第29話「いつもの景色」
放課後。
チャイムが鳴る。
教室ではいつものように帰り支度が始まる。
柚須もカバンを持って立ち上がった。
そのとき。
「南、今日このあと行こ!」
友達が南に声をかける。
「あ、うん!」
南は笑顔でうなずいた。
「柚須!」
少し離れたところから声が飛ぶ。
柚須が振り向く。
「ごめん! 今日、友達と遊ぶ約束しとった!」
少し申し訳なさそうな笑顔。
「今日は先帰っとって!」
柚須は軽く笑って答える。
「うん、楽しんで。」
「また明日!」
南は友達と一緒に教室を出ていった。
その姿を見送りながら、柚須もゆっくり歩き始める。
今日は一人。
駅へ向かう道が少しだけ静かだった。
博多駅へ着く。
三階広場へ向かおうとして、ふと足を止める。
少し離れた場所。
南が友達数人と笑いながら歩いていた。
学校とは少し違う笑顔。
楽しそうな声。
友達に囲まれる姿。
もちろん、柚須には気づいていない。
「……学校じゃ人気者だもんな。」
小さくつぶやく。
その言葉には、羨ましさも寂しさも混ざっていなかった。
……そう思っていた。
しばらくその様子を眺める。
みんな楽しそうに笑っている。
南もその輪の真ん中で笑っていた。
「……。」
柚須は静かに踵を返す。
今日は三階広場へは行かなかった。
本も開かなかった。
ただ、そのまま改札へ向かう。
ホームへ上がる。
いつもより少しだけ早く電車が来た。
窓の外へ目を向ける。
駅がゆっくり遠ざかっていく。
今日の放課後は、いつもと同じ景色なのに、どこか少しだけ違って見えた。




