第84話・魔王、逃げ場を失う
これからも、よろしくお願いいたします。
感想や気になる点などがありましたら、遠慮なくお寄せ下さい。
「まったく領主様を敵に廻すとは、恐れ入ったよ」
警備兵の制服に身を包んだオルザは、乾いた笑みを浮かべ、完全に呆れ返っていた。
2階の窓から視線を下げれば、時折、幾人かの兵士が徒党を組んで走り抜けていくのが見える。
指名手配された当の魔王はといえば、力なく肩を落とした。
「ここまで大事になるとは、思っておらなんだ・・・・・」
後悔先に立たず、魔王は大きくため息をつく。
ちょうど昨日の今頃である、ルザムという客が、『はぐれ者亭』を訪れたのは。
会計をせずに帰ろうとしたので、金の代わりに労働力を奉仕してもらったのが、悪かったと言うのだろうか。
その光景を想像したオルザは思わず、失笑したあと彼女に状況を教えた。
「ルザム様は君を、血眼になって探しているらしいぞ。 朝になって、この手配書が廻ってきたんだが・・・・」
手配書に書かれた似顔絵は、明らかに魔王であった。
じゃっかん、横方向に太いのを除いて。
「失礼な、私の腕はもっと鍛えてあるぞ!」
「・・・・怒るところ、そこなのかい?」
辟易するオルザだったが、魔王には重大なこと。
絵の中のふくよかな体型より、細っこい二の腕の方に気に入らなかったらしい。
だが本人が認めているぐらいだ、概ねイメージに齟齬は無いよう。
指名手配用のモノとしては、上々である。
「捕まえたら、領主様の所へ連れて行くように言われている。 僕ら警備兵だけじゃなく、領兵も出動しているって話だ」
「まるでドラゴンの巣をつついたような騒ぎだな」
魔王の呟きにオルザは、返す言葉もなかった。
警備兵が警察なら、領兵は軍隊に近い。
普段は領主邸の警護に就いている彼らだが、その本来の任務は領内の政治ほかの円滑化をはかるための、自警組織である。
領民のためではない、どちらかといえば領が存在するための兵隊なのだ。
これが出動する、すなわち彼女の存在がブライト領の存続危機という事。
彼女が魔王であると言うことを思い返すと、あながち間違いでもないのが笑えない。
「はっはっは、笑うしかないな!」
「笑っている場合か。 言っておくがいつまでも、僕の家に置いとくわけには行かないんだからな!」
ブライト中に指名手配された今の魔王は、外も歩くことが出来ない。
もしさっき、周辺警戒中だったオルザに出会わなかったら、今頃は路頭に迷うか、捕まっていたかもしれない。
今は同僚が『はぐれ者亭』へ荷物を取りに行ってくれており、それまでの間、魔王はオルザの家に厄介になっている。
「すまない、なるべく早いウチに出て行く」
「いや、ほとぼりが冷めるまで出ないほうがいいよ。 まさか、ここまで踏み込まれる事もないだろうからね。 ボクたちの結婚式に出てもらうんだ。 何とかするから、ここを動くなよ?」
そう言い残すとオルザは、怪しまれないうちにとパトロールに戻っていった。
家はオルザ1人暮らしのようで、残された魔王は窓から、眼下に広がる街を眺めれば変わらぬ、日常の営みがある。
対する魔王はといえば。
たかが一夜の間に随分と置かれる状況が変わってしまったものだ。
「結局は違う種族同士は、相容れぬものなのだろうか・・・・・」
答えを返してくれる者は居ない。
いや・・・・、答えは既に出ているのかもしれない。
これまでの魔王や魔物たちの事を思い返せば、答えは自ずと出て来るだろう。
ヤツに、ルザム様とやらにもう一度、会って話す場が欲しい。
「うむ、オルザが帰ったら話すだけ、話してみるか」
そうして、朧気だった魔王の方向性が定まりかけた時。
耳をつんざく大きな音が、近くで鳴った。
聞こえてきた方向を見ると、一台の荷馬車が停止しており。
目を凝らして見ると、馬の足もとで人間の子供が倒れているのが見えた。
「事故か」
馬車による人身事故は、そう珍しいことではない。
交易の要所であるブライトは馬車の往来も多く、接触ないし死亡事故なども起こる。
馬や車は重く、潰されればひとたまりも無い。
それを聞かされたとき、魔王は少しばかり、自分の魔族領が発展してこなかった事に安堵を覚えたものだ。
先ほどから人の子はピクリとも動かない、人族は一般的に脆弱で、僅かな怪我や病気が命取りとなる事も多い。
すぐに治癒の魔法を掛けなければ、命にも関わる事も!
治癒魔法は使い手が少ない大魔法の一つだが、保有魔力の多い魔族なら造作も無い。
考えるより先に魔王は、この家のドアノブに手をかけたが・・・・・
現実を思い出し、その手が一瞬だけ止まる。
「今、外に出ては・・・・・・」
現状で外に出れば、兵士に見つかってしまう危険がある。
まさか幻惑の魔法を使いながらなんて、そんな器用な芸当は出来ないし。
だが治癒魔法を使えば、否が応にも目立つ・・・・。
「えぇい、ままよ!」
迷いは一瞬だった。
パッと出て治して、パッと戻れば良い。
ドアを開け、魔王は事故の現場へと急行する。
そこでは大の大人が数人掛かりで馬車を持ち上げ、下敷きになった少年を救い出すところだった。
「おい誰か、治癒魔法使いを呼べ!!」
どこからともなく悲鳴に似た、大きな声が響き、人垣の足元から鮮血が流れ出る。
子供のモノに違いない。
魔王は脇目も振らずに周囲の野次馬達をどかし、少年の元へ駆け寄り、その怪我の状況を確認した。
「うぅ・・・・・」
「しっかりしろ、いま楽にしてやる!」
幸い少年には意識があり、魔王は感覚強化などで視認できない体内のケガなどを調べる事に専念する。
治癒魔法はデリケートな魔法なので、明確に部位のイメージが出来ないと、正確な治療が出来ないためだ。
幸いにも体内の怪我は思ったほどでも無く、骨折などもないようで一安心。
ここからは本腰を入れ、魔力を練り上げ両手が淡く光り、それを傷ついた体にあてがう。
すると怪我はたちどころに消え、周囲からは感嘆の声が上がった。
「スゴイな! お嬢さん治癒魔法の使い手だったのかい!?」
「オレ初めて見た、怪我が溶けるように消えていったぞ」
「どこの誰か知らないけど有難う、あんたスゴイよ!!」
マズイ。
魔王が予想したとおり、周囲は歓声に包まれ一挙に騒がしくなる。
兵士に気付かれる前に、ここを離れなければ。
「スマン、通してくれ!」
「馬車の接触事故というのは、ここか?」
「警備兵さん、こっちです早く!」
一足遅かった。
野次馬の一人が連れて来た兵士は人垣を避け、魔王のすぐ隣にまで走りよってくる。
・・・・しかも兵は、オルザではない様子。
「怪我人はどこだ。 誰も倒れていないじゃないか」
「このヒトです、治癒魔法で治したんです!」
予想通りの展開に、魔王は冷や汗が流れっぱなし。
しかしこうなった以上、下手に逃げれば怪しまれるので、逃げるわけにもゆかず。
ただただ、嵐が過ぎ去るのを待つ。
「そうでしたか、ご協力に感謝します! つきましては報告を上げねばならないので、そこまでご同行願ってもよろしいですか?」
「い、いや今はちょっと・・・・・」
「ケイン、事故の捜査は後回しだ。 巡回に戻らないとルザム様に目を付けられ・・・・ん、その女は?」
魔王の願いなど空しく、もう1人現れた兵士の注意が、こちらへ向いてしまう。
しかも兵士(ケインと言うらしい)の紹介により、より注目を浴びる始末。
「すみません。 この後用事がありまして、あまり時間が取れないのですが」
「そうなのですね、引き止めてしまって申し訳ありませんでした」
なるべく顔を見られないように気を配りつつ、顔を伏せて離れる。
それでも機転が利いたのか、このまま帰れそうな気はした。
1人の少女と、視線が交じあうまでは。
「アレこのヒト、さっき警備兵さんの居るところで絵が貼ってあったわ」
「「「え゛!??」」」
途端に周囲の視線が、魔王へ集まっていく。
そうして恐れていた事は、現実となった。
「・・・・・すみませんが、顔を見せていただけますか?」
距離をとる野次馬たちとは逆に、警備兵の2人はジリジリと殺気立てながら、体を寄せてくる。
腰の剣に手をかけて。
あの剣で向かってきたら、避けたらマズイのだろうか。
「み、見せるほどの顔でもないですけど」
そう言ったのと、魔王の体が宙に浮いたのはほぼ同時だった。
軽く群衆の頭上を飛び越えると、人垣の向こうに着地し、得意の身体能力を発揮する。
一拍おくれ、警備兵2人がその後を追ってきた。
「止まれーーーーーーーー!!!!」
止まれと言われて止まる人間は果たしているのだろうか。
その脚力を生かし、景色はグングン後方へ飛んでいく。
さて、問題はどこへ行くかなのだが。
ベルナンデスたちのところへ行けば、あらぬ疑いを掛けさせるだけなのでダメ。
はぐれ者亭には兵が集まっており、敵の懐に飛び込むようなものだ。
同様の理由で、商会や市場もダメ。
オルザの家に戻るのは論外。
魔王は行くアテもなく、ひたすら走り続ける。
「あそこだ、コラ止まれーーーーーー!!!」
「!!」
情報が行き渡ったのだろう、魔王の進路から無数の兵士が路地へなだれ込んで来た。
戻ろうとした瞬間、後ろからの兵士が向かってくるのが見える。
完全に袋小路、先ほどのように跳躍して避けるなど到底、できそうも無い。
しかもよくよく見れば、その兵士の中にはオルザの姿もあって・・・・
何か言っている様だが、喧騒に巻かれ言っていることを聞き取る事は出来ない。
もし捕まれば下手な小芝居を打たせる事にもなり、危ない橋を渡らせることになってしまう。
気の迷いは、ほんの一瞬だった。
「転移!」
魔王の練り上げた魔力は一気に開放され、路地裏に眩いばかりの閃光が走る。
そこに先ほどまで居た女の姿は、既に無く。
兵士達はオルザも含めて辺りを捜索するが結局、見つけることは適わなかった。
こうして魔王は永遠に、ブライトからその姿を消したのだった・・・・・
◇◇◇
その夜。
オルザの家では女の悲鳴が上がった。
「シアさんが居なくなったって、どういう事よ!?」
「・・・・すまない、あと一歩及ばなかった」
激昂するセリアに、オルザは深々と頭を下げる。
領主の子息に当たるルザム様の命により、エティシアが街中に手配されたのが早朝の事。
普段は屋敷の警備をしているはずの領兵まで出動するのだから、ことの重大さは民衆にも大きく伝わっていった。
状況が一変したのは、昼も過ぎて陽が西へ大きく傾き始めた頃、この事が領主の耳に入った事だ。
子供の横着を怒り、大層に嘆いたそうだ。
むろん手配は即時撤回され、別命を受けて僕を始めとした兵達は動き始めたのだが。
あと一歩及ばず、彼女は街の中で忽然と姿を消したのだった。
「どうして、だって領主様の疑いも晴れたんでしょ、ねぇ!?」
「・・・・・・・・すまない」
彼女は光魔法で閃光を起こし、目をくらませたスキに逃げ遂せたという事になっている。
しかし真実は違う、これでもオルザは魔力による気配察知については、得意なつもりだ。
だと言うのに、彼女の姿どころか気配も痕跡一つ見つけられなかった。
あれは目くらましではなく、伝説級魔法の転移ではないか。
御伽話に出てくるの転移魔法は、一度に多くの魔力を消費する。
どんなに魔力が高くても、人間なら魔力どころか生命力すら吸い尽くされ、干からびてしまうだろう。
かといってエルフやドワーフなどの身体的特徴は、彼女には見受けられず。
ふと浮かんだ疑惑に、僕は震えが止まらなかった。
「セリア、エティシアさんは・・・・・彼女は魔族かもしれない」
「え?」
魔族はここから森の奥深く、魔の森に潜む魔物の総称だ。
その昔、魔王はこの世界を席巻し、闇の下に支配しようとした。
なんとか追い返しはしたが、今でも彼らは、虎視眈々(こしたんたん)とこの豊かな地を狙っていると・・・・・。
もし彼女が魔族なら、その目的は何だったのか。
想像するだけで鳥肌が立ちそうだ。
「僕だって、そうでないと信じたい! でも、もしも仮にそうだったとしたら!!」
「そんな事、とうに知っていたわよ」
「え」
予想もしないセリアの返答に、オルザは言葉を失った。
魔族は忌むべき存在で、見つければ領主どころか国王にも報告し、森へ討伐隊が組織される。
それが街なら、大騒動どころではない。
「せせせセリア、エティシアさんが魔族だと知っていたって、どどどういう事だ!?」
「見ちゃったの、ちょっと前に」
まるでイタズラっ子のように、ベロを出してセリアが微笑む。
しかし彼女だって、魔族を見かけたら報告する義務があるのは、知っているはずだ。
「セリア、領民の果たす義務を忘れたのか。 魔族は俺たちの日常を脅かすと・・・・・!」
「シアさんが何時私達の日常を脅かしたって言うの? シアさんは良い人でしょ?」
「えェ・・・・・・」
果たして数ヶ月前のセリアは、こんな風に言い返すことがあったろうか?
あまりの驚きに、オルザは生返事が口を突いて出る。
そしてセリアは母が精気を吸われ、それをシアが解決したときの事を話して聞かせた。
『力』を欲した魔物が母に取り憑き、エティシアを『魔王』と慕って従っていた事も全て。
そしてセリアは、こう言って話を締め括った。
「シアさんが来たのは、きっとこの街に人間というものを見に来たんじゃないかって思うわ。 それで私達がどれだけ信頼に値するのかを見に来たんじゃないかって」
「だったら・・・・・、こんど会った時には誤解を解いておかないといけないな」
魔族を信頼したわけじゃない、しかし魔族ならあの場で、兵士達をなぎ倒すことも出来たろう。
それをしなかったエティシアは、十分に信頼に値するのではないかと―
もっとも魔王の目的は『出稼ぎ』であり、おおよそ外交的側面は微塵も有りはしないのだが。
魔王に野心はない。
彼女はただ、仕事が欲しいだけ。
次回
第85話「魔王、新天地へ」をお楽しみに。
※上記はあくまで予定ですので、急遽変更となる場合があります。
あらかじめご了承下さい。




