90・上陸開始
お詫びします。
先の投稿から、なんと1か月も経ってしまいました。。
なので、今回は書き溜め長めでお送りします。新大陸、ワンダンズグル大陸への上陸が始まります。
「進軍の作戦内容は伝えた。今から一刻の後に上陸。船にはカヅキとカノンを残してゆく。ヒフミ、そんな顔を見せるな。セドールも置いてゆく、心配はない」
巌流の示した上陸作戦は、何の対策を講じたとも思えないシンプルなものだった。上陸後は巌流を先頭に、一二三、ベルモット、ユルエが続き、最後方を守る殿がシュルケンだ。シュルケンを最後尾に置いたのは、後方からの敵襲を察知するのに適役だったからだ。
一時の静けさと緊張感が、船の第二層に漂っている。誰もが椅子に腰かけて、ベルモットの浮かべた右手のひらの炎だけが明かりとして揺れていた。
船内の動力源は今、電気系統を担当する香月が手を離しているせいで、極力備蓄しておかなければならない。
顔を明るく照らしたベルモットを前にして、一二三、シュルケン、ユルエの影が色濃く壁へ向かって広がる。
その緊迫した空気を柔らかに揺らすのは、やはりユルエだ。
「ねーえ。どくっぴも連れてきたいんだけどぉ」
ユルエが飼いならしている、オオワライタケのマスコットモンスターも上陸に連れてゆきたいと彼女は言う。
そこで、ふと笑い顔を見せたのは、どくっぴを毛嫌いしているベルモットだ。
「おお。やっと捨てる気になったか」
「えー、捨てないよ。ずっと船の中だったしさあ、たまには広いとこで伸び伸びさせてあげたいんだよ」
「おお、おお。伸び伸び遊ばせて、そのまま野性に戻してやれ。毒キノコには、暗い山奥がピッタリだ」
「だから、捨てないってば」
どうでもいい会話を交わす女性陣を横に、一二三とシュルケンの表情は固い。
「シュルケンさん。ガンリュウさんが言ってた『カノンの存在を世界から消す』っていうのは、どうやるんですか? ワームホールを探して上の世界に戻すとか、そういうことなんでしょうか」
「いや。拙者が聞いている限りでは、そういうことでは無いようでござる。ガンリュウ殿は『カヅキに任せた』と、それだけであって。カヅキ殿には何やら、まだ我々の知らぬ不思議な力があるのでござろう。ガンリュウ殿の言葉とカヅキ殿を信じてみましょうぞ」
不思議な力――。
一二三は、その言葉に思いを巡らせる。
目の前にしたシュルケンの巧みな忍術。
途方もない錬金術師の技を見せるベルモット。
魔獣を飼い慣らし、人間業とは思えない剛力を以てしてモンスターを斬り捨てる巌流。
鮮やかな医療技術でパーティーメンバーの傷を癒せる香月。
いつもどこからか謎の食材を調達してきては、調理の腕を披露するユルエ。
その中で、自分はいったい何者になれているのだろうかと、そんな心の躓きを抱えていた。
だが、そんな逡巡の中でも時間は刻々と進むのだった。
「おい、てめえら。時間だぞ。備えはいいな」
まずは、ベルモットが椅子から立ち上がった。それと同時に、巌流が操舵室から下りてきた。
「ハッチは開けん。梯子も降ろさん。デッキへ集まれ」
巌流はそれだけ言うと、鍔鳴りを見せる大刀に手をかけて表へ出ていった。
「ヒフミ殿、続くでござるよ」
シュルケンも、身を軽く食事用のテーブルを飛び越えた。
「ヒフミ。行くぜ。船内のことはもう考えるな。迷うな。これからは、その迷いが仇になるからな。迷いは捨てろ。洞窟に大穴を開けてみせた、てめえの力だけを信じろ。そして、オレたちを信じろ」
ベルモットが火球を手のひらに乗せたままデッキへと向かうドアを抜けると、暗がりの中には一二三とユルエだけが残った。
「ヒフミン、行くよ?」
「どくっぴ!」
いや、もう1匹の影もあった。
船が横付けしたのは、魔界の海の断崖のそばだ。崖の上まで、およそ70メートルはある。
一二三は息を飲んで、ワンダンズグル大陸にそびえる真っ黒な影を見上げる。
「それで、ガンリュウさん。肝心の上陸手段を聞いてないんですが‥‥‥」
すると、巌流は表情をピクリとも動かさずに答えた。
「海に向かって飛べ」
「と‥‥‥飛ぶって、まさか泳いで上陸するんですか!? シュルケンさんなら、海の上を走っていけるでしょうけど」
「俺も、磨いたばかりの刀が濡れるのは忍びない。その辺りは、ベルに任せた」
今の一二三には、巌流の言葉を信じる。ベルモットを信じる。カヅキを信じる。それしかできない。黙ったまま、その時を待った。
ベルモットの僅かに灯した火球で、5人の顔がくっきりと影を作っている。
「よし、揃ったな! 全員、船首に集まれ! まずはベルが飛ぶ! そしたら迷わず後に続け! いいか、1秒も遅れるな!」
「まあまあ、おっさん。遅れたヤツは巻き込まれてサヨウナラで構わねえ。ここから先は即、迷いが死につながるんだ。そんな間抜けは足手まといだ。じゃあ、行くぜ――」
ベルモットが、右手の火球もそのままで、ひらりと鮮やかに海へ向かって飛んだ。すぐに続いたのはユルエだ。そしてシュルケンもまた、船首の縁を蹴って高く飛び上がる。
「ヒフミ! ぐずぐずするな!」
そう言って海へ身体を投げた巌流の姿は、もう姿が見えない。その間、0コンマ2秒。
(迷うな。迷ってる場合じゃない)
最後に一二三が船の真下へ飛んだ。いや、躊躇いと共に落ちた。その身体は真っ逆様に海へ向かう。他の4人の姿も波に飲まれそうになる。その一瞬だった。 眩しい赤い光が辺りへ広がった。
「赤の練成009、『超爆裂』!!」
響き渡るベルモットの声と共に赤い光は真っ白に変わり、海が、弾けた。
波を蹴散らし、下から突き上げる激しい爆風。強烈な衝撃が5人の身体を暗黒の空へと放り投げる。その高さは軽く50メートルを超えた。
「てめえら! それぞれ勝手に岩場にしがみつけ!」
身体の軽いベルモットが、すでに崖の上に着地した。シュルケンはユルエを抱きかかえ、崖の手前で着地した岩場を蹴りつつ難なく跳ねてゆく。その真下では巌流が続いた。
ほんの刹那の後れを取った一二三は、4人と違う方向へ飛ばされている。
「あのバカ、乗り遅れやがった」
大したことでもないと、やれやれ顔を見せるベルモットだったが、様相はすぐに変わった。
まだ飛沫を上げる爆裂した海の中から、大きな影が一二三に向かって襲いかかってきたのだ。
おそらく、海域に住むモンスターが眠りを妨げられて怒りを向けたモノだと、一二三にも瞬時に理解はできた。ただし、理解はしたものの、成す術はない。その身体は着地すべき崖からどんどん離れてゆく。
落下する一二三の耳元へ、声があった。妖精・シースの声だ。彼女はずっと身体を縮めて一二三の耳に貼りついていた。
「しょうがないわねえ。ますは、足元の水しぶきを思いきり足で蹴ってみなさいよ」
信じる、信じないは別として、一二三は藁にも縋る思いで言われた通りに水しぶきに足を乗せた。そして、幅跳びの要領で思いきり踏み切る。
(なんだ――。まるで弾力のあるサッカーボールを蹴ったみたいだ)
「ほら次、もっと前に向かって跳ねていくの。崖の上に向かって」
今度こそ、耳元で囁く声を信じて、足元に見える飛沫を蹴り続けた。その身体は高度を上げて崖に向かって進む。しかし、その先には足場となる波飛沫が見えなくなった。
「あちゃあ。ちょっと足りなかったみたい」
シースの声が諦めを囁いた時、それでも一二三は眼前の岩肌へしがみつくことができた。
「アタシが手伝えるのは海の恩恵が届く範囲だから。ここから先は自力でね。ほら、もう真下にでっかいのが迫ってるわよ?」
なるほど。その言葉通り、一二三の背中へ向かって襲いくる大型のモンスターがいた。なのに、ギリギリ命拾いした一二三の頭の中で、とんでもない思いつきが浮かぶ。まずは、せっかくたどり着いた岩場から身を離し、自らモンスターへと向かって落下を始めたのだ。
(狙いは僕ひとり。だったら、選択肢はこれだけだ――)
ゴオウ!!
そんな大きな怒りの声が、暗闇の中でもモンスターの姿と位置を示した。崖の上からシュルケンの声が聞こえる。
「ヒフミ殿! すぐに助太刀に――!!」
それでも、一二三は落ちてゆく中で笑みを見せた。そして腰の竹刀を抜いては構える。
「沢渡流――」
一つ吠えたところで、その竹刀を後ろへ引いた。。
「牙突打!!」
目がけてくるモンスターの先端――頭と思われる箇所に、竹刀の先が思いきり命中する。大岩に穴を開けるほどのその一撃は、モンスターの巨体を前のめりにした。
グゴウッ!!
鳴り渡るモンスターの悲鳴。だが、一二三の一撃は致命傷には至らなかった。それでも、一二三の顔から笑みは消えない。
前のめり――身体を真っ逆さまで直立にされたモンスターが、ナマズのような団扇の形状を見せる長い尾で、一二三に向かって反撃を始める。一二三はやはり、確信の笑みを浮かべてその攻撃を受けようとする。
ウゴウアァッ!!
巨大な団扇が叩きつけるように一二三へと襲いかかる、そのまま受ければ強烈な衝撃と共にまたしても海へ真っ逆さまだ。その予測通り、一二三の身体は思い切り攻撃を受けた。
「ぐぅっ!!」
竹刀を盾に受け止めたものの、一二三は痛みと共に身体中の骨がきしむ音を感じた。感じつつ、こう叫ぶ。
「シース! もう一回お願いだ!!」
「はーあ、またアタシの出番? 妖精使いが荒いわねえ」
そんなシースのボヤキが何かの呟きに変わると同時に、一二三の身体が海面に触れた。触れた身体は自然の法則の中で海に飲まれるはずだった。だがしかし、それは全く予想外の現象に変わる。
一二三が飲まれるはずの海面が、まずは不自然に歪んだ。彼の周囲を10メートルほどで、まるでトランポリンのようなモノに変えたのだ。モンスターから受けた衝撃は大きかったが、その衝撃の分だけ、波のスプリングに囲まれたトランポリンは彼の身体を深く沈ませる。
そこから先は、一二三の思惑通りだ。沈み込んだトランポリンは当然、次に一二三の身体を大きく跳ね上げた。崖の上をさらに超える――高さ100メートルの跳躍だ。やり過ぎでは、あった。
獲物を取り逃がしたモンスターの咆哮もそのまま真下に聞きながら、一二三は最後の笑みを浮かべる。
(まあ、上出来だ。あとは誰かを信じて任せよう)
一二三はその先の運命を誰かに任せた。それが、彼なりに心で固めた信頼なのだから。
果たして、まさに崖の上で岩場に叩きつけられようとした一二三の身体を抱きかかえたのは、屈強な身体の冷静な侍、巌流だった。
「バカな弟子だ。死ぬところだぞ」
「いえ、信じてみただけです。僕の力量と、皆への信頼を」
唖然として動けないベルモットとシュルケンを横に、巌流が放った。
「総勢5名! ワンダンズグル大陸へ無事に上陸!」
無事かといえばそうでもない。一二三は身体中の痛みを堪えて、
「上陸、大成功ですね」
師匠に抱えられたまま笑うだけだった。
読み終えてくださった皆さん、ありがとうございます。
また、なかなか進まない執筆かもしれませんが、次回の構想は「シュルケンの因縁の敵との戦いが始まると思います。
バトルシーンを、ご期待ください。
(一気に書ききったので、誤字脱字は見つけ次第で訂正します。そういうご指摘も助かります)




