エピローグ
ヴァルデンシュタイン王国、王都にあるリューベルク公爵家のタウンハウスにて。
領地から戻ってきた初冬の夜は、春の宵とは違う深く冷たい青の色をしていた。窓の向こうでは、街路に並ぶ街灯が、寝静まった都の通りを点々と照らしている。
寝衣に着替えたレティシアは、寝台に腰掛けてしばらく動かなかった。肩から流れ落ちている、絹のような白金の髪。指でそれを撫でながら、レティシアは、深く息を吸う。
(さあ、まいりましょう)
ラヴィはマティルダが回収していった。アルベルトが隣室で執務をしているのは確認済みだ。王都を離れていた分、仕事が溜まっていると言っていた。
レティシアは寝台から立ち上がると、寝衣の上に薄手のショールを羽織った。足に心臓がついているかのような心地になりながら、寝室の奥にある扉の前に立つ。
心臓が、痛いほど早く打った。
(女は度胸ですものね、お母様)
胸の中で、母の教えを何度も繰り返す。そうして、手の甲で扉をコツコツとノックした。
「……どうしたんだ、レティシア。こんな時間に」
仕事の続きでもしていたのだろう、すぐに扉が開かれる。
戸口の前にレティシアの姿を見つけたアルベルトが、息を呑んだ。短い沈黙のあと、戸惑いを孕んだ低い声が返ってくる。
レティシアは寝衣に薄いショール一枚で、長い白金の髪をそのまま下ろしている。
「レ、レティシア……?」
アルベルトが困っているのが分かるが、レティシアもそれどころではない。
頬が燃えるように熱いし、心臓は、いまにも壊れてしまいそうなほど早く打っている。
それでも、レティシアはまっすぐにアルベルトを見上げ、震えそうな唇を開いた。
「アルベルト、さま」
深く、ひとつ息を吸う。
「アルメリアの教えを果たすため、わたし、夜這いに参りました!」
声に出してしまえば、それは、自分でも驚くほど澄んで響いた。
あの春の夜、晩餐の間でアルベルトが顔を真っ赤にして叫んでいたあの問いに、レティシア自身の足で運んできた、確かな答えだった。
アルベルトの紫紺の瞳が、見開かれたまま、しばらく動かない。
いつもの落ち着き払った氷の公爵が、顔を耳まで真っ赤にして、口を開きかけては閉じ、また開きかける、ということを何度か繰り返している。
「……っ、君、それは、本気で、言っているのか」
「もちろん、本気です」
レティシアは、頬を熱くしながら、けれどしっかりと頷いた。
母と同じアルメリアの血が、確かにレティシアに流れている。とんでもない習わしではあるが、今はそれに従いたい。
「アルベルト様のお部屋に、入れていただけますか?」
アルベルトは、深く息を吐いてから、片手で顔を覆う。
「……ああ、もちろんだ」
けれどその指のあいだから覗いた瞳には、長いあいだ祈り続けて、ようやく届いた願いを受け取る人の、深い深い喜びが、満ちていた。
夫の手が、レティシアの腰をそっと抱き寄せて、部屋の中へと招き入れる。
扉が、静かに閉ざされる。
窓の外では、美しい星空がただ静かに広がっていた。
──政略結婚から始まったすれ違い夫婦の物語は、今ここからようやく始まるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
最後駆け足になってしまいましたが、書きたいゴールには到達しました!
本編としてはここまでで一旦完結とし、随時番外編や特別編を執筆できればと思っているので、ゆっくりお待ちくださいませ…!
途中大きく時間が空いてしまい申し訳ありませんでした。最後までありがとうございます。
また何か別のお話でお会いできますように。




