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第五十話 暴走の兆し

「キュリエ、また涎が出てしまっていますよ?」

「え?あ、ごめんなさい先生、あたし、どうしちゃったんだろう?」

 キュリエと旅を始めてから何年か、十何年か経った頃だっただろうか、一国巡ってドラグニートに戻って、情報を纏めてからテンペシア様に報告をして、という事を繰り返していたあの頃、キュリエの「涎」は酷くなる一方だった。

 私達があの頃知らなかった、もしかするにキュリエは知っていて知らないふりをしていたのかもしれないが、結果として知り得なかったその理由、私はダークエルフが「暴走」した末の話は聞いた事があったが、その過程に関しては教わる前にジェライセさんと離れ離れになってしまった、だからそれに関しては無教養だった。

 キュリエの本能的な部分、フェルン側に受け付けられ「配給」によって抑えられていて闇、ダークエルフがダークエルフ足らんとする為の「妖精を襲うという寓話」の正体、暴走、それを私は結果としては知っていた、かつて、ジェライセさんの居た集落でも、ダークエルフが暴走をした事はあったのだと、そして、ハイエルフの派遣した部隊によって鎮圧されたのだと、そう聞いていた。

 ただその過程、配給が切れてからどれ位でそうなるのか、そしてその兆候は何なのか、という事を知らなかった、私はそこに関して、聞いていなかった。

「ふむ、お腹が空いたのであれば、食堂に行って来ると良いでしょう。この宿は、軽食を出してくれるはずですよ。」

「うん、行ってくる!」

 キュリエは空腹と飢え、配給によってもたらされていたバランスを崩してしまっていた、そしてそれを誤魔化すかのように、彼女は食事をとる事が多くなっていた、基本的に菜食だった彼女が、肉を欲する様になり、ミディアムを所から、レアの肉を好む様になり、徐々に徐々に、その兆候は表れていた、最終的に、ダークエルフは暴走してしまったら妖精の血肉を喰らって生きていくしかない、それ以外に飢えと渇きをしのぐ方法が遺されていないのだ、故にダークエルフは「妖精を喰らう」という伝承が遺されているのだ、と私は知っていた、知っていたはずなのに、暴走の原因に関しては無教養で、疑問に思う暇もなかった。

 ただ、思春期に入るか入らないか、という時期だったキュリエが、はしたなく涎を垂らしている事には疑問を持っていた、どうしてそれが収まらないのか、ならばどうしてそうなる前に食事に行こうとしないのか、私は疑問を持ちこそしたものの、それ以上を持て無かった、あの頃は、各国を巡る予言の殉教者として、私が視た滅びの予言を各国の長に告げていた、そしてその見返り、それを防ぐ手立てを探す為、という名目の元、キュリエをダークエルフの輪廻から外す為の方法論を模索していた、それに関しては、怪しまれない程度に、しか出来てなかった、結果として今でも私は、「一度ダークエルフに墜ちてしまった魂」を何とかする方法論は見つけられていない、配給がなくとも生きていける方法論も、フェルンから脱した結果として生き抜く方法論も、私は見つけられていない、見つけられていない以上は、ダークエルフの諸氏をフェルンから安易に脱出させる事も出来ない、テンペシア様を始めとして竜神様方には、「ダークエルフという、闇を人為的に孕まされた存在を許しても良いのか?」と何度も問うたが、結局、それが世界の営みの範疇での出来事であるのであれば、竜神様方は介入を許されていない、それが答えだった、最終的な回答として私は受け取った、それ以上をしてはいけない、望んでもいけない、ダークエルフと言う迫害の歴史は、フェルン自体がどうにかならないといけない事であって、他国であるドラグニートの竜神様の力添えを借りるのではなく、フェルンという国家単体で何とかしなければならない未来だ、という結論に私は至っている。

 ただ、あの頃はそうは思えていなかった、何とか何処かの国にダークエルフの呪縛と輪廻を解放する為の手立てがないものか、どうにかしてキュリエをダークエルフという枷から外す事は出来ないか、と暗中模索していた、それこそ、ドラグニートと外交関係値の悪かった「エクイティ」に殉教者として立ち入るという、それこそ粛清されたとしてもおかしくはない事もしていた、エクイティ、植物種の亜人「イクリプス」が千年の時を支配している、所謂共産国家、共産主義という、ダークエルフに対するフェルンの扱いにも似た事を、国家単位でやっている国に赴いて、危険を冒した事もあった、植物腫という麻薬が、もしかしたらキュリエにいい方向に作用するかもしれない、と研究室に入室して、どうやってキュリエに害が及ばない範囲で研究を出来るか、と考えた時期もあった、今となっては、全ては遅すぎた、ダークエルフの暴走の予兆が出た時点で、フェルンに戻って配給を何とか手に入れていたら、キュリエは最終的に暴走と言う道を選ばなかったのかもしれないが、結果はすべては遅すぎた。

「……。」

 私はあの頃、ドラグニートの秘蔵書物庫に出入りしながら、読了に何十年何百年と掛かるであろう量の書物に手を出していた、それだけの量の情報が、まだ深度三に渡ってあるというのだから驚きだ、テンペシア様も、深度五までの書物には手を出していない、と仰られていた、それ位には、あの書物庫に貯蔵されていた文献の量は膨大だった。

「私も食事に行きますかね。」

 結果、ダークエルフの暴走の要因は幾つかあった、それは理解した。

 一、配給が得られない状況が何年も続く事、二、その「枯渇」した状態で、マナの集合体である神木や、それに類する膨大なマナの震源地、所謂「マナの源流」に近づく事、三、その近くに妖精がいて、その血肉を欲した渇きに負けて、それの血肉を啜ってしまう事。

 それらが、ダークエルフが暴走する過程であり、結果であり、私が知っているだけの情報であり、キュリエが辿った結果だった。

 配給の中身、については後々に知った事だった、キュリエを失った後、私が研究に傾倒していって、予言者としてではなく研究者として忙殺されていた頃、秘蔵書物庫の片隅に書かれていた、ダークエルフに関する記載、に記されていた、ドラグニートの研究者、かつて居たとされる、ドラグニート側の研究者が、命懸けで持ち帰った情報、テンペシア様は存じ上げないと仰られていた、彼が生まれる前にフェルン側から持ち帰られた情報、に記されていた、「配給とは人為的に調節された闇の吸収の為の措置である」と言う情報、それをテンペシア様は読んだ事がなかったらしい、というよりは、フェルンとドラグニートは基本的には相互不可侵の関係性である国であった為に、竜神様方もまさかそんな情報が記された読み物が遺されているとは知らなかった、と仰られていた、片隅に隠されていた情報から、私は真実を知った。

 あの頃それを知っていたら、もしかしたら、闇に対する知識を持っていらっしゃったカテストロ様や、暗竜の都市でそれを研究して、そうならなかった未来を生み出せたのかもしれない、ただ、私はあの頃、それを知りもしなかった。


「キュリエ、肉を食べているのは珍しいですね、君は菜食な方だと思っていましたが。」

「あ、先生!うん、最近なんだか、お肉が食べたくて。」

 食堂に降りて、軽食を注文した際に、キュリエが何を食べているのか、を見て違和感を覚えるべきだった、べきだった論でしかない、結果論でしかないが、キュリエはあの頃、肉を好み始めていた頃だった、まだミディアムのステーキを食べている程度だったが、あれから数年数十年、キュリエは私が違和感を持てない、持ったとしても、緩やかすぎてそこに行きつけない程度、の加速度で暴走の予兆を見せていった、それを知っているから、そしてその配給に代わる何かを私は生み出す事が出来ない、私達には、フェルンと言う八千年続いた歴史のある国、の生み出した技法にたどり着く事が許されていなかったのだろう、私は、それを今でも知らない、配給にどの様に闇が練り込まれていて、ならば配給とはどの様な形で行われていて、どの様な形状をしていて、知らない事ばかりだ。

 ただ、あの頃のキュリエは明確に暴走の信仰が進んでいた、どうして私が襲われなかったのか、という疑問を解くとしたら、第二の条件である「神木、ないしそれに近しい場所に近づく」というプロセスを踏んでいなかった、それだけだろう。

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