第95話・魔王、実力を(少し)発揮する
大変お待たせ致しました。
これからも、よろしくお願いいたします。
サワサワと、心地よい風が頬をなでる。
街をぬける風とは違い、さわやかなはずなのだが、今は服が汗でグッショリ濡れているせいで、蒸し風呂のようだった。
「暑い・・・・・」
そんな事を言ったところで、どうにもならない事は分かっているが、言わずには居れなかった。
視線を横へ流すと、魔王の他にも鎧や胸当てなど、思い思いの装備に身を包んだ者たちが茂みに身を潜めており、森の一点を見つめていた。
森を揺らすような体躯と、黒々としたウロコ。
獰猛な爬虫類の瞳は、獲物を探すようにギラギラと動めく。
「トビジカを倒せば良いって話じゃなかったのか、ワイバーンなんて聞いてないぞ・・・・!」
誰かが小声で、そう叫んだ。
魔王が、狩猟免許の勉強を始めてから半年。
座学による自習に限界を感じた彼女は、他に何かないものかと探した。
幸いにも目指すソレは、思いの外すぐに見つける事が出来たのだが・・・・。
「みんな気をしっかり持て、身を低くしてやり過ごすんだ。 じきワイバーンも居なくなるだろう」
「おうとも、こんなところで死んでたまるか!」
「死にたくない死にたくない、クソッ、こんな事なら狩猟免許なんかいらねーよ、チクショウ!」
訓練官らしい男性の激励に、同じく訓練を申し込んだ者たちは、それぞれ違った反応を見せる。
・・・・・なんと言うか、期待はずれが過ぎて呆れるしかなかった。
魔王はもう一度、ワイバーンを見る。
大きさは凡そ家一軒ぐらい、初めて見るなら大きくも見えるのかもしれない。
魔王たちが連れて来れられた森は、テバス近郊にある小さな獣などがいる、魔の森などと比べて比較的平穏な森だ。
これらの狩猟ないし、討伐を生業としているのが冒険者―今で言う狩猟者―であり、その資格を取る実技試験をパスするための訓練が、今回のコレである。
さらにもう一度ワイバーンを見て、魔王は訓練官に確認をした。
「―なぁ、倒すのはハイボア一頭だったか?」
「あん? 君は神経がズ太いな、下手をしたら死ぬかもしれないって言う時に」
彼を始め、他の訓練生も呆れたようにタメ息をついていた。
でも、あのワイバーン・・・・。
「俺達のにおいを感じているのかな、歩みが止まってるぞ」
「あああ、面倒な事になった!」
「死にたくない、死にたくない、死にたくない」
あのワイバーン、どう見ても老竜ですよ。
竜種は時が経つにつれ、ウロコの色が濃くなっていく。
目の前に居るヤツは真っ黒なカラスの濡れ羽色で、少なくとも200歳は超えているだろう。
足取りは重く、黄色い爬虫類の目は、曇ってしまっているようで虚ろだ。
大抵はもっと森の奥で、群れを成しているはずなのだが、おおかた群れからはぐれたか、追い出されでもしたのだろうか。
「なぁ、ハイボアの代わりにあれを倒すというのは、ダメなのか?」
あんな老竜なら、中級の火炎魔法でも簡単に炭に変えられると思う。
ハイボア一匹を倒すより、よっぽどポイント高くなりそうな気がするが。
質問が意外だったのか、訓練官はぼうっとする。
誰かが、堪えきれなくなったようにブハッと息を吐いた。
「そんな細っこい腕で、あのワイバーンに立ち向かうってか? こりゃケッサクだ!」
「攻撃系の魔法が得意なのか? でも今回は狩猟技術を上げる訓練だ、魔法で獲物を損壊させちゃ、元も子もないぞ」
なるほど、訓練官の言い方から察するに、魔法は使わないほうが良いと言う事らしい。
魔法ナシでワイバーンを相手取るとなると、少し面倒だ。
魔族の身体能力を活かせばまぁ、勝てるだろうが、それを活かしたら人間を相手取る事になりかねない。
となれば彼ら同様、ここはやり過ごした方が良いのか。
「むぅ・・・・、決まりが多いな」
「へたに刺激するのはマズイ、居なくなるまで待とう」
ワイバーンは、そこそこ知能が在る事で知られる。
長く続くようならコイツ等を眠らせて、竜を森に帰す事も出来るだろう。
1人だけ冷静にそんな事を考えているのとは対照的に、体を震わせている仲間の姿が目に映った。
「死にたくない、死にたくない、こんな所で死にたくない」
「お、おい。 大丈夫か、ここに隠れていれば見つかることは無いからな」
あのワイバーンは小さい個体なのだが、街から出たことない箱入りには、ちと荷が重いかもしれない。
魔王の声掛けで気付いた訓練官たちも、そろって彼に声を掛け始めた。
だが次の瞬間、彼は思い掛けない行動に出た―
「俺は死にたくない、こんなところで終わるのは嫌だあぁーーーーーーーー!!!」
「あっ、おい!??」
マズイ事になった、その瞬間に居合わせた誰もが、そう思っただろう。
震えていた男性は半狂乱になりながら、隠れていた茂みから飛び出した。
大声に驚いたワイバーンは大きな首を動かし、その瞳が逃げる男を捉えると、その首を虚空へ持ち上げる。
グオオオオオオオオォォォッッッッ!!!!
「ひいいいいい!!?」
その咆哮は、ハンター見習い達の動きを封じるには、十分に効果があった。
訓練官ですら怯えてしまったのか、腰が引けてしまっているようで、体に力が入っていない。
あああ、こいつら馬鹿なのか!?
行動派の魔王は、考えるより先にワイバーンの前に飛び出していた。
「お前は逃げろ、立てるか!?」
「へあっ、はああぁぁ・・・・!」
へたり込んでいた男性は何度か首を縦に振ると、ほうほうの体で逃げ出していった。
入れ替わりに飛び出した魔王を助けようと、何人かが茂みから出ようとしたので、一睨みして止める。
言い方は悪いが、あんな腰の引けた奴等は、足手まといしかない。
グルルル・・・・・・
「さて、どうしたものか」
あからさまに威嚇してくるワイバーンから距離をとりつつ、魔王は対応を考えた。
なりはデカくて獰猛だが、話し合えば森に帰ってくれると思うのだが、後ろにはハンター見習い達が居る。
ワイバーンと話しているところなど見られるのはマズいが、注目を受けているため、睡眠魔法を不意打ちすることが出来ない。
やるか。
「かかってこい、老いぼれワイバーン!」
魔王はワイバーンとの間に、黒い焔を揺らす剣を現した。
今回は勝つのが目的ではないため、加減の分からない魔法は使えない。
そこで『炎獄』の出番だ、これは魔王の魔力を吸収して形を成す武器なので、ある程度の加減を利かせられる。
それに・・・・魔族の王に身をおく者としては、はぐれワイバーンを群れに帰してやりたいのだ。
グオオオルルルルゥゥ!!
「おぅっと、危ない!」
大きな口を開け、ワイバーンが襲い掛かってくる。
しかしスピードは無いようだ、あまり八百長くさくならないようギリギリでかわし、危機的な雰囲気を出す。
まだ大丈夫、ハンター達は呆気に取られて動けないようだ。
このスキに乗じて、コンタクトを取る。
「おい聞こえるか、このまま私の攻撃を受けるフリして逃げろ。 後は私がナントカする」
ナントカの部分は考えていないが、怯んで逃げ帰ったとか言えばいいだろう。
それを聞いたワイバーンはグルル・・・と牙をむき出しにし、再び咆哮とともに突進してきた!
「こいつ!?」
まさか全力で襲い掛かってくるとは思わず、魔王の動きがワンテンポ遅くなり、紙一重でかわした。
目標を失ったワイバーンは大木をなぎ倒して、体を回転させ、魔王を見据えていた。
あからさまに敵意をむき出しにするソレを見て、彼女は異変に気が付く。
「まさかコイツ、『動物化』が始まっているのか?」
齢を重ねた生き物は、魔物や人族などに関わらず、時に動物のように振舞うことが在る。
こうなったら本能のままに動くことになり、時に仲間を襲うことすらあるという。
なるほど、それなら群れと別行動をとっているのも理解できた。
グルルル・・・・!
「哀れな・・・・、私が引導を渡してやろう」
『動物化』は自然の摂理みたいなもので、魔法や治療で治ることはない。
一芝居うって森に逃がすことを考えていたが、状況が変わった。
このまま放っておけば、どんな被害を出すか分からない、ここで会えたのは運が良かったと言える。
剣を仕舞い、掌の上に魔力を込めていく。
「大地のマナよ、我が命に応えよ。 寄り集まりて全てを消す力となれ」
久しぶりの魔法だが体は覚えてくれていたようで、大きすぎず小さすぎない、黒い魔力球が魔王の手に形成されていく。
詠唱の間にも、ワイバーンが再び突進してくるが、あの速度なら、こちらが一手早い。
「せめて苦しまず逝くが良い・・・・『闇喰い』!」
久しぶりの攻撃系だったが、図体が大きいだけに狙いは正確だった。
腹に魔力球を受けたワイバーンは、体をくの字に曲げて黒い空間に姿を消し、森に静けさが戻り、代わりに訓練生たちが堪え切れなくなったように、次々に飛び出してくる。
「なんだいなんだい! 1人でワイバーンを片付けるなんざ、スゴ腕じゃねえかよ!!」
「すげーぜ姉ちゃん、今のは爆裂魔法か!?」
「あ、あぁ・・・まあな」
本当は闇属性の上級魔法です、なんて知れたら何処から魔族とばれるかも分からない。
どうやら上手い具合に誤解してくれたようだし、適当に便乗させてもらった。
彼等の賞賛の声に、魔王はどんどん上機嫌になり、得意げに胸を張る。
この程度なら、試験も楽勝だろう。
訓練官の男性は、竜の居たところをしきりに撫で回し、彼女の方を見た。
「零点だな」
「なんで!?」
おかしい!
この場の全員が持て余した相手を倒したのに、なぜ酷評されるのか、魔王は抗議した。
しかし訓練官の男は、冷静に告げた。
「ハンターは素材回収してナンボだ、獲物を消してどうする!」
「あ」
ハンターって難しい。
そう再認識させられた。
本編中の『動物化』、分かりやすく言えば『認知症』です。
旅に行ったり、仕事が忙しかったり・・・・・
えぇ分かっています、言い訳にしかなりません。
出来る限り頑張ります。




