチを共鳴させ瞼裏に海中の光景を垣間見る。


 そこでは混沌とした崩壊する海中が見える。何故か『微振動を起こしている残骸』と『何かに耐えられなくなって自壊している残骸』が同時に――



「しまった! そういう事か!! 全速で浮上せよ!!」


「全速浮上!! 艦長何か分かりましたか?!」



 復唱して問いかけるNo2副長。



「今までの海底探査ソナーはたかまの罠だ!! たかまは何度も連続でソナーを打ち続けて残骸を共鳴で壊れやすくしていたのだ!! 自分を利用して我々を誘導してな!! 全速浮上せよ!!」



 推測を述べながら浮上を促すNo1艦長。そう、彼の推測は当たっていた。たかまは自分が追い詰められる事を承知した上で海底を探る事と共鳴反応の罠を張っていたのだ。こちらが回避航行の時にマッピングする音響に合わせて崩壊する様にして。今は一時撤退し体勢を立て直さねばならない。冷や汗まみれで彼はそう思っていた。



「ソナーよりCICへ!! 原子力潜水艦たかまを前方約二千メートルで探知。現在こちらに向かって旋回中です!!」


「何?!」



 ソナーの報告を受け、No1艦長は左目を閉じてバッチを共鳴させる。土砂や残骸が暴れる乱流の中で確かにたかまが回頭していた。



「よろしい。ならば刺し違えてでも殺せ。機関全速、核魚雷装填!」


「了解!」



 No1艦長の命令に従ってアズライール旗艦が加速して直進、魚雷発射管に装填された。


◇◇◇


 向こうは必死になっているなと黒瀬龍太郎はこの現状に顔をしかめた。アズライール旗艦のこの操艦、きっと彼らは損得勘定を抜いて自分達のプライドを満たす為にこちらと相討ちに持ち込む作戦に出た可能性が高かった。きっとあの魚雷発射管に装填されているのは戦術核魚雷だろう。それ位は用意してあるはずだ。



「艦長! アズライール旗艦はまっすぐ本艦に来ます!!」



 弓月航海長が双眸を歪めて報告する。



「深度変更無し、針路は衝突コースだ」



 その命令にCIC内が沈黙する。現在たかまとアズライール旗艦はお互い千五百メートルは離れている。



「僕の合図を待って、探信音(ピンガー)を連続発射準備だ」



 冷静に告げる黒瀬龍太郎。互いの距離は千二百になる。



「艦長……ピンでは航行不能には出来ませんよ?」



 蜃気楼システムのタッチパネルを忙しなく操る黒瀬龍太郎に、内海綾が心配そうに話しかけた。互いの距離は五百。



「だからピンガーを使う。蜃気楼システムをアクティブ・モードにして最大音を更に増幅し連続発射させて攻撃能力を奪う。潜水艦の武器は魚雷やミサイルだけではない」


「なるほど、分かりました。黒瀬虎次郎操舵手! 舵はお願いします」


「了解」



 黒瀬龍太郎と内海綾の会話が終わった瞬間。黒瀬虎次郎がスティックをしっかり握る。たかまとアズライール旗艦との距離、五百五十。黒瀬龍太郎はもう蜃気楼システムで音波増幅と連続放射の準備を終えていた。



「今だ。ピンガー発射」



 黒瀬龍太郎の命令に従って探信音が飛び。彼はそのままタッチパネルの実行キーを押した。


◇◇◇


 後もう少しで逃走を許さない確実に核魚雷を撃ち込める位置まで来ると、No1艦長は血走った右目と閉ざした左目で前を見据えていた。たかまもそれに気づいて阻止しようとしているがもう間に合わない。何故ならこちらは自分の命と引き換えに撃沈するからだ。



「現在距離五百! たかま、針路も深度も変わらず!」


「核魚雷発射!!」



 CICで命令が飛び、



「発射よーい!!」



 魚雷発射ボタンが押されようとした刹那。


 海中を揺さぶる音波が連続で走る。波状超音波はアズライール旗艦の艦首を中心に艦体を震わせCICと発射管室発射管システムを一次的にダウンさせ。核魚雷発射のタイミングを奪う。



「今だ。アップトリム四十度、取り舵最大。アズライール旗艦を掠める様にすれ違って海底面へ導け」



 黒瀬龍太郎はその瞬間を見逃さずに命令を下す。そしてアズライール旗艦右舷に迫り彼らを海底面へと向かわせそのまますれ違い様に潜舵を破壊。たかまは距離五メートルを衝突する事無く突破する。


 アズライール旗艦はそのまま脆くなった沈船に衝突、座礁して魚雷発射管室に浸水が始まり攻撃不可能になる。



「全乗員、ただちに浸水していない区画に脱出せよ! 死傷者は出すな!!」



 浸水するアズライール旗艦のCICで艦長がマイクで全乗員に吼えた。しかし現在潜水艦とは思えない忙しなさが艦内を支配しており、返事が無くとも生存本能でしっかり動いているのが五感で感じれた。



「ソナー! たかまは探知出来るか?!」



 だから優先すべき確認をし、



「雑音が多過ぎて無理です! ですが海域を突破したのは事実かと!!」



 報告を聞いてNo1艦長は項垂れた。恐らくたかまは深々度千メートルに潜航して突破したに違いない。彼は青と白が混ざった淡い輝きの鉱石――『オルタニウム』を埋められたバッチを撫でた。



「……救助を待ち理事長に伝えよう。たかまを撃沈するには数だけでは足りない、と」



 浸水を止める為に艦長も動き始めた。彼らはまだ知らないがもう、この戦闘データと航行不能になった六十隻。そしてたかまが『無傷で海域を脱出した』事はポイント・ネモ海域外縁部の巡視船及び軍事衛星から確認されていた。


◇◇◇


 この日シースラット・スポール協会に非公式戦力の『アズライール』を保有していた事がたかまとの交戦で全世界に知れ渡った事。そして『たかまは六十隻を魚雷十発で全艦航行不能にした』という事実も世界に伝わった。


 死を告げる天使(アズライール)はたかまに瞬きをしなかった。

ここまで読んでいただいて誠にありがとうございます。また続きを書きますね

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