第2話 下請け
エリーナを抱えてゴブリンの巣に戻ると、食い散らかした人の残骸と、精神を壊され虚ろな目をした妊婦がいた。やはり、目隠しをさせて良かった。
「いつまで、ちんたらぶっ差してんだ。食うのとやるのが遅い奴はすぐ死ぬぞ。ほら、おめえも手伝え。心配しなくてもその女は誰も取らねえよ。おめえの汁の匂いが付いているからな」
「すっごい下品な声が聞こえるんですけどー!」
「耳栓もしたほうがいいかもな」
手押し車を持ったモヒカンがついてこいと首をしゃくる。
さっきの現場に行き、死んだゴブリンの死体を乗せ、外へ向かう。
「墓でも作るのか?」
「人間じゃねえし、んな面倒なことはしねえよ。魔物が死んだら陽の当たる場所に捨てろ。魔神様の教えだ」
「理由は?」
「知るかよ。賢ぶっている魔族に会った時にでも聞いてみな」
――――――――――
それから俺は冒険者を倒し続けた。報奨金が上がったのだろう。Cランクも来るようになったが、俺の敵ではなかった。そして、いつも通りに最後のとどめはゴブリンに譲っていた。
そのせいもあってか、ゴブリンたちから感謝され、村を襲いにいったゴブリンたちから、獣の肉や穀物を土産でもらうようになっていた。ゴブリンにとって主食の人肉を食わない俺は「偏食ノッポ」とあだ名されている。
「おめえのメスは全然、腹まねえなあ。やっぱ人肉食ったほうが精がつくって。それか捨てちまって新しいのに替えたらいい。普通のメスなら2カ月で6匹ぐらい産むぜ」
「ヒッ! なんでモヒカンさんは怖いことしか言わないんですか」
エレーナが俺にしがみついて、耳元でささやく。
「モヒカンは面倒見がいいからな。家畜に対してのアドバイスだよ」
「家畜ってヒドイ! 絶対、言うこと聞いちゃダメですよ!」
俺は会ったときしかエレーナを抱いていない。
「このメスがいいんだ。それより、知っている顔が見えないが、村を襲った時に殺されたのか」
「おめえのおかげで、ここんとこ誰も死なねえ。だから、この巣に収まらなくなっちまったのさ。離れた地に新しい巣を作りに行ってるよ。だが、こういうときは必ず――」
ボオォーッという角笛の音が聞こえる。侵入者だ。
「――やべえ奴らが来る。隠れろ!」
しかし、俺は巣に逃げ帰ってくるゴブリンとは逆に入り口へ向かった。
余裕ぶった笑い声が聞こえてくる。そこには5組のパーティーがいた。
なるほど、ゴブリンがビビるワケだ。
やつらは今までの冒険者とは違う。装備を見ればわかる。こいつらはAランクだ。
それに引き換え、俺の装備はCランクから剥ぎ取った、銅の防具と銅の剣。
Aランクの武器だけでも奪わないと、数の力で負ける。
「カゲトさん、どうしたんですか?」
「エリーナ、詠唱の鍛錬をし続けて、何カ月たった?」
「半年です」
「いい頃合いだ。その陰に隠れていろ。俺が合図をしたらヒールを打て」
腰を落とし神速の構えを取る。四天王と戦ったときを思い出せ。
「見てパパ、あの無様な姿はカゲトだ。笑えるよ、まったく」
「カール!」
「僕にはわかるよ。飽きるほど見たからね」
冒険者ギルド長・グスタフが笑う。
「貴様の働きには感謝している。勇者の貴様に憧れて、新しくギルドに入ったDランクはすべてここに送り込んだ。登録料を取った後にな。そして、こちらは一度も報奨金も払うことはない。貴様が殺してくれるからな。おかげで大儲けだ」
「死ぬとわかっていて冒険者を送り込んだのか。腐りきったギルドだな」
「使われる立場の者がそんな口を聞いちゃあいけないね! パパが儲けた金で僕はもうすぐ伯爵になる。貴様はな、ギルドの下請けなんだよ! 今度は剣も持てないスライムにしてやろうかあぁぁ!!」
辺りに目を凝らす。こいつらの中に大賢者マリウスがいるのか?
「パパ。あいつビビッてるよ。冗談だよ、ジョーダン。マリウス様はいないよー。カゲト、貴様の次の働く場所は霧の城だってさ。ん? 何だ。その目は。さっさと行けよ! 下請けえぇぇっ!」
「――俺はお前ごときに使われる男じゃない」
手を剣にかざす。雷が剣を包み込む。全力を出すのは久しぶりだ。
「カゲト、馬鹿な男だ」
「神速雷鳴剣!!」
カールの懐に飛び込み、下から斬り上げた――しかし、銅の剣は技のパワーに耐え切れず砕け散った。
勝ち誇った顔でカールが盾を振り下ろす。
「巨人の靴底!」
俺は地面に押しつぶされ、気を失った――。