第81話・魔王、ウェイトレスに徹する
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「・・で、その後どうなったんだい?」
「ご注文が決まりましたら、またお呼び下さい。」
聞きたがりのエルクが、顔を覗かせてくる
今回もエルフ族の代表として街を来たのだろう。
近くに通ったので、働いているであろう魔王を冷やかしに店を訪れたのだった。
バックヤードに逃れようとするのを、その手で引き止める。
「まだ話の途中でしょ、続きを聞かせてよ」
「フシギバナ定食銅貨5枚、ツヅミ定食は銅貨4枚です」
微塵も取り合おうとしない魔王だったが、エルクは自分のペースを崩さず、満面の笑みを浮かべ、人差し指を立てた。
「良いじゃない、減るもんじゃなし」
「・・・・・ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」
ヒマなのは嫌だが、イジられるのはもっと嫌だ。
寂しそうにするエルクを背に、バックヤードに逃げ込んだ魔王だったが。
その彼女の肩へ手を置き、店主が一言。
「おいエティシア、友達は大切にしろよ」
「えェー・・・・・・」
傍から見ると、そう見えるのだろうか。
昼の時間は基本的にヒマなので、少々の自由を許されている。
店主に言われた手前、拒否するわけにも行かず。
魔王は大きな溜め息をついて、手招きする彼女の向かいの席に着いた。
「おかえり、魔王様」
「・・・その敬称で呼ぶなと言っているだろう」
魔王がこの街に来たとき、初めて会った顔見知りが彼女だ。
いつも笑顔だが、ナニがそんなに面白いのか、今でも分からない。
ため息をつく魔王に、エルクは体裁を正して質問をぶつけた。
「で、2人はどうなったの?」
「どうって・・・、別にどうもしないがな」
察しの良い人なら気付いているかもしれないが、彼女の話はセリアたちの事だ。
来店した際に『最近おもしろい事はないか』と聞かれ、魔王がうっかり口を滑らしてしまったのが、いけなかった。
「隠さないでよ魔王様、私とアナタの仲じゃん!」
「くされ縁だろうが、それと魔王と呼ぶな」
セリアたちと服飾店で会った後。
彼女とオルザが和気藹々(わきあいあい)としているなか、付いていく事になった魔王は後ろで寄生虫のようにくっついていた。
お邪魔虫感はハンパではなく、往来の視線は痛かった。
かといって逃げ出すわけにもいかず、ずいぶんと肩身の狭い思いをさせられたのだ。
それを、エルクに話してやる義理は無い。
「他人の事より、お前はどうなんだ。 こんなところで油を売っていて良いのか?」
「ウチは自由業みたいなもんだから、どーんと構えていれば良いのよ」
誇らしげに胸を張る彼女だが、その体勢をとると大きな胸が、より強調される。
そこそこのスタイルを自覚している魔王にとっても、エルクの体型は、けっこうエロい。
こんなのが窓口役で、エルフ族は大丈夫なのだろうか。
「そんな事では、いつか魔族みたいに転落しても知らないぞ?」
境遇はまったく異なるが、魔族は落ちるところまで落ちた。
かなり皮肉を込めて言ったつもりだったが、エルクは驚いた様子を浮かべる。
「もしかして・・・魔王様、心配してくれてるの?」
「まっまさか! 私のせいでそうなったら、寝覚めが悪くなると言っているだけだ」
ツンデレのような態度を取る魔王に、エルクは苦笑を洩らし続ける。
そのあとエルクは軽食を取り、用事があると言って笑いながら店を後にする。
それを魔王は、腕を組んで見送っていた。
「何しに来たんだ、アイツは・・・・・?」
だが正直なところ、魔王はエルクを羨ましく思っていた。
自由にとは行かないかもしれないが、ノビノビと生きられる事に。
これまで長い魔生、『自由』などとは無縁だったのだ、それでも後悔はない。
同胞の為に身を削るくらい、この400年で慣れている。
「おし、今日も頑張るぞ!」
「おい女、ここは何だ?」
再度の決意を胸に店へ入ろうとしたところ、背後に3人組の男性が居たことに気が付いた。
左端は袖の無いタンクトップを着た、目つきの悪い赤髪。
右端は短い袖のシャツにサンダル履きの、茶髪の童顔。
そして3人の中で一番小さいくせに態度がでかい、恐らくリーダーらしい金髪。
いつもならぶっ飛ばすほど傲慢な態度だが、客は客だ。
「こちら『はぐれ者亭』でございます、いらっしゃいませ!」
「はぐれ者? なんだそのフザけた名前は」
営業スマイルを浮かべる魔王に対して、3人組のうち真ん中の紺のベストを羽織った青年は、突き刺すような視線を返してきた。
ここが城なら張り倒すところだが、これは仕事。
馬鹿はバカなのだからと、魔王は自制して、かなりぎこちない笑顔を作って凌いだ。
「名前は変わっているが、味は折り紙つき・・・です! 空いていますので、中のほうへどうぞ」
「ふん・・・そこまで言うなら食ってやらんでも無い。 ここで休んでいくぞ!」
この偉そうな青年に従う形で、取り巻きの2人も店へ入っていく。
こんな奴と一緒に居て何が楽しいかと思う魔王だったが、自分には関わり無い事だと、すぐに割り切った。
「おぅ鉄女、客を連れてきたのか?」
「ああ、仕込みで忙しいところスマンな。」
魔王は疲れたように謝罪を口にしたが、店主は別に皮肉を言ったつもりは無い。
客が入れば嬉しいし、喜んでもらえればもっと嬉しい。
それが料理人。
ほかの従業員は夜の仕込みに忙しくしているので、客対応は自然、彼女の役目になっている。
魔王は品書きを持って、席に着いた3人のテーブルへと持っていく。
「メニューをお持ちしました。 注文が決まりましたら、お呼びつけ下さい」
一礼して、さっさと厨房の方へ足を向ける。
当たり障り無く、ボロが出る前にと思っての事だったのだが。
彼らの毒舌は、鳴りを潜めることを知らない。
「ロクなものが無いな。 レインボースクイドのソテーも、フライングロブスターのガランド風も無いのか?」
どれも希少食材で、一流レストランでも滅多にお目にかかれない。
そんな高級料理が、大衆食堂にあるか!
と魔王は声を大にして叫びそうになるのを、ギリギリでこらえる。
「大変申し訳ございません、ではツヅミ定食など如何でしょう? 材料は今朝、入荷したばかりで新鮮そのものですよ」
「ではソレを頂こう、お前達も同じので良いな?」
御曹司のご機嫌取りも難しかろうなどと、取り巻き達に同情しつつ、魔王は注文をクルスに伝える。
滑稽なのは、あれほど馬鹿にしていたのに、いざツヅミ定食を口にした彼らが、『これは美味い!』と絶賛した事だ。
ザマーミロとは言わないが、魔王の胸はスッと軽くなった。
ここまでの魔王の接客は、完璧とまでは行かなくとも見事なものであり、特に粗は無い。
問題は、この後に起きた。
「田舎料理にしては、なかなかの味だな。 『はぐれ者亭』か、覚えておこう」
「ありがとうございます。 会計は銅貨12枚になります」
作り笑いはストレスが溜まるし、それに疲れる。
魔王は精一杯の接客をしていたが、3人組みは目を剥いて驚いた様子を浮かべる。
うちリーダー格の青年は、まるで突き刺さるような視線を向けてきた。
「よく聞こえなかったのだが・・・・もしや会計をすると言ったか?」
「食ったら対価として金を払う、当然であろう」
魔族の土地なら、物々交換もアリ。
正義感の塊みたいな悪の代名詞、魔王様は威圧げにそう言ったが、相手の男は何が悔しいのか、歯噛みしている。
数秒の睨み合いの末、ウェイトレス魔王の頭は、天才的結論を発した。
「分かったぞ貴様ら、さてはクレーマーというヤツだな!?」
「「「はああ!???」」」
ゴキベリン(虫)が入っているとか、魔力結晶が入っているとか。
何かとクレームを付けて、食事代を踏み倒す輩が居るという。
魔王は見たことが無かったが、きっと今のような者たちを言うのだろうと見当をつけていた。
言われた3人組は呆気にとられ、目つきの悪い赤髪が指をゴキゴキ鳴らし、魔王を見下ろす形で威圧する。
「おいテメェ、言うに事欠いて俺たちが『クレーマー』だと? 大衆食堂の店員は、礼節が成っていないようだな」
「礼節が成っていないのは貴様らの方だろう。 ははぁ・・・さては貴様ら、クレーマーではなく食い逃げだな!?」
「こ、こいつ!!」
男は顔を真っ赤にして、猛牛のように突進してきた。
しかし動きがノロい、まだラビリンスの水晶ドラゴンのほうが早い。
魔王は事も無げに、これをヒラリとかわす。
振り上げられていた拳は空を切り、バランスを崩した男は無様に前のめりに転倒し、頭からテーブルに突っ込む形になる。
「うおおおおおおお!!!」
「・・・・・」
余計に頭に血が上ったのだろう、相手の男は折れたイスを振り上げ、また向かってくる。
今度は軽く殴り倒そうとした魔王だったが、茶髪の方の取り巻きの男が、間に入ってきた。
「よせグレッグ、場所が悪い。 ですが坊ちゃまを『食い逃げ』呼ばわりは聞き捨てなりませんね、撤回していただけますか?」
茶髪は笑顔で向けてきたが、よく見ると目が笑っていないのが分かる。
しかし、ずいぶん一方的で上からの物言いでは無かろうか。
「・・・では、代金を払っていただけますね?」
「あなたは、我々を知らないのですか? なんなら警備兵を呼んでいただいても構わ・・・ぶへっ!」
言い切る前に、彼は潰れた豚のような声を上げて壁側に吹き飛んだ。
堪忍袋が切れた魔王によって、殴り飛ばされたのである。
ちょうど居た赤髪にぶつかり、まるでビリヤードの要領で外にはじき飛ばされてしまった。
これを俗に、一挙両得という。
「さて、残るは貴様だけだな。」
「ぼっ、ぼくをどうする気だ!?」
見掛け倒しほど、バカな事は無い。
あれほど態度の悪かった金髪のリーダー男は、睨まれたヤマリスのように肩を震わせている。
こうなると可愛いもの、だからと言って容認はしないが。
「おい鉄女、何事だ?」
「ああ、この男が無銭飲食しようというのでな。 とっ捕まえてやった。」
「ん・・・・ハテ、見覚えがあるような・・・・・?」
クルスは訝しげにしたが、結論を出す前に、飲食代の変わりに彼が働く事で決着がついた。
魔王は不敵な笑みを浮かべ、この青年を見下ろすのだった。
魔王と聞いて、人は何を思うだろう。
少なくとも人間の街に出稼ぎに来たのは、自分が初なのではなかろうか。
魔族の地位確立には、まだまだ時間が足りない。
次回
第82話「魔王の、最後の晩餐(的な?)」をお楽しみに。
※上記はあくまで予定ですので、急遽変更となる場合があります。
あらかじめご了承下さい。




