第十三話 前置き
「ふー……。」
「あ、先生!ここにいたの?」
「ん、ハオ。私に何か用事ですかね?貴女が煙草を吸いに来るとは思えないのですが。」
「えっとね、夜ご飯のお誘いに、お部屋に行ったらいなくて、それでバーに言ったら、外園くんならこの時間は煙草を吸ってる頃だよ、って美咲さんに言われたんだ。」
「そうでしたか、それは苦労を掛けましたね。」
午後五時、私が煙草を吸いにデッキに出ていると、ハオがひょっこりと顔を出す、ハオはまだ煙草を吸うような年齢ではない、と認識していたから、何の用事があったのかと思ったら、私に用事があったらしい。
ハオは、私に懐いてくれている、と言ってもこれからハオはソーラレスに研究に、私はジパングに居を構えに行くのだから、ここだけの道行きだろう、ここだけの道中、ここだけの友柄、そう言った関係値になるのだろう。
ただ、不思議とその関係値が心地良い、私にとって友とは、作ってはいけないもの、いつか別れが来るのだから、作る意味が無いものだ、と思っていた、ただ、そうだったとしても、ハオとの関係値に関しては、心地良い何かを感じていた、私にとってハオは、一週間という時間と共にするだけの関係、それだけの関係値のはずだ、だけれど、こうして食事に誘われたりすると、嬉しいと感じる。
それがどうしてなのか、この少女を見ていると感じる、庇護欲とでも言えば良いのだろうか、ハオは守らなければならない対象として見ていた、追いはぎに会いそうになって、私に助けを求めたハオを、私は守りたいと願っていた、それがこの道中の事だったとしても、この道中だけのことだったのだとしても、悲しい現実として、数十年後にはハオは死んでしまっているのだとしても、守りたいと願った、そんな感覚だ。
「もう少し時間がありますかね?ハオはお腹が空いたのですかね?」
「えっと、私はこの時間はお茶を飲んでるから……。六時になったら、ご飯に行くんだけど、先生も一緒にどう?」
「ご相伴に預かりましょうか。」
グランマリア号の食事、に関しては、入船の際に払った分で賄われている、亜人種、竜人と呼ばれる、ドラグニート固有の亜人種の方などは、一日六食は食べて、そして食べる量も我々とは比べ物にならない、ただ、グランマリア号の運行に関しては、フェルンとマグナ以外の国際の社交場で、行き来の為に船は必要だろう、と言われていて、各国が協力して金銭関係と整備の金銭をやりくりしている、という話だった、フェルンは蒸気船を受け入れていない、帆船を未だに使っているのだが、それ以外の国は、基本的には蒸気船での行き来が基本になる、という話だ。
マグナに関しては、あそこは常に戦争状態、行き来をする人間と言ったら、他国からの使者か特派員か、それとも戦争に片足を突っ込んで自爆をしたい物好きか、という話になってくる、だから、基本的にマグナは国際情勢にはかかわっていない、ただ、私が予言した戦争、私が予言した滅びは、マグナが発端になる事だ、だから、そこにも行けないと困る、という話ではある。
「……。」
「どうかしましたか?」
「え?えっとね、先生って、私のおじいちゃんに似てるなって。煙草吸ってるのとか、お酒を飲むのだとか、あとは髪の毛の色も。でも、先生は生まれつきの髪色なんでしょう?妖精はそう言う人もいるって、お母さんが言ってたから。」
「はい、私の白髪は、人間で言う所のしらがとは違って、生まれつきのものですから。ただ、人間にもアルビノという種別があるのだとか?病気の一種だとか、体質だとか、そんな話を聞いた事がありましたが。」
「アルビノ……、あ、色なしさんの事ね。そうだね、私達は白人種って言われてる位には肌が白いけど、それでも色なしさんからしたら、まだまだ肌の色がある方だ、って言われたな。」
色なしさん、アルビノという特異体質の持ち主、肌や髪の毛に生まれつき色素が備わっていなくて、色白を通り越して「白い」体質の持ち主がいる、とは聞いた事があった、妖精の中にもいる、アルビノという体質の持ち主は見た事がある、真っ白と言うべきか、私達エルフが色白と言われる肌を持っていて、白髪や金髪と言った髪色をしているのに対して、アルビノの方は真っ白というのが正しいだろうか、陶器のような肌色をしているのが特徴だった、と認識している。
ただ、本人たちはそれを体質だと言っていたが、医学的には病気の類だ、とも言われていた、私が見たアルビノの方は、自分自身の事を正しい、と言っていた、ただ、周りからしたら、それはおかしいのだ、とも。
「妖精の耳は尖り耳、って、本当だったんだなって、先生を見て思ったんだ。エルフ族の特徴なんだっけ?」
「そうですね、妖精族全体の特徴として、尖り耳は主流でしょう。ただ、時折人間と同じ丸耳の方もいらっしゃいますよ。特異体質として生まれてくるんだとか、そんな話をきいた事がありますね。」
尖り耳、私達エルフと言うべきか、妖精全体の特徴として、他の種族にはないのが、この耳の形だった。
ツンと尖った耳、人間や亜人種が丸い耳をしているのに対して、私達妖精族は尖った耳をしていた、ジパングについて、居を構える際には、それを隠した方がいいかもしれない、とテンペシア様には言われていた、人間とは違う素養、と言うのは、隠した方が良いだろう、と。
幸いな事に、私は魔法の扱いに長けている方だ、最上級魔法と呼ばれている「九百年前に失われた魔法」だったり、「聖属性」という、発動する為には素養が大きくかかわってくる魔法、以外は基本的には扱える、その応用で、名もない幻惑魔法、と言うのがあった、視覚的に魔法をかけて、見た者の認識を誤認させる魔法、と言えばいいのだろうか、そう言った類の魔法を習得していた、だから問題はない、人間とは違う時を生きるものだ、という話は、麓の村の村長には伝えてある、ただ、警戒される要素として、尖り耳を隠した方が良いだろう、と言うのがテンペシア様の話だった。
そんな尖り耳、妖精の持っている素養である尖り耳を、ハオは不思議そうに眺めている、それもそうだろう、ノースディアンの北側の出身という事は、先住民である人間に囲まれて育ってきたのだから、グリーンフィールズ二でも行かない限り、私のような存在と関わる事もなかっただろう。
「じゃあ、先生煙草吸い終わったら、私のお部屋に来てもらっても良い?また、お茶をご馳走したくて……。」
「はい、有難く頂戴しましょう。」
ハオはそれだけ言うと、喫煙場所を離れてデッキから姿を消す、今は午後五時、夕景を眺めるのには丁度良い時間、水平線に夕陽が沈んでいく時間だ、それを眺めながら、初めて夕景を見た時の事を思い出す、あの時は、初めて村から出て、村の柵の外側に沈む夕陽、と言うのに心を奪われた、あの時はまだそう、彼らが一緒だった。
彼らと一緒に居たのは、私が七百年間生きているうちの、たったの十年とちょっとだった、彼らがいなくなってからの方が生きている時間が長い所か、彼らがいない生活の方が当たり前だった、それでも、彼らの事を忘れられなかった、私には、忘却という手段が取れなかった。
フェルンにとって都合の悪い記憶、忘却魔法を掛けられて、過去の事を忘れ去ったふりをして、実際には忘却から逃れて私は生きてきた、彼らの生き様、彼らの生きた証を、私が持たずしてどうするのか、と。
彼らの生きた証は、もうどこにも残っていないだろう、私が村を去ってから何十年か、アンクウの力として「死」が染みついてしまった土地の「死」が薄れてから再建された村、私にはもう縁がない村、私が生きたはずの、私には遠い村。
その村に立てた墓標は撤去されてしまっているだろう、村人全員の墓標を立てた覚えがあったが、けれどけれども、それは消されてしまっている痕跡だろうと。
そう、あれはジェライセさんと会ったあの日、ジェライセさんと、三日後に会う約束をして、そして別れを告げて家に戻ろうとして、その前に探検仲間にその日の報告をしようとしていた時、秘密基地に向かって歩いている途中、何の変哲もない、日常だったはずの日、私にとっても、彼らにとっても、何の変哲もない一日が終わろうとしていた時、そして、私の中ですべてが変ってしまった日。
「……。」
煙草の煙を吐き出しながら、忌まわしい記憶を思い出す、私にとって、全ての運命の転換期、と言い換えても良い、私にとっては忘れられない日、忘れてはならない日、私が、死神として生きていく事になった、その日の事を。




