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69 闇を隠し、王様は微笑む

砂浜から村へと続く道。

捕縛された十七名のアータバル軍人たちは、グルガル族の若者たちに促され、重い足取りで歩かされていた。


彼らにとって僕たちは、魔力を持たない異質で未知な存在だ。その困惑と恐怖が、時折漏れる荒い呼吸から伝わってくる。


僕は歩きながら、隣を行くガルシアに声を潜めて指示を出した。


「ガルシア。あいつらの武器は全部没収していいけど……後ろから五人目、あの金髪の男のポケットに、小さな箱状のものが入ってる。たぶん、本国と連絡を取るための通信機だと思う。それは取り上げないで」

「……そのような物を……。何故、取り上げないのですか?」

「今の僕の耳なら、あいつらが何を喋るか筒抜けだからね。アータバルという国の軍人の動き方とか、何か有益な情報を引き出せるかもしれない」


僕が淡々と告げると、ガルシアは感銘を受けたように深く頷いた。

布の上からでは不自然な膨らみにしか見えない小型の無線機だが、今の僕の視力なら、その形状まで手に取るように判別できる。


そうだ。このタイミングで聞いてみようかな。


「それで、村の再建はどうなってる?」

「はっ。村の東端に王の居殿を建設中でございます。王がすべての人間を排除してくださったおかげで、この島すべてが我らの大地となりましたが……。皆、やはり住み慣れたこの村を離れたくないようで。まずはここを、我らの故郷として作り直しております」


そう。島全土は僕たちのものになったけど、500万人のグルガル族がバラバラに散らばることはなかった。

みんなで協力して、かつての寂れた村を土台に、新しい街を築き上げようとしている。

 

今、村の東端では、僕たちの建築技術が存分に振るわれ、白亜の石材を用いた壮麗な王宮が形になりつつあった。

僕には分不相応なほど立派だが、ガルシアは「これこそが新国家の象徴になる」と譲らなかった。


……まあ、僕がどれくらいの間、王様であり続けるかなんて分からないし、別にいいか。




しばらく歩き続け、街の外れに並んで建てられた二十個の小さな石造りの個室が現れた。

やっぱりみんな、仕事早いな。


そこへ、軍人たちを一人ずつ収容していく。

「王よ、これからの見張りは我らにお任せを」

ガルシアがそう言ったが、僕は首を振った。


「いや、見張りは僕がやるよ」

「なっ……! 王様、それはダメです! 王様がなさることじゃありません!」


隣にいたカレンが、驚きと困惑を混ぜた声を上げる。

ガルシアもまた口を開こうとしたが、僕はそれを手で制した。


「いいんだ。今の僕は、三十分もあれば万全になるくらい、ほとんど寝なくても大丈夫な体になってる。それに、もし誰かが脱走しようとしても、僕なら確実に抑えられる。……今の僕が、一番の適任なんだよ」


僕の言葉には、抗いようのない説得力があった。

規格外のフィジカルに加え、魔法という超常の力を得てしまった僕。

彼らとの間には、もはや埋めようのないスペックの差ができている。

 

「左様でございますか。そこまで仰るのであれば。……ですが王よ、決して御無理はなさらないでください」

「夜ご飯の時間になったら、お食事をお持ちします!」


盗聴という別の目的も知っているガルシアは簡単に承知してくれた。

そしてカレンはまた来ると言い残し、二人は一礼して去っていった。




建設中の王宮や村の再建から響く槌音が、西に傾き始めた太陽の光に溶けていく。


十七名の軍人たちは全員、急造された石造りの個室に収容されている。


そして僕は一番端――あの小型の無線機を持つ金髪の男が閉じ込められた個室の、分厚い石壁に背中を預けて腰を下ろした。

 

壁一枚隔てた向こう側。

衣擦れの音。荒い鼻息。そして、震える指が小さな金属を弾く、カチッという微かな音が響いた。

 

……早速連絡するの?不用心だなぁ。

まあいいや。聞かせてよ。君たちの国のことを。

 

僕は目を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。

すると、石壁を伝って、男の押し殺したような、それでいて焦燥感に満ちた独白が漏れてきた。


「……クソッ。さっき魔法を発動させたから、今日はもう使えない……」


魔法の時間制限。

どうやらその無線機は、魔法を使用しないと動作しないみたいだ。

……ということは、この人は電気魔法師なのかな?


「日を跨いだらすぐ……いや、周囲を警戒しながら、タイミングを見て通信しないと……クソッ、何なんだあいつは……!」


男の震える声には、僕に対する純粋な恐怖が混じっている。


……一応、警戒するという冷静な判断はできてるみたいだ。

もしかしたら有益な情報は漏らさないかも。




その場に座り込み、数時間が経過した。


夜の帳が下り、村の喧騒が遠のいた頃。

不意に、暗闇の先から微かな足音が届いた。


……この歩幅は、カレンかな。


僕は座っていた壁際から、音もなくその音源へと移動した。


「えへへ。ジン君、喜んでくれるか……きゃっ!?」

 

暗闇から突然姿を現した僕に、カレンが小さく肩を跳ねさせた。手元の盆には、湯気の立つ器が乗っている。


「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ」

「あっ、いえ!驚いてしまいすみませんでした!」

「……食事、持ってきてくれたんだね。ありがと」


僕は彼女から食事を受け取ると、牢の中の音がギリギリ聞こえる程度の距離まで戻った。


「ここで食べさせてもらうよ」

「分かりました」

カレンが持ってきてくれた厚手のシートを地面に敷き、そこに腰を下ろす。


カレンは傍らで立ったままソワソワしている。

恐らく、王の隣に気安く座って良いのか分からないのだろう。


僕は隣をポンポンと叩いた。

「カレンも座ってよ。1人で座ってるとなんか変な感じだし。」

「あ……はい。お、お邪魔します」


おずおずと、彼女が僕の隣に腰を下ろす。

ランタンの灯りに照らされた彼女の横顔、前髪の編み込みが夜風に揺れていた。


しばらく無言で温かい、肉も入っている具沢山のスープを啜っていると、カレンが不安そうに僕を覗き込んできた。


「……あの、王様?」

「ん?どうしたの?」

「いえ。……その、少しだけお顔が怖かったので。今日は……特に…」


カレンの言葉に、僕はスプーンを止めた。


怖い顔……しちゃってたんだ。

しかも、『今日は特に』ということは、無意識のうちにいつも威圧感を振りまいていたことになる。

……気をつけてたはずなのに。


逃れられない責任と、やり場の無い、未だ収まらない怒りと悲しみ。

そんな考えに苛まれ、知らず知らずのうちに僕は「怖い王様」になっていたのかもしれない。


でもそんな個人の感情で、国民全員を不安にさせて良いはずがない。みんなを導く王様が、みんなを怖がらせてどうする。

これじゃあ、国民が心から笑える国なんて作れるはずがない。


……どうしたら、怖くなくなるかな。


僕は少し考えてから、彼女に一つの提案をすることにした。


「……ねえ、カレン。二人きりの時は、僕が王になる前みたいに『ジン君』って呼んでよ。そっちの方が、僕は嬉しいな」


先ほどの、彼女が独り言で僕のことを「ジン君」と呼んでいたことを思い出し、この提案をしてみた。


その瞬間、カレンの顔がカッと林檎のように赤くなった。

「で、できないですよっ! 王様なんだもん!」

「はは、王様に『だもん』って使っていいの?」

「しっ、失言でした! 申し訳ございません!」


慌てふためく彼女がおかしくて、僕は少しだけ笑った。

そして、そのまま彼女を見つめる。


「……カレン、お願い。僕のこと、これまでみたいに普通に呼んでくれる人がいなくなっちゃってさ。……僕、実はすごく寂しいんだ。二人きりの時だけでいいから、ダメかな?」

「あ、うぅ……」


カレンはさらに顔を赤くして、視線を泳がせた後、ぎゅっと拳を握って俯いた。


「じ……ジン、君」

「うん! ありがと、カレン!」


心の底からの笑顔を作り、彼女に向ける。

……あ、そうだ。

「それじゃあ、僕もこれまでみたいに『カレンさん』って呼んで、敬語に戻したほうがいいですか?」

「いやだ! それは変えないでっ!」


食い気味に返され、僕は思わず吹き出した。

「そう? それならこのままで。……はは、なんだか変な感じだね」


彼女は再度俯き、両手の指を絡めながら口を開いた。

「……ジン君」

「なに?」

「呼んでみただけ。……久しぶりだから、なんだか嬉しくて。えへへ」




カレンは僕より四つ年上だ。


幼い頃から、僕と、妹のナタリーと、幼馴染のアリエルの三人の面倒をずっと見てくれていた。

僕らにとって、彼女は絶対的な「お姉さん」だった。


小さい頃、僕はそんな彼女に憧れを抱いていた。


彼女は僕と2人になると、決まって手を繋いできた。

手を引かれる度に、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていたのを、今でも鮮明に覚えている。


彼女は僕が赤くなると、その場にしゃがみ込み、逃げ場を塞ぐように僕の顔を覗き込んできた。

「ジン君、顔が赤いよ?熱でもあるのかな?」

いたずらっぽく笑う彼女の瞳が至近距離で揺れるたび、僕は目を逸らすことしかできなかった。


彼女は昔から距離感が近く、その距離感に毎回たじろいでいた。

……後でナタリーやアリエルにそのことを話しても、「そんなことないよー普通だよー」とあっさり否定されたけれど。




少し照れくさそうに笑う彼女の表情を見て、昔のことを思い出し、ささくれ立っていた心が少しだけ軽くなる。

これからは彼女を含め、誰にも『怖い』なんて思われないように振る舞わなくちゃいけない。


……この胸の奥底で、音もなく広がり続けている『闇』を……ドス黒い感情を、決して悟られないように。


一先ずは、彼女の僕への恐怖が消えたのだと信じたい。

そしてそれが叶うのなら、次は王として、国民全員が心から安らげる居場所を築き、守り抜く。


そのために僕は、この『闇』を飼い慣らさないといけない。




そんなことを考えていると、ふと体に魔法を使える感覚が鮮明に蘇った。


24時を、回った。


ということは、あの通信兵もいつでも本国へ連絡できるようになったということだ。

……仕事の時間、かな。


僕は立ち上がり、カレンに向き直る。

それを受け、彼女も「あっ」と声を漏らし、慌ててシートから立ち上がった。


「ご馳走様。おいしかったよ。……もう遅いし、カレンはお家に帰りなよ」

「ううん、私もジン君と一緒に見張りさせて」


即座に返ってきた言葉に、僕は少し困ってしまった。

……ここは、僕が一人で見張りを請け負う理由をちゃんと説明して、理解してもらおう。


「気持ちは嬉しいけど、できれば一人で見張りしたいんだ。実はさっきの連中の中に一人、通信機を持ってるヤツがいてね。そいつが国に連絡を入れるのを盗み聞きしたいんだよ。だから、コイツらを油断させるために、僕一人で見張りをした方が都合がいいんだ」

 

その説明を聞き、カレンは少し考える素振りを見せた。そして、真っ直ぐに僕の目を見て口を開く。


「それなら尚更、私もいた方がいいと思うよ。私がその通信機を持ってる人から見えるように、背中を向けて遠くで見張りをしてたら……その人も『見張りが緩んでる』って油断して、通信しやすくなるんじゃないかな?」


……なるほど。一理ある気がする。

 

昼間ガルシアに言われたことといい、今の提案といい、やっぱり僕はあまり策略を巡らせるのが得意じゃないみたいだ。

……今後もカレンやガルシアには、かなりお世話になっちゃうかもな。もっと王として精進しないと。


「そう……かもしれないね。でも、もうかなり遅くなってきたけど大丈夫? 疲れてるなら、早く帰って寝てほしいんだけど」

「一日くらい寝なくたって全然へっちゃらだよ! 久しぶりにジン君とお話しできて、やる気もフル充電できたしね! えへへ」


僕より背の高い彼女は、いたずらっぽく腰を曲げ、僕の顔の真正面に自分の顔がくるようにして、はにかんだ。

……やっぱり、この人は距離感が近いと思うなぁ。


「……そっか。それなら、今夜は甘えさせてもらおうかな。でも、明日からは見張り役を他にも数人入れないとだね。毎晩カレンに頼み込むわけにはいかないから」

「私は……別に、毎日でもいいのに」

カレンは少しだけ口を尖らせ、拗ねるような仕草を見せた。


「だーめ。この仕事を1人だけにお願いすることはできません。王命だぞー?」

「わあ、権力の乱用だ!……はーい、わかりましたよー、王様」


彼女はわざとらしく畏まって見せた後、えへへっと楽しそうに笑った。


……そうだ。「今後のこと」について話しておきたいし、明日の見張りはアイツにお願いしよう。


「ねえ、カレン。明日の見張りなんだけど、ネイトにお願いしたいな。明日の朝になったら、ネイトにここに来てって伝えてもらえる?」

「もちろん! 任せておいて!」

笑顔で二つ返事。ありがとね。


「よし、それじゃあ。人生初の見張りを、二人で頑張ってみますか!」

「そうだね! でも、ただ座ってるだけだとつまんなそうだなー。……たまにジン君に会いに行っていい?」

「だめでーす」

「はは、冗談だよっ」


そんな軽口を叩き合いながら、僕らは夜の闇に沈む檻の方へと歩き始めた。

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