ローゼンクロス辺境伯家の晩餐
さて、ハーパンをちらつかせてひと通りフィアについての情報をルシウス兄さんに吐かせた俺はひとり嘆息していた。
「・・・元カイム第2王子の、ね。と言うことはやっぱりあの時の子か。ならギルのやつ、まさかはかってないよな?」
そう思いながらも資料をルシウス兄さんのデスクの上に返せば。
「あぁ、セシナたんが穿いたハーパンっ!」
そう言ってハーパンを抱きしめくんかくんかしながらカーペットの上でごろごろしているルシウス兄さんを無視して、ルシウス兄さんの書斎を出た。
と言うかあのハーパンは別に俺が穿いたわけじゃなくて、以前仕立て屋で余っていた既製品をもしもの時ようにちょっくら購入していたものだ。因みに俺は一度も脚を通していないのだが黙っておこう。
自分の書斎に戻り、椅子に腰かければそれを待っていたかのように傍らに影が出現する。
「ん?何かあった?」
『ギルバート殿下から書状をお預かりしております』
影が差しだしてきた書状を受け取りその中身を確認する。
その中身は・・・
「ギルの婚約発表パーティー・・・。あぁ、そうか。ギルも婚約したんだった」
しかもフィアを振って、横恋慕してきた人間の王女と。それに俺とフィアに来いと?しかもご丁寧に俺とフィアの名前入りである。
「だけどまぁ、ギルの婚約者があの“フィア”だったなら俺もさすがに止めていたけども」
ギルとフィアの婚約の直前になって横恋慕してきた人間の王女・ジュリアンヌか。
「念のためジュリアンヌの調査を頼む」
フィアが傷ついたら困るから、準備は念入りにしないと。そう、影に命じれば「御意」と呟いて颯爽と姿を消す。早速任務に赴いたようである。
「さて、次はパーティー用の礼装の準備か・・・」
「そのことですが、セシナさま」
音もなく現れたメイドに俺は顔を上げる。目の前にはフィアの世話を頼んだメイドのエリンが立っていた。水色のセミロングの髪に、落ち着いた水色の双眸を持つ18歳の少女であるエリンは、俺と同じく人間と吸血鬼の混血であった。
「何かあったか?」
「フィアナさまの服の件です。ご実家から4~5着の簡素なワンピースをお持ちになったのですが」
4~5着ね。貴族・・・それも公爵令嬢が持つ服としては明らかに少ないし、簡素なワンピースか。元々彼女自身が落ち着いたものが好きなのかもしれないが。それにしても妙だな。そこら辺はあちらに残してきた影が定期的に報告をあげてくると思うけど。
「長年大事にしていると仰っておりましたが・・・その、新調されることをお勧めします」
「・・・」
何だか残念そうな妹もいたしな。これは何かありそうだ。
「取り敢えず、今すぐ用意できる女性ものの服を仕立て屋から取り寄せておいて。ドレスもオーダーするからその時に残りの服を一緒に新調しよう」
「畏まりました。では、明日仕立て屋を呼べるか確認しましょう」
「あぁ、よろしく」
明日とは急かもしれないが、辺境伯家おかかえの仕立て屋なので何もなければすぐにでも手配できる。まぁ、フィアの普段着の件もあるからな。
―――
晩餐では俺たち兄弟とフィアで共にとることとなった。フィアの好きだと言ったキノコを使ったソテーやパスタも並んでいる。
そして、晩餐でのフィアのワンピースは急遽仕立て屋が届けてくれた既製品のもので、間に合ったことに思わずエリンがほっとしていた。相当着古したものを普段から着ていたのだろうか。単に物持ちがいい、と言うだけならいいんだけどな。
落ち着いた茶色のワンピースを纏い、ハーフアップに髪を結ってもらっているフィアは、ウチの料理にも目を輝かせて喜んでくれている。
その様子に思わずほっとする。
「口には合う?」
「はい。とてもおいしいです。セシナさま」
にこりと微笑む彼女は本当に愛らしい。
「そうか。フィアの口に合ってよかったじゃないか」
長男で辺境伯であるマティ兄さんは相変わらず包帯柄の仮面を付けている。フィアの第1印象が結構良かった点と義理の妹と言う点により、早くも口元をオープンにした顔の上半分を覆う仮面にチェンジできたマティ兄さんはそのことにも満足気である。しかしながら。
「フィアは本などは読むのかな?」
「は、はい!」
フィアは緊張しながらもマティ兄さんを見やり頷く。
「そうか。どんな本が好みだい?」
「えぇと、お勉強の本も好きですが、恋愛ものの小説も好きです」
「そうか・・・では兄と妹の禁断の恋物語なんかはどうだろうか」
いや、何聞いてるんだ妹ヲタ。
「えっと・・・読んだことはありませんが、そのようなジャンルがあることは聞いたことがあります」
「ほぅ・・・?興味があるか」
「・・・えっと、読んでみるのもいいかな、とは思います」
「そうか、そうか」
何だか妹ヲタが満足そうに頷くが、確実に今のはリップサービスだろう。
「では、いくつか貸してあげよう」
貸してどうする気だこの妹ヲタは。
「ありがとうございます、お兄さま」
「・・・“お兄さま”、か」
何しみじみしてんだ、この兄は。
「あの、ダメ・・・でしたか?」
「いや、そんなことはないよ。だが、他の呼び方でも構わない。そうだな。この間呼んだ小説に“おにぃたま”と言うのがあった。興味深いだろう?」
いや、全く。しかしフィアは優しいのか「はい」と頷く。
「私のことも一度、そう呼んでくれないか?」
「・・・お、おにぃ・・・」
「いや、呼ばなくていいから。調子に乗るから、“マティお兄さま”とかでいいから」
どうやらフィアは本当に呼ぶつもりだったらしい。
「えっ、そうなのですか?ご、ごめんなさい」
「いや、フィアは悪くないよ。マティ兄さん。恋愛小説なら俺が手配するから、マティ兄さんの特殊性癖本はいらないから」
「そ、そんなっ!」
何故か仮面ごとテーブルに突っ伏すマティ兄さん。これでも辺境伯なのだが、妹ヲタスタイルで推しまくるこの兄にそんな威厳はどこにもなかった。
「え、お兄さまのショタっ子×ちょめちょめの本も貸そうと思っていたのに」
「いや、本気でいらない。フィアの教育に悪いから持ってくるな。持ってきたら速攻で燃やすからハーパンと一緒に」
「うぐああぁぁっっ!」
ルシウス兄さんは天を見つめながら放心した。
「でも、フィアちゃんは本当にかわいらしくてステキな子だね」
そう、まともな服に着替えた四男のゼン兄さんが微笑む。解剖厨を表に出さなければ割とまともなのがゼン兄さん。因みに現在まともなのはご飯の時には解剖の話をしないよう言いつけているためである。
「い、いえ、滅相もないです」
「ふふっ、ウチにこんなかわいらしいお嫁さんが来てくれるなんてね。嬉しぃよ」
「あ、ありがとうございます」
フィアは緊張を隠しつつもゼン兄さんと話を続ける。
「それにしても」
そんな時、不意に三男のジル兄さんが口を開く。何だろう?
「本が好きなのか。兄と弟の青春を追いかけた恋愛小説はどうだろうか」
「えっと・・・」
フィアは思わず俺を見つめる。多分、このジル兄さんの言っている恋愛小説のジャンルがよくわからなかったのだろう。うん、そりゃぁそうだ。大人向けのマニアックなジャンルだから。
「フィア、気にしなくていい。あとジル兄さん」
「何だ、マイスウィートブラザー・セシナ」
変な冠詞付けんじゃねぇ、弟ヲタめ。
「その話題はさっき終わったから」
「んな・・・そんなっっ!兄と弟の禁断のちょめちょめの話が、終わってしまったのか・・・!」
いや、そっちはしてないから!する予定もねぇっ!
「ジル兄さんったらもぅ~っ」
と、ゼン兄さんが苦笑する。まぁ、何となくフィアも楽しそうだからいいけども。
少しは変態趣味を抑えようとできないのだろうか。この兄どもめ。