ゴウホ・ライラックは婚約を破棄したい
婚約破棄から始まる恋物語の後編です。
ぶっちゃけ破棄しない方がお互い幸せな感じですが、歯車は動き出してしまいました。
婚約破棄の行方は?
そして二人の関係は?
どうぞお楽しみください。
ユーメミ嬢との約束から三ヶ月。
婚約破棄に向けた準備は着々と進んでいる。
ユーメミ嬢の父・ガーチ伯爵は、幸い父と趣味が一緒で、最近では私が仲立ちをしなくても二人で狩りに行くようになった。
母同士も勧めた利き茶が楽しいようで、お茶を飲んではどこの茶かを推理して喜んでいる。
これでユーメミ嬢との婚約を破棄したとしても、両家の関係は変わらないだろう。
「ユーメミ嬢! ゴウホが参りました!」
「……お入りになって」
「失礼!」
これでユーメミ嬢も喜ぶ。
「……ユーメミ嬢?」
「……ゴウホ様……」
どうしたのだろう。表情が暗い。
だが婚約破棄への計画が順調に進んでいる事を聞けば、きっと元気になるはずだ!
「ユーメミ嬢。計画は順調です! 父同士も母同士も交流を深めており、今しばらく待てば私達が婚約を破棄しても、両家の関係は壊れますまい!」
「……そう、ですか……」
おや? さらに暗くなってしまった。
何か問題でもあったのだろうか。
仲良くしているように見えて、家では我が家に文句を言ったりしているとか……。
ならば早めに解決しなくては!
何せユーメミ嬢は婚約破棄を望んでいるのだから。
「……あの、ゴウホ様……」
「はい! 何か問題がありましたら、このゴウホ、必ずや解消して」
「婚約破棄のお願い、取り消す事はできないでしょうか……?」
は?
婚約破棄を取り消す……?
という事は、婚約破棄から破棄がなくなって、婚約が残る……?
「あの、それですと、私といずれ結婚する、という事になってしまいますが……」
小さくうなずくユーメミ嬢。
心なしか顔が赤い。
「……なぜですか?」
「……あの、私、この三ヶ月、とても楽しかったです……。ゴウホ様とロア様の事で語り合ったり、二人で先の展開を予想したり……」
「えぇ、大変有意義な時間でした!」
私を模した大男と、ユーメミ嬢を模した好奇心旺盛な少女が、ロア殿の助手として共に悪と戦う話を作った時は、本編でもいいと思ったくらいだ。
「父が狩りでゴウホ様達とご一緒した後とても上機嫌で、母もお茶の話とライラック夫人との楽しかった話を何度もしていて……」
「それはよかった!」
楽しい時間で婚約者としての姿を見せて、その間に両家を近づけた。
ここまでうまくいっているのに、なぜ取り消したいなどと言うのだろう。
「……元は結婚したら『笑顔の英雄』を捨てねばならなかったので、婚約破棄をお願いしました」
「それは辛い!」
「ですがゴウホ様とお話しするうちに、自分がどれほど幼稚なわがままを言っていたのかを理解しました。それなのに力を尽くしてくださっている姿に、その、ゴウホ様の事が……」
さらに赤くなってうつむくユーメミ嬢。
それは、つまり?
いやでもしかし……。
「しかし貴女が心から想いを寄せているのはロア殿である事は変わらないでしょう? 私では似ても似つきません」
「……いえ、その、最近は、『笑顔の英雄』を読んでいても、ゴウホ様の声でセリフが流れたり、挿絵のないところではゴウホ様のお姿で場面が目に浮かぶようになり……」
それは私がロア殿のように振る舞っていたからか?
……だとしたら私がしてきた事は何だったのだ?
「ごめんなさい……! ごめんなさい……! 本しか知らず、本の登場人物に恋して、そのせいでゴウホ様にご迷惑を……! でも私、ゴウホ様のお側にいたくて……!」
ユーメミ嬢が泣き崩れる姿に、頭がかあっと熱くなる!
気が付けば私はユーメミ嬢の肩をつかんでいた。
「婚約は破棄させていただきます!」
「……!」
「私はそのためにずっと努力をしてきたのです! 貴女が望まないのならばと、そう思って……!」
「ご、ごめんなさ」
「ですが貴女が私を想ってくれているのなら、もう我慢しなくていいのですね! 貴女を好きでいていいのですね!」
「へ?」
視界いっぱいに広がるユーメミ嬢のぽかんとした顔が、とても愛らしく、愛おしい。
「わ、私を好き……!?」
「はい! お会いした時から、このような可憐な方が私の妻になってくれるのなら、と喜んでいたのです!」
「な、ならばなぜあの時婚約破棄を受け入れてくださったのですか!?」
「私の憧れるロア殿なら、自分の希望より女性の希望を優先するでしょうから!」
「……で、では本当に私を……?」
「はい!」
「まぁ……!」
頬を押さえるユーメミ嬢。何とも可愛らしい。
「え、でも婚約は……?」
「破棄します!」
「なぜ!?」
「この想いを、親同士の決め事にしたくない!」
「あ……!」
「私が! 貴女に! 心から結婚を申し込みたいのだ!」
「はい! よろしくお願いします!」
笑顔になったユーメミ嬢を抱きしめる。
「では……」
微笑んだ目からこぼれる涙も美しい。
「婚約破棄いたしましょう!」
「喜んで!」
私はうなずいて、ユーメミ嬢と唇を重ねた。
あ。
「しまった! これでは婚約者でもないユーメミ嬢と口づけをしてしまった事に!」
「あ、言われてみれば……! でもゴウホ様、この口づけが婚約の証という事であれば……!」
「おぉ! 成程! これで晴れて私達は婚約者になれたのですな!」
「はい! 今後ともよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ!」
私達は手を取り合って笑う。
それはまさに物語のハッピーエンドのようであった……。
読了ありがとうございます。
当初は両家の両親に、
「ユーメミ嬢との婚約を破棄させていただきたい!」
「お前は何を言ってるんだ!」
「なぜそんな事を!?」
「ユーメミ嬢と結婚したいからです!」
「お前は何を言ってるんだ!?」
という流れを考えていましたが、これやると風呂敷が足りないなぁと思いまして、二人の間で婚約破棄達成(数秒)となりました。
正しくない婚約破棄の使い方です。良い子は真似しない。
両家は二人のそんなやり取りに全く気づかず、むしろゴウホが積極的に両家を仲良くしようとしているのを見て「余程婚約者が気に入ったと見える」とほのぼのされてます。
ですよね。
またこんな思い付き連載(短編)を投稿するかと思いますので、よろしくお願いいたします。