第十話 あの頃のリリーダちゃんとアリミナールちゃん①
*本編の番外編
*幼少期のアリミナールとリリーダの物語
世界はいくつもの選択の上で行き先を変えていく。
とあるルートでは、リリーダ・キャラベルとアリミナール・ブラックレスが仲睦まじい姿を捉えることが出来る。
私の名前はリリーダ・キャラベル。ごく普通の特異体質で、魔法が苦手な庶民である。
父の仕事柄、とあるお嬢様と関わる機会があり、友達になることが出来た。努力のすえ同じ学園に入ることが叶った。
私が、お嬢様に対して仲良く(執着するように)なったのは子供の頃だ。庶民である私に対しても優しく、友達と言ってくれる。
お嬢様の異変に気付いたのは早かった。気づけば、見知らぬ変態さんに見初められ誘拐は当たり前の毎日を過ごしていた。心配にならないほうがおかしいのだ。本人は鈍感なのか、変態さん相手にも心ひとつ動かされない不動ぶり。魔法で抵抗すればいいのだが、命の危険がない限り無理には使用しない方針であった。幸い、お嬢様を傷付ける目的の変態さんはいないものの、いつも私のほうが怒って魔法を暴走させていた。
なにやら、お嬢様は学園にとある目的を持って通っている。世界征服だろうと一生ついていく覚悟はとうにしている。そう、お嬢様と出会ったことが私の最大の幸運であり運命だと思っている。
あれは、6歳の頃だった。
まだ出会って日も浅い、6歳という子供の姿をした二人は同じ朝を迎える。
そこは、とても遠い小さな国だった。
いつものように、町から遠く離れたところで家を探し、私とアリミナール様、そしてお父さんのノイシー・キャラベルの3人で過ごしていた。
「んん~。」
アリミナールは、朝の陽ざしを浴びて伸びをしていた。まだ、ベッドの中が温かくて気持ちのいい季節であり、起き上がるのを躊躇する。
ゆっくりと目を開けると、目の前にはいつもの光景。
目を隠すかのように長い前髪、それでも表情は豊かで元気いっぱいの笑顔。
「おはようございます!アリミナール様!」
「ん。おはよ。」
必ず起こすために、自分よりも早く起きて笑顔で待っているこの少女のことをどう嫌いになれというのか。このように厚意を寄せられて嬉しくないわけがない。
たとえ、行き過ぎた行為があってもだ。
「お召し変えを手伝います。こちらに。」
「リリーダちゃん・・やめて。私たち友達でしょ?こういうのは使用人の仕事だから・・。」
「じゃあ!私、アリミナール様の家の使用人になれるように頑張ります!」
「お父様は厳しい方だから・・それに、リリーダちゃんとは使用人ではなくてずっとお友達でいてほしいの。」
目をうるうるとさせて上目遣いをすれば大抵納得してくれることをアリミナールは理解している。
「ふぅっ!カワイイ!」
そんな朝が二人にとっては日常の朝だった。
そして、またある時の朝のこと。
まだ冬真っ只中、景色を見る限り雪はないものの布団から出るには躊躇する寒さが広がる。
「うぅっ。寒いっ。」
小さな女の子が一人、木造の建物内で一番に起き上がる。寒さを感じているが、布団に潜り込むことはなく、身支度を始める。いつもの衣装と、上には温かいファーの付いた上着を着用する。床の木製にとんとんと、音を立てて靴を履いた。
「よしっ!」
その少女の部屋であろうところから、勢いよく扉を開ける。
迷うことなく少女はある部屋へ向かう。そして、首にかけている鍵を取り出す。
ガチャリ。
そっと部屋の扉を開ける。そこには、まだ夢の中にいる女の子が横になって眠っていた。
『はぁっ。アリミナール様!』
笑顔で、アリミナールに近づくのはもちろんリリーダだ。
眠っているのをいいことに布団から出ているアリミナールの右手を握る。その瞬間にもぞもぞとアリミナールが動き出した。
「あっ、ごめんなさい。私の手、冷たかったですよね。」
手を握られ目を開いたアリミナールが、握った手を放そうとするリリーダを止めた。
その瞬間、リリーダの手がポカポカと温かく感じていた。正しくは、アリミナールの手が温かくなったのだ。
「温かいよ?」
そう言って、アリミナールはリリーダに笑顔を向ける。
「はわわっ。温かいのはアリミナール様ですぅ。」
「えへへっ。」
「体だけじゃなくて、心まで温かくなりました!アリミナール様の魔法はすごいです!」
「そんなこと言われたの初めて。ありがとう。」
お互いにニコニコと優しい時間が流れた。
アリミナールは、起きて自分の身支度は始める。
「今日はお父さんが町に行くので、魔法の授業はお休みです。」
「うん。」
「何して遊びましょうか?」
わくわくと期待を持ったリリーダは、椅子に座っていた両足をバタバタと動かしていた。
「リリーダちゃん。ノイシー先生と一緒に町に行ってきてください。」
「え?どうしてですか?」
「せっかくのお休みの日ですよ?私は、自主練習をしようと思っていたので!」
「・・・。嫌です。」
ばたつかせた足を止めた。
「アリミナール様が自主練習をするなら、私もやります!」
「え?」
「アリミナール様が勉強をするなら、私も勉強をします!」
「えっと。」
「アリミナール様がいないなら町には行きません!」
縋るようにアリミナールの腕を引っ張る。その表情は真剣だった。
「ふっ。ふふふっ。リリーダちゃん、可愛いですね。」
「えっ!?」
小さい頃のリリーダは、長い前髪でクリクリとした目を隠していた。しかし、前髪で隠していても顔を赤くしていることはすぐにわかってしまう。
「でも、ダメですよ!」
「えぇ!?」
期待をすぐに裏切られたようにリリーダは驚きを隠せない。
「せっかく町にいける理由があるんですから、行ってください。この家にずっといるのも息が詰まるでしょ?私のことは気にしないでください。」
「そんな!私は、アリミナール様との時間がとても大好きなのです!」
「直球!ここまで言われてしまうと照れます。リリーダちゃんは天使か何かですか?」
「人間です!」
「ふふっ。正直です!でも、気持ちは嬉しいですが・・・。」
アリミナールはふと笑顔を見せたかと思うと、すぐに残念そうな表情をしていた。
「アリミナール様・・・。では、私と一緒に作戦を考えてくださいませんか?」
朝、それもまだ早い時間。
大きな黒い靴の紐を結んで、力を入れる。結び終えた手で、革製の鞄を手に取り中身を確認していた。そんな時、近くに小さな少女が来た。
「はい。」
「ありがとう、リリーダ。」
リリーダは、シンプルな青い布に包んだお弁当をノイシー・キャラベルに渡していた。そのお弁当を革製の鞄に崩さないように入れた。
「本当にいいのかい?」
「お父さん!」
「今日を逃せばいつ町に降りるかわからないからね~。本当にいいの~?」
「うん!だってアリミナール様が一緒だもん!」
笑顔で答える娘に、ノイシー先生は何も言えなくなっていた。そして、アリミナールとリリーダの頭にそっと触れて、扉を開けて行ってしまった。そんな父親を見送ったはずの娘は、不敵な笑みを浮かべていた。
扉を出たノイシー・キャラベルは、ふと足を止める。
ノイシー先生を見送った二人は、台所に戻った。リリーダがまた準備に取り組む。
「私たちの分のお弁当はもう少しで出来ますので。」
「リリーダちゃん!私も少し手伝います!」
「アリミナール様にそのようなことさせられません!」
「大丈夫です。料理は出来ませんが、お野菜切るくらいは・・ね?」
「あわっ。ありがとうございます!では、このお野菜を千切っていただけますか?」
「うん!」
子供故、何も知らなかったのだ。
ボンっ。
「あら?」
「アリミナール様!大丈夫ですか!?」
「うん。なんで真っ黒こげなんだろう。」
小さな爆発とは言わないまでも衝撃があった。被害は千切った野菜だけのため、そのまま作業を続行した。
『驚いた顔のアリミナール様も可愛らしいっ!』
次に触った時は何も起きなかった。しかし、数回に一度は同じように黒くなってしまう。
「これは、アリミナール様の魔法と関係があるのでしょうか?」
「う~ん。料理は愛情といいますし、私には足りないのでしょうか?」
「そんなことありません!アリミナール様はとても素敵です!」
「ふふっ。ほら、リリーダちゃんの料理はいつも愛情が入っているから美味しいですよね!」
「はわっ。一生アリミナール様のために作ります!」
「もう、そういうことは素敵な旦那様が出来た時に言ってあげてくださいね。」
『旦那様・・・いつかアリミナール様にもそんな人が現れてしまうのでしょうか。』
そんなことを考えてリリーダは少ししょんぼりと落ち込んでいた。
着々と準備をすませ、お弁当が完成した。
つづく
次話は気長にお待ちください