傲慢の結果
言動には責任が伴うものです
反乱逃亡した原子力潜水艦たかまの即時撃沈及びオルタニウム防衛任務をディープ・ガーディアン艦隊が永久的に凍結した瞬間、
「あの劣等種共が……!!」
イヴ・クロエは青筋を浮かべて歯ぎしりをしていた。高血圧から唇と耳たぶの区別がつかない位に紅潮した顔は激怒のお手本と言えるだろう。だがこれから起こる最悪のシナリオまでは意識が向いていない。それが彼女という存在の限界だった。
「どうしようあの劣等種――」
「私達の誇りを踏みにじって逃げた臆病者――」
「やっぱりディープ・ガーディアンも男なんだ――」
シースラット・スポール選手というアスリートの仮面が剥がれ、小娘の不安と愚痴を繰り返す選手達。
「こうなれば『アズライール』を派遣して『理事長』に話を出すしかあるまいわ。理事長や奴らなら仕止められる筈よ」
愚痴を聞き流しながらぎりぎりと歯軋りするイヴ・クロエ。浮かんだ青筋は今にでも破裂しそうだ。もしかしたら湯気も出ているかも知れない。脳卒中が心配である。
刹那。扉が勢いよく開かれ、
「す、すみません皆さん! 緊急報告です!!」
少し汚れた作業服姿の日本人の中年男性が血相を変えて飛び込んで来た。彼の名は灰原義典。ここシースラット・スポール協会で選手達やディープ・ガーディアン艦隊の艦船を修理や整備、補給を行っているエンジニアだ。
「何ですかオイルジャッポス。今は貴男の姿も顔も見たくないのですが」
それに対して見下した一瞥をイヴ・クロエは投げつけるとさっさと出ていけと手を振る。シースラット・スポール選手達も呼応する様に「やだ汚ないジャッポス来たわ」とひそひそと呟き携帯タブレットで写真を撮り出す。そして写真に落書きして皆で「え、何これ凄いブサイク!」とか「モテないわよねこんな弱者男性」など嗤い始めた。
「も、申し訳ございません。ですがすぐに伝えないといけない事態が……」
その言動に傷つきながらも。彼は懸命に進言する。
「やかましいオイルジャッポス! お前みたいな薄汚いエンジニア風情から我々シースラット・スポールが聞きたい話など無い!!」
そんな彼に。イヴは思い切り暴言を放つ。全シースラット選手達も『そーだそーだ!! 出ていけ臭くて汚ないジャッポス!!』と唱和する。まるで子供が罵る様な行動だ。とても十代後半から二十代の女性とは思えないが仕方がないだろう。彼女達は二十世紀の上部だけで腐りきった亭主関白の真似事をしているだけだからだ。
それを聞いた灰原は憮然とした表情で、
「判りました。ただ六女神様の親衛隊がディープ・ガーディアン艦隊の実弾を持ち出してたかまを追撃しに行ったとだけ伝えますっっ!!」
拳を握り締めて告げると。バタンと扉を乱暴に閉め部屋を出てゆく。
「何あれキモーい」
「おっさんはやっぱ人権無いわねー」
「あー臭い臭い。おっさん臭い。消臭剤撒かないと」
ゲラゲラと無知に嗤いながら消臭剤を撒く選手達と、
「ふん! これだから日本弱者男性は!! 我々の名誉を守る為の行動なんですからいちいち報告しなくて良いのです!! それよりさっさと理事長とアズライールに連絡を取りますわ!!」
腕組みして鼻を鳴らすイヴ・クロエ。その態度には下等生物を見る様な見下しがありありと見えた。
◇◇◇
「やってられるか!!」
怒り心頭でドックに帰りついた灰原義典は思い切り床に工具を叩きつけた。エンジニアの命である工具だが今は侮辱された怒りが勝っていた。
「お帰り義典さん。やっぱり聞かなかったのですか」
そこに一人の韓国人エンジニアの『キム・イジュン』がうんざりした顔で缶コーヒーを出しながら話しかけた。
「ああイジュンさん。連中は事の重大さが判ってないぜ」
ありがとうと言いながら灰原は缶コーヒーを受け取り酒の様に呷る。本当なら酒を呑みたいがここには無いから仕方がなく我慢した。
「実弾持ち出してたかまを撃沈なんて出来るもんか。あっちは最強の単艦でこっちは競技用だぞ」
「仕方がないですよ義典さん。連中はプライドが先に生まれてますから名誉以外は無いんですよ」
灰原とイジュン。互いに嘆息した。
「なぁイジュンさん。このままだと協会は非難の的だ。泥舟に乗ってないでお互い祖国に帰らないか? とはいっても飛行機が出るのは後半日かかるし出るかも怪しいがな……」
提案する灰原に、
「いや。私は帰りたくない」
ポツリと。イジュンが呟く。
「どうしてだい?」
「帰れば『オルカンス』や『グンカンス』とか後ろ指差されるからさ。おまけに『皿洗い』とか……」
コーヒーの缶を両手で震えるほど握り、イジュンは呟いた。オルカンス、グンカンス――それはどちらも自国男性を差別する造語だった。オルタ諸島勤務や軍役で『バカンスに出掛けている男共』という蔑称として過激なシースラット・スポール支持派が叫んでいて帰還した者達を傷つけている。皿洗いはもっと酷い。顔立ちや富豪が夜遊びで楽しんだ女性を押し付けて女性上位の家庭にする事だ。『強者が食い散らかして汚した皿を洗う』という言い回しで男性は『こんな者を貰う弱者』、女性は『使い古したプライドだけ高いゴミ』で二重に傷つける言葉だ。
「ああ……そうだな。イジュンさんの国は厳しいからな。言ってうちの国もATMとかゴミとか死んでナンボとか言われてるよ」
同情しながら灰原はコーヒーを飲み干した。
「私は日本に行きたいな」
ポツリと呟くイジュンに、
「へえ? 何でまた」
灰原は不思議そうに尋ねた。
「私日本のソシャゲやアニメや漫画が大好きだから支えたい。あの文化のお陰で楽しかったから」
いそいそとスマホを取り出すイジュン。
そこには日本の美少女の擬人化ソシャゲや異世界系の漫画やアニメのアプリがたくさんインストールされていて、大切にしているのが見て取れた。
「なら日本に来ると良い。仕事はブラックだし帰化は大変だがちゃんと尊重し合えば大丈夫だからな」
彼の趣味を全く馬鹿にせず灰原はそう返すと「飲み終えたか?」と尋ねイジュンの缶を受け取った。
「ま、その前にこの島が今は騒がしい。脱出までは少し時間がかかるな。缶は捨てておくぜ」
踵を返して手を振る灰原に、
「……コマウォ」
イジュンも感謝を述べた。
◇◇◇
たかま反乱逃亡から約十時間が経過したエデン海域から四百キロメートル、北西に離れた深海を貧弱な狼達が駆けている。群れの長は六女神親衛隊のリーダー『カミ・ヨシダ』。彼女は六女神の熱狂的な信者で整備士達から無理やり奪った実弾を装填した十二隻の潜水艦を引き連れ、無謀極まりないたかまの追撃をしていたのだ。しかしたかまは依然として見つからない。その事にカミ・ヨシダは苛立ちを隠せなかったが無理もない。たかまは低温核融合で原子炉の温排水温度も低ければ静粛率も並みの原潜を遥かに超えているのだから。プライドを傷つけられただけの怒りで長く潜航するのは不可能である。だんだんとカミの瞳に「何で劣等種如きが見つからない?」という身勝手な苛立ちと漫然とした飽きが浮かび集中力もほとんど欠いてきた、そんな表情だ。
刹那。ソナーに微かな反応が入る。深度千メートルで温排水と磁気反応を探知したのだ。
「見つけた! 深度千メートルにいるの原潜はたかまのクソガキよ!!」
ソナーコンソールを叩いて嫌らしい笑みを浮かべるカミ・ヨシダ。半端な茶髪に染めた黒髪が額に汗でくっつき、安物のピアスが輝いていた。
しかし……、
「クソ!! この深度じゃ私達も攻撃出来ないじゃない!!」
カミは思い切りコンソールに八つ当たりする。
そう、現在のたかまは深々度千メートルを航行中。彼女達シースラット・スポール専用の潜水艦は最新鋭とはいっても深度四百が精一杯だった。
「劣等種の分際で私達より高性能な艦に乗りやがって……。最強艦なら私達に寄越しなさいっての!!」
危機感がまるで無いのか艦橋内部で叫ぶカミ・ヨシダに、
『どうしますリーダー?!』
こちらもご丁寧に水中通話で話す親衛隊の隊員達。音の伝わり方が違う変水層に居る訳でも無いのに、今の自分達の状況がまるで理解出来ていないらしい。
「何とか威圧して指定海域に追い詰めなさい!! 方位は0-2-4よ!! ポンコツAIっ!! ぼさっとしてないで考える!!」
だがAIの回答より早く、たかまが動き始めた。
『リーダー! 劣等種達が深度千メートルから浮上してきてます!! 針路は0-2-4!!』
「チャンスよあんたら!! さっさとあの性能だけの劣等種を『ポイント・ネモ海域』に追い詰める為にエンジン音を最大にして威嚇しなさい!!」
色めき立ちながらカミは全親衛隊に指示を出した。
◇◇◇
「黒瀬艦長。後方から十二隻の潜水艦が来ています」
たかまのソナー室から報告が入る。深々度千メートルの黒瀬達は追跡している親衛隊の数を全部把握していた。
「よろしい。黒瀬操舵手。速度はこのままで少しずつ浮上、深度を五百にしろ。針路は0-2-4だ」
「了解」
龍太郎の命令を冷静にこなす虎次郎。たかまは彼の操縦に応えて水平を保ったまま深度をゆっくり上昇させる。
「艦長。このまま行けば選手達もあの『ポイント・ネモ海域』に着いてきますよ」
弓月航海長が黒瀬龍太郎に進言した瞬間、彼も頷く。
ポイント・ネモ『海域』。そこは全世界の異常気象で一番変貌した海域だ。かつては深度五千メートル以上だった到達不能極を中心点に半径五百キロメートルの海は平均二百、最大でも五百メートルしか無い浅海になり。昔墜落させた人工衛星や宇宙ステーションの残骸、果てはオルタニウム争奪戦で撃沈された空母やイージス艦や巡洋艦や潜水艦の沈船が数万隻は存在している潜水艦の機動力を発揮しにくい対潜水艦戦闘の難所――どころか侵入禁止海域である。
「そうだな。もう彼女達とは戦う理由が無いし事故死も怪我も回避すべきだ。海域侵入と同時に航行不能にしておこう」
淡々と事実を述べる口調で返答する黒瀬艦長。その眼差しは深海の闇と水圧を押し返す位に力強くまっすぐだ。
「黒瀬艦長、やはり貴方の予測通りにディープ・ガーディアン艦隊の追跡ではありませんね」
ソナーの情報を洗い出す内海副長に、
「ああ。マイクルさん達は協会や選手達からどんな無茶な要求をされても冷静に状況を判断して実行し続けた最高峰のサブマリナー達だ。恐らく要求されたであろう『本艦の即時撃沈』は断ったはずだ」
黒瀬龍太郎は優しく返事をした。その声音には彼らディープ・ガーディアン艦隊への深い信頼が見れた。国も生まれも腕前も違うが潜水艦乗りとして黒瀬龍太郎は皆の判断を見抜いていた。彼が内海副長に視線を向けると頷きながら艦内放送のマイクを手渡してくれた。
「さて諸君、ディープ・ガーディアン艦隊ではなくシースラット・スポール選手達がわざわざ追撃に来た。これが意味する事実は二つだ」
マイクを繋げて黒瀬龍太郎は全部署に告げる。
「一つはディープ・ガーディアンは我々と今現在は敵対はしなくなった。これはあくまで即時撃沈しないだけではない。オルタニウム防衛任務も凍結したと見て良いだろう。ただし各々の国の要請が有れば作戦展開はするものと覚悟せよ。もう一つは協会の秘蔵戦力『アズライール』が出てくる事だ。これも確定と見て良いだろう。何故なら協会には現状本艦と戦う戦力は無い。彼女達のプライドを守る為には彼らが出てくるのは当然であると判断する。本艦はこれより『ポイント・ネモ海域』へと潜航する。この海域は誰も侵入しない様に常に各国が監視している海域だ、ここでアズライールを壊滅させ全世界に真実を確認させよう。以上だ。総員、戦闘体勢」
事実と最悪の予測を全員に告げて。黒瀬龍太郎は覚悟を決めさせると放送を終了した。瞬間、艦内に静かな動きと緊張が漂い『艦長の指示通りに魚雷装填完了』の報告も入る。
「後四十秒で深度五百になります。ポイント・ネモ海域侵入まで二百メートル」
同時に弓月航海長も報告をする。
「よろしい。では深度五百で速度二十ノット。針路はそのままだ」
黒瀬龍太郎は命令をした。
◇◇◇
「現在の速度二十ノット。あいつら素直に追い詰められてるわ!」
ソナーからもたらされる情報を『太らない甘いお菓子を食べながらSNSを眺める専業主婦』みたいに舌舐りしてカミは見ていた。カミにとって黒瀬龍太郎はこの程度の威嚇で焦っている雑魚だと信じて疑わなかった。競技をしている選手でエデン海域戦を確認していたのに、判断力も分析力も現状把握能力もお世辞にも高いとは言えない人物だった。
そしてソナーを分析していたAIが。『たかまはポイント・ネモ海域外縁部に侵入』と告げる。
「よし。魚雷発射!! 他の選手も全部発射しなさい!!」
彼女の命令に従い全艦が魚雷を一斉発射した。四十ノットの魚雷は躊躇いなくたかまの音紋を追跡してゆく。たかまは二十ノット、変わらない。
「低能クソオスなんてこんなモンよ!! さっさと撃沈情報集めるわよ!! 皆全速!!」
間近で撃沈を確認したいカミはギラギラと欲望を滾らせた眼差しで親衛隊を引き連れ追跡してゆく。
刹那。彼女達のソナーが『方位1-7-6より魚雷接近』の警戒音を響かせた。
◇◇◇
「エンジン停止無音潜航。このまま沈船の上を五ノットで進め」
ポイント・ネモ海域に侵入した瞬間。黒瀬龍太郎はエンジンを停止させ、
「囮魚雷発射」
六番管から魚雷を発射させた。囮魚雷はたかまの音紋を模した音を放つ代物で選手達が攻撃に使った魚雷は正直に食らいついた。
「後方から十二隻の潜水艦が二十ノットで追跡して来ます」
それどころか本人達もそうだったらしい。たかまを飛び越えて向かう影の音をソナー室から報告を受ける。
「このまま進め。選手達が本艦を飛び越えたら一番から五番の発射管を開け」
静かに操舵手と魚雷発射管室に指示する黒瀬龍太郎。黒瀬虎次郎操舵手は艦体を惰性で進め沈船に当たらない様にゆっくりと水圧のヴェールを潜り抜けてゆく。
「シースラット・スポール選手十二隻。本艦の上方五十メートルを通過」
「魚雷発射管を全門開け」
ソナー長深井蒼太の報告を受けて黒瀬艦長はすかさず指示。魚雷発射管室から五本の魚雷が放たれた。
◇◇◇
「ちょっ、ちょっとどういう事よ?! 何で後ろから魚雷が来るのよっっ?!」
カミ・ヨシダ達親衛隊はパニックを起こしていた。たかまを追いかけて魚雷を放った瞬間に自分達の後方から魚雷が五本飛んで来たからだ。
「機関全速!! ボケっとしてないで回避航路を割り出せポンコツAIっっ!!」
脂汗で額に貼り付いた上手く染めれてない茶髪を振り払いコンソール画面を叩くカミ。他の親衛隊もパニックで航路を割り出しながら進もうとした。
だがそれより早く魚雷が一つ、爆発した。破壊はしない音響でソナーを一時的に麻痺させる魚雷だ。たかまの魚雷は役目を全うし選手達十二隻の耳を奪い方向を惑わせる。更に他魚雷が迫って来ているという事実に怯え操艦を誤りそのまま一隻、また一隻と親衛隊の潜水艦達は沈船の残骸に接触しスクリューや舵を破損して次々と航行不能になり座礁する。
「機関、全速……!! 回避!! 回避!!」
砂嵐のソナーコンソール画面に向かって耳を押さえて叫ぶカミ。微かに捉える音から魚雷はどうやら躱したらしい。AIからの指示は『このまま潜航して沈船の陰で躱す』と出ていた。カミはそれに従った。今までそれで切り抜けられない事態は無かったから。
「この騒音なら直線セットしか働かない! 私達も舐められたもんだわ!!」
カミは潜航して沈船の陰でエンジンを停止させる。直線ならこのまま魚雷は飛んで行くし良い回避だと自画自賛した。他の親衛隊艦も座礁していないのはそうして躱すだろう。カミは魚雷の探信音が来ないのにもほくそ笑んでいた。
そして。約十時間前の六女神艦隊を壊滅させた悲劇と黒瀬艦長の実力を、完全に忘れていた。確かに魚雷は『直線セット』だった。しかしそれは完璧に計算された魚雷で沈没した宇宙ステーションの残骸に命中。朽ち果てていた金属体を真っ二つにへし折り更に細かい破片群に変えてカミ・ヨシダの潜水艦上へと無慈悲に堆積させる。
「か、回避! 回避よ!! 急速浮上っっ!!」
カミが気づいた時にはもう遅過ぎた。艦体はほとんど瓦礫で埋もれ潜舵は破損、縦舵横舵も動かなくなってしまった。
「クソ! 浮かべ!! 浮かべこのポンコツがっっ!!」
「このまま無理な操縦をすると人命に関わると判断。ただちに艦内のエネルギーを人員保全の為に節約モードに移行します」
無理やり動かそうとしたカミ・ヨシダに降ってきたのはAIの無慈悲なアナウンスだった。「ふざけるな!」とカミは叫ぶもののAIはすでに無駄な照明を落として救助体勢を取っていた。
「誰か無事な艦は居ないの?!」
カミは水中マイクに向かってヒステリックに吠える。だが深海は木霊する事無く飲み干し、返信は来なかった。脱力したカミはズルズルとへたり込み項垂れた。
そんな彼女達に死傷者が一人も出てない事を確認すると、たかまは音に紛れて無音航行で通過して行く。親衛隊はそれを追跡する事も出来なくそして『未確認の原潜が数十隻ポイント・ネモ海域に侵入した』というソナー情報を見ている余裕も、無かった。
この時歴史には親衛隊のたかま撃沈作戦は『特に何の成果も出ないで完全に失敗した』と記された。
ここまで読んでいただいて誠にありがとうございます。また続きを書きますね




