第18話 冒険者ギルド長・グスタフ視点
騎士団長・リーンハルトの悔しそうな顔を思い出すと、笑みが浮かぶ。実に痛快だ。
ブロンドの長髪に装飾が施されたプラチナ製の装備。いくら見た目が良かろうとも、貴様は役立たずなのだ。
数日前、私は王の前で「守護砦を必ず奪還します」と言い放った。
王は「過去に四天王討伐したという嘘つきに騙され、勇者の称号を間違えて与えてしまった。そなたこそが真の勇者だろう」と、大いに喜び、豪勢な酒宴を開いてくれた。
同席していた騎士団の連中は王に嫌味を言われ、みなうつむいていた。
貴様らが弱いからしょうがないのだ。温室育ちの貴族どもを見渡す限り、Sランクは騎士団長ぐらいで、隊長格はAランクだ。それに引き換え、私のパーティーは全員Sランクだ。集団戦ばかりの貴様らと違い、潜り抜けた修羅場の数が違う。
――そして何より、知恵が違う。
すでにメデューサとは話がついている。砦に行くだけで褒賞の領地は私のものだ。
Sランクメンバーを連れてきているのは、弱いメンバーでは不自然だからだ。
―――――――――――
砦とは名ばかりの家に近づくと、カゲトと魔物の女がいた。
「まだいたのか? ノロマな男だ。その牛女は貴様の恋人か? 聖女とつきあっていたのに、ずいぶん好みが変わったもんだな。ハッハハハ!」
牛女が睨んできた。生意気にも侮辱されているとわかるらしい。
カゲトが頭を下げた。
「仲間が戻ってくるまで待ってくれ」
「待って『くれ』だ? 『ください』だろ! 下請けえぇ!」
「――待ってください」
「イ・ヤ・ダ! とっとと失せろ。今すぐに。一瞬で!」
カゲトが剣に手をかける。
「オイ、オイ、オイ、オイ! 貴様と牛女だけで立ち向かおうってか! こっちはSランク4人だぞ。笑えるな」
私は言葉とは反対に槍を構えた。
「いいや、笑えないね。そのムカつく顔、ランベルト伯を殺したときと同じだ。私たちに勝てると思っている――いいだろう、戦闘開始だ」
私と二人の戦士が攻撃を仕掛ける。
が、一時間経っても、3人がかりでもカゲトを攻めきれずにいた。
押してはいるのだが、大きなダメージを与えられない。
鉄の装備でこの強さ。こちらはプラチナ装備だぞ。
また強くなっている。危険だ。
「カゲトに魔法を撃て! 殺しても構わん」
「この牛女が邪魔で!」
「Sランクって、すっごく速く避けるんだね。燃えてきちゃう!」
女魔法使いは牛女の大斧をかわすので精一杯だった。
カゲトが守護砦を見てうなずいた。ん? 何を確認した。
カゲトが腰を落とし剣に手をかざす。雷が帯びていく。まずい!
「盾を構えろ! 私を守れ!」
「神速雷鳴剣!!」
体に衝撃と電撃が走る。私たち3人は吹き飛ばされた。
「少しやりすぎたか。グスタフ、生きてるか? まだ、死んでもらっちゃ困る」
「カゲトぉ、貴様あぁぁぁっ!」
何だ。その余裕ぶった顔は。今までは手加減していたとでもいうのか。
舐めやがって。下請けは下請けにすぎないことを思い出させてやる!
「メデューサに逆らって生きていられると思うなよ!」
「俺は今日、ここを立ち去れと指示されただけだ。まだ日没まで時間はある」
「ちっ、メデューサのやつめ。雑な命令を」
「どういうことだ?」
「鈍い男だ。まだわからんのか。よく聞け。その砦には大きな褒賞が掛かっていて、貴様が立ち去った後に、私が入れば争いもなく褒賞が手に入る。平和的な解決だ。もちろん、メデューサにも相応の礼をする。わかったら消えろ、下請け」
「聞こえたか!」
カゲトが振り向いて叫ぶと家から男が現れた。
あの男は――。
「ああ、聞きたくもない話だ。耳が腐りそうだ」
「騎士団長・リーンハルト!」
「王を騙した罪は重いぞ、グスタフ!」
「なぜだ! なぜ! 騎士団長がカゲトとつながっている! この男はゴブリンだぞ! 魔物のいうことを信じるのか!」
「ゴブリンなど信じる気など微塵もない。団員の命を奪った憎き敵だ」
「だったら!」
「私を説得した人物は別だ。父の友人であり、三代前の騎士団長――」
家の扉が再び開く。女神官に手を引かれて老人が出てくる。
あれは、カールが殺したはずの――。
「ランベルト伯!」
「久しぶりだな、間抜けなギルド長。あの後、わしは牛人の森のほこらに運ばれ、このお嬢さんが三日三晩寝ずにヒールをかけてくれた。エレーナ、そなたこそが本物の聖女だ」
「そんな、褒めすぎですわ。私、ヒールだけは自信があるんです」
女神官が仲間にいたのか? 牛女といい、聞いてないぞ、メデューサ!
ショックで膝が崩れ落ちそうなのを、力を入れて踏ん張る。
ただの老いぼれだ。怯むな!
「ランベルト伯。生きていらしたなら、なぜ連絡をくださらなかったのですか。カールは過ちを悔いております。あなたを喜んでお迎えにあがるでしょう」
「殺しにくるの間違いであろう? わしの知っているランベルト領はもうない。愛する領民は追い出され、農奴と私兵しかいない土地にされてしまった。あのクズは地獄へ堕ちるだろう」
カールをクズだと!
「……黙れ、老いぼれ! 貴様が衰退させた土地を、カールは豊かに変えた。無能が息子を侮辱するな!」
こうなればリーンハルトを抱き込むしかない。
「騎士団長、聞いてくれ! もうすぐゴブリンは命令で立ち去る。この老いぼれを殺せば、このことは誰も知らない。褒賞の領地の半分を渡す! いや、すべてでもいい! その後はカールと組めばいい。そうすれば王家さえも――」
「よーく、わかった」
「おお、見逃してくれるのか!」
「貴公がとんでもない悪で、ここで殺さねばならないということがな」
くそっ、無能どもが! 覚えていろ!
パーティメンバーへ命令する。
「撤退する。前を固めろ!」
移動魔法のスクロールを取り出す。
「そうはさせぬ」
誰だ、この声は。
次の瞬間、スクロールは火炎で灰にされてしまった。
横にドラゴンがいた。いつの間に現れた。
体が火に包まれる。ドラゴンの大きな口に頭から飲み込まれ、視界が暗くなった。
メキッ!バキッ! 全身の骨が砕ける音が聞こえる。
やめろ化物! 殺すな! 殺さないでくれ。殺さないでください……。
暗闇の中、カゲトの声が聞こえた。
「イ・ヤ・ダ」